平戸市生月町中央公民館「埋もれた戦争の記憶」1時間の講話を5分以内に収めてみた
え、YouTube チャンネルをご覧の皆様もこんにちは。こんにちは。 今日はですね、ま、あの終選 80 年記念事業島戦争の中で埋れた戦争の記憶としまして行きつきの績を、え、ご紹介したいと思います。こちら放題、月島の北部にあります。 昭和12年7月着行昭和13年12月に 完成しています。月放題には96式 15cm法という大砲が2問2つ置かれて いました。え、御崎の民島山というところ に残されています。え、両脇にね、あの、 この出入り口の壁の上の方に、あの、石が 置かれているんですけれども、これ、ここ の観測所の入り口様々なカモフラーがされ ています。上空から来た、鉄キから見え なくするためのカモフラーです。ま、 例えばこの両脇のね、通路、通路の上に こう石が置いてあるんですね、ここに。で 、この石自然に置いてあるんではなくて、 しっかりとセメントでけられています。 この出入り口のところにね、斜めに黒く 塗られています。それは上空から出入り口 が反射しないように見えないように黒く 抜かれて塗られています。で、この観測所 の調査にはですね、実は中学生を何人か 同行してくれています。そこで今度は 視界中というものをね、子供たちと確認を しました。先ほどの社会と似てるんです けれども、先ほどの社会は大方の射撃の 角度範囲ですね。で、こちらは視界中って 書いてあ、あるんです。何の視界なんだろ うって。で、非常に貴重なあの資料になる と思います。 というのも、え、ここに置いていたね、先ほどの 98 式海岸射撃っていうのは情報が日本にほとんどない。アメリカ軍の情報でやっと見つけたぐらいなんです。もしかしたらその視界に限界があったのかもしれない。 [音楽] それがあのこの観測器具のシステム上の 理由なのか、この行きつき放題の地理的 条件によるものなのか調査がね必要になっ てきます。写真は晩だけ隣のバ郎山って いうところに落ちていたレガや当期など です。バ郎山の頂上には暴空監視省という 見張所がありました。で、ここはですね、 あの軍ではなくて地域の軽暴団や青年団 など、ま、空や災害から市民を守るために 作られた団体で管理されていたようです。 間轄は警察署になります。え、終戦後警房 団は解体されて消防団に移行しています。 ま、今年は戦後80年、当時の記憶を持っ ている方たちがどんどんいなくなっていく 中で、え、資料やこのような遺跡から戦争 の情報を読み取って構成に伝えていく、 残していくことが求められています。知ら ないということはないに等しいと私は思っ ています。今日ご紹介してきた軍事施設を 今私たち生きている私たちが知らなければ それを作った人たち従事していた人たちは いなかったも同然になります。私はもっと 丁寧にですね、この行きつきの地、平戸の 地で戦争に向き合っていた人たちを見つめ たいと思うようになりました。まだまだ 解明されていないことがあります。私たち の調査は続きます。 何か皆さんの方から情報がありましたらお 寄せいただきたいと思います。ま、以上で 、え、木月の戦争以降のお話を終わります 。ご提長ありがとうございました。
R7.7.26、平戸市生月町中央公民館終戦80周年記念事業の一環で「埋もれた戦争の記憶」と題して、生月島の戦争遺構についてお話をさせていただきました。1時間の講話を5分弱にぎゅーっとまとめています。
会場に足を運んでくれた皆さま、ライブ配信を視聴してくれた皆さま、ありがとうございました!
【平戸チャンネル】終戦80年記念事業「生月島と戦争」→https://www.youtube.com/watch?v=Aj91z2xWpq0&t=751s
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3 Comments
おはようございます🙇
楽しみに待ってました
5分では短いです😧
講演のに
講演の日を知りたい
です🙇
ありがとうございます🙇