【リモート参拝】大斎原と熊野本宮大社 日本一の大鳥居や八咫烏ポスト 和歌山県田辺市

今回は、和歌山県田辺市にある大斎原(おおゆのはら)と熊野本宮大社をご紹介します。日本人の心に深く根付いた熊野信仰の象徴的存在であるこれらの地は、訪れるだけで心が清められるような感覚を得られる場所です。動画を通じて、遠方の方や忙しくて足を運べない方もこの神聖な空気を感じていただければと思います。

大斎原の歴史と神秘

大斎原(おおゆのはら)は、日本古来の神々が舞い降りた場所とされ、多くの参拝者にとって特別な意味を持っています。かつて熊野本宮大社の社殿は、熊野川・音無川・岩田川の三つの川の合流点に形成された中洲であるこの大斎原にありました。この地は神域として特別視され、当時は約1万1千坪の広大な敷地に五棟十二社の社殿が壮麗に建ち並んでいました。また、楼門や神楽殿、能舞台といった建物も含め、現在の規模を遥かに超える壮観な社殿群を誇っていました。

その当時、参拝者が中洲に渡るには川を歩いて渡る必要がありました。橋が架けられることはなく、着物の裾を濡らしながら川を渡り、神域への訪問を通じて心身を清めたとされています。この冷たい川の水が、参拝者の精神を洗い流し、新たな一歩を踏み出す力を与えるものとされました。

しかし、明治22年(1889年)の大洪水がこの地を襲い、大斎原にあった多くの社殿が流されました。この悲劇を受け、水害を免れた4つの社殿が現在の熊野本宮大社の場所に遷座されることとなりました。それでも大斎原は人々の祈りを受け続ける場所であり、流失した中四社・下四社を祀る石祠が建てられています。また、現在の大斎原には日本一の高さを誇る大鳥居(高さ約34メートル、幅約42メートル)がそびえ立ち、かつての神域を象徴するランドマークとなっています。熊野本宮大社と八咫烏

熊野本宮大社は、熊野三山の一つとして、熊野速玉大社、熊野那智大社と共に熊野信仰の中心を形成しています。主祭神である家都美御子大神(けつみみこのおおかみ)は、太陽神であり、また導きの神として深く崇拝されています。その象徴的存在が「八咫烏(やたがらす)」です。

八咫烏は神武東征の際、神武天皇を大和国の橿原へと導いたとされる三本足の烏です。「八咫」の「八」は多くの意味を持ち、無限の広がりを象徴しています。その三本の足は天・地・人を表し、宇宙の調和を象徴しているとも言われています。この八咫烏が熊野本宮大社の神使であることから、多くの人々が導きと成功を祈って参拝に訪れます。

熊野信仰の広がりとその深い魅力

熊野信仰は、その寛容さゆえにあらゆる人々を受け入れる包容力を持っています。平安時代には、法皇や上皇、女院などの高貴な人々が「熊野御幸」として幾度となく訪れました。その後、南北朝時代から室町時代にかけては武士や庶民の間にも熊野信仰が広がり、身分や老若男女を問わず、参拝者が熊野を目指しました。その数は「蟻の熊野詣」と称されるほどで、日本各地から多くの人が訪れる一大巡礼地となりました。

このように熊野信仰が広がった背景には、熊野が単なる宗教的な場所ではなく、癒しと再生を与える場としての役割を果たしてきたことが挙げられます。疲れた心を癒し、人生の節目に新たな力を与えてくれる熊野は、現代においても多くの人々にとって特別な場所であり続けています。本動画では、熊野本宮大社の荘厳な佇まいと、大斎原の壮大な景観をリモートでお届けします。現地に行けなくても、その神秘的な空気感や歴史の重みを感じていただけるよう、映像を通じて細部にわたりご紹介します。画面越しでも、熊野の大自然と神々の息吹を感じられることでしょう。

ぜひこの機会に熊野の歴史や文化に触れ、その魅力を再発見してください。そして、訪れることができる方は、ぜひ熊野本宮大社と大斎原を実際に訪れてみてください。神々と繋がる特別な体験が、あなたを待っています。これからも皆さんと共に日本の美しい場所や文化を共有していきたいと思いますので、チャンネル登録と高評価をよろしくお願いします!

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