【4K動画】【東金が誇る千葉の三大旅館は熱烈保存会に支えられて~甦る八鶴館】東金シリーズ第二弾! 家康が鷹狩りのため造った東金御成街道の終着点、八鶴湖の畔には歴代皇族や北原白秋など文人墨客が集った!

[音楽] 千葉工業大学の建築学 建築学科 ありがとうございます。ました。 [音楽] 今日はJR東金線の 遠金駅に降り立ちました。 この東金駅にはちょうど2ヶ月ぐらい前に 降り立っています。地元の ボランティアの 方のご紹介で 歴史的建造物をね、え、取材に来たのが ちょうど2ヶ月前です。 すでにYouTubeにアップしてまして 2万8000回ぐらい再生されていますの で、是非皆さんもそちらの動画の方もご覧 ください。さて、今日はですね、同じ ボランティアの方から是非、え、前回見れ なかった、え、発覚という、こちらはあの 登録有計文化罪に、え、なっている建物な んですが、え、今日11時から 一般公開しますよと、是非またおいで くださいという、え、メールを頂戴しまし たので、今日楽しみにやってきました。え 、年に2回ぐらいしか特別公開してないと いう、え、ものですので楽しみにしたいと 思います。 ここに案内版がありますので改めてお話し ておきましょう。ここが遠金駅ですね。で 、え、唐金ほ街道徳川イアの高の街道なん ですけどね。え、がここに通っています。 もう歩いて、え、すぐのとこです。え、 発覚がありまして、え、今日目指します、 え、八角艇、え、八角間とも言います けれども、この辺にありますね。そこに 向かいます。遠金5殿ですねがこの辺に 江戸時代あったんですね。え、家康の点 です。 前回お邪魔した時は6月の下旬でしたね。 この日も随分暑かったという記憶があり ますが、今日はまあ8月の下旬ということ で、 ま、蒙所というよりも国書ですね。こちら の道路が 唐金お街道ですね。 徳川イ康が高がりのために作ったと言わ れる 街道なんですよね。前回取材しましたヤ 商店さんが見えてきましたね。こちらです 。 八平商店山下ですね。 詳細は是非 私のYouTubeをご覧ください。 ご覧のように 地元のボランティアの方々が熱心に保存 活動をやってられるんですよね。これ八 商店さんだったり、ここにね、八角や なんかも入っています。 さあ、発角が見えてきましたね。 年はこの橋の花がね、満回でしたが、 ちょっと2ヶ月経つとご覧のような感じに なっていますね。これが発覚です。で、 ロケーションで見てみますと、この発角の こちら側ですね。この先に 東金航校があるんですが、ちょうど遠金 高校の皇帝あたり周辺が徳川イエア安康の 東金古店の、え、後になります。 そして こちら側ですね。 こちら側に今日を目指す 発覚があります。 このように発覚 、え、近年は発覚という風に呼んでいた らしいですね。 もうご覧のように素晴らしいですよね。 大きな建物です。 室内に明りもついてますので、もう 皆さんスタッフの方はお集まりかもしれ ませんね。 登りも立っていますよ。 発覚のことが書いてありますので、 ちょっと改めて読んでみましょうかね。 定旧発覚閣官は明治期創業の死に旅館で 遠金氏を代表する継承地八角のほとりに 所材することから北原白州や伊藤さ多くの 文人勃格が訪れました。存する建物の ほとんどは対象から昭和初期に立てられ そのうち本館新刊宿泊官浴室等ビリアード 等の5等が国の登録有計文化財に登録され ました。本館は八角コが沿の通りに位置し 、木造2階建て入り屋吹き 屋根を組み合わせ、1階に60条の大広間 や玄関、配善室、2階に宿泊室を廃止、各 部屋は入口に差し掛け屋根をつけ、床や棚 に名木を使うなど衣装を怒らしてい 本館東側に接続する新刊は木造3階建て塔 が最も高く 小川にハフを見せます。 2階の大広間は極端の絞りマルタを床に 据え3階は階段にアジロ台のカカサ天井を 見せるなど部屋ごとに衣装や名木を違えて います。新の東側は宿泊が続き、1階の 西側にホール東側及び2階に宿泊室を廃止 。この間には学習員中東化時代の交代使 現在の上陛下が昭和21年に宿泊しました 。 この旅館は千葉の3大旅館と言われている ようですね。調子にあります川崎間。ここ はもうすでにないそうです。それから、え 、ここの唐金からもう少し行ったところの 暴走のですね、え、一宮間、アク川竜之助 が宿泊したことで有名で、え、ア田川層が 残っています。敷地内に。こちらは現在も 営業中だそうですね。 この2つに加えてここの発覚が3つ目と いうことで千葉県でしょうかね。千葉の3 大旅館と言われています。もうここはね、 すでに営業を終えていてご覧のような形で 準備おなくこういう表示もありますね。国 登録有計文化罪発覚建物 の一般公開8月24日曜日11時からです ね。 じゃあちょっと入ってみましょうか。 [音楽] こんにちは。 [音楽] [音楽] いんなグッズをね、販売してます。 [音楽] はい。私もこれ買いました。 [音楽] それではツアーに 参加させていただきます。スタートです。 うわあ。うわ、すごい。 いやあ、 これはやっぱりみんなに見てもらわないと いけないですよね。そうですね。 やっぱりあのこんだけあの大規模ないのはい。ね、 少ないので 千葉の3大旅館ですもんね。 そうですね。 うん。あの調子はもう後方もなくないんでしょ? そうですか。はい。で、 あとあ、あ川さんの一宮ね。 そうですね。はい。 あの、創業したあの旅館になりまして、えっと、今年で、え、 140年目に当たります。 で、えっと、この敷地内で文化剤に登録されているのは、え、 5頭になりまして、え、こちらがその 1 つになります。で、大きく分けて、えっと、 3 頭で、え、休間、え、お隣が新刊で、奥が本館で、 え、サに分かれてます。で、こちらが休間で 1番古い建物です。 こちらの建物が、え、 1918年、え、大正7 年の建物になりまして、え、今年で、え、地区 [音楽] 107年 107年すごいね。 [音楽] なんか線と千のね、 絵が見とる感じね。 これあの、全部杉のあの 1本1本丸ではい。のきがずっとすぐ。 あ、本当だ。杉のね。はい。 ああ。 これはすごいツルということで はい。 ああ、8匹のツルのランマですね。ええ。 ああ、スカし彫りのランマです。 こちらの白覚、あの、 1923 年の関東大震災とあの被害を受けまして、あの、休暇以外にも建物が立ってたんです。 ああ、こちらも宿泊の部屋になるんですね。 はい。 へえ。あ、池が見えるからいいですよね。 [音楽] そうですね。 じゃない。水、湖。あの、元々はもっとあの、自盤が低かったので、あ、 はい。 あの、水面に接したような形で立っていたので、こ もっと美しかったんじゃない?たかもしれない。 滝が流れていた。 ここに水路がありまして、 あの、滝の後があるんですね。 なので向こうから、え、水を水路を引っ張ってこちらの方であの滝のように水を流していたんです。 あの、ワ廊下と廊、 え、ビリアードと で、奥に浴室がありまして、これは こちらがあの、元々あの、玄関がありまして はあ。 で、えっと、これがあの、この玄関玄関の名残りの、え、カの方ですも、 [音楽] あの、こちらで、え、昭和の初めに写真をあの、撮られた、あの、ものが残ってまして、え、高松宮電館という方があの、こちらにいらした時に、あの、こちらにあった玄関の前で撮影を [音楽] [音楽] ああ、交皇市が来りされた部屋みたいな感じですね。あ、 やっぱりそうですか。 はい。 え、宮、え、交代が現在の条子様、様です。この [音楽] 方は学習員、え、学校にあのお通いになられていた際に、あの、こちらでお泊まりになってなられました。 はあ。いや、素晴らしい部屋ですね。 [音楽] ですけども、こちらに雨を閉める場合うするかけます。 はい。くるっと曲げるんですね。ここでね。 はい。はい。 まず。 はい。ちょっと立付けが悪いんですよ。 すごい。 こういう風に ああ、すごいす。 ここにありますね。 角にありますもんね。 はい。 ただ下手すると落ちちゃいますね。 そうです。方は謝るでから昭和の食器ぐらいしたしたよ。 こちらもあの秋になります。秋はいいですね。が色ついてあのとても ああ はい。あの、本当に京都のような景色 京都の豆福寺とは言わないけど はい。 それに近い。 近いです。 現在の女王様がおい出になったお部屋。うわあ、すごいな。はあ。あ、使ましたのではい。 [音楽] 懐かしい。 そうしたあの控えの窓からご利用された方がいいらっしゃい。そうです。 はい。 [音楽] はあ。アジロ天井になってますね。船にやっぱ [音楽] ああ、こんな感じでね、 発覚が眺められます。 はい。こ 普通見かけない自然木を使ったラマですね。 [音楽] はあ。あ、この辺がそれぞれお部屋になりますね。ああ、これも立派なお部屋ですね。じゃ、このために書いたんです。 [音楽] [音楽] 1 階に降りてきました。 はい。 ああ、こういうのもシャれてますよね。 うん。 当時の流行りですね。欠です。 はい。 あの、結露、あの、冬に結露したようなはい。ものを見えるんです。 あ、居住空間はスリパで大丈夫です。 はい。 はい。 居住空間というのは、えっと、オーナーさんの はい。そうです。こちらは古けがずっと大 はい。あの、してたんですけれども、え、その方があの、こちらでっかいですね、これ。ね。 はい。あ、 これ赤ずの金庫で頼まなくてももう開いてますよね。 元々実は赤ずの金庫で開けていただいたんです。 あのさんの底こんところていうパではい。 開けましたらあの中にあの謎の鍵が 1つあるだけ。 ああ、そうなの。 あの番組ね。 はい。 すごい。これ貴重品を預かっていたようです。 うん。 なんかあ、貴重お客様のね。 はい。 しかし出てきた鍵がちょっと気になりますね。うん。 れていたか分。え、 その鍵の中に。 ええ。 はい。 今は開けられないですね。 今は。そうです。 はい。 あ、開けても開けたらちゃんとあるんですけども、ちょっとあ、危険な。 え、ここで地下に入れると。 ということは地下に倉庫かなんかがあったと。 そうですね。 ここにありますね。 開けられる。え、棚と仏壇がここにね。 です。あ、はい。 これ温泉と何が違うかと言いますと、あの、温泉よりいいのことを光線って言うんですね。 [音楽] 25°以下のあい廊 渡り廊下を渡ります。 この渡り廊下はある ああ。ええ、ビリアードですね。へえ。 [音楽] この敷地内のあの建物の中では、え、唯一の羊感です。 [音楽] このビリアド灯というにビリアドするためだけの独立した建物というのは、あの、現在日本では 3等しか残っておりません。 はい。そのうちの1 等があの東京の対東区にある岩崎で三菱大ですね。 あとは三重県にあるあの実業家で諸ってあの諸家があのお住まいになっていた諸市庭園っていうのがありましてそちらにあるビリアドが [音楽] 1つうん。あ、 残念ながらちょっと待ってことはできません。 あ、 でも体は木材なんですね。 こういうね。 [音楽] おお。 [音楽] 浴室 ですね。うわ、素晴らしい。ではお先に [音楽] こちらのお風呂場50 年代に作り替えられるんですけど。 うん。ああ、そうなんですか。 こっちの脱場の靴あのドラマで使用され。 [音楽] いやあ、この壊れ方がな、何ともなくいいですね。 うん。 あ、当時のね。 あ、家族ブ呂がこちら。いいな。おお。いや、いいですね。このブドの。 あ、いいですね。丸、丸ですよ。ほら。 現状を見ていただくとこうあの辛かさん中になっていう [音楽] 実はあのこちらのあの浴室はあの当時あの黒板の方がずっと上駐していたそうで [音楽] あのこちらの奥にあの あのおじいさん黒滝のおじいさんがこちらにあの住み込みで働いては 先頭ひですよ。 [音楽] ほら、こちなんかもいいですね。 ね。 家族。 ええ、 大正ロマンか昭和ロマンか。 え、えっと、裏、裏玄関。 はい。裏 うん。これはでも通常はお客様は、あ、でもお客様はここ出てこう庭を散索したりとか。 そうですね。そういうあの目的で作ったんじゃないかというのも [音楽] これが間ですね。 間の前傾ですね。 はい。 あの、滝が流れてふ。 [音楽] あ、滝がね、滝の水の出元っつうのはどっかこの辺でしょうかね。あ、はあは。これ溶岩を持ってきてますね。 [音楽] はい。溶岩ですね。 うん。 富士山とこちらのもの 富山でしょうね。 うん。 おお。当時のものですね。ええ。 これなんかもあの1枚板です。 玉の 山焼きになりますか? これは杉だと杉ですか? 杉の あ、杉でも大きいですね。同じ木を使ってますかね?これきっとね。 [音楽] うー、なんか似てますね。同じ木だと思う。 うん。 あ、すごいな。 で、これ後ろ見ていただくと、これが当時の東ガの商店街の写真になります。 うん。うん。 はあ。 こうしたあの街並になっていました。 ああ。 はい。これが唐果ですね。とても風がいい風が、 [音楽] いい風が 2階に上がりました。ほ ええ。 いただいて大丈夫です。 ああ、これはすごい。発角感になってるね。発角感。水の はあ。 結構あの色々名前が変わってましてさ。 うん。 おお。 ここはあの藤間という部屋。 ああ、これは食事かなんかするためですか?それとも団体客元々は食事をする。 食事をああがあの 桜のとこ柱。 あの、東南からきでして、あの、鉄の刀に切っていうに書いて耕屋さんって読むんですけど、 屋さんですね。 鉄の刀で切れないぐらい硬い。 [音楽] これ1本木だからすごいですよね。 [音楽] で、下がこれが下タンですね。 ああ、シタンね。 で、これがあの、流敏表と言いまして、通常の畳みより目が大きいですよね。 これは飾り畳と言いまして、え、飾り、 昔はこうしたあの畳がありました。今はもうあの作られている職人さんはご数人だそうです。 うん。 現状はすぎだそうです。わ、今から あのバブル時代のこちらをこう抜いてしまいまして。 はあ。 こちら抜いた材料だけでも 価値があった。 価値がね。 うん。エアコンつけちゃったんです ですけども、この上にずっとあの一周で、え、かかっていた変学が うん。 あの、こちらにいらっしゃったあの文人学あるいは政治家の方が、え、こちらにお泊になった際に書いていただいた書になります。 うん。 こちらはあの最近見つかりまして、 あの、え、経営されていた、え、一族の方の家を取り壊した際にあのたんです。出てきた。 ああ、 1 番著名人になりますと、こちらの変学なんかは赤月治郎という総理大臣、 あ、総理大臣。 はい。 の方が金です。 えっと1円が 約1万円。 [音楽] この今流れてる曲はあの東孝太と言いまして、 あの唐金のあのまなんですけど実はこれあの北原拍手という方が主人の方が作してるんです。 あ、いらっしゃいました。 はい。ですか。 で、その際に北原があの作をして、あのこのと、 え、3代目の方も支援者の1人 じゃあ3階に上がります。 さあ、いよいよ涼しい 3階ですよ。 涼しい。 ああ。いや、これはいや、気持ちいい。 [音楽] あ、いい風が通ってますよ。だとこれもあのちょっと珍しい作りんですけど、これは殴り加工と言います。 ああ、 昔あの木が腐らないようにという、え、大工具であの傷をこういう風に削を削ってあの虫食い帽子で削ったのをあのこう装飾装の一部としてはい。 [音楽] 浴室とビリア島のこう屋根が 3 連でうん。あ、浴室が右ですね。 右です。 で、真ん中が、え、ビリアードと、 ビリアドと、 で、左が花ですね。 左が離れもあるんですね。 はい。元々はこちらの経営者の方の、え、 [音楽] おお、 住になります。はい。 はい。 あ、こちらからの長めもいいですよね。うん。 板です。1枚板ですかね。 [音楽] 森だらけで雨盛りだらけで木ももうもっと以前より これも1枚ですね。あのご覧や まいいですね。 あの、保存会ができると交渉からんですけど、 自分も結構あの宿泊部屋のあのお名前は全ての温泉地の ああ、 こっちは熱水 水も [音楽] 工夫してますよね。 スキア作りですね、主にこの、え、新刊の特徴は入ってます。 [音楽] いや、こういうのがいいな。縦に全然な感じ。そうですね。 [音楽] うん。 こちらはあの謎の部屋っていう 謎の部屋。 何たかが分からない部屋です。 ああ、助中さんがここに上駐してた。 ちょっと定かじゃないんですけども。 それにしては 作りがね、いいですよね。作りがいいですよね。 なのでもしかするとあのこちらに宿泊なされてた方の あのサンルームのサンルームだったんじゃないか喫煙室とか凝らされて 思考がねなんかもうちょっとしたよね。 そうですね。味天井 実はあのり込みすぎ。 この味天井っていうのはあの下で組み立てて上に天井に貼るていうことはできないですね。 実はですか? これなんかも見ていただく天然のデス はあ。 こういう木を探しできたんですね。そんな 味天井はシれてますね。 ね。 に生えていると こうまっすぐ火は上に伸びようとするんでこういう風な形になります。 形にね。 これは何の木でしょうね?やっぱ松の木かなんかだと曲がりやすいから。 松だと思います。 うん。1 階に戻ってきました。本 [音楽] じゃあま、本館の玄関。 こちらが本館の玄関ですね。なんかエアコンが効いてるような。 あ、効いてます。 効いてますか? うん。 ああ、やっぱり本床もいいですね。 はあ、なるほど。はい、これが本館の玄関先ですね。え、 こちらの玄関、この本は昭和初期に立て、え、立てられた式風の玄関なんですけども、昭和 30 年にあの中村外さんというスア大学の第 1 任者の方があの、こちらを、え、担当されまして、その時にあの、あの、小田玄関スきア作り部の関西の玄関になりました。 [音楽] はい。 え、吉田シ茂ゲル亭ですとか、あの、アメリカの、え、大富豪だったロックフェラーとか伊勢神宮の茶室とかも、え、 作られた方で、え、で、え、こちらがあの [音楽] 60条のある大広 60条。 昔はここで宴会とかをなさったそうで、あの北原白がそのガ歌という歌を、え、試して、え、ここで、え、芸車さんを踊らして披露した部屋もこの場所だったそうです。で、天井は天井で自社が深に使われるような天井になってまして、こちらの天井も約すぎ出てきております。 [音楽] いよいよ 最高のお部屋に うん。 あ、ただけど。 ほあ。ああ。やっぱり本という感じがしますね。へえ。はあ。 新カも実はあの外あの袋にも味を使ってるんで したのはなかなか珍しいと思います。はい。 はい。 ちょっと今大学の先生に依頼して 調査を進めてい なかなかちょっと時間かかる。 あ、資料がね。 はい。 資料を全部用意してね。 実はあのこれ大きな旅館建築っていうのはあの関東でも少ないんですよ。おそらくあのここが [音楽] 1番最大規模具だと思います。はい。 うん。 あ、いいな。雰囲気がいいのね。 ね。ということは桜の木があるわけですね。 え、 で、こちらの奥になんかも、あの、立ち入り禁止なんですけども、が、あ、こちらあのはお入りていただけるんですけど、 こちらはあのゲ車さんの控室です。 ああ、この奥が ゲ車さんの椅子。 はあ。その隣の部屋ですか?ここは。 はい。 え。 ああ、なるほど。 桜の木ですよ。 天井もいいですね。もうデザインが [音楽] 1部屋1と違いますもんね。 違いますね。 これなんかいいな。へえ。 [音楽] ど、どうぞ。順々に部屋を見ていただいて。 はい。ありがとうございます。 松ですか?松、 松ね。 車の部屋。 ああ、そうですか。 へえ。 これが松 松梅と続くわけでしょうね。 竹がね、竹の部屋。 うん。 [音楽] ああ、竹がね、竹の部屋はやっぱ竹だね。うーん。 [音楽] 竹のすかしりのランですね。 ああ、そうだね。 [音楽] 風がすーっと。 これが梅の部屋。うわあ。 [音楽] いや、これほら気持ちいい。 [音楽] 梅か [音楽] ということはこれ梅の木ですかね? [音楽] あ、あれの桜ね。 最大の部屋で じゃあ入らしていただきます。この部屋ですね。 はい。 ああ、この旅館で最高の部屋だ。そうです。え、この部屋だ。 [音楽] はい。あの、うん。こう装飾が [音楽] 1番立派というよりかはこの部屋があの、 1番、え、はい。 眺めがいい。 長めとあとおび。 押びで、え、政治家の人たちが宿泊施設というよりかは 政治家が はい。あの、ここで階段をする場所が他の部屋と違って 小さいですし、なんか、閉鎖的ですよね。 なので、あの、中井さんもこちらはですか?え、 あ、来れなかった。 で、え、料理はあの、こちらの工えはこっちからでね。 はい。 秘密会議をやっていたと。 はい。 お止みの方はこちらの会議を利用しました。 あ、これが はい。 楓出の部屋の隣に間違えないです。 うわあ。押び階段び なのね。こちらからあの裏、こちらにも裏玄関がある。 [音楽] 裏玄関があって、 そっから政治家屋なんかが はい。表から 上がってきたり。 これが大広ですね。 [音楽] おお。いや、素晴らしい [音楽] 旅館でしたね。本当に大変を描きましたけど、ここで休憩をして今日のレポートは終わりたいと思います。 [音楽] はい、大丈夫です。 [音楽] えっと千葉 工業大学 千葉工業大学の 建築学科 建築学科 ってください。 ありがとうございます。 [音楽] 買いました。 東金地域の皆さんのね、え、熱意が伝わっ てきますね。 こういったものを大事にしようという思い がね、満ち溢れていまして 大変感動します。さあ、次は一体どこを 尋ねましょうか。 それでは また。 [音楽]

八百平商店山下邸の公開の模様はコチラ

東金市公式サイトはコチラ
https://www.city.togane.chiba.jp/0000013356.html

八鶴館公式サイトはコチラ
https://hakkakukan.jp/

【BGM】
filmora

【撮影機材】
iPhone13 Pro Max

#古民家
#八鶴館
#重要文化財

1 Comment

  1. 毎回の4K取材、お疲れ様です。情報量が極端に増えたせいか、見る方も大型ディスプレイで再生をしていますが、その膨大な情報量を吸収するには半端ない労力が必要ですね。早送りしちゃう分にはそんな事は無いんですが、それではもったいない。で、他の動画も共通のようですが、映像のクオリティーは最初と最後でクオリティーが違うような気がしますが、それはこちらの再生システムの問題なのでしょうかバンニングもティルティングも豊富に行われており、55インチクラスのディスプレイではちょっときついなぁ…というのが実感ですね。編集はなさっておられるのだと思いますが、記録長ければ良いと言うものではありませんが、少し見やすい時間に調整していただければありがたいです。いやこれだけの長さが必要なんだと言うお答えが聞こえてくるのは理解できるのですが。
     東金に70年以上生息していますが、本気に東金が黄金の街、断言されているような動画は数少ないような気がしますね。この街は本当に栄えたのですか?徳川は親子3代で鷹狩りと言う遊びをしてました。その後の東金御殿の辿った道は?本当に栄えた街には「〇〇商人」と言う呼び名が使われていたりしますが、この街ではそういうことを聞いたことはありませんね

Write A Comment