三原神明市(みはらしんめいいち) 神明市のシンボルは、「日本一の大だるま」 備後地域の春祭りのさきがけ 神明本殿 広島県三原市東町3丁目8−5 #三原市 #広島県 #神明市 #だるま #備後
神明市とは期間中、約40万人が訪れるとも言われる三原の超ビッグイベントです。会場は三原駅北側の本町~館町~東町まで。約500もの露店が並びます。
毎年 2月 第2日曜日を含む全3日間
「神明祭」とは、伊勢神宮を祀る祭りのことを言います。この信仰が全国にひろまったのは、室町末期で、三原もその頃、この地方の港町として栄えつつあり、当時、九つの町組が寄り合って始めたのが祭りの起こりと言われております。三原城を築いた小早川隆景は、この祭りを大切なものとし、初市として周辺の特産物の集積を図り、瓶子一対を寄進し、近郷より繰り出す景気人出の様子を見て、その年の冨凶を考量されたと言われています。その遺風は、備後地域の春祭りのさきがけとして、現在まで受け継がれています。
2026年2月6日(金)~ 8日(日)に開催されます。
備後路に春の訪れを告げる「三原神明市」が開催。
「日本一の大だるま」
神明市のシンボルは、平成25年1月に新調された現在四代目となる大ダルマです。高さ3.9m、胴廻り(直径)2.9m、重さ約500kgで、鉄骨の骨組みに新聞紙やクラフト紙を貼り合わせて、樹脂塗装により色付されています。今では、神明市そのもののシンボルともいえるこの大ダルマですが、もともとは、東町四丁目町内会が、「だるまくじ」を販売する目印に、昭和25年頃から設置したのがはじまりといわれています。
「神明祭」とは、伊勢神宮を祀る祭りのことを言います。
この信仰が全国にひろまったのは室町末期で、三原もその頃この地方の港町として栄えつつあり、当時九つの町組が寄り合って始めたのが祭りの起こりと言われています。往路には旧暦1月14日に、とんどをまき、神棚を飾り、伊勢神宮のお礼を受け、あちらこちらの店先に翁人形やだるまを飾りつけ、東町、館町一帯に多くの露店が立って、身動きならない程の人出で賑わいました。 三原城を築いた小早川隆景公はこの祭りを大切なものとし、瓶子一対を寄進し、近郷より繰り出す人出の模様を見てその年の景気を考量されたと言われています。
また、備後地域の春祭りのさきがけとして、その遺風は現在まで受け継がれています。
近年は「神明市」と呼ばれるようになり、全国から500軒を越える露店が軒を連ね、多くの人出で賑わいます。
「だるま市」
江戸時代の末頃から、神明市で縁起物として鉢巻きだるまが売られはじめ、別名「だるま市」とも言われるようになりました。神明市に集まった人々は家族の数だけだるまを買い求め、その背に一人ひとりの名前を書き入れ神棚に供え、一家円満、開運縁起物として珍重されてきました。
三原神明市(みはらしんめいいち) 神明市のシンボルは、「日本一の大だるま」 備後地域の春祭りのさきがけ 神明本殿 広島県三原市東町3丁目8−5 #三原市 #広島県 #神明市 #だるま #備後 20260207 @akibingo