249)村上城【50歳独身の黙々とひとり旅新潟編】上杉謙信に反旗を翻した本庄繁長の居城 続日本100名城(新潟県村上市)Murakami Castle

2025年8月12日に訪問。
お昼少し前に、城跡北西側にある無料駐車場に到着。
当日は大雨警報発令中である。
前日の夜に米沢城から新潟に向かう道中でも、ラジオで自主避難所開設の情報が次々と流れてきた。
朝イチで訪問した新発田城は平城の近世城郭のため特に問題は無かったが、村上城はがっつり山城。
実際に同じタイミングで訪問した家族連れは、麓の入口で写真を撮っただけで帰っていった。
事前情報でも、さすがに足元がどのレベルかまでは分からない状態だったが、名古屋からここまで来て村上城だけ飛ばす選択肢は無い。
覚悟を決めて登城開始。
麓から10分程で、最初の石垣が見えてくるが、その少し前から上の方から人の声が聞こえてくる。
お盆休み中とはいえ、さすがにこんな日に登城するのは自分ひとりだろうと思っていたら、なんと城内では5組7人と遭遇。
村上城で、日本の城の未来は明るいことを実感。
ただ、この人達、こんな日によく登城するな〜と思っていたが、よく考えたらその人達から見たら、自分もそう見られていることに気づく。
最近、自分も同じ環境にいるくせに、なぜか自分だけは除外して同じ環境にいる人達を馬鹿にする人が多いが、なるほどこういう心理なのか。
城跡はもともとは本庄氏の居城で本庄城と呼ばれていたが、当時は中世城郭。
1598年の会津転封後は、村上氏、堀氏、松平氏が近世城郭に大改修を実施しており、村上城は、いわば中世城郭と近世城郭が混在している城だ。
四ツ門跡近くには、ここから中世遺構散策コースの看板があり、「足もとが悪い場所があります。注意してお進みください」との掲示がしてある。
この雨のなか、中世遺構散策コースは危険な匂いしかしない。
中世城郭派の自分としては、普段なら行かないという選択肢はないが、どう考えても転倒という未来しか感じなかったため、中世遺構散策コースはやむなく断念。
そのまま本丸に向かっていると案の定、雨がかなり強くなってきた。
やはり一番最初に感じた直感は、過去の経験から言っても、だいたいあってるな。
本丸の天守跡から眺めは見事に白い霧しか見えない。
あとで調べると天守跡からは、晴れてれば佐渡島も見えるとのこと。
今回は、登城は何とか果たしたが近世城郭部分のみで、残念ながら中世城郭部分は次の機会になった。
こうやって行かなければいけない城って、増えていくんだな。

【投稿のいきさつ】
群れないし、媚びないを信条に他人に左右されること無く、自分が、ただ思いつくまま訪問した城跡を中心とした歴史的遺構などの訪問記録を投稿しています。
50歳独身の自分がただ黙々と一人旅をした映像です(初投稿時は44歳)。
大学を5年間でなんとか卒業後、24歳より西日本で有名なブラック企業に入社。1年のうち平均358日が仕事で、早朝から深夜まで数字に追われる日々を20年近く続ける(休日はお盆2日、年末年始5日ぐらいのみ。勤務時間は普通の時で朝7時〜夜11時、ひどい時は書きたくないほどひどい)。
そんな会社もそこそこ営業結果を残せれた為、小さい営業所の所長をやったりと、ズルズルと在籍。
そんな会社も数年前から労基の指導や働き方改革で週に1日は休めるようになる(最近は大概は土日は休めるようになる)。
当初は20年近く、毎日一息もつけない働き詰めの生活の反動から休日は全く何もしたくない、と思い本当に何もしない生活を続ける。
ただ、この20年間、働き詰めで仕事だけのこのままの生活ではいけない、少しだが時間もお金もある、と思い、自分は何がしたいのかを考えたところ、自分は城跡を見るのが好きだったことを思い出し城跡を巡るようになる。
2020年3月にスマホにかえたのを機会に投稿を始める。
それ以前に訪問した犬山城、岐阜城、広島城などの記録を残さなかったことに後悔しつつ投稿を続けています。

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