81日目 指宿から志布志市へ(No.106 1970年 55000円日本一周自転車旅行)

1970年11月2日

指宿の海水浴場にテントを張って一夜を過ごし

錦江湾をフエリーで開聞岳を見ながら
山川から占根に渡った。
そして上陸して鹿屋市に向った。
鹿屋市へ入いると黒煙を続けていた桜島は二度と姿を見せなくなった。
起伏の激しい道を進み志布志市と有明町の境の
有明海沿岸の林の中にテントを張った。

55年前のアルバムに、そんなことを書いていた。

そもそも、なぜ自転車で日本一周をしようと思ったのか。
インドからカプール峠を越え、ヨーロッパへ渡り、皿洗いをして資金を貯め、
世界を自転車で旅しよう、、

日本一周は、その予行演習のつもりだった。

19歳か20歳の頃、本屋で何気なく立ち読みした一冊の本。
その本を読んで「よし、俺も自転車でヨーロッパへ行くぞ!」と
まずは日本一周だ、と走り出してしまった。
火がついて、まずは日本一周だとやってしまった。

読んだ本のタイトルも著者名も覚えていないが
日本郵船の格安の方法(たしか荷物室だったと思う)で
インドのボンベイに上陸し、
山賊が出るというカプール峠を越え、
ヨーロッパで皿洗いをして旅費を稼で
著者は1970年より前に自転車で旅をしている。

近年、観光旅行でインドを訪れたときに
バスの窓から見た灼熱のインドをボンベイからカプール峠まで
を走ってヨーロッパまでたどり着いただけでも驚きだった。

私ならば
水、言葉、寝場所、自転車の故障、食料補給などを考えて
仮に灼熱のインドを抜けたとしても、
ヨーロッパに着いてから、言葉も話せず皿洗いの仕事すら見つけられず、
野垂れ死にしていたかもしれない。
当時は今のように、インターネットで何でも調べることのできる時代では
なく本の著者は各国の大使館に手紙を書いてその国の情報や地図を入手している。
私も本の著者を真似して各国の大使館に手紙を書いてその国の情報や地図を
集めたがそこで終わっている。

あの本の著者は、いったいどんな人だったのだろう。
今でもふと考えてしまう。

もし、あの本を読んでいなかったら、、
私の人生は、また違った道を歩んでいたのかもしれないと思った。

1970年11月1日は指宿から有明まで走っている。

音楽はyoutube オーデオライブラリの
Life of Rileyです。
Kevin MacLeod の Life of Riley は、
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使用が許諾されます。
https://creativecommons.org/licenses/by/4.0/

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