あつかし歴史館

今日は福島県伊達軍 国町にあるか歴史館に来ております。 懐かしい。 あ、ここがあの友さんが通ったんですね。 こう そうですね。この赤い道をあの鎌倉から 3 つに分かれてきたんですけど真ん中を寄り友とあ、そう。 福島市の入り口でもあの石坂の高いがあってその後 国み はい。あ、 ここでここでしが 3日間。 あ、三日間。あ、そうですか。 あの、石根坂ってのはどこなんですか? 石根坂は福島市の、 福島市の南側で 高速道路があるんですよね。なんていう山の中ですよね、確か。 そうですね。こちらからあ、こちらからじゃないですね。だいぶ南の方の山手の方のところがってついてるんで、ただはっきりはしてないんですよ。 この辺だろうなっていう ところで、あと勇志が中にこう石碑を立てたりとはしてるみたいなんですけど。 ええ。 ああ、そうですか。あとあのなんか私今来る途中に あ山のやっと探してあの展望台まで行ってきたんですけど。 あ、行ってきたんですか。 大丈夫でした?クは。 熊は大丈夫だったんですけども、あの、クつけてやったんですけども、 あそこもあそこ辺もやっぱり戦った後なんですか? えっとね、あの、 ここの中から あの、防類はあるんですけど、 あ、 ま、あの、戦ったのは、ま、この辺りではないかと思うんですけどね。 [音楽] ええ、 あの、ボール、ボールって言ってこちらにあの、 はい。はい。 あの、こう掘ってあのはい。 馬とか人が来るのを うん。うん。 捨ために、あの、この防類が 3.2kmに渡って作ったという あの跡になるんですけれども。 あ、ね。あ、これはここまたなん?あのボーディの後ってありましたよね。なんか はい。ボーデのはい。こちらの辺りにある今あの専園になってますのが ボールの跡が あはい。どうですか? えっと今のがここが小学校。 今ここが歴史館なんですけど はい。 ここあの45線 はい。 取ってこれがボールになんですよ。 ああ、なるほど。はい。 ここがし山のここの中複ぐらいからあのずっと 3.2kmに渡って ああ、なるほどね。 はい。あるんですけど 見たのはここですか?ボールがこの辺。この辺もちょっと車を置けてこの辺も見ることできるんですけど。 あのうんとなんか水計なるほど。 縦札筆上がったところまで行って はい。 あ、ここにた手札があってあがあります。こういな ところですね。 ああ、そうですか。 あのあとなんか頂上まで言うとなんとか峠っていう看板があったんですけども 長坂ですね。ええ、 長坂は この今小学校出てちょっと戻っていただいてでここ入るとこの辺りに長坂峠ってあるんですけど ああ で そこずっと行くと山形の方に行くんですか? あ、ここはあの長と山形の方ここはこうずっと行くとまた戻ってくることも山線出てはい。あ、そうですか。 山崎 ここそこは欧州海道の あ、欧州ですね。 45場所もこの長坂を通ってあの [音楽] 宮の方に抜けてったというになるんです。を こう抜けてったっていう長さ、ここの長坂も石畳になってて あの中で七坂島七坂島ですね。 こういうあの火があるんですけど。 え、ありました。ありました。ええ。 あ、ここ来ました。長坂峠。あの、 ちょっと石田畳今もう隠れちゃってちょっと土があるんですけど、ここが昔は茶屋があったりとか。 はい。ああ、なるほどね。 長坂国と長坂と。 あ、ここ、あ、ここまだ行かなかったね。え、え、そう。 ちょ、ちょっとしんどいんですよ。え、 この山をずっと来るまでは行けることできんですよ。 うん。で、ここの長坂の入り口んところに車止めてとことことこと歩いていけば うん。 えっとね、 大丈夫なんですけどね。 今のが はい。 これ違うか長坂梅なんですけど。え、ここなんですよね。ここなんですよね。 うん。 だから今触れ合い大き小学校あとここですよね。 はい。で、線ちょっとずれ戻っていただいてここになんか濃みたいに入る道があるんですよ。ここね。そうそう。 長さがここからまたぐーっと回っていくと道が室後とかこう [音楽] 45 線に戻ってくることもここの防類を防類の上を通って こういう道もあるんですけど ちょっと分かりにくいかな。 あ、大丈夫です。え、こっち、こっち側です。え、ああ、なるほどね。 こ、この辺からこうずっと登ってくるんで。え、 まだ そうですね。これ 多分ええか。 そうですね。 あれでないと。 うーん。道的にはね。 いいですね。スマホのあれでも一応そこでどん詰まりですよね。 抜けられません。 あ、ここの細い道。 この細い道をこう通って、あの、行くとこのここのここの道。 あ、そうそう。え、 向こう側じゃないです。あ、なるほど。 そう、こう降りて降りてくることもこの 4号線にこう出てくることも はい。 こういう道もあるんでもただ狭い道なんですけど、ま、ほとんど車は通ってないので ええ、あの、 あの、展望台にいたんですけども はい。展望台ことです。 違いがなかなかあの道があの狭くてあんだが心配になってね、 もう 自然あり ありました。車来てましたて。 車来てなかったので なんかちょっとこの辺今クができ出てくるっていうことがあるのであまりお勧めしてなかったんですけど大丈夫でしたか? あのちょっと熊つけてあの行ったのであの じゃこの展望台の上まで登って 景色良かったです。 あの良くないです。 あの曇っててあかそうか。 全然もうあの山の山々の景色ちょっと見えなかったんですけども。 あ、見えなかったんですね。あ、そうか。雲が晴れてれば このあのアくマが見えたりとかこの田んぼがもうちょっと小金色 いかり住んじゃってるんですけどあの田上の時とかその子それ景色はいいんですけどね。 今ちょっとこの辺もね、あの ああ、 熊が出たりするので人があんまり入ってないので危ないので前は皆さんにここお勧めしてたんですけど、 あの景色はいいところですね。あのしぐまでね見えてね。これもし良かったらどうもありがとうございます。 あの見て国の方がよくいらっしゃるんですか? いや、あの最近あの始めてきたんですよ。 あ、そうなんですか。はい。 あの、始めてきたんですけども、えっと、展望台ちょっと探したんですけど、なかなか見つかんなかったんですよ。 はい。 で、展望で、あの、なんかこうトンネルくんないといけないんですよね。あの、なんか、あの、奥の方まで行かないとこう、あの、展望台の看板が出てないからこれだと防類の看板とか [音楽] はい。 あの吉の腰掛け末の看板は出てるんですけど、看板探していったんですけども はい。あ、え、じゃ、どこから登ってったんですか? えっと、あのか、看板があるところがあるんですよ。あの、 あの、この4 号線のずっとあの、交板のところから入ったんじゃないですか? ちょっと戻って、 あの、 あ、じゃあ下から両方から入ってこれるんです。 え、あそこ。 あ、で、上がってあの高速道路ール沿いにずっと登ってったんです。 そう、そうです。 あ、高速道路沿いに登ってった。 あ、そっか、そっか。だって、あの、ここの場 なんか、あの、見るからになんか あの、うん。 古い感じの うん。そうですね。 ありだったんですね。 これが今ここが今の道をずっとこうくとさっき言った交板がここですね。で、ここの信号をまっすぐあのこれは 45号線。45号パ、45 号線なんですけど、まっすぐ行っていただくと打田塾。 はい。で、このまま行くとまた4 号線に階段駅のここで 4号線に入るんですけど、 ええ、 この間が階田塾。 なんか昔はこういう道が ああ、なるほど。え、 はい。こういう道があったという。 そういえばあの看板にあのお番所ってあの看板があったんですよ。見えたんですよ。 だからあの これですね。お番所ですね。あのお寺の前当たりですね。これじゃあ中ここをじゃあうん。 あの、ね、 ええ、 こうかな。ここ、ここの辺りにおなんか出てたかもしれませんね。看板がこります。 この辺りに看板がここの 見えた。ここのお寺の前ですね。でも今は普通の住宅。 あ、そうですか。 になってます。ヤゴか。 そうですね。ヤゴみたいな。 ヤみたいな昔のだからこの辺もヤゴ戦闘屋とか 便利屋とか あ、なるほどね。 はい。昔のヤゴですね。 ええ、お番所っていうのはなんかあの、あれです。 交番のことなんですかね。どうなん違うのかな。 そうがそうですかね。 違、そうですね。 そうですね。なんかあのや 出入りが出入りがしてるのでこの道もこうわざとこういう この辺入り口っていうのは まっすぐじゃないんですね。 出入りがしにくい感じで昔のあの宿場に入る道はわざとこう曲がってるんですね。 うん。 ま、そか。 今はね、こうまっすぐのこういう道に なってますけど、昔の街道は ええ。 はい。あ、だから国見町はこの海田塾と藤田駅があるところの藤谷塾と あとあの山形に抜ける小坂っていうところがあ、小坂塾と 3 つの宿場が あるんですね。うん。 のパネルとか ああ、なるほど。 はい。 これはちょ これは3 間の音って言って山の麓元にこの点々底辺にあんのが全部この石像なんですけどこういうのが 残っていたという ああ、 あの自、あの、高速とか電車がこの辺を尽きってるので、移動したものとか なんか取ってきて建物する時に素籍に使っちゃったりとか結構そういうこともあったみたいなんですけど、まだでもところに山の山頂にも うん。 いくつかこういう あの うん、 石像が残ってます。 これはあの、あれですか、あの、やっぱりあの、亡くなっ、あの、戦争で亡くなった方の、 あ、そういうのじゃなくて、あの、昔はあの、あんまり自由に、あの、行けなかったので、あの、ある方が、 [音楽] あの、代わりにあの四国、四国とかそういう例、冷嬢を回ってきて、で、その人があの、 [音楽] その霊嬢の難蛮札所とかそういうものを掘ってあの奉能したとい いうことで、うん。 で、あ、 そういう物資が ね、 物とか物資がこの辺に色りを置いて、 あの、こう収めてった。 で、今は木がいっぱい生えてるんですけど 、昔は焚木

れあつかし歴史館には、国見町の歴史について、懇切丁寧に説明してくれる案内のかたが二人おりました。もし、国見町まちの歴史を知りたい方は是非、あつかし歴史館に足を運んでみては。
https://www.town.kunimi.fukushima.jp/site/kanko/2582.html
国見町ホームページ

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