【花岡八幡宮】下松市 2025年月9日03日
花岡八幡宮の由緒につていは、以下、山口県神社庁より引用
奈良時代の和銅二年(七〇九)、三奈木某により宇佐八幡宮より勧請したと伝えられる。御鎮座のしるしに、「一夜の中に山を桜となさむ」との御神託があり、八幡宮の御分霊が移られた時、瑞雲が空一面に広がり、美しい花が降って来て山が花でおおわれたと伝えられている。古くは、国司重源上人による社殿の再建があったという。その後、戦国時代の長享三年(一四八九)、現在地への御遷座がある。大内義隆による社領の奉献、豊臣秀吉の参拝等、多くの武将の崇拝を受ける。戦国時代末頃までは、一三六石余の社領を有し、社坊九ケ寺、社人一〇余人が奉仕する周防の大社であった。毛利家の尊崇も厚く、江戸時代の元禄十三年(一七〇〇)、正徳四年(一七一四)、享保十一年(一七二六)、延享元年(一七四四)、宝暦七年(一七五七)に同家による社殿の修復がある。現在の本殿は文政十三年(一八三〇)の建造で、拝殿は文政元年(一八一八)の造営である。当社は都濃宰判の惣社として、事あるごとに御祈祷が行われていた。明治六年(一八七三)郷社となり、大正一二年(一九二三)県社に昇格する。
website⇒ https://www.yamaguchi-jinjacho.or.jp/kudamatsu/hanaoka/
神仏習合があった1つの証拠でしょうか、境内には【閼伽井坊多宝塔】があります。国指定重要文化財でございます。
同日(2025年月9日03日)に撮影した閼伽井坊多宝塔】⇒ https://youtu.be/Yf9KJHZcIlM
場所:下松市
https://maps.app.goo.gl/PzNVZUGLBgmNYLuQA
#山口県観光 #下松市観光 #記録動画 #山口県移住