『あの光景をこの目で見てみたい』それだけの理由でここから旅を始める事にした。

今回の神旅は 古宮 天尊降臨ヒモロギ場 に来ています。 朝今 6時15分ぐらいですかね。 なんとか世が開けまして、昨日の夜は すごい 星が出てまして、もう 満点の星空っていうのはあのことを言うの かなと。 手を伸ばせばもう星がつめそうなぐらい すごく大きな星がたくさん見えて 私あまり星座の方たくさんは知らないん ですけどちょうどこの鳥があるんですけど この鳥の真上ぐらいにですね 北斗姿勢 ドーンと大きく出てまして、 何かこれまた今日あるのかなと。 天気もすごくいいんで、昨日はちょっと低 気圧が2つぐらい爆弾低気圧が出った みたいなんで、福岡の方では嵐になってた ようなんですが、まあ、なんとか無事向け まして、 今日鹿児島の方、鹿児島いうか、ま、宮崎 から鹿児島になるんですけども、ま、この 一は鹿児島なんですが、あの、入山口の方 下の方はちょっとあの宮崎県になるんです よ。で、車で登ってきて夜のうちに ちょっと待機してで、日の出と共に登ろう と思いまして、あの、来てるような次第な んですけども、 まあなん、昨日の晩はすごい星空でした。 で、今日も穏やかな、ま、風もそんな吹い てませんし、あの、天候に見込まれそうな ので、これからあの、頂上の方まで登って きたいと思います。それじゃ 古み後天尊 ヒモロ木西場 古宮跡は霧島神宮の元宮であったことを 指し天尊降臨はアマテラス大御の名により 孫の二が地上へ降り立ったつつまり天の孫 が降臨したので天尊降臨と言います。 ひモロぎは神様のより所寄り史郎 などを言い特に木や岩などをより代にし ます。締め縄や指でをしているのがそう です。 最上は信事を行う神聖な場所のことです。 厳密には天尊降臨した場所は高地方峰 霧島山の頂上 標1574m に降臨したとされを行うために標高 985m のところに古宮天尊降臨ヒモギ場を立て ました。この場所を高地方と呼びます。 毎月10日、高町河原、霧島神宮、古宮後 天尊、ひモぎ西城にて霧島神宮、古宮月並 が取り行われます。 豊足原の千ほ明の水ずほの国はこれ赤が海 の子の君たるべき国なり よろしく今しみ 雪知らせませ 天棺の栄えまむことまさに雨土と極まり なかるべし アマテラス大御の3大進捗の1つ天無の 進捗です。3大進捗はアマテラス大御上が 皇室の統地の理念や国家の根感に関わる 重要な教えとして二にぎの命に授けた3つ の進捗 神のお言葉です。 国は稲ほの進捗。高ヶ原で育てた神聖な稲 を地上に与える。これでお祭りし、食料と して永遠に大切にしなさいとユニわの イヤホを授けました。 法共法斎の進捗。この鏡を私だと思って 同じように地上で大切に祭りなさい。と 三種の人義の1つやたの鏡を授けました。 天井無の進捗は豊かで水みしいあの国は 我が子孫が君守として納めるべき国土です 。 我が孫よ。言って納めなさい。さあ、出発 しなさい。 皇室の繁栄は天地と共に永遠に続き極る ことがありませんとアマテラス大御が二の に覆せられました。こうして二の美言が 降臨された場所が高町の峰霧島山のいだき とされその山頂には二木のが降臨された時 に使われた天の坂ほがぶっ刺さっている。 その光景をこの上で見てみたい。それだけ の理由でここから旅を始めることにしたの です。 まず始めに入する前に二の命へ報告に 上がった次第です。 ああ。 ああ。 なんか すごい総合やな。 すごい。なんか 圧倒的ななんかパワーを感じます。すごい な。 ブルアート天尊降臨ヒモロギ場は高千川に 1940年昭和15年後期2600年記念 事業の1つとして作られたものです。 つまりこの演出自体は人工的なものですが 、元々この場所で宮があり、真事が行われ てきた場所でもあります。 私が感じたものは目の前に見える条件だけ ではなく、その場が持つ何かがそうさせた のだと思います。 この時は見えなかったのですが、すっきり と晴れた日には2つの山が繋がったように 見える間、 鳥とひモぎが結ぶ直線上に高峰が現れるの です。 その山自体が神。 おそらくこれが私が感じたものだったと 思われます。 ア岸国岸天津日 の二にぎのに入山する許しをこ お 私はこの山を甘く見ていたつもりは全く ありませんでしたが、これほどまでに本格 的な登山を経験したことがなく、私が想像 できる範囲を超えており、全く良きしない 状況が何度も起こりました。 登山をされている方からすれば大げさに しか聞こえないと思うのですが、それほど までに私の体力はエナチョコでどしろうと なったということです。

「豊あし原の千五百秋の瑞穂の国は、
是れ、吾が子孫の王たる可き地なり。
宜しく爾皇孫、就きて治せ。
行くませ、宝祚の隆(さか)えまむこと、
当に天壌と窮り無かるべし」

天照大御神 天壌無窮(てんじょうむきゅう)の神勅

#天孫降臨
#神旅
#霧島

6 Comments

  1. 古宮址天孫降臨神籬斎場というのは霧島神社ではなく高千穂峰の麓ですね。霧島神社まではいったことがありますが、高千穂峰まではいきませんでした。登山の方は無理せんでね。高千穂神社だけでもいいところいっぱいあります。霧島國際ホテルの温泉もいいよ。

  2. 本当に荘厳な景色で、圧倒されました。満点の星空、北斗七星、素敵ですね。私も一度そんな星空に手を伸ばしてみたいです。次回の登山編、楽しみです。

  3. 鳥居の向こうの峰は、古墳のようであり、アララト山のようです。舟形の峰は、福島にもあり、宇津峰といいます。
    各地の高千穂も、どんなところか調べても面白いかもしれませんね。

  4. 旅の初めにもっともな理由だと思います。九州は巡りたい所だらけで、絞り込むが大変です。旅に出る前から体力造りが必要ですね、しかと心得ました。

  5. 高千穂峰の頂上付近はパチンコ玉サイズの小石で足を取られやすいので、トレッキングポールみたいな伸縮性の持ち運びやすいスティックを持って行かれたらいいですよ。
    また、天の逆鉾のすぐ近くには避難小屋もありますので、無理をせず安全に登山を楽しんで下さい。
    頂上付近は防風林となる木々は全く存在しませんので、風の強さにも気をつけてくだい。

  6. 素晴らしい光景を
    ありがとうございます。

    迫力のある景色に
    震えが来ます。

    鳥居の奥に観える
    御鉢から覗く高千穂峰

    計算し尽くして
    建てられていますね。

    地図と説明書きを
    ありがとうございます。

    御鉢火山と高千穂峰の間に
    最初の社があり、

    噴火により焼失し、
    御鉢の手前に建てられたのが
    【古宮址】ということですね。

    それらは東西に一直線に並びます。

    火山信仰の他にも、
    春分秋分の日には、
    高千穂峰から昇る朝日を
    拝むことができたでしょう。

    【稲・鏡・皇室】という
    三つの神勅は
    その歴史の舞台が
    弥生時代である事を
    伝えていますが、
    おそらくこの偉大なる火山に
    畏敬の念をはらい、
    祀りがおこなわれてきたのは
    更にもっと古く
    縄文時代からであったろうと
    想像します。

    それは正史を否定する
    という意味ではなく、
    いわゆる天孫族と呼ばれる人たちが
    この地にやって来る以前からの
    人々の営みと、
    確かに繋がっているであろうと
    感じるものです。

    神旅さまが感じた
    大いなる何か…

    それは確実に
    この地に息づいてきた
    先人たちの残してくださった
    足跡であると思います。

    続きも楽しみにしております。❤

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