日本百観音めぐり「坂東三十三観音」の旅に出発しました。
桜の開花が全国で発表され、東京の標本木は満開となりました。
そんなタイミングを狙い、浅草にございます13番札所の「浅草寺」と
横浜にございます14番札所の「弘明寺」を訪問いたします。
弘明寺の近くを流れる大岡川は桜の名所で、花見をしてまいりました。

動画をご覧の皆さまが、旅行気分を味わっていただけたら幸いです。

【浅草寺】
浅草寺は、1400年近い歴史をもつ観音霊場である。
寺伝によると、ご本尊がお姿を現されたのは、飛鳥時代、推古天皇36年(628年)
3月18日の早朝であった。宮戸川(今の隅田川)のほとりに住む檜前浜成・竹成兄弟が
漁をしている最中、投網の中に一躰の像を発見した。
仏像のことをよく知らなかった浜成・竹成兄弟は、像を水中に投じ、場所を変えて何度か網を打った。
しかしそのたびに尊像が網にかかるばかりで、魚は捕れなかったので兄弟はこの尊像を持ち帰った。
土師中知(名前には諸説あり)という土地の長に見てもらうと、聖観世音菩薩の尊像であるとわかった。
そして翌19日の朝、里の童子たちが草でつくったお堂に、この観音さまをお祀りした。
「御名を称えて一心に願い事をすれば、必ず功徳をお授けくださる仏さまである」と、
浜成・竹成兄弟や近隣の人びとに語り聞かせた中知は、やがて私宅を寺に改め、観音さまの礼拝供養に生涯を捧げた。
浅草寺に伝わる縁起には、観音さま示現の日、一夜にして辺りに千株ほどの松が生じ、
3日を過ぎると天から金の鱗をもつ龍が松林の中にくだったと記されている。
この瑞祥が、後につけられた山号「金龍山」の由来となった。
また現在、浅草寺寺舞として奉演されている「金龍の舞」も、これに因む。

【弘明寺】
横浜最古の寺。
今から1300年近く前、インドの善無畏三蔵法師が渡来、それから17年を経て
聖武天皇の天平9年(737年)、天下に悪病流行の際、河内和泉の国の僧行基が勅命を奉じて、
天下泰平祈願のため全国を巡錫し草庵を作り、一刀三礼(一刀刻む毎に三度礼拝する)の
至誠を尽くして彫刻祈願されたのが、現在の御本尊十一面観世音菩薩様です。
嵯峨天皇の弘仁5年(814年)には、弘法大師が回国の際、一千座の護摩を焚いて
庶民の除災招福を祈願したと言われています。
鎌倉時代には、「求明寺」と称されていたものを、観音経偈文の中の
「弘誓深如海」の「弘」の字をとり、「求」を改めて現在の弘明寺となりました。

【大岡川プロムナードの桜】
神奈川県で第1位、全国でも7位にランクインする桜の名所。
大岡川に沿ってのびる約3.5キロのプロムナード沿いに桜並木が続きます。
約500本の桜に約2500個のぼんぼりが灯り、数多くの屋台が並びます。
夜にはライトアップされ、淡いピンク色の桜の美しさが夜空に一層際立ちます。

Write A Comment