【怪物件】広いのに誰も住んでいない町の正体は?交野久御山線をさんぽ。 #4
交野久御山線をさんぽ。
京都府久世郡久御山町から交野市星田へつながる道、交野久御山線を散策します。
前回の続きで、交野高校から星田方面に歩きます。
大阪府立交野高等学校は、1974(昭和49)年に開校した普通科高校です。
建設工事前の試掘調査のときに5基の古墳が発見され、今も校内敷地に一部の古墳が保存されています。
体育館を建設予定の場所に古墳が出土したため、校舎と体育館が遠くに配置されました。
そのため、体育の授業前後は長距離移動を10分で行う必要があり、少し大変です。
左は「寺南野」という町名ですが、大部分が交野高校の敷地を占め、世帯数は0です。
誰も住んでいない場所なのに固有の町名が割り振られているのは、不思議な気がします。
「森」交差点を直進してから、右へ渡ります。
あまり有名ではありませんが、右のトランクルームの裏にある桜は背が高く、満開時はきれいです。
このあたりはJR河内磐船駅から近いこともあり、お店が多いです。
飲食チェーン店も点在します。
ココイチの隣の不動産屋も、昔は牛角でした。
右に公園があります。
少し寄り道してみます。
私部南1号公園は、敷地が比較的広いです。
この正面は10年ほど前まで一面の田園でした。
「官田」と呼ばれる地域で、かつては天皇の主食となる米を生産した水田だったと言われています。
今も田園は残っていますが、広範囲が住宅地になりました。
この先右にはフェンスで囲まれた低地があります。
「草川調整池」といって、この周辺が大雨で冠水することを抑止するためのものです。
京阪電車の線路が見えます。
今回はここまでにします。
少しでもありのままの交野を感じていただくために、あえて編集は施していません。
本当に散歩をしている気持ちで見ていただけると幸いです。
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#交野 #府道 #久御山 #交野市
3 Comments
交野高校から天野が原までの久御山線界隈の変わり様には驚くばかりです。
交野高校からガソリンスタンドの交差点を渡り真っ直ぐ北側へと歩いて行けば交野中学校がありますが、その当時は交野小学校と星田小学校の生徒が通学していました。昭和36年度に入学してトップボールの野球部の倶楽部活動をしていました。懐かしい思い出です。
1974年入学の一期生でしたが、工事中に古墳が見つかり発掘調査の為に校舎が完全には完成してませんでした。授業中でも工事が続き、体育館やプールも使用できなかったと
記憶してます。学校周りのフェンスも完成してなくて、体育の授業の時に生徒がさぼりに外にでない様にと、自分たちの体操着が目立つ様に手足は赤く体の部分は黄色い布が
使われてました。遠くからでも解るんですよね。翌年の入学生からは、白と青に変わりましたが、体操着の色には違和感がアリアリでしたね。