【十和田神社】青龍伝説の地 静寂に包まれた深夜の境内【青森県十和田市】8K

青森県に位置する十和田湖の中山半島に佇む十和田神社は東北地方屈指のパワースポットとしても知られ、古くから人々の信仰を集めてきました。

十和田湖に突き出す二つの半島のうち、西側に位置する中山半島の付け根の湖畔の休屋地区に鎮座する十和田神社は、雄大な自然に囲まれた十和田八幡平国立公園内にあることから、神社の景観が保護され、自然との調和が保たれています。

創建は大同2年(807年)に征夷大将軍である坂上田村麻呂によって建立されたとされ、田村麻呂が東征の際に、荒れた十和田湖を渡るための安全を祈願し、日本武尊を祀る祠を建てたのが始まりとされています。
もう一つの説では平安時代に熊野で修行した僧侶の南祖坊が創建に関わったとされ、南祖坊は神から授かった鉄の草鞋を履いて諸国を巡り、草鞋が切れた十和田湖畔に住み着いたとされますが、当時の十和田湖には八郎太郎というマタギが八頭の大蛇となって住み着き、湖を支配していました。
南祖坊は、法華経の力によって九頭の龍に変身し、七日七晩にわたる激闘の末に八郎太郎を退治し、十和田湖の主となり、青龍大権現として祀られるようになり、敗れた八郎太郎は秋田県の八郎潟に逃げたという伝説があります。

また、十和田神社はかつて恐山と並ぶ東北地方の二大霊場として広く信仰を集めたことから修験者たちの修行の場として栄え、神仏習合の思想が色濃く残る霊山として修験道の重要な拠点であり、かつては「額田嶽熊野山十灣寺(ぬかただけくまのさんとうわんじ)」という神仏習合の寺院でした。
現在の拝殿の場所には、観音菩薩を本地仏とする仏堂「十和田御堂(とわだみどう)」が建ってとされます。

十和田神社の主な祭神:日本武尊(武運長久や健康にご利益があるとされる)、十和田山青龍大権現(東北地方に伝わる水神信仰の象徴)

例祭:例年は5月14日、15日で、かつては14日の夜にはお籠り祭という夜通しの神事も行われていました。

訪れた時期:2025年3月

ゆきと支配人です(・∀・)
青森県の全市町村を網羅する映像紀行家。
青森全域(稀に他県)の絶景、秘境、祭り、文化、寺社仏閣等を高画質で週に1、2回、投稿しています。

・青森県津軽地方出身
・好物-りんご、文鳥
・趣味-ノープラン旅、サバゲ、撮影 、探検
・特技-限られた人しか出来ない奥義がある

※津軽弁と訛りで理解不能な言語があると思いますが、全動画字幕付きなのでご安心下さい。

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3 Comments

  1. been there years ago … did not no at the time it had Shugendō, until several years ago … There was a website that had many documents and pictures.

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