さよなら、昭和の登戸。再開発で変わりゆく街並みと、変わらない多摩川のせせらぎ。
登戸がこんなことになってるなんて、知ってましたか?
今回は、再開発で劇的に変わりゆく川崎市「登戸駅」周辺を散策します。
昔ながらのディープな「登戸ゴールデン街」の昭和レトロな雰囲気と、
多摩川・二ヶ領せせらぎ館の美しい自然。
「今」しか見られない、登戸のコントラストをお届けします!
まさに、大人の夏休み。
ビール片手に散歩したくなる、そんな1日です。
⭐ 今回の散歩コース
1. 登戸駅(小田急線・JR南武線)- ドラえもんと再開発の衝撃
・オープニング:登戸駅が変わりすぎている件
・昔の写真はこれ!今昔比較
2. 登戸ゴールデン街 – 消えゆく昭和の飲み屋街へ
・潜入!登戸ゴールデン街のディープな世界
3. 多摩川河川敷 – 風を感じる最高の散歩道
・多摩川へ移動!最高のロケーション
4. 二ヶ領せせらぎ館 – 川崎の歴史と自然に触れる
・二ヶ領せせらぎ館で癒やされる
・エンディング:この景色を目に焼き付けて
#登戸 #川崎 #街歩き #散歩 #昭和レトロ #再開発 #Vlog
41 Comments
駅前にあった玉ねぎ多めの揚げたてかき揚げを出す立ち食いソバ屋が好きでした。ネギ入れ放題でした。
登戸駅から左側自分が生まれた鈴木産婦人科が約3年前閉院しすでに取り壊され跡地にマンション建設中と最近知った際はちょっとショックでしたね🥲
登戸駅といえばドラえもんですよね🙂
久々に昔の登戸駅周辺の映像が見れて、嬉しいような寂しいような。今もたまに利用しますが、今の登戸は面影が皆無です。
学生時代、登戸経由で高校・大学通うのに利用していて、駅前の立ち食いうどん・蕎麦(確か「橘」という店名だったかと)で、ネギ入れ放題を良い事に、うどんに沢山入れて食べていました。
数点隣の飲食店とコラボ(?)して、メンチカツうどんができてからは専らそればかり注文していました。
昔の登戸駅の姿、懐かしいです。中学・高校生の頃(80〜90年代)、小田急から階段を降りて、左手の南武線の改札を入り、よく川崎方面や立川方面に出かけたものです。私にとっても「登戸」と言えばあの風景。もうあの景色がないと思うと、少し寂しいですね。動画アップ、ありがとうございました😊
登戸の宿というと石原裕次郎氏が刑事役(医師だったかも?)のドラマで、怪我をすると出血が止まらない病気の少女が誘拐され監禁されていたのが「モーテル登戸」って設定だったんですが、小田急で多摩川を渡っている時にその看板を発見して「実際にある宿の名前出していいんかい!」ってのけぞった記憶が。
大人の本のサンドウィッチ自分もよくやりました笑
旅館新雪無くなったか~
70年代、小学生だった自分
駅、そこにいました。
多摩川サイクリングコース
自転車で冒険、
今64歳のおっさんを小学生の
頃に戻しやがって、懐かしいって
嬉しい様な、悲しい様な、
心乱れて、あ〜純真だったあの頃の俺
いいもの見せてもらいました。
私は初めて登戸に行った時は既に北半分が更地になっていたのでとても衝撃的な光景だったのを覚えています。
昔の写真を上げてくださり、ありがとうございます。
あんなにたくさんのお店があったんですね。
今昔写真が大好きなのでとても興味深いです。
これからも楽しみにしています😊✨
登戸商店街の場末的雰囲気が好きだった。この更地地獄早くなんとかしてくれ
小田急当初の設置計画では、多摩川を渡って最初の駅となるのは稲田登戸(向ケ丘遊園)で、その後南武
鉄道との乗り換えを考慮して、駅を設けることとし、「稲田多摩川」としたそうです(『小田急よもやま話
上』1993・7)。南武鉄道の開通計画が駅開設のきっかけとなったようで、当初は付け足しの駅だった小田
急登戸駅ですが、この100年で大きく存在感を高めていったようです。
駅前広場とか広い道とか登戸もすっかり様変わりしてしまったようで。登戸からタクシーという話題に触れられていましたが、登戸は主要な道から引っ込んでいてなおかつ駅周辺は狭いのでタクシー運転手からは敬遠されがち、タクシー拾うなら向ヶ丘遊園駅前のほうがいいよと運転手さんから教えられて、終電逃した場合には登戸駅から向ヶ丘遊園駅まで歩いていましたね。
今でこそJR各線はカラフルな色ですが、昔の国鉄時代の電車はほとんどチョコレート色でしたよ。
駅前源氏さん並びの更科さんが今はゴールデン街に移転、酒縁さらしなさん
として営業してます
多摩川走っていた集団は國學院大學で箱根走っていた方も多分います、二子新地に寮が有るので、対岸の東京側には駒澤大学も走っています
良い動画でした笑、有難う
エロ本の充実した本屋がありました。
ほんとに懐かしく、胸が締めつかれる動画、ありがとうございます。
いつもさんと私はほぼ同じ年齢かもしれませんが、私にとっても登戸駅といえばまさに2:19に出てくる年代不明の写真ですよ。
当時生田に住んでましたが、登戸はディープで場末的な怪しい雰囲気があって近寄りがたい存在でした。
今となってはなんとも寂しい限りです。
完全に区画整理された中、西口の細い商店街を残したのは良かったですけど、踏切の前にあったお地蔵さんも残してほしかった。
この辺の住民全員に昔と今(再開発後)どっちが好きか聞いてみたいですね。
とりあえずタワマンだけはやめて欲しい💦
自分が小学生の頃でも茶電が走ってたよ
懐かしい動画、ありがとうございます!
昔からあった吉沢…やっと立ち退いたか。
いつまでごねてたんだか。
おお、随分綺麗にwww
登戸の南武線から、小田急に行くときに、立ち蕎麦あった記憶が・・・よく食べたなー
外側だけきれいにしたって
プラットホームが狭いまんまで
(電車を待っているとき、いつもイヤな気分)
踏み切りがなくならないから、
意味ないね。
切符にはさみを入れる時代に南武線乗り換えで利用していた頃は、ホントに乗り換えだけだったのでイメージがありません。正直、迷走してる気がします。町の在り方を全く考えていないので、人が多いだけで買い物できる場所のない田舎になる気がしますね。
南武線改札前の階段を下りた先にあったレストラン「たちばな」の炒飯と餃子がおいしかった。向ヶ丘へ向かう道路を少し進んだ右側にあった小さな書店でよく本を買ったなぁ。
2010-2015近くの久地に住んでいました。何回自転車で登戸を通りました。今の登戸を全く認識できない。昔行ったレストランはすべて消えた。
1970年代後半、小田急線の隣駅の高校に通っていまして、登戸は通過駅で降りたこともないのですが北口の方に見える「ふくだや」という旅館の看板がなぜか記憶に残っています。
ふ ろはひょうたん
く めどもつきず
だ れもよろこぶ
や すみどこ
というキャッチフレーズ的な文言と清水崑氏のようなタッチのサラリーマン風なおじさんの絵が印象的でした。
自分はチョコ色でした南武線でしたは木の板で乗ってる人もギャブルして酒を飲んだ親父たちでちょっい怖かった特に川崎駅と立川駅はヤバい😅
13:11 真ん中の人はアグネス•ラム
居酒屋🏮源氏だったかな?行きたっかたですね。
こんな整備されちゃったのか
私は2000年前半ですね記憶にあるのは
遊園の醍醐良く行ったわ
南武線と小田急線の連絡用引込線の
遺構もこれで完全消滅だね
高校生の時、1988年から1991年まで南武線から小田急線への乗り換えで登戸駅を利用していました。朝ラッシュの時は小田急線の薄暗いガードをくぐり、新宿方面専用の臨時改札口が空いていたので、よく利用していました。駅前のタクシー乗り場が小さかったので、タクシーがバックで乗り場に付けていたのを覚えています。
2:22 昔の駅前風景を再現させることもできるのか最近のAIは
ゴールデン街の看板の真ん中、アグネス・ラムさんだと思います😁
96年から7年間利用してました。当時は小汚いところだな、という印象でしたが、今見ると懐かしい、味がある街並みでしたね。
1970年生まれです。物心ついたころは、南武線は茶色で床が木でした。懐かしいです。
今の登戸は、庶民的な飲み屋が一掃されたのが悲しい。新しいビルが建っても、なかなか店が入らないですね。
先に再開発した向ヶ丘遊園の北口周辺の方は、だいぶ店が増えているので、登戸も徐々に賑わいが戻って来ることを祈るばかりです。
登戸変わりましたよね
改札の外のタクシー乗り場では、多摩川競艇へタクシーの相乗りの呼び込みをやっていた。都立国立高校、立川高校、桐朋高校への乗り換え駅、法政二高も。
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