【新潟】カッコいい駅名・燕三条に降りてみた!【観光スポット】

今日は2025年7月5日です。これは ニーズの石油博物館からの帰りなんですが 、上越新幹線のつば三城駅に来てみました 。皆さんはつばメって使ったことあります かね?僕はブラタモリーで初めて知って とにかく昔から金物を作っている工場が多 いっていうイメージがありました。そして 本日つばメ駅に初めて来たんですが、ま、 よくよく見てみるとつば口と山城口と書い てあります。これは一体どういうことなん でしょう?大抵の駅っていうと南口と北口 とか西と東のパターンで出入り口が書いて あることが多いんですけどつばメと3頂条 ではっきり区切られています。これは1階 に降りて出入り口を見るとさらに顕著で 入口の名前がでっかく書いてあるんですね 。どういうことかって言うと、この駅自体 がつ飯市と山城市の境い目になっていて、 駅舎は北側がつ飯市、南側は山城子になっ ています。駅名には通を先につけている けど、駅舎の所材地は3師っていう なかなか複雑な事情を抱えた場所になって います。ま、そんなことはさておきつば飯 市産業資料館に行ってきましたので せっかくですからここら辺がどんな物づり で栄えたのか見ていきたいと思います。 場所的に今回はつば飯し寄りの内容になっ てしまいますがご容赦ください。ちなみに 工場が多い街なのでラーメン屋さんも多い です。つばメは背油ラーメン、三条は カレーラーメンが有名らしいですね。 つばメ、3条は物づりの聖地と呼ばれたり します。と言ってもつば飯と山城子で生産 されているものは異なり、つ飯市は養殖器 や金属製品の製造が盛んで、参刃物 の生産で名をせています。この周辺の 物づりルーツは江戸時代の枠作りから 始まると言われています。農作物が収穫 できない時に生活の家を得るため枠作りを 始めたと推測されるそうでその頃は江戸が 急激な人口増加で家が密集しがちだったん ですね。それで家が密集するとどうしても 家事が起きやすくなって当時は木造でした からなおさら火災が発生するとあえて家を 東壊させて炎上を防いだそうです。だから 頻繁にカオクを立て直して釘が必要になる ので自然と江戸に送る釘作りが盛になった みたいです。それに付随してカ那とか の切りといった大工道具も合わせてここら 辺で作られるようになりました。ちなみに つば飯シは古くは津波の目と書いてつば目 というんで港の中心地的な場所だった みたいです。ここ自体は海沿いにあるわけ ではないんですが、つばメ上駅周辺を Googleマapで見てみますと川に 囲まれていますよね。品野川の川岸に 船つき場がいくつもあり、その中でも つば飯しい周辺が米の修地とされ、水運の 中継基地として栄えてみたいです。 1700年代になると追気同期というもの が盛になります。1枚の同板を土で 打ち伸ばして形作る同期で江戸時代に動山 が格境となった時に生まれました。すぐ 近くに動山があって銅がいっぱい取れたん ですね。主に作られたのが鍋とかカとか 夜間といった日用品夜間のモデルがあり ますけども渋い光沢で僕の知ってる夜間と は全く違う素敵な光沢を叩いております。 また同じ時期にヤスりも作られるように なりました。の切りの目立て用に作られた と書いてありますが、の切りの刃がすりっ て切れなくなってきた時にヤスりを使って 歯を解いで切れ味を復活させるそうです。 そういう時に目を立てるっていう言い方を するみたいですね。明治心からは西洋文化 が広まって枠は洋着へと映り変わっていき も作っていたんですがそれも紙タバコに なり需要が変化していきました。なかなか ずっと同じものを作ればいいってもんじゃ ないんですね。昭和になると戦争があり ましたが、外国からスプーンやフォーク などといった養殖器の供給が日本に求め られ、その試作注文が津メに持ち込まれた そうです。ここまで養ってきた高度な金属 加工技術がありますから、金属器の大量 生産はお手のもの。輸出によって外貨を 荒稼ぎし、欧米から需要がどんどん増して いきました。その頃から日本人の生活様式 も欧米化していきましたから鍋とか フライパンといった料理器具も作るように なったそうです。何度も物づりの転換機を 乗り越えてきたからこそその後もオイル ショックとか色々ありましたが逆境を 跳ね飛ばすことができたんですね。元々の 金属加工の技術力が卓越しているからこそ 変化する需要に対応しつつ新しい素材とか 新しい道具にトライしていけるんだと思い ます。これはキセルを作っていた作業場 です。板りなんで冬になると寒そうですね 。作業台も全部木で作っています。かなり 使い込まれていますが、物が少ないので 割と綺麗な先場って印象ですね。僕の机と か気を抜くとすぐ旅行雑誌と学譜で 散らばっちゃうんで、いつもこういう状態 で整えてあるといやすごいなって思います 。 こちらは金属加工によって生み出された 色取りのパネルです。金属も様々な色を 持ちますが、金属の表面を別の金属とか 物質で覆う着色の仕方とか酸物とか流と いった化学反応で色を変えたりしている みたいです。いや、この息まで来ると 物づりというか芸術の息まで足してますよ ね。 つば飯市産業資料館は体験プログラムとか も色々あるんですけど、この日は確か満員 でしたね。三城の方でも包丁作りとか体験 できる施設が色々あるんじゃないかな。 これは企画点の展示でカラーアルマイトの 展示がありました。チタ性のスプーンが あったり昔からの金属だけでなく最近の ステンレスとかチタンとか軽くて丈夫な 金属に科学的な反応をさせてカラー バリエーションを増やしているようです。 そしてここの博物館の目玉はありと あらゆるスプーンが点されていることです 。ここの館長さんが趣味で集めたスプーン 、世界各国のスプーンが無限に置いてあり ます。下の棚を見たら分かりますけど、 もはや分類ができないほど詰め込まれてい ます。 これはカトラリーですね。食卓で使う ナイフとかフォーク、スプーンのセット です。なんかこういう箱に詰めて保管され ているセットっていうのは普段使いでは ないですよね。大切なお客様と解食される 時とか大事な時に使われる印象です。中に 入ってるフォークとかの光沢が凄まじい ですね。こんなんでお肉とか食べられませ んよ。つばメの枠から歴史をたどるのも いいし、最近作られた食器とか コレクションを色々見て回るのも面白いし 、体験プログラムもあるので楽しみ方が 色々あって飽きないと思いますね。これは 1960年代のつばメ駅前だそうです。今 は八彦線だけ通っている無人駅ですが、昔 はこれだけ賑わっていました。最は1日の 上行人数が1万7000人。今は確か 700人ぐらいなのかな。新潟県でも屈の 工業都市だったわけです。今でももちろん 工場はありますが電車は細になりました。 つばメって新潟駅から行くと東三条で 乗り換えないといけないんで。それで八彦 線って1時間に1本だから電車だと意外と ね、時間がかかるんですよね。そしてこれ はつば参上駅からほど近い千葉さセンター で色々展示してあったものです。つばメの 食器はもちろん参生で作っている包丁も 売られていたのでこれ料理好きだったら 色々揃えたくなるよなと思いました。包丁 も1本1万円以上するものもあればお買読 みたいなものはありましたけどもどういう 違いがあるんでしょうね。僕はあんまり気 にしたことがないんで何とも言いませんが 、もうちょっと料理上手になったら見る目 も変わってくるのかもしれません。食器と かコップなんかもたくさん売っているので 、新潟旅行のお土産なんかにつばメ生の ものを見ていってはいかがでしょうか。次 行った時にはタンブラーも買ってみようか なと思ってます。ま、今回はこんなところ ですかね。ぼチぼチ旅行にも行ってますの で、また次の動画でお会いできればと思い ます。ご視聴ありがとうございました。 あ。

◆燕三条地場産業振興センター

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