【地理雑学】大井川×天竜川が生んだ二龍平野! 消えた巨大地形の謎に迫る!/国道150号/中部地方/静岡県

国道150号/大井川と天竜川がもたらした地形! はい、ドラレコ風景を次々に雑学解説する動画、今回は国道150号、御前崎から浜松編です。 「二龍・天竜川と大井川」というテーマとともに走っていきます。 ・大井川が持ち上がってできた?ナゾの地形! ・○○が大井川と天竜川の「地形の境界線」だった!? ・川幅14㎞!? 昔の天竜川、スケールが桁違いすぎた! などなど、今回は地形調査に徹底的に時間を割いて、丁寧に仕上げています。 今回も脚本詳しめ、音声はなつきでお送りいたします。 ではでは、御前崎から浜松区間へGO! はい、まずは大井川を渡るところからスタートです! 位置的には、大井川河口から二番目の橋を渡っています。 海から4.6㎞。 そしてさらに内陸側を走る国道1号・東海道筋からは8㎞海側を走っています。 4.6㎞。結構内陸側ですね! それにしても…河口、広いですね~! 焼津市から大井川を渡って、現在は吉田町(よしだちょう)を走っています。 大井川平野には、先ほどの焼津市から吉田町、そして内陸側に藤枝市と島田市があります。 地図で見ると小さな平野ですが、実際に走ると結構でかい! そして、先ほどのどーんと広い大井川。 静岡県内で2番目に長い川です。 水源は南アルプス南部、長野、山梨、そして静岡の県境にある間ノ岳(あいのだけ)という標高3000m級の山からです。 ところでこの大井川、かつては橋を渡すのが禁止されていたって、ご存じでしたか? 古くは駿河と遠江(とおとうみ)の国境(くにざかい)だったそうなんです。 それで、家康の晩年を過ごした駿府城(すんぷじょう)の西の天然の防御線として、あえて橋や渡し船が禁止されていた。 と言われていますが、現在は「水量が多くて氾濫も多いから橋がすぐに壊れたのではないか」とも言われています。 ですが、最初の説は「石橋を叩いて渡る」家康らしいエピソードですね~ 実際大井川は昔から水量は多く、治水にかなり苦労してきた川です。 戦国時代には、武田信玄が考案したといわれる「聖牛(せいぎゅう)」という治水装置が使われていました。 これは木を組んだ簡素な筏のようなもので、川の流れに置くとぐんぐん川底に押し込まれて、どんどん固定されていく代物なんだそうです。 さすがは信玄、発想がすごいです。 この「聖牛」、流れを弱めたり、砂の堆積を手伝ったりして、堤防の決壊を防ぐ仕組みなんだそうです。 さらに、「出し」といわれる、聖牛より本格的な、石積みを川岸へ配置する治水も行われていました! なんとその「出し」跡、今でもGoogleアースで見ることができるんです! 現在では、ダムや「えん堤(堤防)」に一時的に水を貯め、雨が落ち着いた後に下流へゆっくり流すといった、現 代的な治水が行われています。 そのダムでの治水が…
この後大問題になってくるんですね~。 あ! 静岡といえばと紹介されるチェーン店! さわやかハンバーグです! お、そして「うな平(へい)」さんですか? 調べてみると、実はこの吉田町、うなぎの名店が多い事で知られているようなんです。 てっきり浜名湖産のうなぎ…かと思いきや、なんとここ「吉田産」のうなぎなんだそうです。 そしてこの「吉田産」のうなぎ、大井川のきれいな伏流水、地下を流れる清流で育てられているんだとか。 水質に恵まれ、脂のノリもよく身もふっくら。 なかには浜名湖産より脂がのってふっくらしていて、日本一だという人もいるほどなんだとか。 あまり知られていませんが、かつて吉田のうなぎ出荷量は浜名湖に匹敵するほどだったそうです。 最近は生産量が減っていますが、隠れたうなぎの名産地だったんですね~ あ、うな雄(ゆう)さん! うなぎ屋さんです! あ、またうなぎの看板! 藏(くら)せいさんです! なるほど~、静岡側にもうなぎの名産地があったんですね~ そして、前回の三保半島~大崩海岸編で出てきた、拡幅がどうなるか決まっていない「志太榛南(しだはいなん)バイパス」が合流してきます。 榛原(はいばら)庁舎? 今は牧之原市ですね。 さては、合併前の庁舎がここにあったな~ そう、さっきの交差点、現在の牧之原市役所入口なんです。 牧之原市は、2005年に榛原町(はいばらちょう)と相良町(さがらちょう)が合併してできました。
[ 良いですよね~昔の自治体名が分かるって、なんか無意味にワクワクします。 あ、街を抜けました~ 風景が丘になりましたね! この丘が、牧之原台地と呼ばれます。 なんとこの丘、静岡県のお茶の生産量、静岡市に次ぐ生産量なんだそうです。 そして、地形図を見てください。 これ、山頂がスパっと削られたようにまっ平になっています。 これ、どこかで見たことがあります。 そう、三浦半島の「海岸段丘」です! 最近では「海成段丘(かいせいだんきゅう)」という呼び方が主流ですね。 海岸付近で海底から続く平地が隆起すると、波で海岸付近が削られた台地ができます。 その台地が、端から風雨に浸食されて、雪の結晶のようなギザギザな模様ができるんですね~ って、もしや!? そうなんです。この牧之原台地も三浦半島と同じく、大井川のデルタごと、ドドドっと隆起したんです。 なるほど、それで、牧之原台地の手前で、大井川は90度折れ曲がっていたのか! しかもこの隆起、南アルプスからつながる「赤石山地」全体が隆起しているんだそうです。 範囲がでかい…! そうです! 伊豆半島の本州衝突もこの隆起の大きな要因の一つと考えられているんですね~ それにしても、大井川、小さい平野だと思っていましたが、浜松天竜川の平野、遠州平野にまったく劣らない規模感だったんですね! ダイナミックな地形物語です! あ、左側、なんかあります! 屋根がついていて… 橋?…川…萩間川(はぎまがわ)の水門ですか? あれ? しかし地図を見ても、別の川筋、放水路のようなものは見当たりません。 じゃあ、一体なにを止めるための水門なんでしょう? もしかして…海水!? そうなんですね、大きな地震を感知したら、自動で水門が閉じ、津波が内陸部へ入るのを防ぐんだそうです。 そして、水門にはフラップゲート、「弁」のようになっていて、川の水が逆流しない仕組みになっているんだそうです。 津波の盾かぁ…すごい施設ですね~! あ、そして波津(はづ)の交差点を右に行けば、元相良町(さがらちょう)の中心部です。 国道473号は、大井川上流の川根本町(かわねほんちょう)までアクセスできます。 須々木ICですか~ 今走っている場所は、もうすぐ御前崎ってところですが… あれ…? 東名ってこんなところ走ってましたっけ? ん? 東名ではない? 東名でないとすれば、何のインターですか? これ実は、「金谷(かなや)御前崎連絡道路」というバイパス入口なんです。 国道1号の菊川(きくがわ)インターから、御前崎付近の地頭方(じとうがた)インターまで通じています。 へぇ~、御前崎に向かうバイパスがあったんですね~ このバイパス、ややこしいのが、菊川市の隣の「島田市菊川地区」から、御前崎市の隣の「牧之原市地頭方(じとうがた)」まで通じているんですね~ 島田市内の菊川IC。 御前崎直近の牧之原市地頭方…。 しかも、このバイパス通じたばかり。 2025年3月29日に、国道1号菊川ICから、富士山静岡空港入口に当たる倉沢ICまでの区間が開通し、全線がつながったんです。 なんと最初の工区「相良バイパス区間」が通じたのが1993年。 実に32年の年月がかかったんですね~ そしてこの道路、実はただのバイパスではありません。 国道1号・東名・空港・御前崎港をつなぐ重要ルートとして、「重要物流道路」に指定されているんです。 へぇ~、そんな道路があったんですね~ あ、臨海道路入口です。 左まっすぐで御前崎、ですね! 今回は国道150号をそのまま走行します。 御前崎の臨海道路1号をぐるっと回る動画、「くわ蔵&なつきの制作こぼれ話」の背景動画として、 そのうちメンバーシップ限定で公開する予定です。 ご興味あれば、そちらもちらっとのぞいてみてくださいね~ あ、地頭方ICです。 この右折方向が先ほどの「金谷御前崎連絡道路」、国道1号へ行けるバイパスですね~ 左に行けば、「臨海道路4号」から御前崎へ行くことができます。 のどかな雰囲気になってきましたね~ 左側の森の先には、茶畑の中に大きな物流センターがぽつぽつ点在しているといった感じです。 この牧之原台地、御前崎から森の中に茶畑がずらーっと点在していますね! やっぱり静岡といえばお茶、そして、御前崎といえば御前崎港という工業地帯という一面も持ち合わせているんですね~ そして、平坦な大地に上がってきましたね~ これが、海成段丘の上面ですか~ こんなに一面の台地という巨大なものが持ち上がるって、やっぱり地球はでかいなぁ… お、左手に見えるちょっと特徴的な建物、あれが『浜岡原子力館』です。 中部電力が運営していて、無料で入れる見学施設なんだそうですよ。 中には、原子力発電の仕組みや放射線、エネルギー問題なんかを、体験型の展示や映像でわかりやすく紹介してくれていて、けっこう本格的なんだとか。 原子炉の構造とか冷却の仕組みとか、普段なかなか知る機会がないような内容にも触れられるそうです。 原発については賛否いろいろあろうかと思いますが、賛成派も反対派も、まずはこういうところで知見を得るというのも大事なことかもしれませんね~ あ、道の駅「風のマルシェ御前崎」です。 9月から10月末ごろまで、「青パパイヤ」という珍しい食材が手に入ることがあるそうです。 それにしても… 御前崎近辺、うなぎ屋さん見当たりません。 Googleマップで調べてみても、御前崎市全体で2件しかヒットしませんでした。 やはり吉田町(よしだちょう)周辺に異常に多かったのは、産地だったから? となると、吉田町から御前崎を挟んで、浜名湖に近づけば、うなぎ屋さんまた増えそうですね~ 菊川(きくがわ)です。 実はこの川、古大井川と言われているのはご存じですか? そう、現在は御前崎のはるか東側を流れている大井川。 実はその大井川、はるか昔、この菊川の流路をたどっていたというんです。 現在の大井川との距離、直線距離でなんと24キロ。 そう、牧之原台地の隆起が、ここまで流れを変えたんですね~ そして、菊川を渡って右側… 画面の右奥、かすかに丘陵になっているの見えますか? あれが「小笠山(おがさやま)」と呼ばれる丘陵なんです。 この小笠山も、実は大井川が太古の昔に運んだ土砂が堆積していると考えられています。 それがまた隆起したんですね! おお、そう考えると大井川のデルタ地帯、めちゃでかい! 隆起していなかったら、大阪平野ぐらいはありそうです。 そして、ちょっとだけ専門的な話になるのですが… 地質図を見ていると何かに気づきませんか? 大井川の流域、牧之原台地も含めて「薄緑色」で色分けされています。 そして、小笠山は大井川流域のはずなのに、天竜川の「明るい緑色」がかぶさっていませんか? 大井川の薄緑が新生代第三紀で古い地質。 天竜川の明るい緑が新生代第四紀で新しい地質です。 そう、この小笠山、静岡二龍、大井川と天竜川の河川の境界、そして重なり合う部分だと考えられるんです。 実際に地質の専門家による研究もいくつもあって、 この丘陵には少量ながら「天竜川由来の礫(れき)」が含まれている、という調査結果も出ているそうです。 もしかしたら、台風などで大氾濫が起きた時、天竜川からも土砂が堆積したのかもしれません。 二龍が重なり合う丘陵! なんともダイナミックです! そしてそして、さらに地形図を見ていると… この小笠山丘陵、南側がなんだか不自然に、スパッと切れたようにまっすぐになっていませんか? そう、これ実は、縄文海進の時代、およそ7000年前に海水面が最大上昇した時期に、 波によって削られた 海食崖(かいしょくがい)」だったと考えられているんです! 出ました、縄文海進! 調べれば調べるほど、謎が深まるばかりの現象でしたね~ この丘陵の南端が、あんなに一直線に削られているのも、 当時の波の力で、長い時間をかけて浸食された結果なんです。 地形ってホント面白いですね~ あっ!大須賀(おおすか)へようこそ看板ですね! 大須賀町(ちょう)は2005年に合併し行政区画としての姿は消しましたが、大須賀の地名はまだまだお店の店名などに息づいていますね~。 こうして地域の過去の地名が大切に受け継がれているのを見ると、なんだかほっこりします。 いいですね~、過去の記憶が息づく街! そして、御前崎からずーっと風車を見かけますね~ なんだかのどかでいい場所ですね~ あ、大須賀町、メロンとかいちごが有名だったそうです。 ありましたね~、メロンショップといちご狩り農園ですか? あ、「また大須賀へおいでください」看板ですね~ 左、古墳? と思ったら、実はこれ、築山(つきやま)と呼ばれる、高潮や洪水の避難のために築かれた人口の小山なんだそうです。 これなんと、江戸時代から地域住民の手で大切に守られている小山。 確かにここは海辺ですが、こんな築山って、初めてみました。 不思議に思って調べていくと、袋井市の南、磐南(ばんなん)平野は、 江戸時代ごろまで低湿地だったという説が複数あります。 高潮、洪水、そういった水害と切っても切り離せない地域だったんです。 天竜川と低湿地…? あっ! 天竜川をはさんで磐南平野の反対側、浅く広ーい汽水湖、浜名湖です。 天竜川の東西で似ています。 ここで地形図を見てみましょう。 あれ、天竜川の左右に、盛り上がりが見えますね! 東側が「磐田原(いわたはら)台地」、西側が「三方原(みかたはら)台地」。 どちらも、もとは天竜川の堆積作用によって形成された大地が、隆起し、その後に天竜川自身によって分断されたものだと考えられています。 つまり、元は一つだった台地が、天竜川に裂かれて、左右に分かれた…そんな地形のドラマが隠されていたわけですね! さらにこの分断が、土砂の供給にも大きな影響を与えました。 天竜川両端の台地の形成によって、東の磐南平野と西の浜名湖に供給されるはずだった土砂がブロックされたってことですか! なるほどです! ちなみにこのお話は、いくつかの説を参考にしつつ、自分なりにまとめた内容です。 細かいところにズレがあるかもしれませんので、あくまで一説として聞いてもらえると嬉しいです。 そして、ちょっと巻き戻しますよ~ うなまる亭さん! ウナギ料理店が出てきました! そして、「うなぎ 三富士(みふじ)」さん。さんふじさん? 国道150号にて吉田町からご無沙汰だったうなぎ屋さんが、ぽつぽつ現れてきました。 いよいよ浜松が近づいてきましたね~! お、珍しいらせん階段付きの歩道橋ですね~ この歩道橋、2代目なんだそうです。 1994年に新しくされたそうです。 あ、また左側に築山です! 湊命山(みなといのちやま)という愛称をつけられた高潮避難用の築山です。 そして、太田川ですね! 河口は結構でっかいんですが、中流辺りでググっと細くなります。 やはり天竜川のように土砂は大量には流れてこないようです。 今之浦川です。 江戸時代、東はこの辺りまで天竜川が自由に流路を変えて流れていたそうです。 磐田原台地のキワ辺りですね。 そして西は三方原台地のキワまで、天竜川は気ままに流路を変えていたようです。 その距離、およそ14㎞。 川幅14㎞! 今ではちょっと考えられませんよね。 (なお、「川幅14㎞」というのは、川を流れる水だけの幅ではなく、周囲に広がる砂や岩、河原も含めた全体の幅を指しています。) 現在は堤防にダムに、治水工事が行き届いて、川幅は1㎞いかないくらいですからね~。 ところが、そのがっちりした治水が、実は別の問題を引き起こしているんです。 それは、天竜川だけではなく、全国の川で起きている現象。 なんと、砂浜がどんどん減っているんです。 原因のひとつは、上流にダムをつくることで、本来川から海へと流れていくはずの土砂が途中でせき止められてしまうことなんです。 そう、実はあの砂浜の砂って、川が運んできてくれるんですよね。 こうした現状を受けて現在、大井川はもちろん、天竜川でも「流砂系」と言われる取り組みが始まっていて、 ダムでせき止められた土砂を重機で運び、もう一度川に戻して流す…という取り組みが進められているそうです。 自然のしくみを人の手で補うという、結構大変な試み。 うまくいくといいんですが… お、船がありますね~ 磯光(いそこう)さんだそうです。 海鮮がメインの料理屋さんで人気が高いようですね~ あ、そして天竜川です! この辺り一帯を、天竜川は自由に流れていたんですね。 そう、家康の居城であった浜松城も、実は三方原台地の端の丘の上に建っています。 今の浜松駅とか市役所とか、ぜ~んぶ天竜川流域だったんですね。 昔の堤防がほとんど整備されていない天竜川筋って、どんな風景だったんでしょうね~ 運が悪ければ、流路を変えた天竜川に押し流される。 というのを承知の上で、農民が田んぼで稲を作っていたり…したんでしょうか? と、そろそろ浜松市内に入って国道150号は終了です。 国道150号は、今回の二龍編、前回の三保半島から大崩海岸編まで、地形を見る回でしたね。 いかがでしたか? もし、「ここ面白かった!」とか「ここ通ったことあるよ!」なんて場所があれば、ぜひコメントで教えてくださいね! こんな感じで、のんびり、ですがしっかり地理雑学お届けします。 次回も気になる方は、チャンネル登録しておくと、お勧めに表示されやすくなりますよ~ 次回は国道151号・豊川から長篠までを走ります。 長篠!そう、武田氏が、織田徳川連合に大敗したあの戦場跡です。 〇勝頼の「最後の賭け」なぜ長篠城へ転身したのか? 〇足半!足軽は川をどう越えた? 〇信玄念願の武田水軍!何をしたか? などなど、おそらく武田氏の勢力が最大であった長篠直前まで… そのルート、国道151号筋をどう進軍したのか追ってみよう企画です。 小さな地理雑学も、積み重ねると壮大な何かが見えてくる…! 気がします。 ではでは、動画のご視聴ありがとうございました。 なつきがお送りいたしました~。ばいば~い。

大井川・天竜川、流れが速く急流な巨大河川が作り出す地形のドラマ、大阪平野級の巨大平野が消える…などなど、様々な地形ができるメカニズムを追っています。その他小粒雑学をわかりやすく解説!
・大井川が持ち上がってできた?ナゾの地形!
・○○が大井川と天竜川の「地形の境界線」だった!?
・川幅14㎞!? 昔の天竜川、スケールが桁違いすぎた!
などなど「ダイナミックな地形雑学!」をテーマに解説!

■■以下雑学、地理案内一覧
【道路地理】本日のスタート地点0:48
【地形】家康も頼った!大井川の氾濫と「西の天然の砦」1:42
【地形】武田信玄のスゴすぎる治水術!「聖牛」ってなに?2:23
【グルメ】静岡・吉田町のうなぎが絶品なワケ、知ってますか?4:12
【遺構】榛原町、今も残る「自治体の痕跡」!5:57
【地形】牧之原台地は大井川が持ち上がってできた!?驚きの地形のナゾ6:41
【建造物】津波から町を守る!最前線の「盾」8:50
【バイパス】金谷御前崎連絡道路10:11
【観光】無料なのにスゴい!浜岡原子力館で体験するエネルギーの世界13:46
【地形】大井川がこんなところに!? 菊川=古大井川の真相に迫る!15:54
【地形】小笠山は大井川と天竜川の「地形の境界線」だった!?16:22
【地形】袋井市は昔、水浸しだった!? 磐南平野の驚きの過去20:44
【地形】川幅14㎞!? 昔の天竜川、スケールが桁違いすぎた!24:51

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3 Comments

  1. 読み間違いや言い間違い、変換ミス、表記の揺れなどにはできる限り注意を払っていますが、雑学や画像の情報量が多く、また更新の都合上、デバッグに十分な時間が取れない場合があります。

    もし内容を他でご紹介いただく際は、ぜひご自身でもう一度ファクトチェック・ご確認いただけますと安心です。

    また、万が一誤りや気づいた点などありましたら、コメント欄で私や皆様と共有していただけるととても助かります。
    あと、足あとにコメントも大歓迎ですので、ぜひ残していってくださいね~

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    暴れ天竜

    https://www.mlit.go.jp/river/toukei_chousa/kasen/jiten/nihon_kawa/0505_tenryu/0505_tenryu_01.html

    大井川下流におけるジオサイトガイド
    http://www.s-geo.com/wp-content/uploads/2025/03/%E5%A4%A7%E4%BA%95%E5%B7%9D%E4%B8%8B%E6%B5%81%E3%81%AB%E3%81%8A%E3%81%91%E3%82%8B%E3%82%B8%E3%82%AA%E3%82%B5%E3%82%A4%E3%83%88%E3%82%AC%E3%82%A4%E3%83%89.pdf

    大井川の流れの変遷
    https://www.mlit.go.jp/river/toukei_chousa/kasen/jiten/nihon_kawa/0503_ooigawa/0503_ooigawa_01.html

  2. 浜松在中ですが今度は362号やって欲しいです。150号はよく利用しますね!

  3. 今回も興味深い解説楽しませていただきました。
    で、ちょっと補足。
    8:25 駿遠線の廃線跡ですが国道150号沿いにまだ確認出来ます。昔はもっとはっきりと分かる痕跡があったのですが今はかなり薄れてきています。
    9:55 国道473号は川根本町から先、幾つかの国道と重複しながら愛知県の蒲郡市まで続いています。次回の国道151号も重複しています。
    10:50 島田市の菊川ですが元は金谷町でした。そしてここには旧東海道が通っており、間の宿がありました。多分、菊川の地名としてはこちらの方が古いと思われます。
    そういえば昔は国道150号沿いに鰻の養殖池が多くありました。因みに駿河では鰻は関東風が主流ですが遠江では関西風が主流です。このあたりに境界があると思われます。

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