三井美唄炭鉱跡地。南美唄駅の駅チカの2025年の姿とは!
こんにちは。ガリマです。本日もご視聴 いただきまして誠にありがとうございます 。今回は北海道の美師に来ております。 このチャンネルで美師を取り上げるのは現 時点で4回目となります。いや、どんだけ 美だよっていう話なんですけど、ビバは私 の母の出世地でもあり、そして私にとって も第2の故郷なんです。今回の動画では かつて三井美炭鉱で栄えた南地域、そして 茶内炭鉱で栄えた日頭地域 そして私の先祖の名前がつけられた橋が この美師にかけられていますので、私の ルーツとも言えるその橋を見てくださって いる方々にこっそりお教えしたいと思い ます。現在車は美市の甲州内を走ってい ます。南美へ行くのに12号線を通って いくのはちょっとゲがないかなと思いまし て、今回は美中屯地の方から回っていき たいと思います。 はい。正面に美バイ中屯地が見えてきまし た。美中屯地は1978年に解説されまし た。963年に平山した三井美炭鉱の後地 の一部に作られたものです。そのためこの 中屯地の内部はもしかしたら単鉱の施設 などが残ってるかもしれないですよね。 もしも入ることができるなら探索してみ たいです。 前方に南美の市街地が見えてきました。 以前このチャンネルでも紹介しました三菱 美の後地の方はもうほとんどが山に帰って しまっているんですが、こちら三井美炭鉱 の後地の方は現在も比較的多くの方々が 住んでいる住宅地となっています。比較的 新しい建物と単鉱が稼働していた当時から 存在しているような古い建物が混在して いるこの街並がなんだか非常に面白いです よね。 今回の1つ目の目的地が見えてきました。 三井美楽です。 955年の建設当時は美の中ではもちろん 北海道内でも最大規模の娯楽でした。多く の方々がここで映画などを楽しんだん でしょうね。 いや、今見ても非常に立派な佇まいですよ ね。 この娯楽のすぐ近くに私がもう1つ寄って みたかった場所があります。 時刻がちょうどお昼12時だったので防災 サイレンが桁たましくなり始めました。 山神宮という場所にやってきました。 愛嬌のある小犬が出迎えてくれました。 とても歴史を感じる親代です。 私がここを訪れたかった理由がこちらです 。三井美炭鉱で遵食された方々の慰例費 です。三井美行平山15周年記念と書かれ ています。どうか安らかにお眠りください 。 それでは再び車を走らせていきます。左へ 行くと南美の市街地なのですが、まずは右 の山の方から見てみます。山の方へ行くと 三井美行の変電所の後地があるんですよね 。真夏には草に覆われて見づらくなって しまってる移行もこれぐらいの季節だと だいぶ見やすくなりますからね。 左手に見えていますのはミ工業の事務所 です。元々は三井鉱山美書の事務所だった 建物です。 間違って直進してしまいましたら支有地に なっていたので有タします。先ほどの耳 工業の事務所ですね。この右手にあります 火薬か庫のような小さな建物も気になり ますよね。ここを曲がって山の方へと入っ ていきます。 高速道路同の高架をくぐっていきます。 前方に鉄頭が見えてきました。 蔦が絡んでかなり年気が入っているように 見えます。炭鉱時代からの移行なの でしょうか。 ではさらに山の方へと入っていきます。 ちなみにこちらの道路はこの動画で紹介し た場所となります。あ、目的の変電書は ここを左だったはずなのですが工事中 みたいですね。かなり狭い道路なので邪魔 になってはいけませんので今回は諦めます 。 ここから先は耳工業の地となりますので 入ることはできません。有タンしましょう 。 このまま南美の住宅地に戻ろうと思ったの ですが、右手に移行を見つけました。 前回ここを通った時は草がしげっている 季節だったので全く気づきませんでした。 この季節でも注意深く見ていないと うっかり見逃してしまいそうな大口が ぽっかりと開いていました。 流行る気持ちを抑えて、まずは大口の横の 方から見ていきましょう。結構奥行きが 深いようですね。 こちらの奥と言いますか、上の方になるん ですが、こちらには移行らしきものは特に 見当たりませんでした。 それでは大口の内部を覗いてみましょう。 ペットボトルや空缶などのゴミ、ブラウン のテレビが置いてありますね。ネットで 見つけたある方の記事によりますと、この 中を電車が走っていたようで、ここから 先端場まで人や石炭を運んでいたという ことです。内部の方も少し見てみたかった のですが、誘毒ガスの発生具合や酸素濃度 などが分からない場所はむやみに入らない 方がいいのでここで引き返すことにしまし た。 高速道路を走っている時ビバイトンネルの 上にこのような移行があることに気づいた 方も多いのではないでしょうか。こちらは 先端場の後地となります。夏には草に覆わ れてほとんど見えないのですが、このよう な時期になるとこうして木々の隙間から姿 を表すんですよね。 それでは山を降りまして南美の市街地の方 も見ていきましょう。先ほども言いました ように三井美炭鉱の後地の方はまだまだ 住宅がたくさん立ち並んでいます。 現役で営業しているお店や住んでいる住民 も大勢いらっしゃる地域なので、あまり 廃れているとか寂しいという紹介の仕方は したくはないのですが、実際どのような 街並になっているのでしょうか? この坂道を登った先にはかつて南美駅が 存在しました。三井美の石炭輸送のために 作られた視線と駅です。 美単鉱は1963年に閉算しましたが、 その後引き継いだ炭鉱が1973年に平 するまで南美駅は稼働していました。 そして南美駅の駅前にはかつて3000人 の生徒がいたという同内1のマモ子三井美 小学校があったことでも知られています。 こんなかつては栄えていたこの駅前エリア ですが、現在はどうなっているのでしょう ? ご覧のようにこのエリアはほとんどが空地 となってしまい、立っている家も過ろじて 原型をめているようなこんな状態でした。 今風に言えば駅地下物件ということで当時 はかなり人気があるエリアだったん でしょうか。 冒頭で紹介しました娯楽間はここから歩い て3分ぐらいの場所にありますのでこの エリアはかなり賑やかで活気のある場所 だったんだろうなと想像できます。ただ今 となってはその重かげをほとんど感じる ことができません。 廃れているとか寂しいという紹介の仕方は したくないと先ほど言いましたけれども この景色を実際に見てしまうとそれ以外の 表現がなかなか思い浮かびません。 単鉱という1つの産業がなくなったことで このような状態になっているのですが、逆 に言えば単鉱という産業があったことで 映画を極めた時代もあったわけです。 果たして単鉱のように1時代を 気づき上げるほどの産業がこの先日本で 生まれることはあるのでしょうか?そう 考えるとこのような炭鉱地の現在の姿と いうのは今後の日本の行末を表しているの かもしれないですね。 それではもう少し南美の町を見ていき ましょう。左にある建物は映画の撮影で 使われた子供食堂の建物です。三井通りに 戻ってきました。この後はちょっと三菱美 単鉱の方も覗いてみましょう。そろそろね 、お昼ご飯にしたいんですよね。 こちらは堂々135号沿い万野沢の山の 斜面なのですが、いや、こんな大口があっ たとは今まで気づきませんでした。緑が しげっている時は隠れていて見えてなかっ たんでしょうね。そしてこちらはガロ駅の 横にあります。お風呂の跡でしょうか。 いや、季節によって見える景色が違うので 面白いですよね。というわけでお昼ご飯を 食べるために単鉱メモリアル公園までやっ てきました。 よし 。 それではせっかくなので熊の装備をして 縦コや原端ポケットも見に行ってみ ましょう。 炭鉱メモリアル森林公園は結構山の中に あるのでやっぱり街よりは結構雪が多い ですね。 行道135号はこの辺りまでであれば冬場 を来ることができますので、もっと雪く なった時にまた見に来てみたいと思います 。 それでは続きまして茶し内炭鉱の後地の方 へ行ってみましょう。この辺りの道は元々 国鉄が走っていました。三菱工業茶子内 単鉱専用鉄道という文字通り石炭を運ぶ ための専用鉄道でしたが後に客者の運行も 行われました。 ちなみに私の母親は茶市内の出身でこちら の動画でもご紹介しましたようにこの日頭 地区にある茶子内墓地に私の先祖の墓が あります。そしてこの茶子内墓地の一角に は炭鉱で亡くなられた方の慰例費があり ます。 今回はここをさらに奥に進んでみましょう 。前方に見えてくる効果は高速道路同の 効果です。 抜けた先はちょっと開けたスペースになっ ているだけで、特に単鉱の移行らしきもの を見つけることはできませんでした。 これは単鉱の移行じゃないですよね。なん か全て単鉱に結びつけてしまいます。 はい。そして以前の動画にも登場しました 約20年前のカーナビです。この辺りを 映してるものなんですけれども日頭町台と いう知名がこの辺りにつけられています。 ネットで調べましたら日頭町台は消滅集落 となっていました。ちょっと今回は下調べ しなさすぎて茶しない炭鉱な後地は何も 見つけることができませんでした。 続きましては私のルーツとも言える場所。 先祖の名前がつけられた橋がかけられて いる場所に向かいたいと思います。現在 走っているのは国道12号でそこから濃道 に入っていきます。先祖の名前がつけられ た橋の存在はもう小さい頃からずっと母親 から聞いていたことなのですが、大人に なってから考えるとこうしてこの地で生き てきた証が橋の名前となってずっと残ると いうのは何とも素敵な話だよなと思った 次第です。 正面に見えてきました青い橋。それこそが 私の先祖の名前がつけられた橋です。 何もない場所ですが、かつてはここに母が 生まれた家がありました。 その橋は参加という川にかけられた橋です 。 その橋は石合橋という名前です。昔ここに は私の先祖である石だけ。そしてもう1件 落池家という家が立っていたそうです。な ので橋の名前は両家から取って石合橋。 なんとも単純で何のひねりもない ネーミングですが昔はそのような名々が 多かったのかもしれませんね。私の母親は 12人兄弟の末えっことしてここに生まれ ました。幼い頃この参加のほとりでお昼寝 していた時にうっかり川に落ちてしまい兄 に助けられたというエピソードをもう何回 も何回も聞かされました。 母が生まれ育ったこの場所は私にとっても とても大切な場所になりました。私はここ で暮らしたわけではないのですが、それで もなぜか懐かしい場所なのです。 のように昭和60年に作り替えられたよう です。母親がここに住んでいた時には まるで木の板をただ渡しただけのような橋 だったそうです。正直一体誰が使うの だろうと思うような場所にかけられた橋な のですがこの先もずっと残っていて欲しい と願います。 美種は私にとって幼少期から数十年間 ずっと慣れ下しんだ町です。もしも第2の 故郷というものがあるのなら、私はこの 美師を真っ先にあげるでしょう。しかしだ からこそ私にとって美師のこの風景は あまりにも当たり前すぎました。当たり前 すぎて美をもっとしろうとすら思ったこと がありませんでした。ところが YouTubeに動画を投稿するように なってそれを反省しました。初めは皆様に 美バの素晴らしさを伝えたいと思って撮影 し始めましたが、撮影してみると私が教え られてばかりだったからです。 それでは本日もご視聴いただきまして誠に ありがとうございました。もしも よろしければチャンネル登録や評価、また コメントやハイプもいただけるととても 励みになります。それでは次の動画でまた お会いしましょう。どうもでした。
私の第二の故郷である美唄の動画第4弾!かつて三井美唄炭鉱で栄華を極めた南美唄地域の現在とは!?
南美唄をメインに、三菱美唄炭鉱跡地、茶志内炭鉱跡地も。
そして美唄に架けられた私の先祖の名がつけられた橋もご案内します!
※美唄駐屯地は開始1:50あたりでした。また三美は「みび」ではなく「さんび」だそうです。ご指摘いただいた方、誠にありがとうございます!お詫びして訂正させていただきます。
データ量のせいか編集した動画を保存しようとするとスマホが何度も落ちてしまい、やむを得ず今回の動画は画質を結構下げました。
見難かったら誠に申し訳ありません…
そろそろスマホのみで撮影から編集までを行なうのは限界かもしれません汗
これまでの美唄動画はこちらです
↓↓↓
9 Comments
三井美唄炭鉱跡地の動画ありがとうございます!
死んだ親父が働いてたんじゃないかという事務所や、
僕が60年前に通ってた小学校じゃないのかというところがあり、
非常に感慨深かったです。
本当にありがとうございます。
こんばんは🎶
美唄やその周辺は炭鉱遺構がたくさんあって見応えがありますよね☺️
私も仲間たちと以前訪れた場所が出てきて懐かしく感じました。
いつかどこかの遺構でばったりお会いするかもしれませんね🤭
産化美唄川 茶志内が故郷の私にとっては親しみのある川です。
いつも美唄の動画を届けて頂いてありがとうございます。 日東入口に住んでおりましたので 日東は遊び場でした。 お習字教室に通い日東に住む友達とクワガタ取りに山に入った場所は動画で紹介していただいた広い空間の奥
実に懐かしい…
私は南美唄出身です。動画で紹介された所は、美唄駐屯地ではありません。廃校になった専修大学短期大学の跡地です。
動画の投稿をありがとうございます。いつも丁寧な言葉を選び、観ている方が気持ちよく視聴できるような動画に仕上がっていて安心して観ていられます。私は炭鉱跡が好きで、北海道は羽幌炭鉱がきっかけでした。まだまだ知らない世界なのでこれからも無理のないペースで配信をよろしくお願いいたします😊
今回もほっこり動画楽しく拝見させていただきました。
過去に繁栄し現在は衰退し寂れていく町、ですが、ガリさんの暖かく優しい語りが、いい雰囲気にしてしまう。ガリまさマジックですね。
撮影、編集お疲れさまでした😑☝
懐かしい良く映画を見ましたあ
こんにちは。今回もいい動画をありがとうございます。ご先祖様へのリスペクトってすごく大切なことだと思います。大事ににしたいものです。ちなみに私の生まれた場所にもご先祖様の名前が付いた橋があり現在も現役です。夕張にもご先祖様が入植してその地名になった場所もありましたが今は某廃墟の敷地内で入れません。
歴史を感じる素敵な動画これからも楽しみにしています。
みび、ではなくて さんびですよ