【石座神社】愛知県新城市大宮狐塚にある天之御中主神を祀る古社⛩️奥宮の磐座🪨
【石座神社】⛩️
【創建】不詳
【祭神】天之御中主神 天稚彦命
【由緒】
当社の起源は最も古く、太古より神峯山(雁峯山)の峯に大きな岩が有り岩座石(額岩)と言い、その傍らに稚子石(石座石)がある。
いずれも古代の磐座(神の鎮座するところ)であって、これが石座神社の起源であるという。
社は、上古この山頂に御鎮座していたが野火によりたびたび焼失し、そのため中古現在地に移ったと伝えられる。
旧設楽郡内唯一の式内社で「延喜式神明帳」(905-927)に宝飯郡(当時宝飯郡・設楽郡)六座の内に石座神社とある。
また、それ以前の文献「文徳実録」仁寿元年(851)の条に石鞍神従五位下「三代実録」元慶7年(883)の条に石鞍神従五位上、「国内神名帳」(成立年代不詳)に正三位盤倉大明神式内設楽郡と記されている。
尚、江戸時代に書かれたという「三河総国風土記」に、大宝3年(903)5月奉圭田行神事とある。
旧信濃国伊那郡立石村(現長野県飯田市)立石寺の鐘名に、三河国設楽郡岩倉大明神嘉吉3年□月13日鋳之とある。
天正3年5月設楽原決戦に織田信長徳川家康が戦勝祈願をしたという。
明治5年郷社に列し、大正13年県社となる。
【木造神馬】
新城市文化財指定
木造神馬
新城市大宮 石座神社
指定月日 昭和33年4月1日
この馬は、はじめ白い馬であったが夜毎に出て田畑を食い荒らすので格子造りの馬小屋の中に入れて黒く塗ってしまった。そうしたらもう田畑に出てこなくなったという。そんな伝説が残る木造漆塗りの馬は、体高105cm体長150cmの大きなもので空道和尚の作と伝えられている。空道和尚は正徳年間頃にこの地に生まれ旗本設楽家に仕えたが後に仏門に入りその徳は人々に広く慕われたという。
昭和61年8月1日 新城市教育委員会
1 Comment
アメノミナカヌシ様、良いですね!!先日、鳳来寺に参拝に行き久しぶりに新城に行きました。知らなくて石座神社⛩️様お参り出来ず残念です😅
本殿撮影されている中に、カラス🐦⬛が飛んで来ましたね✨✨神さまの歓迎がいつもありますね🎉風や光もどれもhiroさんご夫妻への歓迎の様に感じます✨✨神馬さまも可愛い🎠うちは主人が午年なので神馬さまがいらっしゃる神社はご縁を勝手に感じています😊