【日本200名城巡り】大陸の侵略から大宰府を守れ!日本最大級の古代山城・大野城
訪れたのは福岡県そう九州初上陸。これ まで14の城を攻略しましたので城の原点 となる古代の城を見ておきたいと思いまし て福岡にやってきました。今回はおよそ 1400年前日時代に気づかれた巨大な山 大野城を攻めます。 [音楽] 大和政権は交流のあった朝鮮半島の国家ク を救うため当らに戦を挑みました。しかし 663年白スの戦いで大敗をします。次は 当白軍が日本に攻め寄せてくるのではない か。その恐れから665年に大和政権が 気づいた防衛要塞こそ大野城なのです。 当時九州を統治していた打財府の北側を 守るため標およそ410mの大き山を中心 に4つの山からなる塩子山に気づかれまし た。城の範囲は東西およそ1.5km、 南北およそ3km。そしてなんと全長 およそ8kmにも及ぶ大な類で囲まれた 国内最大級の古代山なのです。 では西鉄打財駅から出人。 駅名から察誌がつく通り、ここは学雲の神様菅原猫を祭祀打財天満宮の最寄りの駅々し受験で賑わっかと思いどちらかと外国人観光客の法が多いよう。 [音楽] 昔も今も大陸に近い福岡の地を感じさせ ます。 駅から大野城中心部にある県民の森 センターまでは北東に歩いておよそ1時間 30分。およそ5kmの道の 大野城がある塩山もなんかはるか向こうに 見えるような気がします。頑張れ自分。 駅からおよそ5分。こちらの赤い橋を渡る と車も通ることができる塩が見えてきます 。 ここからほぼ1本道。安心して城へ向かい ますが、もちろん坂のある山道です。途中 で気持ちが折れない限り必ずたどり着け ます。 歩きに地震がない方は駅から県民の森 センターまでタクシーを利用すればおよそ 15分。料金もそれほどかかりませんので 気軽にアクセスできますよ。 山の麓元にはホテルもあります。いや、 正直この城巨大すぎて歩きで1日では回れ ません。好きな方はホテルとかに泊まって じっくり大野城を巡るのもおつなものかも しれませんね。 ゆっくりと巡れない私は主要ポイントを 抑えたこんな制覇ミッションを掲げました 。門ドイ石垣特別な施設から古代山次の前 に少しでも迫る です。 [音楽] への道もいい感じになってきましたね。 木々に囲まれ、空気はす々しいです。 歩いて40分、中間地点を示す看板が見え てきました。 [音楽] 大野城の中心にある県民の森センターまで 2.6km。そしてうん。 岩城後まで900m。 少し疲れていた体もこの看板を見てライフ 回復。 [音楽] この動画をご覧の白月の方なら岩城と見て 血が騒ぐはず。思わぬう複産物に足取りも 自然と軽くなります。 [音楽] 岩城。それは戦国時代に気づかれ、オトム 市に使えた名称高橋女が上司を務めた城。 ここで九州に勢力を伸ばす島ず軍およそ 5万に対して上平わずか700が壮絶な 戦いを繰り広げました。 上運と共もに中義を尽くした兵たちはほぼ 全員が玉砕 まさに歴史に刻めた悲想の舞台です。 二の丸の後にはジと家臣たちの墓が静かに 立たずる。今も多くの人にその中義が忍ば れています。 岩城の本丸からは大野城司や打財不の街並 が一望でき、さらに座財ザ財不跡そして 大野城と同じ頃に気づかれたキ城の姿も 望めます。 キ場については次回ご紹介しますのでお 楽しみに。 さて打財府とは古代日本における日の政治 軍事外交の拠点。九州の統地と外交の窓口 を担いやとの交渉や防衛の最前線になって いました。 その重要な拠点を守るために気づかれたの が大野城なのです。 打財駅から歩くこと1時間。ついに大野城 の入り口が見えてきました。 [拍手] こちらは打財市役所に置かれていた大野城 の全体図をイラスト化したもの。 大野城のおよそ8kmに及ぶ土類や赤類で つがれた壮大な上壁の姿が分かりやすく 描かれています。 の出入り口にあたる縄文は全部でここの です。 その中で最大希望を誇るのが打財富口縄文 です。 草やコに覆われ分かりにくいとは思います が両川は石垣きでしっかりと組まれている ようです。 さあ、では場内へ。 城内に入るとまず目に飛び込んでくるのは 高さ5mから8mはあったとされる巨大な ド類。 この上壁に登れば浄化を見晴らすことが でき敵の動きを監視することができます。 そして案内版にはこの類が気づかれた後方 半築についての説明が 質の違う土を数ごとに積んでは叩き固める ことによって権露な土壁を築づき上げたと のこと。 実はこれらの様式は朝鮮の国家クから忘名 してきたトライ人の指導のも気づかれた もの 大野城は彼らの技術が生かされた守り やすく攻められにくい山の地形を利用して 作られた朝鮮式山次なのです。 [音楽] さあ、続いては古代山に残る施設の跡を見 に行きましょう。 大野城では70等以上の建物が確認されて います。 こちら小バ花籍軍には10等もの倉庫の跡 が残されており、5番目に並んだ建物の奥 は柱を組んだ高ゆ倉庫だったと考えられて います。 食料の備蓄あるいはブ具が収納されていた そうです。 その役割を示す証拠として単価して黒く なった古代のお米がここから発見されまし た。以来この地は焼き米ヶ原と呼ばれてい ます。 さらに期待進みます。 [音楽] 待ち受けるのは百天石垣。 山にはドイ、谷には石垣き。その中でも 最大の規模を誇るのがこの100石垣き です。 [音楽] 全長およそ180 高さおよそ6m 身長160cmの足がある4人分の高さ 内部まで石を積み詰めたそ石垣きでこんな にも古くから石垣きが気づかれていたのか と驚かされます。 間近で古代の石垣きが見られるのも嬉しい ですね。 他にも谷を防ぐ形で作られた小石垣きも 残っており、まさに古代の山の魅力満載の 城です。 こうして大規模な土木工事によって気づか れた小野城ですが結局当合軍が攻めてくる ことはありませんでした。 現在では市民の恋いの場として静かにその姿を残しています。 [音楽] 今回のランチは西鉄打財駅から徒歩 5分。 大不明物もっちりとしたに上品な案が 詰まった梅ガ持餅ちで知られる死偽の屋。 こちらではお食事も楽しめるということで 人気メニュー乳をいただきます。 具材は白菜卵、三葉、椎茸、鶏肉、そして エビ。 麺は天マ宮のシンボルでもある梅に血んで ほんのり薄いピンク色。見た目にも華やか で梅の爽やかな香りがふんわり漂ます。 スープはサバブカツお節を仕込んだ出汁に 梅の酸味と旨味が重なり合う優しい味わい 。 寒くなったこの時期、心も体も温まる絶品 の一杯です。 それでは最後の儀式行きましょうか。 スタンプ置き場は打財布展示他多数あり ます。 [音楽] 日本の名200条覇まであと 185 条。この動画をいいねと思われたら高評価、チャンネル登録をよろしくお願いします。
福岡県宇美町、大野城市、太宰府市にまたがる665年に築かれた「大野城」の見所をご案内。
巨大な山城・大野城は亡命してきた百済の渡来人たちの指導の下によって築かれた朝鮮式山城。太宰府駅から城の中心部まで歩いて1時間30分!壮大な山城巡りが始まります。途中、戦国時代、九州の激戦の地となったあの城にも立ち寄ります!
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次回は同じく古代の城「水城、基肄城」を巡ります。12月14日(日)配信予定です。お楽しみに!