バイクで行く「おくのほそ道」❸多賀城・鹽竈・松島・平泉| 堆積岩の侵食地形と 奥羽山脈の火砕流🌋

え、おはようございます。ここはあの仙台 なんですが天気悪いですね。え、ではまず 朝ご飯を食べます。ということで朝ご飯 です。外はがっつり雨が降っています。 視聴者の皆さん大喜びですね。え、 おはようございます。今日はね、こちらに 泊まっておりましたが、え、仙台です。 宮城ですね。ま、宮城なんて今はもうない んですけど、もうね、今は宅地開発され ちゃって宮城なんていうものはないんです が。 では、ここからまずは田城に向かいます。 さて今回は仙台の南岩沼を出発し、奥の 細道、欧州寺の最終目的地、平泉の中村寺 へ向かいます。途中高城、末の松山、松島 に立ち寄った後は北上高知の麓元を一気に 北上して平泉へ向かいます。支出を見て みると、仙台の周辺は日本海の拡大が進ん だ約2000万から1500万年前の体積 癌と流門岩室の火山などがツもった新食 地形が中心で松島もこの体積癌が作った 絶景うん。ま、一応絶景です。ここから 圧倒的に古い約2億5000万年前の体積 癌が流気した北上高知を通り抜けて約 700万年前以降大三脈の火山活動によっ て火災流が押し寄せてきた平泉へ向かい ます。で、中村寺もこの火災流の上にある のですが平泉の土台の火災流がよく観察 できる原理に立ち寄っていきます。ここは 場所は立ち寄ってない場所なんですが、 分厚い火災流の層がよく観察できます。と いうことで、今回も岩石大好き松オの即石 を辿どって地形地質を見ていきます。 よろしくお願いします。ま、高条というの は今もあの地名に残っていますが、昔あの 古いお城があったんですね。古ですね。古 を訪れたということなので、ちょっと そちらの古に行ってみます。では現代の 主要街道ですね。これはあの仙台東武道路 。え、ではこちらに乗っていきます。配 1mだって低いですね。この辺はおそらく 東日本大震災でもう津波でねしたんですよ ね。もうよくよく考えると震災も10何年 前ですからね。14年前か。信じがいな。 え、では高条に向かいます。まあでも大雨 じゃなくて良かったですね。で、こっから 北に向かうに連れて少しずつ天気が良く なってくるらしいので、北の方は確かにね 、雲が薄いですよ。本当は光道のところ ですね。光道というのは中村地本石道です か?あ、仙内に入ります。 とゆかし 森の都 あの人はもいない 時は巡り また夏が来て えということで森の都仙台ですが仙台はね 今日はま、ほぼ通らないですよ。ま、場所 は仙台に45日止まったそうですが仙台 市街地が見えますね。では高城市に入り ます。にはね、あのなんだっけ?石壺壺石 だったか忘れましたけど、これもなんか 仙台半守が多城の跡を見つけた時に立てた 石碑かな。その多城の跡がですね、もう 多城インターのすぐ横にあるんですよ。な ので、その高城インター降りて、ま、あの 右手の高台かな?右手に高台が見えます けど、多分あれが高城の後でしょう。では ここ左にいて、あちらの高台ですね。高台 の方に上がっていきます。おお。なんかが 再現しちゃったりしますが、ちょっとお寺 の駐車場に止めさせてもらおうか。え、と いうことでバイク止めましたがこれね、 ちょっとレンズがもう湿気で曇って、え、 で、この、こちらがその高城ですね。高城 をちょっと見に行ってみましょうか。え、 で、これがその高城の南門と書いてあるん ですけど、見えますかね?も、これレンズ が曇もってちょっとしばらく取れないな。 ま、この左手に、ま、多城の、え、石皮が あります。え、ということで、ま、多条の 上に上がってきたんですけど、ここにあの 説明文が書いてあって、多城壺の石踏みと 書いてありますが、え、奈良時代に多城の 修像を記念して制作された石碑ですと書い てあります。で、書いてありますね。江戸 時代にここを訪れた松尾場所は時間と共に 変わり歌枕の中で、え、高賀城日だけが昔 からの変わらぬ姿をとめていることに感動 したことを奥の細道に記していますと書い てあります。で、その石碑がどれかという と、あれなんです。あそこにお道があるん ですけど、見えますかね?あそこのお道の 中に石碑が立っています。ちなみにですね 、この高城はこの高台にあるんですけど、 この高台は大体2000万年前ぐらいかな 。2000万から1700万年前ぐらいの 体積癌の上に立っています。ほら、これ 体積癌が落ちてるでしょ?差ですね。砂が 固まってできたです。このあるところに このタガ条があるんですね。です。で、 このの高台の上にお城があって、そこに あの松尾和省が感動したというね、壺の 石踏みが今でも残ってますよ。ま、書いて あるのはこの回収した誰だったかな?藤原 のなんとかが回収をしたんだぞみたいな。 そういうことが書いてあるんですけど、 これですね、藤原のエミのアソン、え、朝 かこの人の功績を称える文書ですね。この 人が修繕工事をしてましたよと。で、ここ にも書いてありますが、え、木は歌枕壺の 石踏みとしても有名ということで、それで 松尾賞が来たんですね。え、松尾武将は旅 の途中火と対面し、その時の感動を記して いますと書いてあります。それがあのこの 石踏みなんですけど、 これねもうあのこれちなみに国報らしい ですよ。国報なんですけどこういうあの お道の中に置いてあるんですね。あ、なん か書いてありますね。確かに西ンタラカン タラって書いてあります。もうね、 うっすらしていて読みにくいですけど、 こういうあの石なんですね。で、ここには ね、この立派な門が南門ですかね。南門が 整備されてるんですが、こっから眺めると やっぱり長めはいいですね。ま、ここが あの体積癌の2000万年前の体積癌が 流気して出てきているところなので、 見晴しはね、すごくいいですね。え、仙台 の市街市方面がよく見えます。え、ちなみ にこの門から後ろですね。この後ろに高台 が続いてるんですけど、この高台のあちら の方に成長があったのかな?え、ま、奈良 時代とかの政治を行っていた場所かな。 この辺りその高台がいろんなね、その昔 から祭りを行うとこがあったんですね。と いうことで松尾場所を見に来たこの壺の 石踏みでした。こうやってこうお道でね、 ちゃんと保護してあるんですね。え、と いうことで高条でした。じゃ、ここから 海沿いのね、あの末野松山というこれは あの歌枕としてめちゃめちゃ有名ですね。 私も知ってますよ。ここはあの歌枕として はめちゃめちゃ有名なとこですね。末の 松山は確か波ということで有名なところ だったかな。末の松山はね、あのそこ波る ことはないという、ま、伝説と共に有名に なっていた場所なんですが、な、末野松山 波小さじとかなんかそんなね、末野松山と 波がセットで使われることが多い。多いと いうかなんか基本そうだった気がします けど、ま、でも2011年の東日本大震災 では声の松山を波は超えたのか超えなかっ たのかどっちなんだいって感じですけど どうなんでしょうね。え、では末の松山に 向かいます。もうこっからすぐですよ。 すぐそこです。おお、電車が来てますね。 何が来るかな?何が来るかな?おい、おい 。いつになったら来んだよ。お、来た、来 た。へえ。 4両編成の可愛い電車が行けましたね。う 。え、では踏切りを超えて水の松山まで あと7分ですね。7分進んでいきます。え 、ではね、ま、もうすぐその末野松山です 。さっきも話した通りその末野松山は波が こさないということでね。だから若の中で は末の松山を波が超えることをありえない ことの例えとしてよく使ってたと思います けどね。はい。じゃ、ちょっとここで左に 行って水の松山を見に行きます。ここなん かどう考えても波腰ですけどね。えっと、 ここ左。え、こんなとこなの?あ、書いて ある。書いてある。末の松山て。あ、確か にここちょっと高くなってますね。へえ。 あ、だからここ波だ。 へえ。へえ。そうなんだ。はい。はい。 ここで止めますね。へえ。これが末の松山 だって。この周りに比べるとね、高台に なっています。え、ということで、これが 末の松山ですね。波が超えることがないと いうねことでよく若に出てくる末の松山 です。これね、実際確かにここ高台になっ てるんですけど、こっちね、こちらを見る と低いんですよ。あちらは低くなっていて 、ここは高いです。ここ残球なのかな? あの、丘が残ってるんですね。先ほどと 同じ多分体積癌の丘だと思いますけど。で 、多分ここに案内看板があったと思うん ですけど、抜け落ちてなくなってますね。 で、えっと、こちらに石碑があるんです けど、あの、この末の松山のね、若は結構 色々有名なのがあって、多分これ有名な やつの1つだと思いますけど、君を置きて 足心を我が束末の松山、波もなんと書いて あるんですけど、これはあの、ま、心って いうのがなんて言うの?ま、浮気な心です ね。だから君をほったらかして浮気心を私 が持ってしまったとしたら末の松山を波 ちゃうんですかねみたいなこと。これあり えないことなんですよ。だからそんなあり えないことがあるのかなみたいな話ですね 。ま、つまりそんなことはしませんよって いう歌なんですけど、あの熱愛の歌ですね 。ということでここに末の松山ってね、 あの石碑が立っていますがこれねでかいね 。ま、ちなみにこれは加工ガかな?加工ガ でできた石碑かな?加工ガですかね?どう なんだろう?ちなみにね、え、今ここに 保存してあるこの木は樹霊は480年 らしいですよ。ということはちょうど、ま 、場所が旅をしていた頃にはまだそんなに 大きくなかった松木ですね。それがここに 保存してあります。え、ということで末の 松山でした。ここもまたね、なかなか なるほどね。がここ台になっていて本当に 波がこさないよと。この辺ね確かに停地 ばっかりなんですよ。この通り地なんです けど。そうっすね。ここだったら確かに波 なさそうだな。ま、東日本大震災の時に 超えたかどうかはちょっとね、あの アフレコで さて、先ほどの末野松山東日本大震災で 波超えたと思いますか?どっちと思います か?実はね、ここ超えなかったらしいん ですね。だから若でありえないことという 例えは本当なんですね。確かに高いですね 。あそこね。え、では次はあの松尾場所が お参りをしたということで本文に記載が ある塩川神社に行きます。え、で先ほどの あの末野松山はね、あのありえないことの 例えとしてよく歌に出てくるんですけど、 ま、さっきの歌はだから私が浮気心を持つ なんてことはありえないんだよって言って 、もうあなただったらちゅっちゅみたいな 話なんですけど、もうね、新婚さん いらっしゃいって話ですけど、3年ぐらい 経つね、3年目の浮気ぐらい大めり見ろよ 。手をついて謝っても許してあげないって なるわけですよ。ま、という冗談をさて おき、え、塩釜神社はね、ま、こちらも また高台にあります。こちらも体石癌の上 かな?ちょっと、ま、見に行ってみ ましょう。え、ではこの左のあの給料かな ?あの岡、え、塩川神社ですね。この辺は なんかすごい重向きがあるな。え、で、 塩釜神社とはね、あの旧事体で書くとこう なんですね。塩釜神社。 え、ではここで左に曲がって塩川神社にお 参りします。え、これはんだろう?差です かね?か体石がなんだろ?これ業界がかな ?え、では塩釜神社に上がっていきます。 すごい魚すね、これ。え、では第1駐車場 がここなのかな?はい、じゃあ駐車場に ちょっと止めさせてもらって、ちょっと 塩川神社にお参りしましょう。あんまり こう傾いてないといいですね。ここにする か。はい。じゃあ、ここでちょっと止めて お参りします。塩釜神社ですね。え、と いうことでそこにバイク止めましたが こっちかな?こちらが3道です。ああ。で 、やっぱりここもですね、あの体石癌の丘 なんですが、ここにはサザレ石があります よ。みんな大好き。歴眼ですね。歴が 固まってできた、ま、体積癌の石の サザれ石が置いてあります。ここで取れた ものかは分からないけどね。こちらがその 神社なんですけどな、何て書いてあるん だろう?これ。千葉彦神社 塩釜じゃないんだ。そ、あんま神社のこと 分かってないんですけど。神社にお参りし ましょうね。これはあれなんすね。し彦 神社って読むんだ。その塩釜神社の下に あるんですよ。あちらがその塩釜神社のま 、本殿なのかな。本殿のお横にある。これ な、何て言うんでしょう?神社のことが マジで分からんけど。もう1個神社があり ます。ここにありがたい説明がありました ね。昔はちょっと違うところにあった らしいですよ。えっと、なんか川のほりに あったって書いてありますね。それがま、 手間でどうしようもないので、この塩釜 神社の別に移して、え、ま、ま、られまし たと書いてあります。そうなんですね。だ から、あの、映ってきたんですね、ここに 。なるほど。で、そちらがそのし彦神社で 、こちらがその塩釜神社ですね。もう、 あの、水しきでね、もうまともに映像が 取れませんけど、もう。え、で、こちらが あの、本ですね。この小犬は何だろう?で もなんか火星っぽいな。多分火山でしょ。 ふーん。元部ガかな。なんかそんな感じの 安算癌かもしれない。なんかそんな感じの 岩です。すごいね。この柄の中はこの本道 がね、右と左に分かれてる。これに別宮て 別かなっていうのがありますね。ま、ここ ね、あの、あそこ左右に分かれてるんです けど、ま、ちなみに向かって左が右なん ですね。で、向かって右が左になってる。 神様から見て左右なんだ。で、ま、どっち にお参りをしてもいいらしいです。あの、 一応ね、所の方に聞いたらそういうこと でした。両方もお参りしてもいいよと。で 、外には牛君がいます。可愛い牛ですね。 これは何だ?これもやっぱりこれは火星 でしょうね。あんまり体積の後もないしね 。おお。アンザかな?多分アンザでしょう 。ほら、これ灰色ですからね。こういう色 の岩なので多分安算でしょう。撫で牛君 です。アン算ガのね。可愛いですね。よし よし。え、ということでね、この塩釜神社 はかなりすごいとこ見たですね。え、東北 地方全体の守り神として頂手から熱い、え 、数系かなを受けたばかりでなく平泉の 藤原市、え、仙台半州伊達市が進行してき た歴史のある神社ですと書いてあります。 うん。で、松尾場所もここをね、あの、 ちゃんとお参りをしているというわけです 。どっかに石碑があるはずなんですけどね 。ということで、今神社から降りて行っ てるんですけど、これね、かなりやっぱり 神社がこの体積癌の高台にあることが 分かりますね。結構降りるんですけど、 この降りていった先にあの松尾場の四の地 、あの宿止まったところがあるらしいです 。ちょ、そちらに行ってみましょうか。ま 、これ結構降りてきたんですけどね。結構 街がまだ下に見えますよ。へえ。ここは 津波が来ても絶対に波さないですよ。 こっちの方がこさない。塩川神社ね。え、 では、え、松尾場所の四宿の地がもうその 辺かな。え、ということでもう平置ですね 。そこの下が平置なんですが下まで降りて きたところここなんですがここにあの看板 があって、え、場所を四の地と書いてあり ます。ここに止まったんですね。え、一応 あの、どこに止まったかが書いてあって、 えっと、ほレンジ門前と書いてあるんです けど、ちなみにこのお寺は今はなくって、 ま、明治元念にね、えっと、明治時代にね 、あの神社とお寺が分けられましたからね 、で、え、廃ジとなってしまって、で、 この辺りに止まったということなんですね 。この辺なのかな?これ何でしょうね?あ 、ここにあったんだ。ほレンンジってのが あったんですね。ほレンジテンプルと書い てあります。え、ほレン寺は信言州の人員 で、え、伊市の手厚い日のもどうのて書い てありますが、あ、新物分離で、え、ここ はやっぱり廃人になってしまったんですね 。この辺にお寺があったと。で、ここに 止まったってことですね。え、で、これ また上がらないいかんのか。この階段をね 。ああ、じゃ、上がってちょっとバイクに 乗って次は松島に向かいます。ちなみに今 これ駐車場なんですけど見てください。 この見事なロト。これ体積癌ですね。体石 癌の路島が出てきています。いいね。ほら 、層が見えるでしょ?こう積み重なってる んですね。おお、体積癌です。ええ 、ではちょっとここから山降りていきます ね。え、ということで塩川神社でした。 いや、本当ね、もうびっちゃびチですよ。 ああ、ではちょっと山を降りて行きます。 で、あの、海沿いですね。海の方に向かえ ます。もうテンション高下がりですよね。 もう本当びっちゃびチですよ。本当松島 方面ですね。左に曲がって松島方面に進ん でいきます。え、松島まで10分らしい ですけど、まあね、この雨だと町島行く人 も少ないでしょう。ちなみに松島は、松島 もやっぱり体積癌とか、ま、業界岸かな。 え、火山が固まった。ま、いろんなね、 その積み重なって固まったものが川によっ て進食をされて無数の谷ができて、で、 それが後でね、波で進食をされていって、 今のような島だらけの地形ができたという ところです。ま、僕何度も言ってますが、 松島はね、あんまり綺麗だとは思ったこと がないので、ま、一応松尾場所と空の日が あるので、ちょっとそちらを見て、次の 平泉の方に進んでいきたいと思います。え 、では陸町に入ります。なんだろ、あの 可愛いキャラクターは。で、海ですね。え 、あ、もうこの辺からすでに多海ですね。 で、街島にやってきたんですが、ここにね 、2輪専用中輪場というのがある情報を 見つけたので、ま、ここに止めてね、そこ にね、あの、松尾場所の日があるらしいの で、ちょっと行ってみましょう。ここなん と無料ですよ。2輪専用のね。ま、この ゲートの外ですからね。お、可愛い。なん か電車が来てますよ。 へえ。 で、ま、ここがですね、あの、マッチマ島 のもう外れなんですね。この向こうが マッチマ島のあの観光地、観光地してるの があちらなんですが、この手前のこの島に 実は松尾場所のがあるそうです。あ、そう 、そう。そこにバイク止めてますけどね。 うん。かっこいいですね。RS660。え 、ということでこちらですね。こちらの方 に、え、松尾場のがあります。お島かな? お島というところにね、あの船で来た らしいですよ。あれがお島か。あれがお島 なのでちょっとお島に行ってみましょう。 今はあの橋が渡してあります。で、この あちらですね。このあそこに見えてるのが お島という島なんですが、ま、この辺りの 地質はどうなっているのかと言うと、え、 基本的には業界で、えー、火山がね、 固まってできたこういう 見えますかね?つぶつぶの火山が 積み重なってできた土です。これがあの 体積をして、え、この辺りね、こう元々の 平地形を作っていたんですが、ま、氷河器 になるとこの海水面がね、下がるので、 もっと向こうまでね、あの、海がなかった わけです。この辺は全部陸口地だった頃に ここにいっぱい川が流れて谷を作って、ま 、いっぱいこう削って、それがさらにその 後波によって削られてね、この業界なんで やっぱり浸食されやすいんですよね。火山 が固まっただけなので進縮をされやすくっ て波によって進縮をされてま、あえやて ごまとね島ができていったというわけです 。それがこの松島ですね。で、これがその 大島に渡る橋なんですが、あちらがね、 あちらがその松島の松島、松島してる あの観光市があそこですね。で、その手前 のここの島が松尾が上陸したお島という島 です。このお島もう陸系統になりそうです ね、これ。陸警察が伸びてきてる。ここも あの、もうちょっとしたら多分繋がっ ちゃうと思いますけど。へえ。で、こちら もやっぱりあの業界ですね。火山が固まっ てできています。ほら、火山とちょっと あの火山の歴かな。 うん。ま、白いですね。かなりあの流門 岩室の火山だと思いますが、これが 積み重なってできているのがこの、ま、 松島全体がそうですね。こういうの業界癌 が、え、進食され残ってできているのが 松島です。へえ、なかなかいいですね。こ 陸警察が伸びてきてる。そこにあの奥の 細道、お島っていうね、看板が出てるん ですよ。見えますかね?あそこに奥の細道 と書いてあります。ここにね、あの松尾場 が船で上陸したんですね。いいですね。奥 の細道大島と書いてあります。この下は これはんだろう。これ編成ガっぽいな。 なんか筋が見えますが。ま、これも体積癌 の一種ですね。あ、でもなんかここにお道 がありますね。おお。雨だから誰もいなく ていいですね。え、ここになんかお道が 立っています。へえ。まあね、だからこの 業界岸の小さい島がここに残っていて、 これがお島という島なんですが、いや、 確かにね、島はいっぱいあって綺麗な景色 ではあるんですよ。ま、どんよりした 曇り空ですけどね。え、ということで、 これが松島です。海の水はね、汚いんです よね、これが。ま、この閉鎖的な海なんで ね、あちらの向こうの方が島で塞がれて ますけど、ここの海域は閉鎖的なので汚い です。え、ということで、この松島がね、 見えるこのお島なんですが、ま、このお島 に松尾場所が上陸をして、ま、ここに釘が ね、2つあるんですよ。え、で、このまず 右ですね、こちらの空が読んだ、可愛い空 が読んだこの歌は奥の細道に乗っています 。ほの街島や鶴に見かれほトギスというの を可い空が読んでいます。で、松尾場所は ね、あの気にいるのがなくて奥の細道には 歌を書いていませんが、ま、ここになんか 読んだ歌が書いてありますね。え、場所王 、朝尾王垂れ松、島、肩心というのを読ん だらしい。ま、これは奥の細道には乗って いません。え、ということでこれがお島 でした。ここがね、不思議な島ですよ。 ちっちゃいんですけどね。で、ここも やっぱりあの波打ち際場を見るとこの通り よく分かるんですが、これね、業界です。 火山が固まってきた業界が波ってこうやっ て浸食されてどんどん島がちっちゃくなっ ていくんですね。で、こうやって削られて いっぱい島ができたのが松島だということ です。で、駐車場の方に戻ってきたんです けど、ま、やっぱり内陸側を見てもこれは ね、業界なんですよ。こういう感じのあの 白いですね、あの火山が固まってできた 業界癌です。 へえ、結構見事ですよ。この駐車場の脇 ですけどね。そこ駐車場ですから。え、 こういう風に火山がね、いっぱいツモって います。え、では松島のね、大島でした。 え、ここからは平泉に向かいます。平泉と いえばね、皆さんも結構ご存知の方が多い と思いますが、あの中村寺根次機道で松尾 場所が残した1区が有名ですね。サだれの 振り残しや光というやつですね。え、その 歌を読んだね、え、中村寺磁石道に行き たいんですが、ま、その中村寺道はどう いう場所にあるのか実はね、あの、高台に あるんですけど、ま、当然お寺なんでね、 あの、いいところにあるんですけどさあ、 その高台はどうやってできたのかなという のを見に行くのがこのチャンネルなんです よ。で、その高台ができた理由が分かる 場所が実はちょっとこれは松尾場所は行け ないところなんですが、ちょっとね、1個 分かるあの場所があるので、そちらに寄っ てから中村事道に行きたいと思います。ま 、これにも火山活動がね、関係してるん ですが、松尾賞はどんだけ火山活動が好き なのという感じですけど、え、松尾賞は 岩石と地形地質が好きだったんじゃないか と思ってしまいますが、ま、松尾場所が 巡っていたのは歌枕と言ってね、あの、 大体その若の題材に良くなる場所。それを 見て回っていってたんですけど、ま、 やっぱ歌枕になるようなところは地形知的 にね、面白いということですね。え、では 平泉に向かいます。え、では現代のね、え 、主要街道、ま、主要街道ではないんだ。 脇海道街道ぐらいかな。三陸自動車道に 乗ります。え、では石巻方面かな?石巻 方面に向かいます。では早くて便利な三陸 自動車路道路に乗ります。で、ここから 平泉まではま、1時間半ぐらいですね。で 、現代の街道をバンバン走っていきます。 まあでもここまでずっと雨が降ってるなら ねえ、光、あの中村時道でも雨降ってて もらわないと困りますね。で、サだれがね 、光道を振り残しててくれないと。え、で 、今渡ってるのは旧北上川らしいです。 旧上川ってことは今の北上川違うとこ通っ てるんですかねえ。北上川渡ってここから 富市に入りました。で、次のトインターで 降りて、えっと、気仙沼方面に向かいます 。そっから一関。え、一関方面に向かい ます。岩手です。ついに岩手入りですよ。 おお、なんか雨が止みましたね。ああ、 こっから先はちょっと天気が良くなるかも しれん。中東道は雨が降っててくれた方が いいんですけど。ま、いいや。とりあえず 雨が止む方がバイクにとってはいいですよ 。ではそこのトインターで降ります。あの ね、正面、正面とかあの左手に見えてる あの山が栗ま山かな?ちょっとね、どれが 繰り込ま山かわかんないんですけど。ま、 多分そうでしょう。あの火山があるんです よ。ま、数百万年前ですね。700万年か な。え、数百万年前に起こした火西龍に よって平泉とかね、その辺りが多西流で 埋められてしまったんですが、この火西龍 が削られた警告があるので、ちょっと そちらを見に行ってみます。おお、なんか のんびりしたとこですね。今日も爽やか セーフティドライブなんでこりゃ。あ、で 、この辺は石の森翔太郎の故郷なんですね 。し森翔太郎、故郷記念館ってのがある。 ああ、この辺は美味しいお米が取れそう ですね。では、こっからですね、あの、 栗ま山の麓本に向かえます。多分栗マ山が あの山だと思うんですけどね。雲か被ぶっ てよく見えないですけど、多分あれだと 思いますね。いや、ここで左に行って、 これは北上川かな? この向こうにあの川があるんですけど、 多分北上川ですね。では、こちらから一関 方面に向かいます。の関市に入りました。 え、ついに岩手県入りですよ。え、中村 事道はギリギリ平泉の方にあんのかな。ま 、もう一関と平泉がね、もう本当隣、駅で 言うと隣かな。もう一関と平泉は めちゃめちゃ近いはずですよ。え、ではも なく一関です。で、えっと、原理までは、 ま、あと20分ぐらいですね。栗駒山は あれかな、あっちの方が栗駒山なんです けどね。え、では、栗ま山からね、流れて きた葛西ですね。あ、そう、そう。この左 が栗コマと書いてありますが、この左手の 栗コマから流れてきたパサレが作ったね、 え、原理を見に行きます。ここ左で原の方 に向かいます。このね、原がなかなかいい ところらしいんですよ。ま、ちょっと見て みましょうね。あ、で、正面に見えるあの 山ですね。正面に山が見えますが、あちら が栗駒山ですね。で、あの、繰りこ山から この辺りに火西流が流れてきていて、その 火西龍が侵食されているのが原美系です。 え、ではそこに看板が出ていますが、原理 系入り口と書いてありますので、ここで左 に行きます。 これですね、天然記念物ですよ。原美系 です。え、ということで、ま、お、すごい 、すごいすごいすよ。へえ、火災流がね、 侵食されてるんですね。え、ではちょっと ここ左で原の駐車場があるみたいなんで、 ちょっとそちらに行ってみましょう。え、 ということで原系です。お、これはすごい ね。ええ 、お買い物をすれば無料とかそんな駐車場 があるけどバイク止められるかな? ちょっと聞いてみるか。ま、300円 らしいですがバイクはオッケーだったので 到着です。え、ということでそこにバイク を止めたんですが そこに猫がいる。 おい、猫、猫。 おい、 なんかいえ。 え、ということで原美系というとこにやっ てきてね、あの、駐車券は買ったんで 300円でしたね。も、バイクだろうと車 だろうと300円みたいですけど、ま、 この原理公園というところがですね、その 先ほど見えていた栗駒山からの、え、火災 流が流れてきて、その火災流が進食をされ ている、え、警谷ですね。この辺りはです ね、実は渓谷と言いながら周り結構広いん ですよ。この辺り、あのこの川がですね、 これな、何て言うんだっけ?岩側かな? 岩側がこの速報新色というのかな?こう横 にこうが打行しながらこう削っていった ところが今はね、あの下方向に侵食して いる過酷進食を受けてるところですね。と いうことでその川沿いに降りてきたんです けど、こういう風にですね、ま、火流が こう出てきてるんですね。これ火災流なん ですよ。へえ。これなかなかすごいですね 。なかなかいや、結構これ厚みがあるん ですよ。厚みがある。このま、栗駒山から 流れてきたこの火流ですね。大体700万 年前ぐらいのこの火流が押し寄せてきて、 ま、こんだけね、分厚くツモってるんです ね。で、それが今こう過酷新食、下の方に 進色をされてるんですが、これがあの平泉 の市街市の方ですね。そちらまで流れて いって、で、今あの本ジ起道があるところ もこの同じ火災流です。この火災流が ツモってできている第地の上にコンジ道が 立っているというわけです。で、その火流 をね、見るのにここが1番いいので、 ちょっと一旦ここに寄ってきました。ま、 ちなみにこの岩はどんなかで言うと やっぱりね、こうボツボツ穴が開いてるん ですよね。ま、葛西流でこうドっと流れて きて、ま、ガスとかもね、一緒に流れて くるんで、ガスがね、いっぱい入ってた跡 がありますね。これはどうかな?安算岩室 かな?こういう感じの灰色の岩ですね。 安算岩室の、え、火流です。ま、火流が かなりの厚みをね、持って流れてきたと いうことがよくわかります。ま、それにし てもここ結構不思議なんですよね。こう 周りはこれだけ平で、ま、向こうもね、 かなり平なんですが、こういう平なところ にここだけね、だ、ここでもう急に川が 深く削り始めてるというね、ま、ここで 定まってどんどん削っていったんでしょう 。そこが川です。これだけね、ここだけ 深く削られてるんですね。なんか一部には ね、こんな水が流れ込んでここも進食され ていってますね。こういう流れ込んでいる 小川もあります。ま、あの、原理系のね、 深いところはあそこのもかなり深いところ まで削られてるんですけど、こちらは小川 が流れ込んできてますね。そちらがその川 なんですけど、これは祝い側っていう川な んですね。で、これが原理系という風に なってます。で、ちなみに橋の上から見る とこんな感じですね。へえ、結構な深さが ある。これがその栗駒山の火流が流れてき てできたこの分厚さのあるね、ま、溶血 業界かな。火山とかが溶けながら固まった ものです。あそこにがありますね。あの ポットホールがあります。あの中でこう 水流によって石がぐるぐる回ってね、穴が 開いたものですね。あ、ポットホールが ある。え、ということで原美系でした。で 、そこの橋がこの天狗橋という橋なんです けど、この川は岩川という川ですね。岩川 という川沿いにこの溶血業界ですね。この 栗駒山から流れてきた溶血業界がこの通り 侵食されている谷があるということでした 。こっからその火西流のね、あの第地の上 にある中村寺を見に行きます。いいですね 。ここもよく見えます。え、では原理系 でした。ここはなかなか面白かったですね 。え、人めっちゃいますよ。 このね、火災流が、え、平泉の市街地の方 にも押し寄せているというわけです。え、 では平泉の方に向かいます。で、中村寺に 行く前にですね、え、ま、夏草屋の歌を 読んだところ、夏草屋のカヒがあるところ がね、ちょっと中村寺の手前にあるので先 にそちらに寄って行きます。では、平泉町 に入ります。おお、なんかあそこの崖 すごいですねえ。では、モじまで6kg、 中寺までは8kgです。もうここの崖も すごいですね、これ。へえ。ここですね。 えっと、猛時50円。この辺かな?よう わからんけど、この辺止めときなきゃえん か。はい。え、ということでバイクを止め ましたがバイクはね、50円ですよ。安い 。 で、こちらがそのお寺ですね。えっと、 猛じって読むらしい。読めないですけどね 。ほど上がっていくとすぐだよと教えて くれました。え、ということで、こちらが 妄通字なんですが、ここも排管がいるんか ?700円ですよ。本当お金ばっかかかる な、本当。え、ということで、 じね、え、妄通時に入ってきたんですけど 、ま、ここにあの松尾場のがあるんですね 。そのために別にお寺全然見たくないん ですけど、あの、配管管量払って入ってき ました。さあ、はどこかな?あ、あった、 あった。あの、ここにですね、まず永約の があるんですね。松草永役のクというのが あります。さあ、なんて翻訳されてあるか というと、ザマーグラースティ thisallザレft アンシントウォリアズムっ て書いてある。へえ。あ、ニト部稲なんだ 。ニト部稲の役なんですね。あ、 5000円札のおじさんですね、昔のね。 というのがここに石碑があります。これは 何だろうな。これもなんか安算っぽいです ね。で、あちらがその永役ので、こちらに あの日本語のがあります。これでもあの総 で読めないんですけどね。え、夏草やつ物 どが夢の後ですね。その石碑がこれ。この 石は何でしょうね?これはね、これも やっぱりあれかな?なんか業界かな?安山 岩室の業界かな?ま、あの火災流の石かも しれませんね。で、これがその妄通寺の 本殿ですね。横にはこう池があるんですよ 。結構でかい池があります。ま、この池は なかなかね、すごいすね。これ作ってある んですけど、月山があるんです。で、4m の高さに各種の石を立ててと書いてあり ますが、さあ、この石は何なんでしょうね 。あ、なんか編成感とか入ってますよ、 多分。へえ、色々持ってきたんでしょうね 。編成ガかな?わかんねえけど。ああ、で もなんかやっぱ火山っぽいか。火山っぽい ですかね。なんだろうこれ。なんだろうな 。もうね、コケムしててわかんないです けどね。ま、確かに庭園は綺麗ですね、 これ。へえ。松もね、こうやって生えてて ね。ああ、この池のね、この庭園は めちゃめちゃ綺麗ですよ。ま、ただね、 この芝が綺麗に狩られちゃってて、 あんまりこの夏草やつ物どもが夢の後感は ないすけどね。めちゃめちゃ綺麗ですよ。 これじゃあしばかりの跡ですよ。ちなみに ですね、このなんかここにいっぱいこう石 が引き詰めてあるんですけど、これ何かな と思ったらこれは多分ね、業界じゃないか な。これは火山が固まったものですが。 これはサかな。サっぽいのとか。これはね 、多分マグマが固まったものですね。これ は多分安山癌か原部ガんですね。なんか いっぱいありますよ。あ、これ体積癌だな 。多分こんな感じでこういろんな岩石が 積んであります。ま、ただこのね、えっと 、この第地自体は火災流の第地なので、ま 、基本的にはここは業界、ま、溶血業界岸 がね、あの、作った大地です。ま、なので ここの辺りを見てると基本的に1番多いの はやっぱり安山感っぽいかな。こうなんか 灰色の岩が多いと思うんですけど。安山が 中心ですかね。へえ。で、そちらが池なん ですが、こちらにね、あの、なんか川が 流れてきてるんです。ちっちゃい川が流れ てきていて、え、これ水と書いてあります 。庭園の発掘調査中に当時の姿のまま発見 されたと書いてあります。え、槍水の移行 は奈良の急席庭園を除いては霊がなく、 平安時代の移行としては唯一のものである 。だそうですよ。え、槍水は池に水を 取り入れる水路であり、え、玉石を底に 敷き詰め、流れには水越し、水切りの石、 その他水の曲がり角や池の注ぎ口に石組を 配置するなどと書いてあります。お、で、 ここは極水の円の舞台にもなるんだって。 ええ、国水?これ確か水の円って読んだと 思うんですけど、ここでは国って読むん ですかね。ま、この曲水の園って何かって 言うと、な、何だったかな、なんかを流し てる間にね、若を読むなんか貴族たちの 遊びのことですけど、何だったかな?何 流すんでしたっけ?調べたら分かったん ですけど、その自分の逆月きをこう流して きて、自分の目の前を通りすぎる時までに 若を読むというね、なんかそういう遊び だったらしい。これ結構時間ないぞ。そう ですよね。あんまり時間ないと思うんです けどね。ま、平安時代のあの若を読む リアルタイムアタックみたいなやつですよ 。それが曲水の円です。でですね、そこに あの池に向かってこうビヨンって半島が 伸びてるんですけど、これを浜と言う らしいんですが、いいことが書いてあり ますよ。これはあの広々とした海岸のサス を表現しており、水移の症候に応じでその 姿を変化させると書いてあります。へえ。 サスをね、イメージしてこのお庭が作って あるんだってなかなかマニアックですね。 ま、この向こうに島があったらね、陸警察 になるんですけど、ちょっと島も作って 欲しかったな。え、ではも通でした。ここ にね、あの、ナツ草屋のカヒがあるという ことでやってきましたが、じゃ、こっから 中村寺に向かいます。で、この辺りも葛西 の第一です。栗駒山のね、葛西の第一地 です。正面が平泉駅ですね。そばど場所 だって。え、では中村寺まであと7分か。 なんか渋滞してますね。 よいしょ。ま、これ左に行ってどうかな。 え、では中村寺です。バイク。あ、分かり ました。バイクはここらしい。はい。 じゃあ到着です。いいね。じゃあバイク ここに止めて 中村寺を見に行きましょうね。え、では 中字寺ですね。本ジ起道を見に行きます。 で、これがま、三道なんですけど結構な高 さがありますね。ま、この上があの葛西流 の第地です。これね、映像で分かるか わかんないですけど、結構な坂ですよ。 ずっと坂を登ってきて、え、この上がカ西 の大地ですね。あの、栗駒山の噴出した カサルです。カルが積み重なってできた 大地です。ああ、上まで上がってくれた。 7年前か。7年前に来た時はちょっとね、 暑くて諦めたんですけど、今回来れました よ。で、これが本房と書いてあるので、ま 、こちらがあの本殿なんですね。ま、この 左手にあの本ジ度がね、もうちょっと奥に あります。ここに説明書きがありますけど 、え、本山は比山の円略なんですね。そっ から火を分けてもらってると書いてあり ます。ええ、ちなみにこのおはですね、 これは多分編成ガですね。編成のお図が あります。で、これが根食道ですね。 これはあの、あれか、発見なのか。 1000円は高いな。では配管券を買い ましたが書いてありますね。サだれの 振り残してや光1000円です。高いね。 じゃ、入っていきます。え、ということで 、これが光道なんですが、これもやっぱり ね、中は取れないみたいですが、ここも 結局コンクリート作りになってるんですね 。場所の頃とは随分違って立派になって ますよ。ということでね、この中は撮影 できませんけどね。 それが光道です。食堂ですね。立派になってますよ。で、この中にこう光ствоがあるんですけど、ここにがあります。松尾場の。え、サだれの振り残してやっていうのがね、もうかなり薄れてますけど、この道の真裏に配置してあります。ちなみにあの仏像はね、あちらを向いてます。あっちを向いてる形になってて後ろにありますね。 [音楽] ちなみにその松尾賞が来たのはこの2道 会長ね、こちらの光とこちらの共像という ね、え、お経が納められている。こちらの 2道が開いた時に来てすごい勘明を受けた ということです。 [音楽] [拍手] 松尾場所。 え、ということでここにちゃんとね、あの 松尾場所の像がありますよ。 こちらが旧副道って書いてあるんですけど、これが昔のあれかな道なのかな?ま、やっぱりそうみたいですね。こちらがその昔の副道みたいです。だから元々今のね、映される前、 1963年に映される前は こちらに、 こちらの中に起動があったんですね。 一されたと書いてあります。1288 年の、え、統例より修復が行われ、復動が立てられたと。へえ。 じゃ、そっからずっとね、これにこん中に あったんですね。それが今見えますかね? あっちに映ったんですね。へ、なんか こんなんで結構普通に入れるんですけど。 これもまた立派ですけどね。へえ。という ことで、ま、松尾場所が見に来たのは多分 こっちだったということですね。え、と いうことで光道でした。元々はね、場所が 見たのはこっちで今はあそこに移してある ということですね。で、ま、今機道から 降りてきたんですけど、あっちが起道でね 、こっちはすごいいい景色ですよ。ここ あの火西龍の第地なんですね。振り込ま山 が噴出した火西龍です。で、ちょっと帰り はですね、こっちがあの登ってきた道なん ですけど、こちらの月坂というのを降りて みましょう。ま、これ見て分かる通り すごい坂なんですが、ここは700万年前 の、え、繰り込山が噴出した葛西の第地 から降りていきます。相等な量の葛流を 噴出したということが分かりますね。え、 ということで根食起動でした。じゃ、こっ からも宿はね、この近くなので今日は平泉 に停まります。いや、でもね、あの中村地 は、ま、本時道はですね、ま、木星でうし を塗った上に金パを塗ってるらしいですが 、石じゃないからね、石物の方がいいです ね。ま、ということでこの、え、栗駒山の ね、火西流の第地の上に中村寺こ機道が あるということでした。ま、その葛西の 溶血業界癌を使って作った石像とかだっ たらすごく良かったんですけどね。ま、で も欧州藤原市のその、え、3台の栄養が 遺水のうちにして云ぬんのね話なんで、ま 、ロマンがあるっちゃありますけどね。 欧州藤原市はあれか、あの源の吉室を かまったことで潰されちゃったのかな。 ちょっとね、歴史がよくわからんけど、 多分そうでしょう。では今日は民宿に 泊まります。民宿姫の屋。1万ちょっと だったな。1万いくらかしましたけどね。 あれだ、あれだ。あの姫の屋というあそこ のあの民宿ですね。では今日はこちらの 民宿に停まります。駐車場がこれかな。 はい。はい。じゃあ到着です。 ええ、今日は20115ですね。 こういう宿なんですがいいですね。6畳か な?6畳のお部屋です。窓からはまあね、 あの、ま、この謎の空間があるんですけど いいですね。あの平泉の街が見えます。 ぼンチですね。よいしょ。ちょっとじゃ、 洗車しに行こう。ま、お夕飯の時間までね 、ちょっと時間ありますから。今日ちなみ にこの1番左の部屋に泊まってます。なん かめちゃめちゃいい景色ですね。この辺は 前沢、前沢になるのかな?ま、あの、地名 がよくわかんないですけど。あ、前沢か。 あ、この辺は前沢ですね。前沢駅がこの左 です。じゃ、ちょっとこの前沢駅前でね、 え、洗車をしようと思います。クリーン ボーイ。前沢 誰もいないですよ。いいね。じゃあここで ちょっと洗車します。え、この500円で いいや。水洗剤水が2分ずつですね。 ちなみにこの機械の名前ラグーンだっていいすね。 ソフトパワーが準備はよろしいです。洗車団を車に向けてソフトパワーです。これか。スタートします。 弱にしましたよ。あの一応ねますね。 これね。ああ、いいね。ま、一応この水もね、あんまり強く当てるとあんま良くないからすね。なんか遠くに行くたびにさ、毎回洗車してますよね。うん。もうこの辺も汚いんすよ。普段バケ 洗車ですから。うん。これ相当綺麗になる場合。 ああ、これで随分綺麗になりましたよ。ま 、元々がね、どんぐらい汚かったかわかん ないでしょうけど、かなり綺麗になりまし たよ。よかった。よかった。じゃあ宿に 戻って晩御飯を食べます。ああ、めっちゃ 綺麗だわ。ああ、洗車してよかった。え、 ではお宿に戻ります。 え、では帰ってきました。ということで 晩御飯です。本日のお宿は晩御飯付きで 広角類と貝は避けて欲しいと事前にお願い していたんですけど、手違いで何か見たく ないものが入っています。後から宿の方 からお詫びされましたが、高角類をのけて もすごい量です。しゃぶしゃぶも 美味しかったですしね。あとビールはビン ビールの大便しかなかったので大便を頼み ました。しゃぶしゃぶの横で似ているのは あさりバターです。あさりはギリギリ食べ られるので食べることにします。あとこの 小方がめちゃめちゃ美味しかったですね。 最後には茶も出てきました。本当にお腹 いっぱいになりましたね。ごちそうさでし た。ここホ部なんですけどピアノがあるん ですよね。ピアノ でも超は狂ってそうだな。 ということでピアノを引くのは諦めて本日 はここまで。さて次回は大三脈を超えて 日本海側の町坂田へ向かいます。ここから は毎日いいお天気です。まずは人前の席と いう石の跡を超えて山形県へ入っていき ます。ここは古いカルデラの切れ目が峠に なっていて、谷の中が太平洋側と日本海側 の分水になっています。黒中分水冷という 地形ですね。この辺りに場所は1泊した らしいです。場所はよっぽどの地形マニア ですね。そして場所の岩石マニアプリが 炸裂するのがこの山寺立地です。この ブツブツの穴だらけの石は火山が固まって できた業界癌でセミの声が岩に染み入り ます。そして豪雨を集めてドロドロも神側 を下り体積がいっぱい出散々を見ていき ます。それでは次回業界癌に染みるセミの 声山寺お楽しみに。まあねなぜこのセミの 声がしみるか確かにしみってるというか 反響してないんですよね。音が反響しない 秘密はこれです。これね、先ほどから見て いるこの業界が、この穴だらけの業界がだ から音を吸収するんです。実際本当に静か だと思いますよ。君の声 [音楽]

元禄2年、俳聖松尾芭蕉先生が歌枕を巡った「おくのほそ道」の旅。
和歌に詠まれる名所・歌枕は、地形や地質に特徴のある場所だらけ。なぜ歌の題材に選ばれたのか?地形の成り立ちから辿っていきます。

第3回の今回は、松尾芭蕉が辿ったルートのとおり
多賀城、末の松山、鹽竈神社、松島、平泉を見て回ります。

宮城県東部は、日本海の拡大時期・約2000万〜1500万年前の堆積岩がいっぱい。
この堆積岩の侵食地形が壺の碑・末の松山・鹽竈神社・松島の地形を作り、歌枕となりました。

そして芭蕉が目指した奥州路の最北地点は岩手県の平泉。奥羽山脈の火砕流が押し寄せた台地が広がっています。
「兵どもが 夢の跡…」の夏草と「五月雨の降り残してや」の光堂は、この火砕流を詠んだ句です🖌

…芭蕉さん、地形マニアですよね?🤔

参考:
「新版 おくのほそ道 現代語訳/曽良随行日記付き」角川ソフィア文庫
https://amzn.to/4mMow5m

地質図の出典:
産総研地質調査総合センター「20万分の1日本シームレス地質図 v2」
https://gbank.gsj.jp/seamless/v2/viewer/

#おくのほそ道
#バイク

25 Comments

  1. こんにちは〜
    ライダーさん😊
    「日本の地質構造100選」「おくのほそ道」は書店になくて、ネットで頼んでもらいました。
    おくのほそ道を読んでいたら止まりません!
    芭蕉も曾良さん共、情緒ある師弟に切なくなりました…
    ちなみに、昇開橋のある寺町の大川市に夫側のお寺は無形文化財で色々説明がありましたが、びっくり‼️日本地図を測量した時、「伊能忠敬」があのお寺に泊まっていたとか😮本も一緒に買いました。
    秋の夜長に勉強すること沢山です。配信楽しみに待っています🙇‍♀️

  2. わー!地元、地元。
    厳美渓で名物の「カッコウだんご」を食べて欲しかった!
    多賀城から一関に抜ける途中、涌谷町に寄って、日本で初めて金が発見された地であることで何か解説してくれると思った、

  3. 盛りだくさんの動画を堪能させていただきました。塩竈市の「塩竈」ですら難しいのに、旧字の「鹽竈」はとても書けません。遥か昔、仕事がら「塩竈」は、書いていました。書き順は適当でしたけど。「鹽竈」でなくてよかったです。当然極細字ペンでした。
    今回も地図で栗駒山を確認したり、「末の松山」の歌を「おくのほそ道」の注釈で見たりして、長く楽しませていただきました。
    また動画を再生してじっくり味わいたいと思います。ありがとうございました。

  4. いつも雨降り道中を揶揄してすみません🙇
    ついついいじりたくなってしまいます。
    宮城〜岩手も魅力的な地形が続きますね。
    私も雨の日に中尊寺金色堂を訪れましたが
    人出と湿気で一刻も早く外に出たくて
    ろくに見られませんでした。
    大人気観光地には近づかないのが最善ですね😂

  5. 悪天候の中の爆走、お疲れ様でした。

    松島は海沿いの山々が巨大な地滑りを起こして海に滑り込み、
    多島海を形成したと、どこかのテレビ番組で語られていたので、

    なるほど、と納得してしまっていましたが、
    どうやらその話はガセだったのかな。

    いまそんな説明をする人はいないもんな。

  6. 厳美渓に立ち寄った時に、「地理ライダー」さんだったら何て言うだろうなぁ~などと考えていたので、この動画を見れて良かったです。次回も楽しみにしてます

  7. 今回は多賀城碑がいちばんおもしろかったです😀 平城京・蝦夷國(奥州街道/海路?)・常陸國(浜通り)・下野國(中通り)・靺鞨國(鹽竈千賀の浦〜海路?)への距離が刻まれている🧭 多賀城は西日本なら差し詰め太宰府のポジションな気がします。芭蕉先生はそこを読んで感動されたのか🤔 東北の太平洋岸で北上阿武隈両高地のハザマにある水陸交通結節点?松島鹽竈多賀城は北の政庁・要塞に最適だったのかもしれません⚠
    ともあれ私的な妄想😂は別として、懐かしい毛越寺中尊寺前沢の記憶が呼び戻され楽しかったです🤗

  8. 30年程前、一ノ関市の隣の宮城県金成町に住む大学時代の友人の案内で厳美渓・毛越寺・中尊寺を、また、女川原子力発電所見学の帰り道、瑞巌寺・松島(雄島)を訪れたことがあり、とても、懐かしくは拝見させて頂きました。歌枕の壷の碑・末の松山・雄島の場所も良くわかり、地形・地質だけでなく、とても勉強になります。次回からは、奥羽山脈を越え、日本海側がメインですが益々期待が膨らみます。

  9. いつ拝見しても味わい深いクリップで楽しんでいます。仙台から松島は大震災半年後に仕事で訪れたことがあります。その3年前にも仙台東道路IC直近のルートインに泊まっており、3Fの部屋からなぜか「津波が来たら東道路を境にして生死が分けられるのか・・・」と考えながら仙台東道路を眺めていました。震災後の訪問でもこのルートインを利用してフロントで尋ねたんですが「ご想像の通りでしたよ・・・」と目をウルウルさせて口をつぐんでしまいました。聞くまでもありませんでしたよね。松島周辺は海岸沿いの駐車場のアスファルトは流される、お土産屋さんは半分以下しか営業していないなど大変そうでした。お土産屋さんで¥1200のお菓子を買ったんですがお釣りをもらわずに帰りました。毛越寺と金色堂は別の機会に訪問しましたが、クリップと全く同じルートで拝観したので思い出深いものがありました。山寺とその周辺は行ったことが無いので次のクリップが楽しみです。

  10. 分かってたけど金色堂が建物の中に有るの見て少しガッカリしたのとその横に芭蕉さんの石像があったのはよーく覚えてます。

  11. 雨が降ったり止んだりと変な天気の中大変でしたね😂
    これだけ降ったら洗車しないとやってられないですもんね…
    平泉の金色堂には行ったことがあるのですが、結構坂を登るなぁと思ったら火砕流の台地の上だったとは…
    来週はいよいよ日本海側へ…楽しみにしています😊

  12. 岩手県や宮城県を走る気仙沼線や石巻線や仙石線を乗った約3箇月後に東北太平洋沖地震が発生しました。あの時は時期がずれていたとは言え、ヒヤリとしました。
    その後、気仙沼線の一部区間の線路がBRT(バス・ラビット・トランジット)化により、レールが剥がされアスファルト舗装されたバス専用道路に転用されました。その時は「震災前に乗っておいて良かった」と思いました。
    多賀城近くの「末の松山」は平安時代の貞観地震で多賀城が被災したのにも関わらず津波の襲来を受けなかったとウイキペディアに書いてありました。こんな事があるんですね、

  13. やっぱりライダーさんと雨は
    ドラえもんとのび太くんくらいつきものですね

  14. 天気の悪い日が本当に多いですね。 お気の毒です。
    視聴者としては雨が降らない方が良いと思っています。

  15. ライダーさんには悪いけど雨の日のほうが、岩や石がきれいに見える、濡れてる方がくっきり見えるんだよね。五月雨?今セプテンバーレインかな。レインレイン♪

  16. 九州や瀬戸内から比べれば貧相かもしれないけど、関東民からすると綺麗よ、松島。ブスだと自認してても他人に言われると面白くないよね。
    観光地近づかないと摩崖仏や墓所見られんのでは?あまり社寺や建築には興味ないんでしょうかね

  17. 初見です😂
    猫〜なんか言え〜で本日最大ほっこりしました。
    中尊寺から程なくで達谷窟と
    鍾乳洞があります、入洞料高いんですよ😂

  18. 雨ニモマケズ……
    夏ノ暑サニモマケヌ……。
    流石のライダーさんも3日連日の雨天にはうんざりですね。ご苦労様でした。
    まるで梅雨かと思われる降りかた。しかし、3日間耳を澄ませば【岩にしみ入る蝉の声】間違いなく夏です。
    綺麗に洗車されたピカピカRS660クン🏍️✨
    明日は絶対晴れますよ🤗

  19. 「松島や׳」が芭蕉の句ではないと聞いて調べたら、後代の狂歌師・相模の田原坊という人の句なんですね😂
    まったくなんで芭蕉の句だなんて話になったんですかね?
    詠んだ田原坊さんも「ワシが詠んだんじゃ!」って思いそう(笑)
    どちらにしても正しく作者を伝えないなんて失礼な話ですよねぇ
    対して曾良さんが詠んだ句はちゃんと弟子の句として残ってる。
    松島の絶景に鳴いてるホトトギスが鶴になって舞っていればさらに美しいのになぁって詠んだそうですけど、松島׳よりは当時の美しい景色が想像できて私は好きですね😊

  20. スタート地点、仙台でも岩沼でもなく、名取っス…
    松島が微妙だと言ってくれて嬉しいですねw
    自分も同意見です。

  21. 芭蕉が地質マニアだったなんて、ここでしか聞けない。(笑)
    しかし、物凄く古い堆積岩が日本にもあるもんなんですね。
    中尊寺まで来たとなると、尾去沢まで向かうのでしょうか?

  22. 鹽竈地元住民です。バイクだと車の入れないような場所にもいけて、うらやましいです。私75歳でどこにも行ったことありません。わかくて行動力あってうらやましいです。

  23. 末の松山は近くにある沖の石とセットですね 車だとすれ違いできないし墓参りとかで渋滞するからバイクや徒歩ですかね
    鹽竈神社昔は前が海しかなかったので船でお参りしかなかったのがいつの間にかどんどん埋め立てが進んで今では名残もなくなりました

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