【古道逍遥/太子道(筋違道)~都と寺を結ぶ斜向道路】埋没して消えてゆく街道(後編 全二編)街道散歩と飛鳥寺の内覧で完結です
《おわびと訂正》
28分20秒に解説されております「坂田乃橋」は「板田乃橋」です。お詫びし訂正させていただきます。
《古代逍遥》
太子道(筋違道)後編
伴堂(ともんどう)杵築神社から橘寺を収録
《Brief History of Asuka Temple》
Asuka Temple is the first temple in Japan, which was founded in 596 on the initiative of Soga no Umako (a leader of the Soga family of Japan) in 588. This temple was also called “Hokoji,” “Gangoji,” and “Asukadera” with the change of the times. Presently, the temple is also known as “Agoin.” An excavation investigation in 1956 showed that the temple at the time of foundation was the first full-scale temple in Japan. The temple had a tower in the center, and a Buddha hall each in the North, East, and Furthermore, the temple included an auditorium. The Asuka Great Buddha (a sitting image of Shyakyamuni) of the temple is the oldest Buddha statue in Japan, which was made in 609 by Kuratsukuri no Tori (also known as Tori Busshi) at the imperial edict of Empress Suiko. The original temple was damaged and lost in fires in 887 and 1196, and the place went to ruin in and after the Muromachi period. The present temple was rebuilt in 1632 and 1826. Presently, the temple belongs to the Buzan Sect of Shingon Buddhism, and
is the 9th hallowed ground of Shinsaigoku and the 11th hallowed ground of Prince Shotoku.
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《太子道(筋違道)》
聖徳太子が生誕所「橘寺」から『推古天皇 小墾田宮』もしくは『斑鳩宮』までをお供を連れて通った斜向道路のことをさします。
現在はほとんどが舗装された道路や田畑の下に埋没してしまっているのでそのオリジナルの街道を見ることはできませんが、法隆寺と同じようにその道の方向が西偏(17°とも20°とも)しているのでその斜向の様子をうかがえるポイントがございます。「条里制」で区画された土地・家屋さらに一般道との違いをご確認いただければと思います。
《飛鳥寺内覧》
今回は特別に日本最古の仏教寺院である『飛鳥寺』の内部の撮影を加えた動画となっております。そのパートのみをご希望の方はタイムライン(39分ころ)をご参考になさってください。
《BGM》
MUSIC STOCK/ YouTube Studio
《タイムライン》
00:00 Introduction
02:07 三宅を詠った万葉歌碑(資料①)
05:07 国道24号線 高架バイパス交差
07:44 制作史上最細の街道(幅約1㍍)
14:09 多坐彌志理都比古神社と太安万侶祭神の摂社
15:11 古代 多神社祭祀跡(神籬/弥生初期)
17:16 太子道消失(下つ道へ)
19:46 耳成山へ
20:19 横大路交差
20:54 藤原京跡
25:38 柿本人麻呂万葉歌碑〈鷺栖神社〉(資料②)
28:11 万葉故地候補の根拠となり得る万葉集(資料③)〈坂田乃橋〉
30:57 推古天皇即位の地~豊浦宮
33:33 飛鳥川の万葉歌碑(資料④)
33:49 明日香村の万葉歌碑(資料⑤)
34:48 雷丘の万葉歌碑(資料⑥)
36:08 (伝)推古天皇小墾田宮殿跡
39:45 飛鳥寺 入山
47:43 伝 飛鳥板蓋宮跡
《資料》
① うちひさつ 三宅の原ゆ 直土に 足踏み貫き 夏草を 腰になづみ いかなるや 人の子ゆゑぞ 通はすも我子 うべなうべな 母は知らじ うべなうべな 父は知らじ 蜷の腸 か黒き髪に 真木綿もち あざさ結ひ垂れ 大和の 黄楊の小櫛を 押へ刺す うらぐはし子 それぞ我が妻
(万葉集 巻13の3295)
反歌
父母に 知らせぬ子ゆゑ 三宅道の
夏野の草を なづみ来るかも
(万葉集 巻13の3296)
② 万葉集中最長編の長歌
*高市皇子尊(たけちのみこのみこと)の城上(きのへ)の殯宮(あらきのみや)の時に、柿本人麻呂が作る歌一首 并(あは)せて短歌
③ 万葉故地候補の根拠となり得る万葉集
小治田の 板田の橋の 壊れなば
桁より行かむ な恋ひそ我妹 (万葉集 巻11の2644)
**小治田の板田の橋がもし壊れてしまったなら、残った橋桁を伝ってでも逢いに行こう。そんなにせつながるなよ、お前さん。
④ 飛鳥川の万葉歌碑
飛ぶ鳥の 明日香の里を 置きて去(い)なば
君があたりは 見えずかもあらむ (万葉集 巻1の78)
作者記載なし ただし平城遷都された元明天皇であるとされる
**飛ぶ鳥鎮め給う明日香の里よ、この里をあとにして行ってしまったなら、君のいらっしゃるあたりは見えなくなってしまうのではないだろうか
⑤ 明日香村の万葉歌碑
今日もかも 明日香の川の 夕さらず
かはず鳴く瀬の さやけくあるらむ (万葉集 巻3の356)
作者 上 古麻呂
**今日もまた、明日香川の川の、夕方になるといつも河鹿の鳴くあの瀬が、さぞかし清らかに流れていることであろう。
⑥ 雷丘の万葉歌碑
*天皇、雷の岳(おか)に出でます時に、柿本人麻呂が作る歌一首
**大君は神であらせられるので、天雲を支配する雷神、その神の上に廬をしていらっしゃる。
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《編集後記》
前編では海外からの視聴が少しございましたので、先頭解説で、飛鳥寺のみ英語解説を付け加えさせていただきました。概要欄が輻輳いたしました。お詫び申し上げます。