中津祇園 【 下祇園 】 令和7年 (2025) 堀川町 踊車 7月24日・25日 町内回り  / 二葉舞踊団 懐かしのあの曲も披露 【 4K 】

下げ て 真ん中真ん中真ん 前前前前 はい、お願いします。 よいしょ。 よよ。 よろしくよ。い 張り切っているとあ、負けますよ。 自分の体は自分しか分かりません。もうあ、きつくなったらとえっと帰ってですね、体を休めて、えっと、十分気をつけて、えっと、令和 7 年度、えっと、議祭、え、盛り上げていきましょう。で、一応 9時出発になります。 すいません。今年もよろしくお願いいたします。 え、今日から4 日間みんなで頑張っていきましょう。青年含めて体調悪い人は言っていただいたら、ま、人によっては休んでいただきます。 人になって、 え、佐に関してはちょっとしい、あの、嘘つかんような人はもうすぐになってもらったら してもらうんで皆さんその対象の目に関しては踊り子さん金打ちと、え、名の方含めて皆さんで気遣ってやっていきましょう。で、良い利美容をしましょう。今年もよろしくお願いします。 よし、お願いします。 はい。 森川町ご内の皆様おはようございます。 え、今年度もどうぞよろしくお願いいたします。え、皆さんが、え、無事に日後こちらに戻ってこられますよう、こちらも、え、タバ要として精杯、え、舞台を盛り上げてまいりたいと思いますので、え、皆さんも一緒に 4 日間楽しんで無事に限定さんのところに戻ってきたいと思います。戻ってきましょう。よろしくお願いいたします。 に君の男をりや始末や始 救屈だろう 。 させ なあなただから とえろ か。 今取り出した。 熱くない。大丈夫、 大丈夫。頑張って。 はい。です。待ってる。 しい涙を果てた身を救しぱは 2人をみりえ とさせの世界へ。 それ、それ、それ、それ、それ、それ、それ、それ、それ、それ、それよっしゃ。ち、雪るようは。 はい。はい。はい。 ありがとうございました。 はい、ありがとうございました。 ありがとうございました。 お疲れ様でした。 お願いします。 ございます。痛い。痛い。首だ。 あげた。あげて。言った。 言った。 さよなら。さよなら。月になった。 の 祭り歌 は早触る まで 男も 今日からお前はになれ目をつり耳をさでお あ、こっち、こっち、こっち。 おお れおさ おお、おい、おい、おい、おい、おい、お、 2歩し、ワし、 一歩し、ワ お 様日 のに私 お 明日は 若しを忘れたの 赤い命の花咲かせる 2人はなると 発恋の日の手が余るさもよ よかないよ。 お前には あ、恥ずかしいとこは見せられない。 飲んで 飲まれて飲んで 困れて 寂しくて いの い よしよしよ。 はい。はい。 おら に早い夜がけました。 サイズないです。 赤い止まりそんな濃い坂はビるか。 もう1度も 1 度生まれ変わって行きましょう。はいはいはい。 えっと皆さん今年もお世話になっております。ご挨拶ました双葉団です。今年もどうぞよろしくお願いします。 はい。え、始まりまして、もう2日が、え 、タ、え、2日目が終了しようとしており ます。えっと、その中でですね、え、こう やって堀川町にご縁をいただいて、え、 長いことお付き合いをしていただいてる中 で、え、今年初めてのあの、なんて言うん ですかね、チャレンジと言いますか、あの 、素晴らしいアイデアをいただいて、私も とてもあの、楽しみにしておりますし、 えっと、とても貴重な経験をさせて いただくことにとてもありがたく思います 。 えっとね、いろんな腸内がありますけれども、この堀川町で、え、踊れてとても嬉しいと思います。 これからもどうぞ よろしくお願いいたします。 私が、私たちがね、準備したものではございませんけれども、え、気持ちよく任せていただきたいと思います。 それではまたね、え、ちびっこのために、え、巻きますのでしっかり元気を出して追っていただいた、追ってくれる子には拾えるようにこう投げていきたいと思いますので、大きな声で終えるかな? すいません。ちょっと時代が違うようですね。え、皆さんどんな、え、反応していただけますかね?行けるか? 行ける。 ちょちょちょちょっと違うみたい。私まだ平成までなんですけれども、え、昭和の皆さんではないかもしれませんけれどもいた友が欲しいですね。 よろしいでしょうか?じゃ、あの年配の方に巻きましょうか?大丈夫?元気あるかな? 練習しよう。練習練習。け、けちゃん。けちゃん。 大きい声か。 もう優しい優しい水希さんをね、合格といたしましょう。それではみんな声合わせていくよ。せーの。 いいと思った。 ごめんなさいね。 すいません。 私がごめん、ごめん。ごめ、こ、いいと思いくぞ。行くぞ。行くぞ。 元気出してくれるかな? いいと思。 それでは行きましょう。ドー。 い、おい、おい、おいさ、おいし、おいさ。 マイク長い水け。 おいさおいしさおいしさおいしさどんどん巻いてどんどん巻いておいさおいしさおいしさ拾って拾っておいしさおいしん巻いて止めないとおいしょいしょ ちょっと見てるだけなくて元気を与えてくださいま おいさおいさおいさおいさおいさ おいさおいさおいさおいさあここでふを開けるがおいさ 1枚ずつおいさおいさお はい。はい。ほいさん。ほいさん。ほいさ。ほいさ。ほいさ。 あ、ちょっと皆さん元気がないと引き出せませんよ。 今日はしですよ。どん どんどんでした。 すいません。さ、お付き合いただきましてありがとうございました。 あと2 日間。あと、え、お土産持っていってからと、あと 2 日間ですね。皆さんご安全によろしくお願いいたします。 ありがとうございました。 シ

大分県中津市  闇無濱神社
大分県指定無形民俗文化財「中津祇園」(下祇園)
下祇園三番車 堀川町踊車
令和7年(2025)7月24日(木)・25日(金)町内回り

2日間にわたる町内での曳行の様子です。

00:00 7月24日(木)
11:31 7月25日(金)

映像協力:Y.M、K.M
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豊前国に分布する芸能舞台付きの「だんじり」

・舞台の上で芸能を披露する
・大人数で曳き回す
かつて、この2つの特性を持った「だんじり」が江戸期の大坂三郷で多数見られたといいます。

しかし、このような「だんじり」は、いつしか近畿圏の祭から徐々に姿を消し、曳行と彫物に特化した「だんじり」へと変化していきました。

一方で、御神輿と作り物の車が中心だった中津祇園(大分県中津市)では、1683年、栄華を好む中津藩主が大坂に祇園車を注文して、中津城下の代表であった豊後町に与え、後に各町が舞台付きの踊車を出すようになりました。

それが現在の中津祇園の基礎となった他、豊前地域一帯の曳車の出る各祭にも影響を及ぼしました。

豊前国における祇園車(踊車)は、江戸期の大坂型地車(だんじり)今に伝える、貴重な曳車と表現してもよいかもしれません。

参考:森田玲「日本だんじり文化論」(創元社)

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「遣り取り」(やりどり)とは  

下祇園の御神幸の見せ所である、令和4年(2022)の祇園車「遣り取り」(やりどり)シーンを集めました。

「遣り取り」(やりどり)とは、祇園車が高速のまま交差点に進入し、一気に進路を変えることを言います。

祇園車には自動車のようなハンドルが付いていないので、重さが数トンもある祇園車の進路を効率的に変えるために様々な工夫がなされています。

その一つが舵取りの合図です。

下祇園では、舵取りに操船の言葉を使います。

面舵(右に曲がる)、取舵(左に曲がる)、良候(ヨーソロー、舵取りの必要なし)の言葉を使い、瞬時に舵が取れるようにしています。

中津の祇園車は、江戸期の大坂三郷のだんじりの影響を受けているとされており、だんじりのルーツである川御座船の残響が、九州の曳車に見い出されることは大変興味深い事例とされています。

◎遣り取り集 Vol.1 (船町上の辻)はこちら

◎遣り取り集 Vol.2 (古魚町中の辻)はこちら

◎遣り取り集 Vol.3 (2022)はこちら

◎遣り取り集 Vol.4 (2024)はこちら

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