#喜界島 平家七城跡 #平家

🌟喜界島の平家七城(へいけななじょう)
文治元年(一、一八五年)
壇の浦の戦いに敗れた平資盛が手兵二〇〇余名と
ともに南下して建仁二年
(一、二〇二年)志戸桶沖名泊に上陸し、その後、当地に居城を構え七城と称して源氏の襲来に備えたが三年ののち大島に渡ったと伝えられています。
この付近から須恵器、滑石製石鍋等が出土した。
喜界町

壇ノ浦の戦いに敗れた平家の落人伝説と深く結びついた、喜界島の歴史とロマンを感じさせる重要な史跡・伝承地です。

現在は城跡として土塁や、竪堀(たてぼり)のような遺構が見つかっています。
ただし、「城」というよりも、南西諸島によく見られる祭祀場や聖地(門を意味する「ジョー」が語源)であった可能性も指摘されており、研究者間で議論が続いています。

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