【衝撃】実は消えていた…広島の大人気ブランド10選|県民の思い出と共に消えた“あの味”の最期【ゆっくり解説】
霊夢、ちょっと落ち込んでるようだが、どうしたんだ? 聞いてよ、魔理沙。この間久しぶりに広島の宮島に行ったらさ、いつもお土産のもみじまじとかお団子を買ってた沖など産が閉店してたのよ。 俺も霊夢からお土産でもらったことあったな。あそこのまま饅じは美味しかった。 [音楽] 昔からのお店がなくなっちゃったから駆けが違って見えてちょっと悲しかったわ。 お菓子屋さんだけじゃなくラーメンやパンや漬け物や広島の死ニ舗がここ数年でだんだんと消えていっていてな。 [音楽] そうだったのね。 もう食べられなくなっちゃったものも多そう。 今回はそんな消えた広島のブランドを飲食系を中心に 10 社紹介するぜ。地域のソウルフードだったものもあるからお世話になった人も多いんじゃないかな。 [音楽] 子供の頃食べてたものとかが出てきたらショックかも。 それではゆっくりしていってね。 最初に紹介するのはさっき話に出た沖きなどの 1日団子。 見たことあるわ。毎月 1日に売られてたお団子よね。 でもなんで1 日にしか作らなかったのかしら? 毎月1日に伊島神社へ無病速裁とかを祈る 1 日参りという風習があってな、そこに来る参拝客向けの演技物として以前から販売されてきたんだそうだ。 [音楽] なるほどね。確かに赤緑の 3 色団子ってお祭りとかでもよく見るし演技良さそう。 それぞれあきあんまっ茶が練り込まれた団子の素朴木で懐かしい甘さもポイント。 赤色のあきに真けの力があるって言われるから串の 1 番上が赤色の団子になっているなど見た目にもちゃんと意味もあるんだぜ。 昔ながらの風習が残っていることもそうだしそれに合わせた食べ物もね付いているのって古きよき地元の風景って思えて素敵だわ。どのくらい前から [音楽] 1日団子が作られてたの? 意外と最近で1996 年からだな。沖縄道同道同事体は 1965 年の死元々はもみじまじやを作っていた。 [音楽] 宮島口のフェリーターミナル前にお店があったからよく通ってたのよ。出来たてのもみじまじが評判でね。 宮島口を雪きする人を長年見ていたからこそ 1日団子を作り始めたんだろうな。 あのお団子のファンもいて早い時だと午前中で売り切れちゃうのよね。 けれど2025年の5 月に初犯の事情で閉店送業から 60年の節めのタイミングだった。 地元の人にも愛されてて観光で来る人にもばっちりのお店なのにどうして 物価高騰でこだわりの材料が使えなくなった。材料の値上げ分を商品価格に載せられなかった。色々だろうが気候の問題もあると思うぜ。 気候の問題ってどういうこと? 2024年なんかは1年の1/3 がマナつび沖縄のもみじまじは他者より消費機限が短い分質の維持大変だったと聞く。 そういうことか。元々そんなに持ちしないものだしね。 美味しさにこだわり続けることが経営を苦しくするなんて悲しすぎるわ。 閉店はお菓子作りに紳士に向き合い続けたからこの仕方のない決断だったのかもな。次に紹介するのは姉妹のラーメン。広島ラーメンの元祖とされたお店だ。 [音楽] 広島ラーメン博多ラーメン的なご地系のことかしら だな。 終戦直後の広島市にあった屋台から発生した醤油豚ん骨味のラーメンのことでいわゆる中華そばのカテゴリーに入る。 [音楽] あ、広島行った時に食べたことあるかも。チャーシューとネギともやしのシンプルなやつ。 [音楽] まさしくそれだぜ。味わいもどこか懐かしいあっさり風味だ。 広島のもやしってなんだか細いのよね。初めてラーメンに乗ってるのを見た時あれってなったわ。 [音楽] あれは製造法が違うんだそうだ。 さて、おき姉妹は広島に戦後間もなく誕生した屋台上海の直系でな。 次郎系とか家系みたいな話ね。直系ってことはしまいはお弟子さんの店。 いや、ご家族だな。上海の天手の次難さんが始めたのがしまいだぜ。 文字通りの意味の直系か。親子 2 台でラーメン文化を広島に根付かせたってわけね。 あと 2姉妹で作り方を教わった親戚筋が進め容器を回転することになるから親子 2 台というより一族そうでって言った方がいいかもな。 上海のご家族がいなければ広島ラーメンもなかったと考えると一族のラーメン界隈への貢献度が高すぎるわ。 ああ、姉妹の方はさらにその息子さんが後次お店を守っていらっしゃった。チャーシュネギもやしの三種の人と癖せのない豚骨醤油の王道スタイル。 [音楽] 回転から60 年以上変わらない一ぱだった。 素朴って言えばいいのかしらね。癖と旨味が足りないっていう人もいるけど、私はああいう感じの中華そばは大好きよ。 [音楽] 霊夢のような常連さんにも支えられながらくお店が続いていたんだが、メインで厨房に立っていた息子さんが体を壊されてな。 [音楽] 家族経営のどうしようもない問題点よね。代わりの人が身内にいないとお店が回らなくなるやつ。 しばらくは息子さんのお母さんが頑張ってらっしゃったものの夜と並みには勝てず 2017年に閉店となった。 息子さんのお母さんってことはしまい初代の奥さんでしょ?そりゃ 1 人でお店回せるお年じゃないわ。スズメや容器の方はどうなったの? [音楽] どちらも閉店してしまったぜ。でもお弟子さんたちに当たる警付のお店は多い。 [音楽] 目ジとかつばメとか鳥の名前のラーメン屋さんがそれかしら? ああ、スズメにつらなる警府のお店の名前の特徴だな。 小と系ラーメンなんて風に呼ばれてる。容器の方は同盟のお店が展開してるぜ。 じゃあ姉妹の味をそのまま受け継ぐお店はもうないってこと だな。姉妹初代の奥さんの妹がお詰まるというお店を開いたんだけど、やっぱり味はちょっと違うんだぜ。 姉妹のラーメンはもう食べられないのか。似たようなのはあるだろうけど、本家本の味がなくなるのはやっぱり寂しいわね。 3 つ目に紹介するのは見晴しにあった小川が作っていたから空っぱだぜ。 食べたことがないわね。 どんなお菓子だったの? リング場のコーンスナックだな。のり塩味、コンソメ味、カレー味といろんな味のラインナップがあったんだ。 輪切りにしたうまい棒みたいなものかしら。 お、いい例えだな。値段も 1袋10 円だったし、うまい棒と並ぶスナック菓子だったんだぜ。 あのうまい棒ですら値上げしたのに 1袋10 円をキープしてたなんてすごいわね。 奇跡の10 円スナックなんて妖怪では言われてたくらいだからな。作っていた小川生下は [音楽] 1946 年送業の死ニ舗世昭和の駄菓し文化を支えた企業だったぜ。 [音楽] 戦後すぐから現代までの日本の復興や成長の中で駄菓しを作ってたのか。 うまい棒を作るヤオキの量が 1981 年。ここコアシガレットで有名なオリオンの送業が 1948 年だから業界の中でもかなりのフルカブだな。 ダ菓し屋やスーパーのお菓子コーナーにあった空っぱを買ったことある人も多そうね。 だな。でも2000 年以降だし文化が廃れていくにつれて小川生の売上も落ち込み気味に。 コンビニとかで手頃で美味しいお菓子が買えるようになって菓し屋も減ったのよね。小銭に握りしめて駄菓し屋に行くってこと自体ライフスタイルの変化で少なくなったろし。 [音楽] それでもおろし屋ネット販売再治への出点で売上をなんと開示していたんだ。 遅かれ早かれって気もするけど破のとどめになったのは何だったの? [音楽] コロナだな。生命線の祭事がのき並みなくなって売上が激減。破際に空っぱを [音楽] 10円から12 円に値上げしたそうなんだが。 夜景石に水ってやつね。 10 円だからこそ受けたってのもあるだろうし早そう値上げもできなかったんだと思うわ。 ああ2022年に1 億円以上の負債を抱えて破空っぱも製造終了となってしまった。 [音楽] こういうお菓子業界とかだと同僚他者がブランドを引き継ぐって話もあるじゃない。空っぱは復活してくれないのかしら。 近隣で同様の設備を持っていたり、製造を引き継ぐ企業体力が必要だったりで簡単な話じゃないからな。現状みは薄いんだぜ。 [音楽] 4 つ目に紹介するのは猫島商店で販売されていた広島名付けだ。 広島なって聞いたことないわね。 野沢とか小松名とかの広島版のこと。 広島名は白菜の一種だからちょっと違うかな。実は九州の高長野の野沢と並ぶ日本 3大名付けの1つなんだぜ。 そうだったの初めて知ったわ。 広島県以外ではあまり知られてないからな。それに広島なって名前も [音楽] 1933 年に産業奨で名付けられてからのことだ。 あれ産業奨ってさ、今の原爆ドームのことでしょ? その通り。そして広島喧嘩に広まったのは 原爆や戦争で大黒柱をなくした家族が生活 のために育てたからって経緯もあるんだぜ 。広島の歴史と共に知られるようになった 名物か。明るい話じゃないけど背景まで 知ると大切さを思い知るわね。 中でも猫島商店は契約農家と共に広島名の土作りから取り組んでいたし偽 漬け物を作るだけじゃなく元になる広島なから作るってのは本気度が違うわね。 程よい塩加減とシャキシャキ感のある広島名漬けは大きな歯派でご飯をくるんでよし。細かく刻んでお茶漬けに乗せてもよしかきと合わせるもよしとファンが多かった。 それなのにって話よね。 これだけ地元や農家と距離が近い会社の製品がもう食べられないって何があったの? 同僚他者との競合が激化したことが大きいな。 市場で差別化や打ち出しができなかった。 死偽舗で生産者と縁が深いだけじゃダめってことか。厳しい現実ね。 [音楽] ネット販売や経費削減を頑張ったけどコロナで追い打ちをかけられて [音楽] 2022年に破散は4 億円を超えていたぜ。 そう言われると最近漬け物食べてないわね。 野菜も最近高くなってるし、農家さんも高齢家が進んでるって聞くし、 植分の変化もあって、直近 20年で漬け物全般の消費量が 30% も減ったそうでな。死ニ舗と言えど業界全体で厳しい状況なんだぜ。 5つ目に紹介するのは1926 年送業の死ニセパンやの青パ所の作るイギリス食パンだ。 ほぼ送100 年じゃない。戦前からずっと地元で知られるパン屋さんだったって感じね。あ あ。 広島県の島に工場を構え岡のパンの相性で親しまれていたぜ。戦後の食料の時期には食料提供に奮闘、移動販売に下ろし販売と広く商品を展開してた。 [音楽] 今まで紹介された企業もそうだったけど、ここも広島の大変な時代を支えた企業の 1 つか。肝心のイギリス食パはどんな味だったの? ふわっとして懐かしい甘さがある市販なのに頼より断然美味しいと数ある食パの中でも地元の評価は絶大。 給食のメニューにも入っていたくらいだぜ。 そんなに食パで違いがあるのか。作り方とかも工夫してらっしゃったのかしら。保存量や保存目的の添加物を使用しない作り方が特徴だな。その分自然な味わいが感じられたそうだ。 [音楽] そのままでも美味しそうだしカリカリに通すとしても良さそう。毎朝これを食べてたって人もいたでしょうね。 他にも福山市で有名なバラになんだローズパンやベックパンにちクわン、地元のスーパーでは丘のパンのコーナーがあるほど愛されていたんだぜ。 王道のパンからちょっと変わりだまで色々ラインナップがあったのね。てかスーパーに専用コーナーがあるってよっほどファンがいないとできないことよ。だな。あとはポルノグラフィティのイベントでオリジナルパンも出してたな。 [音楽] あのバンドのポルノグラフィティなんでいきなりそこで出てくるのよ。 [音楽] 彼らが広島県員の島出身だからだぜ。地元開催のイベント向けにコラボしたんだ。 [音楽] 地元繋がりだからってことか。イベントを開く側もコラボする側も地元愛が溢れてて素敵ね。 [音楽] それでも現在量の高等や大手との競争撃による経営の悪化が進んでな、 2025 年に丘の生般所が破散してしまった。 それでイギリス食もなくなっちゃったと。どうして地元に縁のある死偽ばかりが先になくなっちゃうのよ。 [音楽] よくも悪くも昔ながらの経営だとコストよりもお客さんの顔を見て商売するからな。 もちろん素晴らしいことだけど恨め恨めに出て立ちゆかなくなったのかしら かもしれないな。 地元からも惜しむ声や復活を望む声が多いからもしかしたらとは思いたいところだな。 [音楽] 6 つ目に紹介するのはかつて記事醤油から販売されていた醤油だ。 生地ってなんだか変わった名前ね。 生地つまり絞ったままで薄めていない濃厚な醤油のことをさすそうだ。 そんな醤油があるって初めて知ったわ。どんな味だったのかしら。 添加物などを加えない風味の繊細さ。複雑で置深い旨み。 その辺のスーパーで売ってるのとはやはり全然違ったそうだぜ。 うん。気になるけどいいお値段しそうだしそうそう簡単に買えなさそうだわ。 実際薄村紫に代表される記事醤油が作った高級醤油のおろし先は百貨店。贈り物とかの他に言い方はあれだけどお金に余裕がある人向けの商品ではあった。 [音楽] それでも買う人がいたんだからそれだけ美味しい醤油だったんでしょうね。 製造元の記事将油は元々き山本という野号で 1883 年に創業した死偽将作りの製造の誇りや伝統の継承を背負う名前として解明した経緯があるぜ。 高級将もお金稼ぎとかではなく技法や誇りを形にしたブランドってわけね。 ああ、あの漫画を維しんぼでも紹介され件の物づりオンリーワン企業にも選出。近年では柿を利用したカルシウム醤油も開発するなど様々な実績を持っていた。 おいしぼで紹介されるのもなんだか分かる気がするわ。無天下で伝統があって手作り出って究極の本物って感じがするし。あ、いや、普通の醤油が悪いっていうことじゃないのよ。 [音楽] 言いたいことは分かるぜ。ちょっと偏りすぎな味見方もあるからな。あの漫画。まあ、それくらいこだわりが認められてたってことだな。 でもさ、これまで見てきたどのお店もこだわりや伝統や歴史を背負っていたのに、経営や世の中の流れが悪くなって最後には消えちゃったのよね。 [音楽] ああ、記事将油もまさにそのパターンだな。その当時こそ珍しかったとはいえ、高級将の分野にも競合が入り込んできた。市場も低名し、 [音楽] 2018年に記事将油は倒産。送業から 135年目のことだった。 そりゃ人機質だけで経営が成り立つわけじゃないけどさ、でも良いものを作っているところが金がないから続かないっていうのも寂しいわね。 [音楽] 記事油の手がけた商品全部がなくなってしまったわけだからな。 長年積み重ねてきた技術や歴史を受け継ぐことも人筋縄ではいかないんだぜ。 [音楽] 7 つ目に紹介するのは福山市に本社を置いていた浜旦那成下のデの褒美だぜ。 でこの褒美って何?おかしだってことはなんとなく分かるけど。 手ごは広島の貧方の方言で手伝いのことだぜ。褒美はご褒美とか織田ちんのことだ。 [音楽] お手伝いのご褒美でもらったお菓子ってこと? ああ、それをイメージして作られたレモン風味の案の入ったドラ焼きの商品名だな。レモン風味っていうのが面白いわね。かなり甘いドラ焼きの口当たりが爽やかで甘いものが苦手な人も食べられそう。 [音楽] さっぱりとした味わいと素朴な甘さが売りでな。同じレモン風味の案を使ったカり島饅じなんかも人気だったぜ。 [音楽] 広島はレモンの生産でも有名だ仕事うちの食材をお菓子に生活かすのは定番よね。レモンクリームのもみじまじも見たことあるわ。 [音楽] 国内さん、レモンの半数は広島さん。瀬戸内の気候がレモン栽培にぴったりなんだ。特に生産の盛道師にも浜段な成果の視点が存在していたぜ。さ [音楽] 地に店舗があるんだったらレモン推しのお菓子ができるのも納得ね。県内には結構な数の店舗を出してたの。 県内にご店舗を運営していてちょっとしたお茶受けやお土産で地元でもなの知れたわ菓屋さんだったんだぜ。 けど1番最初の沖な道と同じ業界でしょ。 経営が厳しくなる要素もに似たり足たり寄ったりな気がするわ。 残念ながらその通りレモンを活用して幅広い年齢創え商品を普及しようとしてたけどな。 史上競争が激しくなって我菓の需要も減って売上も悪くなってことでしょ。 ああ、加えて複数店舗を構えていたことがコロナ流行の際に恨めになってしまった。 お客は来ないのにお店の固定費は毎月かかっちゃうのよね。それで資金繰りまで厳しくなって感じか。 [音楽] うむ。走行してるうちに負債が1億円を 超えてしまい、これ以上事業を続けられ ないとして2023年に全店舗を閉鎖し 破産してしまった。現実はいつだって甘い も酸っぱいも通り越して苦しいのよね。 8つ目に紹介するのはクレビールがかつて 販売していた海軍さんの種だ。クレ軍が あったところよね。それにならの名前 かしら だろうな。 クレビール自体暮レしの企業や個人の出資を募って 1995 年に創業した会社地元との関わり合いは特に強かったはずだ。な んでそこまで気合が入ってたの?普通は熱い意ある誰かが個人で初めて周りが動かされてってのが定番でしょ。 昔こそ港があったが戦後は増量もスタレ人口も再生機の半分以下なんとか観光で待ち起こしようと地元のアイデアがきっかけになったからだな。 地元の人たちにとっては希望の星だったわけか。 肝心のビールはどんな感じだったの? 海軍さんの爆は爆画ホップ工房だけ遅れの名水を使って上したビールでな、バナナのようなフルーティーサトクローブが香る飲みやすいビールだった。 [音楽] あのビール独特の苦さは好みが分かれるけど、そう聞くと確かに飲みやすそうね。 広島初のクラフトビールでもあったから当時は話題になったんだ。 ビールの作り方だってノーハウなかったところでそんなビールを作るのもすごいことよね。 ドイツから輸入した上設備を導入し本場ドイツの職人から指導も受けるなどかなりの覚悟でビール事業を行ったんだぜ。の町を盛り上げるためにそこまでドイツの設備を持ち込むのなんてめちゃくちゃ大変だったでしょうに。 [音楽] 他にも瀬戸糖値の換橘を使ったビールや自酒に使われる工房を併用したビール。ラインナップも去ることながら各手教会で毎年受賞するなどビールそのものの評価も高かった。 だけどもうなくなっちゃったんでしょ。やっぱりそれでも売上がったの。 ここに関してはいろんなタイミングが悪かったとしか言えない気がするぜ。 やっぱりコロナとか それもあるがまず2018 年の西日本合雨で経営していた暮しのレストランの来却が激減。 ああ、ひどい雨だったもんね。ニュースとかでも毎日やってたわ。 [音楽] そして送業から25 年経って設備の老朽家が進んでいてな。豪雨からの復興に設備の更新が重なった。 [音楽] どっちも数ヶ月で終わるようなことじゃないのよね。あれ でも2020年からさ。 そう、コロナが来た。このせいでレストランを締めざるを得なくなり、売上が回復せず [音楽] 2021 年にレストランを閉店。クレビールの会社も解散したんだぜ。 [音楽] あまりにも悪いことが重なりすぎたのね。天才とかがなければ今も普通に営業してたでしょうに。ここの爪に紹介するのは未せ千べ。かつて未線本舗で販売されていたピーナッツ入りのせ餅だ。 [音楽] あ、このお店も宮島にあったのよね。 近くを通ったこともあるわ。 うむ。こちらも宮島にお店を構えて 50 年以上。沖縄と並ぶ死ニのお菓子屋さんだった。 ガラス越しにせべを作っているのが見えたのよ。焼き上がる頃には甘い香りが漂っててできた手のせ餅が美味しそうだったわ。 [音楽] もみじまじも未せ千べ餅もご主人が 1つ1 つ丁寧に手焼きした一品。未せ千べ餅は素朴な甘さとピーナッツの香ばしさが評判だった。 もみじまじはそんなに日持ちしないから未せ先べの方がお土産に向いてるのよね。 確かにそうだな。どこにでもあるようでどこにもない美味しさという人やお土産に配ると喜ばれたって人もいた。 やっぱり手焼きにこもってる温かさっていうのかしらね。食べていると陣割り心が穏やかになる気もするわ。 [音楽] ご主人のお人柄もあるだろうな。宮島口の活性化を考えるかや丸の企画のお店の後押しなんかもされていたそうだ。 [音楽] 宮島の将来を考えて動いていた方なのね。そういう柔軟な動きができるし偽って素敵。 でもそんな方のお店が先になくなっちゃうなんて。 ご主人も落としされて体力的に難しくなったのが理由とのことだそうで [音楽] 2024年8 月におしまれながらも閉店となった。 お菓子作りって体力勝負なとこあるもんね。継ぐ方とかはいらっしゃらなかったの? [音楽] 幸いにも後次を申し出た方はいるそうだけど実際に作り方を引き継げるのかとかお店の扱いなど詳しい話は決まってないそうだ。 ご主人の心志しを受け継ぐ方にまた未せを作ってもらいたいわね。最後に紹介するのは見晴しにあったおロパンのシャリシャリパンだ。 パンなのにシャリシャリ。ちょっと面白いわね。 コっぺパンの中に砂糖の混ざったバタークリームが入っているパンでな。 砂糖の食感がシャリシャリするってことか。でもクリームに混ざっているなら良いアクセントになって美味しそうね。 プレーン以外に金とブルーベリーレモンのジャムが入ってるものもあって、その日の気分で味の違うシャリシャリパンを食べられたんだそうだ。子供を受けしそうなラインナップね。名前といい、中身といい、なんだかちょっとノスタルジックなパンな気がするわ。 [音楽] 1945年から1955 年頃から販売されてきたパンだから、どこか昔懐かしさはあると思うぜ。製造していた小ロパンは [音楽] 1918 年送業。特に地元の見晴しではパンといえばおロパンと真っ先に名前が上がったんだ。 100 年以上地元でパンを作ってるなら子供から大人まで必ずおにお世話になってるでしょうからね。 [音楽] 地元のスーパーや学校の勾配にもパンを供給してたのも大きい。授業の合間に勾配に買いに走ったって話や社会化見学で工場を見に行った話もあったぜ。 [音楽] 座地元のパン屋さんってエピソードね。なんだか聞いていてほっこりするわ。 [音楽] だなけれど大手との価格競争が避けられずコロナの影響で店舗の売上も減少。厳しい状況での経営がここ最近は続いていた。 [音楽] 何回も見てきたパターンね。そして負妻だけが増えて倒産しちゃったと。 [音楽] いや、まだお金の余力がある間にと 2023 年に最終職を手助けしつつ前重要員を解雇。 2024 年明け早々に事業を生産されたぜ。設備老朽化もあって製造も完全に停止した。 [音楽] 難しい決断だっただろうけど 1 つの引き際だったんでしょうね。従業員への筋も通してるのが分かるわ。 Facebookでは平量に至る家庭や4 代目社長の思いが投稿されていてな、死に を守り続けることがいかに難しいか が伺えるんだぜ。 10社どれも地元に愛される商品があった のにコロナや市場競争で消えていって しまうのは同じようなケースだけに辛いわ ね。現在の高等なんかもその動きを悪い 意味で加速させてるからな。これからも 死偽の倒産ってのは続くかもしれないんだ ぜ。 どうにかして歯止めをかけるにはやっぱり好きな商品を買うことよね。 それもあるし、植分化やライフスタイルの変化で減った需要や 致名度もあげないといけない。地元の味を掘り起こして発信していくのも大事なことだと思うんだぜ。 きっと他にも消えていった広島のブランドはたくさんあるんでしょうね。知っている人がいたらコメントで教えて欲しいわ。 逆に今でも頑張っているお店も紹介して欲しいぜ。 この動画が面白かったらチャンネル登録、高評価もよろしくね。 ご視聴ありがとうございました。
広島には、地元の人なら一度は食べたことのある
“県民のソウルフード”とも呼べる名店や老舗が数多く存在していました。
しかし近年、物価高騰・人手不足・後継者問題・コロナ禍などが重なり、
長年愛されてきた店舗やブランドが次々と姿を消しています。
今回紹介するのは——
宮島の名物「ついたちだんご」、広島ラーメンの源流「しまい」、
三原の10円スナック「カラッパ」、老舗漬物店の広島菜、
因島で愛されたイギリス食パン、手づくり煎餅の「みせん本舗」など、
今はもう味わえない“広島の記憶”そのものともいえる名ブランドたちです。
かつての味や思い出を知っている人にとっては、
胸がぎゅっとするような内容になっているかもしれません。
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あなたが覚えている“消えてしまった広島の名店”があれば、
ぜひコメントで教えてください。
#広島 #消えたブランド #ソウルフード
6 Comments
パン屋さんと言えばナガイのパンもなくなっていた
呉ではパンは呉製パンのチーズフィンガーが大好きだった今は似た商品は何処も作っていない😢ラーメンは仙八ラーメンが美味しかった最初の狭い6人位しか入れない狭い店だったけどオジちゃんとオバちゃんの2人で今では無い美味しいラーメンだった😢
オギロパンのシャリシャリバターパンはコッペパンで作られていませんよ。
味付けパンにシャリシャリバタークリームをサンドしています。
オギロパンのコッペパンは他県でメロンパンという商品名で売られているパンです。
第一産業近くのカポネによく行ってた。
後はみむろ 中央通りのG線
パチンコの端玉景品でカラッパをもらい食べてました😅
閉店した飲食店といえば、サンモール地下にあったお好み焼き店「あまんじゃく」ですかね😮
オタフクソースとケチャップのブレンドソースでした😊
おきな堂が閉店したのは残念。インバウンド以前は母と良くお店へ訪れてましたが今年、久しぶりに来店しようと思っていた所でしたのですが。
以前は来店すると必ず焼きたてのチーズもみじ饅頭と季節限定のもみじ饅頭を購入していました。
購入の際に店員の方から「店内で召し上がりますか?」と聞かれ「それでは店内で」と言うと、店内の長椅子にて夏は冷たく、冬は暖かい緑茶をサービスで出して頂き「ごゆっくりと召し上がり下さい」という素晴らしいお店だっただけに本当に残念です。