金山(岩屋岩蔭)遺跡「金山巨石群リサーチセンター 研究員 徳田紫穂さんによる現地解説」 ~ QRT 量子遠隔旅 ~ シンクロ加速しんごちゃんネル 登録者数1万人突破記念!
やっております。徳田と申します。よろしくお願いします。 よろしくお願い よろしくお願いします。 で、今日は週分から9 日目の日でもう終分は過ぎましたけども、ちょうど今光が込んでる週分から 1ヶ月の間が1 番スポットの速の時なんですけども、その光ただけると思います。はい。晴れています。晴れて。 はい。 で、今日はもうここをゆっくりあの歩くんですけど時間はどれくらいあります? もう無限無限にあります。 90分ぐらい2 時間ぐらいでお願いします。 はい。で、今ここから見ているあの正面に見える巨石あれが岩石と言ってあの縄文時代の指跡になってるんですね。え、で、縄文人たちがあの洞窟上の空間の中で、ま、キャンプをしたんじゃないかという、ま、キャンプ地として県の文化街になってるんですよ。 うん。で、ところが、ま、私たちこの調査 始めたのがちょうど28年前で、で、その 当時は今ここ道があの全部舗装してます けど、半分舗装してなくて、で、もう木が すごい美味しげて、この石が何も見えない ぐらいこの道から杉の木でびっしり追われ てて、で、もうここにあの年に1人か2人 来るか来ないかぐらいのもう全くあの森の 中に埋もれていたあの場所なんですけども 、それ銀関はあの今から50年ぐらい前に 県の文化課題になってうん。で、それで あの書籍としてはあったんだけれども、ま 、ほとんど来る人もいなかったようですね 。ええ、で、そういう中で28年前にあの 岩遺跡のあのペンの文化剤の方ではなくて この建物のさらに向こう側のあの石の一部 にこういう風に2本の岩に2本の戦国と それから楕円系のくぼみが大中と刻まれ てるあの石があるんですね。で、これを 28年前に見つけたのが、あの、この地元 の画家の方で小林義さんっていう方がこれ を見つけて、ここに何か書いてあるって いう風に感じたんですね。うん。あの、 こんな嘘とした森の中に現代人がやってき てで、石彫刻なんかはしないだろうという ことは何か古代との何か痕跡ではないかと いう風に考えた。で、ちょうどその時に私 も一緒にあの小林さんと来てて、この石の さらに向こう側の石の岩と岩の間の隙間。 これ、ま、1つの石がこう割ったか割れた かって言われてるんですけど、このVの字 型の隙間のところに太陽が沈む光の写真を 10月24日にたまたま撮ったんですね。 で、こんな美しい光がここで見られたって いうのを小林さんに報告したらここに書い てある何かうん。痕跡ま、ここに書いて ある何かがその太陽と関係してるんじゃ ないかっていうことを考えたんですね。 うん。で、古代で巨石で太陽といえば イギリスにはストーン返事があると。うん 。で、小林さんはそのイギリスのストーン 返事が昔から何かこう気になっていて、で 、石から何か作品インスピレーションを得 て希号抽画につげたいという風に考えてい たところだったので、で、これは何かある とイギリスのストーン返事なようなものな のかもしれないっていう思いで、で、それ でちょっと面白そうだから古代日本には そういうものがないと言われているけども 、もしかしたらここがそういう場所だった としたらこれすごいことだと。うん。で、 それなんかちょっと面白そうだからって ちょっと調べてみようかっていうのを28 年前に2人で始めたんですね。うん。で、 それでま、だけどその当時とした森の中だ し石のあの配置だとか輪郭だとかあのもう 分からないで、ま、こっちが東で、あ、 こっちが西だと太陽はこっちから登ってで こっちに沈むぐらいしか分からなかったん ですけど、ま、頭で考えて見てても分から ないので、それでじゃあとりあえず現場に 来て太陽が例えば下子の頃、あの、1番 太陽の高い軌道の時の夏の時期はどこから 太陽が登って石とどう関係しているん だろうみたいなことをあの下子の頃から 始めたんですね。え、で、そうしたら1番 最初に見つかったのがその手元の資料の上 の右から2つ目の写真とこれ同じなんです けど、これ両サイド岩と岩の間からあの 太陽が登ってくるところなんですね。 ちょうど隙間が空いてるところから低い 位置から太陽が登ってくるのを確認したん ですね。で、これ夏の朝日を見ていると うん。あの東の空を見た時に1番左から 太陽が登る位置があの頃ですから夏です からその位置が岩と岩の間ちょうど隙間が 空いてるってことはこれ夏の朝を見るため にの配置なんではないかという風に考えた んですね。でもまこれ偶然かもしれない。 じゃ夏があるならばあもあるだろうと1番 右から太陽が登る位置を捉えている石の 構造があるかもしれない。 でもここに冬に来てみるとそうすると南の山がこれ高いもんですから。あ、今あそこ太陽ありますよね。で、当時の頃はまだ見えないんですよ。まだ日陰なんですね。うん。 うん。だからだけど朝からあの明るいからどこかで太陽は見えてるだろう。 で、こ下の下のっていうかここの拒席議論 ではないという風に考えて、もう少し標の 高い見晴しのいいところにもう1箇所 ぐらいあるんじゃないかっていう風にあの 痕跡を見つけた小林さんが考えて、もし 俺が古代人でここで夏の朝日は見られる けども、冬の朝日が見られないんだったら 俺なら上に作ると海しのいいところに作 るっていう風に考えてでそれで東の方の山 を登ったんですね。そしたらちょ、ま、 ゲロに抜けるあの山なんですけど、その山 の頂上がちょっと下がったところにもう1 箇所籍軍が見つかって、で、それがその 手元の資料の上の右一と1番右角の写真 ですね。細長い縦の写真の下に小さな イラストが付いてます。うん。で、9mの 長いがあったんですね。で、ここはこの下 のuli石群は高さやあの大きさが大体 9mから10mぐらいなんですけども、山 の上にある漁席軍はあの見晴しがいいもん ですから、ま、高さというよりはホ位を 示す、どの方向から太陽が登ってくるのか みたいなその放位を示すと考えられるあの 長い9mの石が見つかったんですね。ええ 、で、その角がちょうど直角にこう 切り取られていて、座るスペースじゃない かと、観測スペスペースじゃないかという 風に考えてここに座って、で、この石の 尖った石の洗場を見るとそこから当時の頃 の朝日が登ってきたのを1998年に 見つけたんですね。 そうでやっぱりあったという風に考えてでそれでじゃあ冬の朝と夏の朝があるってことは上の巨石と下の巨石群がなんか関係してるわという風に考えてでじゃあ夏と冬があるならばその中間の春と秋もあるかもしれない。で、それで、え、ここでまず 1 番最初に見つかったのが今度は静なんですけど、岩か原石の右の上に小さな看板があります。うん。 あの、看板から西の空を見ると、そうすると岩影の真ん中と右側の石の間に三角形の隙間ができるんですね。ええ、三角形の隙間ができます。 ちょうどあの右側の石の上の頭の裏側ですね。あそこがこうここが L 字型にこうカットされていて三角の隙間を作ってるんですよ。 うん。で、その隙間の向こうの山に太陽が 沈む瞬間、ここにも光が入るとこれが春分 と終盤の頃に限りなく近い時だというのが 分かったんですね。そうであ、これは夏と 冬のちょうど中間を知るための仕掛けじゃ ないかという風に考えてこれ、ま、春夏、 秋冬、太陽の位置でこれ暦みになってるか もしれない。ま、かなりその確信は高いな という風に思いながら、じゃあもうさらに あの調べてみようということで色々調べて いった。で、結果的に、え、夏から冬まで のを、ま、4等分した節めの時期がここで 観測できるというあのことが分かってきた んですけど、つまりここはま、カレンダー になっている。うん。え、今私たちは カレンダーをめくって下子の頃だからここ に来て観測会やったりするんですけども、 そうじゃなくてここで光の位置をあの見て それで今が季節のいつ頃なのかっていうの を知る方法が隠れてるんですね。 だからただパッと見るだけだとただ大きな石があるなだけで終わってしまうんだけれどもそれを太陽と組み合わせて丁寧に見てくるとこれはか暦読みとしてカレンダーとして今でも機能している自信でも動いてないってことが言えるんですよ。 うん。 うん。で、これじゃどう自信でも動いてないってことは、ま、ここに設置したという風にあの考えてますけども、これが元々自然のものなのかっていうこともなりますよね。 え、で、それを大学で調べていただいたら 、こ、こ知学というので調べていただい たら石の自価うん。をそれを調べることに よってここで冷えて固まったものなの かっていうのが分かるそうなんですね。え 、で、この岩石そのものは脳医療門という 火山癌で、この周辺のあの岩でもあるん ですね。で、すぐ近くにこう岩屋ダムが ありますけど、岩屋ダムのあの ロックフィルの石もこの石も全く同じ石 です。だからこの土地の石であってここに あってもおかしくはないんだけれどもその 7000万年前の火山の噴火に乗ってでき たり石で飛んできてここに座っているなら ば元々ここにありましたよということに なるんですけどもその冷えて固まる時石が もしここに元々あったものならばその石が 冷えて固まる時に石の自方向時期方向が 当時のこの磁場と同じ時期方向で冷えて 固まっていなければならない。あ、元々 あったものならない。で、その石の時方向 を調べてもらったらもうバラバラの方向を 向いてここに座っている。つまりこの石は 移動してきたものですよということは科学 的に証明されたんですね。うん。ただ じゃあその移動が人の手によるものなのか 、え、ゴロゴロっと転がってきた状態なの かっていうことを私たちが太陽の動きと 組み合わせて見てくるとこれは作らなきゃ できない構造。うん。ただ転がってきた 状態を利用したのではなくて、石の側面を 作り上げて組み立ててるんですね。うん。 で、そうなるとじゃあこんな大きな石を どうやって運んだんだっていう話になるん ですね。で、私たち天門学会で発表しても 石をそもそもどうやって動かしたかが証明 できなければそんなものは認めないって いうのが今のこの国のスタイルですね。 どの学科持っての話はあの同じです。うん 。だけどこれが5000年ぐらい遡るです 。5000年前といえば漁文明が地球規模 であの行われた時代と重なるエジプトでは あのピラミッドが作られヨーロッパでは あのストーンサークルが何千と作られた あの時代と日本の縄文時代が重なるとで 日本にも拒籍文化があったっていうことを 示すものなんですね。うん。でも学術的に はそれはありえないと。で、それは そもそも古大臣がそんなことできないんだ という決めのもにあのできないとは判断さ れてしまっているけど私たちが見てきた ものはこれは確実に人工物です。ま、人間 なのか誰か分からないんですけどもでも 明らかに作られたものであることはもう 間違いない。で、しかもカレンダーとして 機能している。 今でも使えるってことは逆に今の私たちにその太陽のサイクルっていうのは別に天文学者が決めたものでもなく自分たちの力で読み取ることができるんですよっていうことを教えてくれてると思うんですね。で、ここが面白いところ。うん。結局学術的にその専門家のそういう学のなんかで発表すると記録はないのかと。記録を見せろと。うん。で、記録を見て納得する人たちがと。 それからここであの光の角度が何なの かっていうものを実際確認してくるきた 私たちとあの考えるとやっぱりその記録に 残ってるものっていうのは文字ですから うん。で文字っていうものは中国大陸から 紀限後に入ってきた日本に入ってきたもの ですからでその後にはもう実際の太陽光で 暦みを知ってたなんていう記録はもう一切 ないと中国から入ってきたものは隊員対応 歴ですから。うん。ですからもうそんな 記録なんかあるわけないんだけれどもここ にあるあの石の配置だとか角度だとか 差し込む未数だとかそういうものがまさに 暦読みとしてあの機能してまこれで証明 できるとま証明できてるという風に思い ますけどね。うん。そうで、それがま、 縄文時代の4000年、5000年のその あの地球規模で巨文化があの栄えたという 時代と重なると言いましたけれども、ここ も少なくとも4500年は遡るだろうと 言える根拠の1つにここにある石がこれ 北極性を見る石なんですね。ええ、で、 北極性で年代を推定すると4500年前の 流ザのトバンという北極性ではないか、 あの、星ではないかを見ていた時代では ないかということが推定されるんですけど 、どういうことかと言いますと、これ石の この平面が新北牧田に向かって35°の 角度が付いてるんですね。え、で、夜ここ に来てみるとこの天井に北極性が見えます 。うん。抵抗に見えますからどこからでも 見えます。うん。この線場に。で、それが お配りした資料の1ページめくって いただいたカラーのページ。うん。そこに あの緑色のレーザービームが飛んでます けどもううん。それここから北極性をこう 見た時に北極性ぴたりと当たるわけですね 。うん。で、北極性というのはあの地球の 知軸うん。回転軸の北側の先にそこにある 星を北極性というのであって北極性という 星があるわけじゃないんですね。軸が差し ている星が北極生川でうん。で、その星が 今はたまたま小熊座のポラリスという 明るい星をさしてるんですね。うん。だ から北極性はポラリスだと言っているんだ けれども、あのこの地球の知軸の回転軸が 2万6000年で一周するこの地軸の群れ というのがあって差し示す星が時代と共に 変わっていくんですね。うん。で、それに よって今はたまたま小熊座のポラリスが この戦場に明るく輝いているんだけれども 、これは私たちがポラルスで合わせてこう 削ったりして私たちが観測した北極性の石 ではない。うん。最初はこれもずっと鶴で 追われて草で追われて何か分からなかった けども整備の時にバッと剥がしていったら 綺麗な平面が出てきた。で、法位と高度を 測ったら巻北で35°。あ、これは北極性 じゃないか。で、その当時は前の木が たくさんあっていましたからよく分から なかった。でもちょっとずらすとあ、 あそこに北極者があるなっていうのは例 分かって分かったんですけど15年ぐらい 前かなにやっとこれあの前の木を切ってで 見えるようになって今でもこれ見えます。 うん。年中見えますからあのいつ来ても今 もそこにあるんだけど見えないだけね。 明るいからうん。北極性がこの線場にある 。うん。うん。 そうで今の北極性はコラリスだけれどもこの差しすごいは時代と共に変わる。じゃ、この戦上で北発極性を見ていた時代がいつ頃だろうかっていうものをそれを調べていくとあのそのページの右側のモノクロのページを見ていただくとすると円の時代あります。 で、これがあの、その軸が差し示しが 2万6000 年で、え、色々変わってきますよというのを簡単に示してるんですけれども、その円の 1番下2000年、これが ちょうど今ですね、ポラリスをぴたりとさしてる、ちょうどその起動上にある星がポラリス。 これから北極性というで、この円をずっと 左上に差っていくと期限0年を過ぎてで えっと今から4500年前まで行かないと の流山のという星橋うんその時代まで行か ないとこの戦場に明るい星がないわけです ね。うん。 ええ、つまりここで北極性を見ていた時代がその 4500 年前の竜のではないかということが考えられる。 だからそういう記録はないんだけれども、あのここに深北で35°というを示すの意思があるということはその時代の北極性を見ていた可能性もあると正確には分からないけども 1 つの推測として北極性で年代を推定するとその 4500 年前の北極性の時代ではないかでちょうど 4500 年前といえばこの周辺であのこの川沿い川沿いであの生活の痕跡がちょうど文時代の中 以降に日本列島で気候が2°から3°上昇 した時に暑い方の人たちが涼しい方を求め てこう移動してきているそうなんですね。 なのでここでここから出てくる縄文時代の その集落なんかでも縄文時代の中期以降に 異物がぐっと増えているところからあの 人口が増えてま、少なくともその4500 年前にはこの周辺に人が生活していた時代 と重なる重なるとうん。 いうことからも、あの、その時代 1 つの推測として、で、一昔前だとするならば 4400年前 もしかして2万6000 年前の同じポラリスかもしれないしうん。その起動上にある星かもしれない。 うん。 でも明るい星、今と同じぐらい明るい星を探っていくと、今のコラリスかその 4500 年前の竜の番ちょっと今より暗いですけども、肉が眼で正確にこう確認できるし。うん。ま、ちょうどそのピ、その 2つぐらいしかないと私は思うんですね。 うん。そうするとやはり4500 年前のそのエジプトでピラミッドが作られた時代と重なる時代に日本ではここで同じように北極性を見ていた。 で、他の石では太陽を観察していたっていうことが言えるのではないかっていうことですね。 はい。 うん。だから文字による記録はないけれどもここにある巨石軍だけで十分世界の巨石建造物の謎とこう一体になる。石をどうやって運んだかってことに関してはそこは謎ですね。 うん。それもこう重なるわけですね。 うん。 だから今の科学の力であ、科学的な照明でこの石をどうやって動かしたかっていうことは私はもうあの説明は不可能だと思ってますね。何かその時代にその石を動かす技術なり何かそういうあの方法があったという風に考えた方が自然かなと。そこに関してはもう触れない。分からないです。うん。うん。 だけど、ま、どういうわけか不思議ながここにあったから調べてみたら、あの、カレンダーになってるっていうことですね。 で、時代を補局性で年代する、数けすると 4500年ぐらい前じゃない。で、もっと 前じゃないか、1万年ぐらい前じゃない かっていう風に、あの、言われる方もある し、ま、そこに関してはもう正確には 分からないけれども、ま、いずれにしても 縄文時代うん。日本で言ったらその縄文の 人たちがあの実際の太陽を観察して暦みを 理解していたっていうことが言えるんじゃ ないかと思いますね。 これは北極線を見る石でちょうどその牧田 にあの岩影遺跡があります。で、あの、 岩影の右の石の側面の下の方にまた細い線 がちょっとあって、あの両サイドに穴が ポツポツポツとえいてるんですね。え、で 、あれカップマークと言って、ま、世界中 にも石にこう穴が開いてるカップマークと 言われるものがありますけど、ここでも ここにもあそこにあの穴が開いていて、で 、それが あの 全部でここの血あるんですけども、その うちの7つを結すると北斗姿勢がこう祝い てるんですね。あの穴があと2つがこれ何 する意味をするか分からないんですけども 、いずれにしても7つの星がこれ北極性を 示しているんじゃないか。いうのを見つけ たのがドイツ人の高校学者でステファン メイダーさんっていう方がこれ北斗姿勢だ という風に言われるんですけどもだけど この北斗姿勢家に書いてある北斗姿勢は 実際目で見える北斗市この上にあと 横タわって出てくるんですね4月5月の夜 8時頃にでその北斗姿勢の形を岩に書いて ある北斗姿勢は上下反転系なんですね。見 たままを書いてるわけではなくてこの看板 を見ていただくとこれ北極性を中心にして その周りをこう都市が改善してます。 で、下にこう入り込んでしまった市の形でもない。うん。 うん。 こういう風に水に移してみたような上に登ったこの北斗市線の形を水に移してみたような形が岩に掘ってあるんですね。うん。 で、結局これなぜなのかっていうことが 分からないんだけれども、それでも ステファンメナさんのあのね、あの ヨーロッパの博物調査に行くとこう出て くる異物の中から物は小さいんだけれども あの北斗姿勢のこの穴がこうの形の穴が 空いていて、え、あの反転の北斗姿勢を 描いてるものがあの世界中から出てくると いうことなんですね。で、結局ここも同じ ように反転系の北斗姿勢がある謎はあるん ですけれども、あの、世界共通で反転して 記録するという、そういう方法があったと するならば、それが一体何なのかという ところが面白いとこだと思うんですよ。 うん。今私たちは、あの、書くって言っ たら見たままを書くっていうのが書くと いう行為だけれども、でもそれをこう わざわざというか、こう反転させてうん。 記録している例があるっていうことは何か こうそこに哲学的な意味があるんじゃない か。で、それが本当に1人1人考えること が違うから面白いところだと思うんです けどなぜなのか私たちは見たまま分かった 。でも反転させるというところに何か意味 があるか。で、私はがあの思うのは結局 そのなぜなのかっていうのをあの考える 意味でもここの穴にあのLEDの光を はめ込んでそれで夜実際の北斗がこう出て くる時期になぜ古代の人たちはあの北斗を 反転して記録したんだろうかかっていう ものをまちょっとみんなで考えてみよう みたいなことをやるあのやっていてその 資料のあの内側の紫色のカラーの右下を見 ていただくと都市生の方がLDに点灯した 写真があると思うんです で、そういう風に点灯させて、で、実際にこう反転している現状を見てうん。で、何が考えられるかっていうことをこうやってるんですね。ちょっと、ま、いろんな意見があの出てきて、その裏から見たものを書いたんじゃないか。うん。 そ、こう宇宙に飛び出したんで、で、裏 から見た形を書いた、あの、書いてるん じゃないかっていう人もいれば、あの、ま 、いろんな考え方があるんですけども、私 が感じるのはその実際本物の北斗姿勢は空 にあって、で、実際手元にあるというか、 こう下に移しとる北斗姿勢っていうのは これは本物ではないけれども同じものだと いうことを示すで、こう 本物の形ではなくて、わざと、わざとと いうか、あえてあの、反転させ ものを書くことによって今鏡合わせでこう いう風にあの言いましたけれども本当に この宇宙の実際の北斗姿勢と私たちの手元 にある北斗姿勢がこう上と下でピタッと こう重なる重なることによって何かこう1 つの宇宙宇宙的なこう概念というかうん方 があったんじゃないかみたいなうまく ちょっと説明できないですけどなんかその 上と下がこう重なって1つのライ中の中で あの私たち人間が生きてるんみたいな なんかそういうのをすごい感じるんですね 。で、今私たちは太陽はこうです。あの月 はこうですってもう分かってしまってる から専門学的に説明されてしまってるもん だからあれは何だろうとかどういうこと だろうとかその疑問を持ったり考えたりし ない。うん。でも古代の人たちはおそらく 地球上にいた古代の人たちはみんな同じ ことをやってたと思うんですね。太陽を見 て星を見てあれは何だろうとかこの動きが 何なんだろうというのを自分たちの力で その謎解きをに挑んでいたのが古大臣では なかったか。うん。考えるとそうすると もっとこう上と下が重なるっていうまいい と用じゃないけれどもなんかそういうこう 枠の中で生きてる人間たちだったんじゃ ないのかなっていう感じがするんですね。 よくわからないけども、ま、反転系の北斗市があそこに描かれている。これはちょっと写真たや星がここで見れるのかっていうものを調べるソフトがあって、セラナビゲーターというソフトで調べるとそうすると 2万年前から2 万年後まで調べられるんですね。で、それで調べていってもここに星はないからだからあの何だろうっていうことになってるんですね。結局分からないまなんですけど。 あ、あの中にね。 ええ、 あ、そうなんですね。 あ、 そうですね。 うん。 そうでもあそこにだからこの真ん中は特にちょうどこっきりと穴が開いてるから俺間違えて掘っちゃったのかなみたいなことも言ったけどそういう話があるのすごい面白いですね。あてんでした。 [音楽] [笑い] そうていうことはその北斗姿勢がま、なぜ 反転かっていうのは分からないにしても この北極性を見るがここにありでその周り で回転している北斗姿勢がこの岩に刻んで あるってことは少なくとも昼間の太陽を ここの漁席軍はま、徹底的にこう見てる 観察できるような仕掛けがあるんだけれど も夜も唯一動かない星を見ていてでその 周りで回転している北斗姿勢を少なくとも 見てたってことを意味すると思うんですね 。うん。で、結局この北斗姿勢っていうの はこう北極性の周りをこうぐるぐる回転し てます。で、古代中国ではその北斗姿勢を よく飛に例えますけど、飛着の絵の部分が 右側に伸びてる時は春が来ただとか、上に 上がったら北斗、あ、夏が来ただとかいう 春、夏、秋冬っていうのを北斗市の位置で 見てたっていうんですね。うん。ですから ここでもう昼間の太陽を見て夏の観測が できればその夜は北斗勢がどこにあるん だろう。うん。 で、それを組み合わせて見ていくと、太陽と星が同じサイクルで元に戻ってくるっていうことを知ってたってことを意味すると思うんですね。ま、よく見てたってことですね。観察よく観察してた。今私たちそんなこと知らないけれどもうん。でも夏の大三角形とか冬のオリオンとかっていうようにやっぱりあの冬の星座、夏の星座があるように太陽と星が同じ周期で巡ってくるっていうことは同じですよね。 [音楽] うん。 それを実際に見てたってことを意味するじゃないかと。うん。で、北斗姿勢の見え方が面白いのが あの今は北斗市政のポラリスからあうんと北極性のポラリスからかなり離れたところから北斗姿勢が登ってきて上に大きく回ってぐるっとこう離れたところで回転してるんですね。 でそれに対して4500 年前の竜の番はすぐ近く うん。うん。すぐ近くでこう本当にこう 視界の中でこう時計の針が回るように ぐるぐる回転してるようなんですね。その シミュレーションで見てくると。うん。 そうするとこの4500年前にはのには その中心に動かない北極性がありでその 周りを北斗性が数近くで回転している時代 がこの時代だと4500年でこの時代に 強文明が地球規模であの出来上がったと。 で、その時にその人類のその家庭の中で天文学も一気にこう知識が高まったうん。思考が高まった時代がこの 4500年5000 年前ではないかという風に私たちは考えてますね。 見やすかった。 うん。 見やすかった。 見やすかった。そう。うん。 本当だからあの北極性がなくても北斗都市政だけでもその北の中心という役割を持っているからまだから明件進行というのがあるんでしょうけどもここも名神社になってるんです。 ですね。そこに鳥がありますけど、ま、 それは後の人たちがあの岩影遺跡のあの裏 に北極性があってでその周りで北斗性が 回転しているから何かま、ご身体として あの後の人たちのものでで縄文の頃の知っ てて明件を作ったかどうかそれは分から ないですけどもうん。 ま、いずれにしても北極性、北斗市政、進行があの明件と言われるようにあの中国では、ま、宇宙の中心と言われるようにここでもやはり太陽だけ観察してる人たちですから夜のあの星も何だろうというのをあの謎解きをしてたんじゃないかという風に思いますね。 うん。 そうで、ま、年代を暴極性で年代を推定すると 4500年前ぐらいに遡るんではないか。 うん。日本で言ったら、あの、縄文時代だ けれども、世界で言ったら、あの、 エジプトのピラミッドやサークルが、あの 、ヨーロッパで作られた時と重なってくる ということですよね。で、この北極性を見 ていたのが4500年前のその流の盤だと かもしれないと言いましたけども、この 北極性を見ていたのがその古代人、あの、 エジプトの古大人たちうん。 古代自人たちがあのギザの 3 大ピラミッド、工夫王のピラミッドにあの中央に王野があってそこから北側に通気校ができているそうなんですね。通路ができている。で、その戦場で今発北極性ポラリスが見える。 うん。 うん。 ということは工王の時代まさに 4500 年前の北極性は竜の番ですからあの北極性を知っていて、ま、宇宙の中心と言われるあの北極性を知っていて、古代人たちはあのピラミッドを作ってる。うん。 で、同じ時代日本に目を向けると日本は 縄文時代立住居に住んで獲物を必死で 追いかけて生きているみたいなことを今で もそういう風に学校で教えてるみたいです けどもうん。同じ時代にこで考えるとその 北極性を古大臣の人たちと同じようにあの 星を眺めて宇宙の中心というかま北の中心 というものを見てたっていうことが言える んじゃないかっていうことがありますね。 だからこういう巨大な石組で残っている からこそ古代にこういうことがあったかも しれないっていうものがあの検討できる ものがまだ日本には残っているにも関わら ずでも日本の候補学っていうのをまもう 地下を掘る下を掘るのがお仕事だしで出て きたものを分類分けするのが航空枠になっ てしまうでこういう巨大な石で天体を観測 したなんてことはそもそもありえないん だっていうのがもう完全にこう否定して いるところですね。学会で色々こう発表 する。 だからそもそも調べること自体があの意味がないと言われるんですよね。 うん。だけど私たち今この金山巨軍ここは山の中ででしかも太陽スポットコから見ていただく太陽スポットコが結局あのここの巨石の 1 番素晴らしい暦読みを作り上げてるあの光なんですけども洞窟の中に差し込む光でこの光があの綺麗な三角形の光が床を今移動してるんですね。 うん。 で、その光が朝 9時頃から1 時頃まで移動していきます。で、この光のラインが 1日で4cmずつ動いてくるんですよ。 うん。あの、9時から7 時まであの、光がこう移動してきます。で、これ今線が下に引っ張ってありますけど、この光のラインが 1日で4cm も動くとで、下から太陽を見てても昨日と今日の違い分からない。 動きが分からないけれども、あの巨大な 石組に差し込んだ光を見ると、もう1つの 太陽を見ると光が奥へ行ったら太陽下がっ たんだとうん。手前に来たら上がったんだ という距離が4cmもあるわけですね。 ええ、ですから光が行って戻ってくるまで の日日を数え続けていけば1年が365日 であるってことが誰でも分かるわけですね 。うん。今でも分かります。うん。で、 ところがここで光が行って戻ってくると 365例えば古代の人たちがあ、どうやっ て数を数えたかって言ったら、ま、例えば ですけども石か何かで石を朝が来たら1個 ずつ石を並べてく。うん。で、そうすると 今でいう365個の石が集まった時点で光 は同じ位置に戻ってくる。うん。でも ピタッと戻ってこない。1cm手前で 止まってしまってるんですね。で、これ1 年が365日ちょっキりではないという ことを意味する。で、2年、3年、4年 経つと4cm手前で止まったままですから 、あと1日分まだ足らないというか、数え なければならない。うん。それで4年に1 日加わるウイルウルドというのがあります けど、2月29日ですけども、あの、暦今 の暦みはうん。ここでは、あの、ここでも 同じように1日加えることによって光は 同じ位置に戻ってくるってことがこれ誰で も分かるんですよ。そう。 で、これがすごいあの素晴らしいところで、それを測定していたと思われる石組が 25 年前にあの中を発掘したら土の下からある石組が出てきたんですね。 ええ。で、ある石組のこの ABC にしてますけど、ちょうど中央が三角形の隙間が作ってあって、これ、この隙間がずっと奥まで続いてるんですよ。 私の手の長さまで。 うん。で、そこで、ま、ストップがかかって結局埋め戻されてしまいました。 ここは県の文化剤になっているので剣が 私たちがま、これ掘った後に剣がやってき てでバカしいと古代の人たちが光を測定 できるなんてことは絶対ありえないと。で 、この石はその隙間からゴロゴロとこう 転がってきたものだからうん。それはもう 絶対ありえん。絶対やらせんっていう形で あのま、嫌がらせのようにすぐ埋め戻され てしまったんですね。そうでもま、県の 文化祭だからそれは嫌も得ない。うん。で も私たちがこの 撮影したこれ10月15日の前の日にこの Bの石の先端に岩の隙間から光がちょんと こう当たるの見たんですね。で、それであ 、やっぱり何かこれは光を測定するものに 違いないと考えて、で、それでま、 埋め戻されてしまったんだけれども、この Bの石の先端、このBの石と同じの板を 用意して、で、光がどういう風にこう 横切ってくだろうかというのをまた20年 ぐらいかけて、で、光を観察していったら うん。そうしたらこのABCのこのABC のちょうど中央に光があの入ることには なってないようなんですけども。 そう、ちょうどここの間をこう、あの、横切っていって、この Bの石のこのライン、これが今日 2日ですよね。で、345、10月の5か 6うん。5か6 からこの光がここにピタッとあの、来る。 うん。だからちょっとこう今日ね、あそこは明るくあの、あの、あれしようかなと思うんですけど。そう、ここの光のラインにピタッと光が重なるのが [笑い] 10月う、6日ぐらい。5日か6 日ぐらい。うん。で、そこから先端まで 太陽が下がると光が上がっていきます。で 、このBの石の先端に光が当たるのが ちょうど10月14日なんですね。うん。 で、10月14日、あの、週分から、ま、 20日ぐらい後なんですけども、それで 10月15日はもう入らなくなるんですよ 。で、これ毎年毎年ずっと観察してくると 4年に1回だけ10月15日までこの先端 を光が横切った時がこれが4年で1日増え ましたよというのが分かる。 あの、光だっていうのが分かりました。で、下がってまた 1月2月になって2月の方はあの毎年 2月28 日なんですけども、今のグレゴ料歴の日付で言うと 10 月の方で1日遅くなることでここでは 4年に1 日加わりましたよというのが分かるということが分かりました。 これはあの10月14日は何時頃ですか? はい。 これはえっと10月の方は 9時半ですね。9 時半。朝。 朝9時半。 うん。そうで実はこの先端に当たる 10月15 日との光と同じ形の石があの中からあの出てきたくさんの石の中から 見つかったんですよ。 うん。10月15日の光を、ま、先端に 当たる光と私たちは呼んでますけど、その 先端に当たる光って言っても形はどうなん だってなった時に例えば1人でずっとやっ てく、観察してくわけじゃないので、あと こうついでやってもらわなきゃいけないと すると、この光の模型と同じ形になった時 があの4年に1日のあのウルドですよと いうのが分かるようとして作らあの利用さ れたんであろうと考えられるあの石の模型 がらしきもの 見つかったんですね、あの中から。 うん。 そうで、そういうものも、ま、見つかって 4 年サイクルを見てたんではないかっていうのが大体 3000 年ぐらい前ではないかという推定年代が出てくるんですね。で、 3000 年前と言えばちょうど縄文時代が終わって中国大陸からこう人が入ってくる時代と重なってくる。で、それ以降になるともう暦読みが入ってきてますからこのこにここで実際の太陽を見ていたカレンダーっていうのはもう使われなくなってしまったんではないかと。 うん。 だから少なくとも縄文時代ですよね。縄文時代の人たちが実際の太陽を観察して 4 年サイクルまであの観察できるようなにこの ABC の石組を組み込んだっていう風に考えてますね。 で実はこの4年サイクル4年に1 回ずつウルード入れてってしまうと今度は入れ過ぎになってしまうんですね。うん。で、 1年は365日と約6時間あります。で、 この6時間が4年経つと6時20時間で1 日こう余ってきてしまうので、それを2月 29日に組み込んでるうん。いうその1年 は365日と約6時間でも約であって正確 には5時間48分46秒で6時間に ちょっと短いんですよ。うん。で、この 短い分がまたツもりツもっていくと今度は あの今度シを1回抜かなきゃいけない時が やってくるとうん。1日に達するのが11 分14秒が1日に達するのが128 年かかります。 うん。 うん。だから4年サイクルの32回目、 128年目のウルー年は平年に戻す。 うん。 うん。そうすることによって限りなく正確な太陽の周期待機年に近いみがここで成立するんですね。で、その 128年で1 日抜かなきゃいけないタイミングを知る方法が見つかったんです。 へえ。 うん。で、それはあのさっき言ったその 石型、この先端にあたるこの石型とそれ から日数今日付であの言ってますけど10 月14日とか2月28日で日付はなかった わけですからジも同じ日付はなかったわけ ですからどうやって見たかっていうと先端 に当たらなくなってから当たるまでの日 137日で当たり始めてまた夏まで行って 見えなくなってまた戻ってきて来るまでが 228日でここに91という数が隠れてる んですね、228と137の数の差を見て くる。で、その91という数字が43年 続くのが、ま、平年、今でいう平年でこれ が1日ずれることによって、10月15日 に1日ずれることによって137が136 になり、228が220 9になる。うん。そうすると91という 数字が93に変わるんですね。うん。あの 、ま、228と137の差ですね。うん。 それが93という数字が出てくる。で、 その91+91+91、平年の3年間と4 年目の93というその隠れた数字、え、 これを足すと36というウルード集の 年間数が出てくるんですよ。うん。で、 そうやって数でこうデジタル方式で数を 理解してたんではないか。うん。その数の 法則というものがこの4年サイクルの観測 にあるという風に考えてます。うん。で、 それでその日数をあの見ていくことと先端 にあたる石型のをををを見ていくとそう すると128年経つとま1日ずれるという ことがあの分かりました。でそれがあの2 月の方の光は先端から9cmぐらいまで 太陽コードがこう上がっていくから光は 下がっていく。で、その9cmのところに 何もこう書いてないけれども、あの、そこ のな、たくさん出てきた石軍の中から謎の 石棒があって、それがちょうど9.3cm の赤があったんですね。で、それを物差し として128年サイクルをあの、こう 調べるためのあの物差しとして使えると いうことが分かったんですね。使ってた どうかは分からないけれども使えるという ことが分かった。で、その石型と赤と日数 の数の法則で、こういうものを組み合わせ て、あの、見ていけばそれもちろんついで いかなきゃいけないですね。1人ではでき ないですけれども、あの、それをずっと 続けていくことによって128年で1日を 超えたら、あの、抜くんですよというその タイミングがあの、知る方法が見つかった 。うん。で、もしそういうこ本当に128 年で1日抜くというサイクルを見ていたと するならば、これはもう本当にちょっと あの超越してる人間の能力。ま、そんな ことまで必要ないじゃないかってまた話に なる古代の人たちが4年に1日のずれを 知るだけでも十分じゃないか。 確かに資料最終で、あの、日常生活だったらそれでえ、いいかもしれないけれども、ま、限りなく正確陽と共に生きていきたいという何かそういう思いがあったんではないかと。うん。太陽の存在からこう離れていってしまうような気がすると。あの、太陽 4年で1 日ずの修正してるだけでは、あ、これでいいと思ってたらまたずれがに気づいていくと。 うん。あそこの中で光を見てると本当に それ去年と今年の違いで私も俺28年やっ てるので最初の頃に見てた光とも全然違う んですよ。で結局これが何なのかっていう のをもう付け詰めた人たちだと思うんです ね。うん。で結局太陽っていうのは4年に 1回で修正でいいんじゃないだと。で どんどんどんどんまた狂ってきてしまう。 そうすると太陽という存在が人間から どんどんどんどん離れてきてしまうような 恐れにつがったんではないかと。うん。で 、それをやっぱりこう太陽と共に永遠に 子供たちもその時もずっとあの、太陽と共 と共に平和にこの自然のサイクルと共に 生きていきたいという気持ちがあったから こそその太陽のサイクルをより正確に知り たいという風にあの考えたんじゃないか。 だから何のためじゃなくて資料最終のため だけに作った暦みではなくてこの128年 で1日の修正っていうのは人間の本能的な あのものだと思うんですね。追求心。うん 。だから何のためじゃなくて見てたらその ずれに気づいたと。じゃ、このずれは何な のかっていうのをとことん突き詰めた人 たちがここでこの暦みを作り上げた人たち ではないかって考えるともうかなり特別だ と思うんですね。縄文あの時代のあの遺跡 って日本たくさんありますけどもその中で もこの山の中であの作られた暦みでしかも 太陽スポット校だったからその4年のずれ 128年のずれを知ることができ るっていうあのすごく特別な場所だと思い ますね。うん。それで私たちはあの 2018年から岐阜県のもうちょっと南一 のこう見晴市のいい中津川市というところ から今美市までの50kmの間の東西 ライン35°31分40秒のそのラインに 今20箇所見つけました石をうんそう からちょっともう少し増えました 20箇所見つかってで今若沢の方まで今 あの行こうと思って行く場所ちょっと調査 してるん ですけどで、向こうの方にものスリットがあって、それで新聞の光を見てるらしい石が今見つかってきてるので。 へえ。 そう。面白いです。だから 結局縄文の人たちが本当にこう山をダイナミックに移動してるんですよ。 うん。なんか小さな集落で貧しく暮らしてたみたいな、あの、それがいくつもあったみたいなイメージがあるかもしれないけれども。いや、全然違う。 縄文の人たちはもう本当にこのあの山を旅をしてあの移動してで交流をしてこあのうん。で公益もしてで海のものとそれから山のものとの交流の道に考えてますね。中津川ま県は山ですから山の環境とそれからその北 35°31秒40 秒ラインをずっと若沢まで行った先にはちょうど浜カというあの縄文遺跡があるんですよ。 うん。 で、そことの交流があったんじゃない。海の人たちの交流があったんではないかっていうことを考えてますね。ていうことを今調査してるんですけど、 だから日本全国まだまだこの謎の石っていうものたくさんあります。うん。 積み上げてあるだとか、そこだけに石が ないところなのに石がポンと1つだけ立っ てるだとか。で、それはやっぱり何か 古大臣たちのその移動の時の目印なのかも しれないし、もしかしてその石の側面が あったらその戦場で太陽を見てたのかも しれないし、うん。北極性を見ているのか もしれないして、あの、今日法位の概念も 今磁石があるから、GPSがあるから 私たちこんな山道でも行ったら戻って これるかもしれない。それでも迷っちゃい ますよね。うん。でも古代の人たちはそう いうGPSがないのにどうやってこの山の 道平地のあの直線っていうのはない時代に この山道を移動していったらどうやって 帰って来れたんだろうっていうことを真剣 に考えればで私たち今もう山も歩いてると これどうやってくってたら雨降ってたら ホ位が分からないでやっぱり太陽が出てる 時のその太陽の位置であの放位をしれして 夜だったら北極性のある方 し、あの方向で来たというのを、ま、今で 来たというのを概念をこう見つけ出してい た。うん。だから頭も使って体も使って 人間のその知能をフルに使ってたのが縄文 時代ではないかなっていう風に思いますね 。うん。 はい。すいません。ちょっと長くなります 。太陽カレンダーシミュレーター再現。今 ここに光がちょっと当たり始めましたね。 まだあの来たとここには来ないですけど。 ちょうど今この時期ですね。新聞と聞の頃 ですよというのが分かるんですけど、これ 再現感っていう名前がついてます。うん。 で、何を再現してるかって言うと、これ、 えっと、こっちが南です。で、東から太陽 が登って、あの、太陽がここの1番高い時 に来た時に、これガラスと隙板が全部作っ てあって、で、この洗浄に太陽が来た時に 太陽光線がここに光があ、来て、こうで、 この木の板にピタッと当たるようにこれ 作ってあるんですね。うん。今まだ ちょっと早いですけど、この下にも当たっ て太陽はずっと移動するとこの光がずっと 奥に行くとうん。で、あの太陽のコードで いつ太陽があの今がいつ頃かかっていうの が分かるように作ってあります。うん。 で、この再現しているっていうのが石のあの炎をここで再現してるんですけど、この角度、この角度がちょうどこれ当時と今の週分の中間になるんですけど、あと 1ヶ月後 になるんですけど、この角度が実はあの岩掛遺跡の真ん中の石。あの石がちょうどお昼頃になるとこの角度でこれ同じですよね。この角度。 うん。で、ここに光がピタッとこう当たる ように作ってあるんですけど、現物はこの 現物にもこの石がピタッと光が当たる石が 奥にあるんですね。同じ石なんだけれども 、もう奥だけ右の奥だけ少し光、あの、石 が残っていて、これ40°の角度。真ん中 の石の角度うん。に光が入る。そうすると 右の奥の石、これがあの1m80ぐらいの あの結構大きな石のあの側面なんですけど 、ここに光が5日間だけと光が重なる時が あります。うん。で、そうすると冬の 始まりを知らせるわけですね。うん。当時 のちょうど60日前ですよというのが 分かるような角度であの石の石が座ってる とうん。つまりあの角度が冬の60日前と 60日後のあの南中行動に合わせてあの 角度が作られてるということになるんです ね。うん。でそれがま、ここの角度になり ます。で、これが夏と冬のちょうど中間、 あ、冬と秋の中間、冬の始まりと行って 戻ってきた終わりですね。うん。で、ここ で示してるのがこの課題化石軍に観測 できる節不節めで、こっちの春と夏の週慣 も分かるような仕掛が色々あると。うん。 ただパッと見るだけで分からないけれども 、この夏から冬までをこれ1234等分し たこの節めの時期が拒否分で分かるように 作ってあていうことなんですね。うん。で 、それが今でも本当にこう、あの、自信に も耐えてるうん。ていうのがこれがすごい ですよね。数千年、ま、5000年ぐらい はあ、動いてないという風に考えると、 そうすると、そう、絶対動かないように ちゃんと土台が作られて、そこにあるん じゃないかと。うん。考えると本当にこう 人間の力だけやったかどうかっていうこと に関してはもうちょっとね、それを超え てるようなあ、気がしますね。うん。はい 。で、こういう風に、ま、あの、夏から昼 までを4つに割った節めの時期が分か るっていうことと、あとそれからこの ちょうど中間の時期っていうのがこの節め の時期っていうのがあんまりこう読み上、 あの、特別な節めの時期だっていうのが こうあんまり実感がないと思うんですね。 春、夏、秋、冬っていうのはあるけれども 。で、特にその世界の古代石の中でもあの 春夏という例えば当時の頃は ニューグレンジ遺跡アイルランドの ニューグレンジ遺跡があの古墳と言われて いるあの建造物の中に工事の朝日が登った 瞬間に神殿の奥まで1番あの5分の1番奥 まで差し込むように作られているか 5000年前の強制剣物があったりで下頃 はイギリスのストーンヘンジが原子の朝日 を見るところにヒールストーンが立ってる という5000年前の居席建造ですがEU にあったりでこの中間の新聞とでこれはま 、時代はちょっと新しいですけどもこの 右下にあるチェインのピラミッドうん。 集分と終分の時にもうあのほぼ知恵性に 近い太陽が沈む時にこのピラミッドの角の ところがあの階段の脇に影が移って蛇の形 がわーっと浮かび上がるとうん。 で、これが聞と聞の頃だっていうのが分かるように作ってあるあのピラミッドがあったりとか、これはま、本当 7世紀8 世紀で新しいですけれども、そういう巨跡建造物が世界にはある。 うん。 でもこの中間の後ろの時期っていうのこれは出てこないんですよね。 うん。 で、金山介軍で私たちもこの中間っていうのを知ってでこれであ、世界にも同じような見方があるんじゃないかと。 [音楽] 夏から冬までをこう資比較的にあの資格的な中間中間を捉えたものがあるんじゃないかと思って調べていったらまたエジプトにあったんですよ。うん。 うん。で、それがうん。その資料の裏に書いてあるんですけど、またエジプトのギザの 3 大ピラミッドあのピラミッドのあの三道が 3 つのピラミッドそれぞれ東に向かって作られてるそうなんですね。で、その三道の角度が 1 番小さな面カフラーは真東ですから東から太陽が登るのは新聞と聞の頃。 で、真ん中のカフラオのピラミッドは真東 から右側へ14°傾いてる。で、そこに スピンクスが座ってると左側に。で、1番 大きな工夫のピラミッドは、あ、東から 今度は北側に14°傾いてると。うん。で 、その三道の洗場から太陽が登る日をその ステラナビゲーターっていうソフトで調べ たらスフィンクスが座ってるカフラウの ピラミッドの三道の線から太陽が登る日が ここで言う冬と秋の中間の朝日が太陽が 登ってくるってことが分かった。で、工フ のピラミッドさっき北極線を見ている通路 があると言ったあの北極あの工夫の ピラミッドはこの春と夏の中間の朝日が その三道の千場から太陽が登るってことが 分かったんですね。ということは同じよう に古代エジプト人たちもその地兵線から 太陽が登る位置の下の頃だから当時の頃 うん。で、その中間が春田でさらにその 中間比較的な中間を捉えてうん。あの 4月20日、2月20日、10月20日 同じような見方がここにもあったってこと が言えるんじゃないかと。うん。 で、結局これが誰も今まであの調べられてないというか、その賛同の角度が何なのかっていうの誰も高校学者も天文学者も調べてないんですね。 うん。で、私たちこれ金山議分で出てきた もんだから、あ、同じものがあったって いうことが言えるんですけども、これ今 まで見つからなかった理由っていうのが 結局この日数で現代人の現代人はみんな頭 で考えてしまうもんだから当時の頃12月 22日から春分3月20日頃までこれ 数えるとま、約90日ですね。で、90日 がこれ4回で360 約360と 中間はって言うとそうするとここが90日 だから45日かなて思うのが普通かもしれ ないんですね。うん。でも実際はこれ12 月22日から2月20日ですから約2ヶ月 60日かかってここまでゆっくり上がるの に対してこっから1ヶ月30日でここまで 来てしまうでここで30日でまた通りすぎ て で再び60日かかるという風になってると 地球から見た太対応っていうのは6030 なんですね4545454 じゃあないん そうです。 うん。私もこれやるのでもちろん知らなかったし、そんなこと考えたこともないけれども。そうで結局何なのか、なぜなのかって言ったらそれはもう天文学的な説明で地球が対応の周りを 23.5° 傾いて回っているということと関係しているんだけれどもそういうことを言われても私たち実感もないしやっぱり太陽が動いてるって言いますよね。うん。だから古代の人たちも太陽が動いてるんだと。 で、その日に日数を測ってみると冬は時間 がかかって、で、夏も時間がかかるけど、 ちょうど今の時期は60日でこれだけ移動 しますから、太陽の動きが1番大きい時だ からこの時期に人間の活動もうわーとこう 動いてたんじゃないのかなと思いますね。 うん。楽しい。うん。そうで6030 っていう数字が出てきた。で、エジプトに もあったっていうことはこれ今の天文学で 頭で計算する45日じゃない。うん。 資格的な太陽を見て、あの、現場で太陽を見ていた人たちの数字だと思うんですよ。 60、30、36。 うん。現場で中間を捉えて後から日にを数えてみたら夏と冬は 6060 で春と秋は3030 だいうことに気づいた。 つまり春や分の時に太陽が 1 番動きが大きい時だからこの時期を利用して岩影石の中にスポットを入れると 1日で4cmも動くとうん。それによって 4 年サイクルウルドの観測ができるっていうもうかに観察してたか でそれぐらい好奇心があったと思うんですね。 なんかやらなきゃいけないとか私は学者だからやってるんじゃなくって普通の人がもうもうその動きが気になってしょうがない。楽しくてしょうがないみたいな高奇心からその 1年のサイクルが365 じゃないうん。で、何年経ったらどういう風にこう修正できるかっていうのをもうもう本当にこうそれをこう面白いと思って楽しんであの生きてたのがその時代の人たちじゃないのかな。 うん。 と思いますね。 だからそういうものが何も残ってないそうでしたっていうのが分からないけれどもここではその 4 年サイクルの修正までできる可能性が出てきた。で、しかもこれ石で動かないこの巨大な建造物で下が当時無分の頃とできるような光がす則できてるっていうこと自体がもうそういう人たちの存在をこう物語ってると思うんですね。だから現代人がそう見るか見ないかで日本の古代ってもっと変わるはずだと思うんですね。 うん。違う、違うって否定してしまって しまってはもう何も面白くない。私たち 生きてても面白くないと思いますね。うん 。だからそういう今のあの技術が最先端だ と思ってしまわないこと、それが今の 私たちにとっていかにこう豊かさをね与え てくれるかっていうところをなんか28人 やってきてそういうところなのかなと思い ましたね。この石がうん。 暦読みですっていうことでだけではなくて、 あの、そ、そっからこう現代人がこう何を学ぶか、何を感じるかっていうことをこう言ってるような気がしますね。うん。もっと考えろって言ってあの光を見てこれが何なのかっていうものをそうすると今の私たちだってその森の中をずっと歩いてますけどもここは内地につき立ち禁止とか書いてあるけど来ないの時っていうのはもう大地がもうみんなのものだから うん。 そんなのはないで、今だって戦争が国、国の戦争が終わらないっていうのもやっぱり国に線引きをしてそこでこうね、あの上下関係みたいなのつけてしまうもんだからこんな時代になってしまった。だからこれを作った人たちから見たら今の時代を見たら本当に何やってんだっていうと思ってますよね。 うん。こういうものを見てもう 1 度こうリセットする場所がここだという風に考えてますね。 うん。 だからもうそれはもう現代人の見るめうん。味方次第でどんな風にでも買われるっていうことを意味してると思うからなのでここに来たら別にその私たちでももう何十年ってこう付き合いの人あるあるけれどもあぐらいは知ってるけど職業だとか肩書きだとかそんなもの何も知らない人たちいっぱいいるんですよ。で結局そういうものはあまり役に立たなくてここでどうやって光を観察したらより正確に分かるだろうかみたいなことを話してる。うん。 そっちの方がずっとこうなんか人の同士の 繋がりがね、深くなってきますね。うん。 あの人間の上下で比べるようなあの時代が 今まさにそういう時代になってしまった から子供たちが悩んでるという時代に行っ てしまってるからやっぱりもう1回古代に 目を向けるるっていうことがそそういう ところに意味があるんじゃないのかなって 思いますよね。うん。はい。じゃあ、あの 、この戦国が最初に見つけた戦国がこれが 結局何だったのかっていうところなんです けど、あの、結局 えっとな、下姉の頃の夏の光を象徴する シンボルだってことが分かったんですね。 え、これ日本の戦国とこの楕円のあの3つ の後にこれが夏の光を意味してます。 いかに何夏が大事だったかっていうことをここに刻み込んだっていうことだと思うんですけども、それはこっちのあの巨石の洞窟があります。で、そこの下に差し込む光なんですからちょっとそっちに移動しますね。っていうのがこの上に刻まれてます。 で、ここの上までちょっと今日晴れてるので余計に見づらいんですけど、ここまで来ると 2 本の線がくっきりとで円のマークがあのここで見えます。うん。ちょうど正面に見えます。 こ使ってください。 あ、はい。で、また後から上に行った時もあの看板の前から見えますので後で私が で下からそうご覧になる方は足元は非常にここバランス崩しやすいので気をつけてくださいね。 こっちから降ります。前に小林さんが煮けた時にここずっと土がで埋まってたんですよ。私のいるところも風のこれ土で埋まっててで今大森さんの見えるの首の辺りまで土が埋まってたんですよ。で、その土の上にあの乗って小さんがこの天国を触って触りながらこれはなんだなんだっていう風に見てたんですね。で、その時にこの下には何かありそうだ。 何かあるっていうのを感じたんですよ。うん。で、それであの、じゃあ何があるか分からないけども、ちょっと掘ってみようかということで、それでこの下をずっと手で少しずつ掘ってたんですね。 2年ぐらいかけて。 で、そうしたらこの空間が出てきて、洞窟上の空間が出てきた。で、ここに差し込む光、これがこの謎を解くきっかけになったんだね。そうで、これ中に入って見ていただくとするとここに金があの、引っ張っていります。 [音楽] あの、ここをこう見られる方見ていただい て、で、その後ちょっとこの中に入ってき ていただきたいんですけど、これを下から こう覗いていただくと岩と言わない間隙間 が開いてます。うん。この手前と奥の岩で できる。 この針金に沿って見ていただくと、 ちょうどこう四角隙間が見えるね。 おお あ、見えます。 え、ちょっとへこんでるとこありますんで。 はい。はい。 うん。 で、それをもうちょっと向こう側、向こう側に行っていただく。向こう、向こう。 こっち。 お、ギリギリのとこ。あ、そう。そこの隙間ができますよね。 そう。うん。で、そこに太陽が来た時に下にスポットが落ちると うん。 で、ここに ここに差し込む光はうん。そうですね。うん。下の時にこ、あの、こっちが南なんですけど、太陽が東から登って 1 番高くなった時が下の頃ですよね。で、その時にこの隙間から光が落ちるんですよ。 うん。で、その時にこれが厳寸です。これ 5月30日の光が床に下に 11時40 分頃太陽がほぼ南頃にに来た時にこの小さなスポットが入ります。で、この光毎日同じ時間に見に来ると光の形がだんだん大きくなってきます。 [音楽] で、太陽コ度が毎日毎日高くなってきますから 6月の20日が1番高い下の頃ですね。 で、それに向かって光の形が大きくなってきます。 あ、すごい。 うん。で、1 番大きくなった時が下子の頃です。で、太陽は高くなると今度折り返してまた低くなりますから、この光の形がだんだんだんだんこう小さくなって 7月の半ばにはこれ消えてしまいます。 また最初と同じ光になって、で、これを 最初の入り始めと終わりのこの小さな楕円 形とそれからちょっと形がこの変わった頃 のあの細長い形でそれからこの3つ目の この1番大きなline系の形とサイズ これ厳でこれを切り抜いてこの上に刻まれ てる楕円のくぼみにはめるとピタッと はまるんですよ。お形 とうん。この1 番大きな形がこれ下子の頃。うん。うん。 うん。小さなくぼみ。あの形はこのくぼみ。うん。だからこの形からだんだん大きくなって 1 番大きくなった時が下子しの頃ですよと。で、また折り返して小さくなってきますと。 うん。 いう光の形がここに書いてある。 うん。つまりここに下しって書いてあるようなもんで、今で言う。 うん。 だから外に出て太陽を見てても、ま、高いとこに来るんだけども、去年と同じところに太陽来てるかどうかはよくわからないですよね。 でもここの中で差し込んだ光の形が毎年同じ形であると そうするとあ、今年も同じところまで太陽が戻ってきたんだってことが確認できる。うん。で、それによって下の頃がやってきたということが分かれば確実にまた折り返して秋の実りがやってくるんだと。 うん。 安心できるんだと。うん。で、そうやって 太陽が当時の頃まで行って自然界が枯れて しまってもまたちゃんと戻ってくる。うん 。で、このサイクルがいかに大事だったの か。森の中で生きてる人たちにとって やっぱり夏っていうのがやっぱりあの豊か さの象徴ですから義姉の頃を確認すること によってあ今年も夏がやってきたという ことはちゃんと次の秋の緑がやってくると いうま森の中で生きてる人たちにとって 太陽っていうのはあの夏の太陽っていうの がすごい大事な存在だったと。だからこの 光を確認してそれでこうなんかお祭り事 やってたかもしれないですよね。今年も夏 が来たという。うん。そう。で、この楕円 の形がこの石に書かれてるこの3つの大園 の形だってことは分かったんですけど、 この2本の宣告、これが実は今上に書かれ てましたよね。で、今この下にいます。で 、そこに溝がありますよね。この上と下の これあの前から見袋繋がってると思います けど、これあの溝を掘ってるんですね。 うん。で、これ、その溝の 2 本の宣とこれ平行になってまして、これを見ていただくと上に 2本の宣が刻まれてる。 で、この下の溝がですね。 うん。 うん。 で、この溝はこの納皮流門という死は自然でこの角度では割れないと。 うん。 あの、石か何かの硬い道具でそこをあの、叩き割りながらこの水を作ったんじゃないかと。 うん。 じゃ、何のために作ったのかっていうものを太陽のと組み合わせて見てくると、そうするとこの Veの形が1 番大きくなった下の頃の太陽がちょっと西に傾いた 3時頃、3 時ちょっと前ですけどもになるとこの下の溝に光がスポンと入るとここに うん。 この戦場に太陽が来るのが下の頃だけってことですね。 うん。 うん。太陽の道にここに光が入るとうん。 下から覗くとここに光が見えるというそう いう夏のこう光っていうものを上の2本の 宣告でシンボルとして描いてるんじゃない かと夏の強い光をうん。つまりここの最初 にあの見つけた大園の 3つの大園とこの日本の宣国っていうのが これが結局夏の光うん。夏の太陽を意味 するシンボルとしてここに刻まれたんじゃ ないかと。いかに夏の大対太陽が大事でし たよということをみんなで共有するための 場所だったんじゃないのかなと思いますね 。うん。だから唯一何か文字があるかと なんかそういうものを見せろと言われたら ここに書いてあります。で、書いてある 意味はここに差し込む光の形でありこに 差し込む義下の頃の光のあの角度を記して いるという風に言えるんじゃないかって いうことですよね。うん。 そうで、これ下の頃 が分かるということなんですけど、これ下の太陽園の形が 6月20日、10月6月18日も25 日もあ、20 日もこれほとんど同じ同じ形なんですね。だから下種の日をこれで知ることはできない。うん。 1 番高くなった時期がこの頃ですよっていうのは分かるんですよ。うん。 だけどその下の日まで特定しなきゃいけ ない理由が何なのかっていうことよりも下 の日を特定する方法が実はあるんですね。 で、それが何かと言うともう1つあのここ にもか石の角があってこれずっと土で 埋まってたんですけど掘ってったらここに 角が出てきたことうん。でこの角何だとで 右側がこれ削ってあるみたいなあ、加工し てあるみたいな角度になってるんですね。 で、それが何かと言いますと、実はこれ下を掘ってった時に、あの床にスポットコが 1 時頃に入った時に上を見たらこの三角の角度、ちょうど今そちらから見ている三角のこの平面がありますよね。 平面。 そこに太陽光線がこう撫で下に光が落ちるんですけど、今度は下の光を見るんじゃなくて、上のこの三角の平面を見ると変線が浮かび上がるんですよ。 へえ。 これが下種の30日前と30日頃。 うん。だから下のもうあと 30 日すると下がやってきますよというそのあの予告ですね。点線がび上がると うん。で、この点線が大体 5日か6日ぐらいだけ うん。 あとはもうこう大きく光が入ってしまうので天線には見えない。 うん。うん。 うん。 で、この線になるのはなぜ点線なのかったら石がこれ表面がでこしているから でこぼコしているその出っ張ったところに光が当たってるだけなんだけれども本当に 1つずつ15秒か20 秒起きぐらいにたったとに出てくるんですよ。 うん。これすごいですよ。本当に 1秒2秒3 秒ってもうね、秒のその感覚も遊んでるかのようにうん。 天線で出てくる。だからこの平面がツるツるこういう平面のツルツるだったら直線になるんですよ、線が。 うん。 だけどこぼコだから天線になるっていうことなんだけれどもこれはなんか本当に遊んでる感じがしますよね。うん。 こんなこともできちゃうよみたいな。うん。 で、ま、最初はツルツルで線だったかも しれないけど、それにちょっとあの、 わざとこういう点線にしたのかもしれな いっていうぐらいなんかこう 、あの、計算してこれが作られたわけじゃ なくて、その設計図を書いて作ったわけ じゃなくて、やっぱりここにいた人たちが こうすればこうなるっていうのが頭の中で を描いて、それをもう現場で作ってったん じゃないのかなと思うんですね。そうし ないとできない。うん。 し、これが自信で動いてしまってたらもう点じゃないですよね、これ。 このエシストのものがこの数千年の間に自信で動いていってしまってたらもうあの 5月21日っていうのはちょうど下の30 日前、正確には31日前で31 日後なんですけども夏のこのあの 60日間が分かる。うん。 だからこの今で15月の21日この点線が パパパッと始まってからであのあの夏まで 行ってまた今度消えるまでの日をさっき 言ったみたいに石をこう並べていくと62 個の石が並ぶんですね。このこの日から7 月21日までその並んだうちのちょうど 真ん中の日を下の日と特定できるとうん。 この日あの日を特定できる。 そうすとなんで下種の日を特定する意味が何だって言われるけども別に特定しようと思ってしたんじゃなくて 30日前と30 日後知ることによって下種の日まで特定できてしまうっていうすごいとこなんですよね。 うん。で、この下子の30日前のこの1 日ごとの対応行度っていうのは 1°の1/5 ぐらいしか変わらないんですよ。 だから肉眼では絶対その昨日と今日の違いわからないけどもここに差し込む光の点線の強さが確実にくっきりと 5 月の方はあのび上がってくるので違いが分かるんですよ。 うん。だからこれはちょっと本当にこれこそ神業ですね。あの岩掛席もそうだけれどもうん。で、しかも今でも機能してる。 うん。 これがすごいですよね。今でもカレンダーなんですよ、これ。 動いてない。 しかもそう、そこがあ、ま、ここのあの掘って出てきたこの空間が夏のちょうどお昼頃のスポットコであの下の 30日前、30 日後、そして下の頃の大園の形が上に書いてあるっていうのが分かったっていうことですね。 うん。 だからこの円のあの形と 3 つの炎と宣告をこれ見てても何か最初ずっと分からなくてでこの炎の形もこれ太陽を見てたとするならば丸 円じゃないかだけど円 3 つとも楕円だからこれが何だろうっていう風に思ったんだけどもここ掘ってたらたまたまはまだあの上は草が入ってましたけどその隙間からパッと入った小さな光が大変だったもんですから う うん。それであ、もしかしてこれ上を掃除してで正確に光を見てみたらやっぱり大変だったんですよ。これちょうど 20年前です。2005年の光を 5月から7月の光をこう あの切り取ってうん。で、それでこの上にはめ込んでみたのがちょうど 20年前に分かった。 うん。 事前で放落したものならば石のが下に落ちてるはずだと。でもそういったものはなかった。 で、この下のあの、今でも残ってますけど、下の左の下の方のあの中のところが砂が埋まってるんですね。 で、上の洞窟は赤土。 うん。山のこの黒い土じゃなくて赤土が詰まってた。で、こっちは緑色の砂が埋まってるんですよ。 水分けが良くなるように。 うん。あ、ね、そこがよくわからないですけど。で、その中からあの、矢尻だとかあの炭だとかも出てきてるんですね。え、 そう。で、その年代が炭素 14で調べてもらったら紀元前の 2875年やっぱり4000年5000 年前の住が出てきたってことはその時代ここは空間だったってことが言えるだろう。 うん。ずっとつあの 28 年前まで埋まってたけれどもその時代は空間だったってことは光が入ってたということが言えると思うんですよね。うん。うん。 うん。 で、ここは結局何が分かったかっていうと、ずっとあの、貫通して向こうまで通り抜けられるようになってるんですけど、こっから見るとこの石の間で太陽が登るのが なるほど。 下子の頃。1 番最初にあの、見ていただいたこの下の朝日が太陽が登りますよ。岩と岩ないから登りますよといったのがちょうどこっから見た時のこのこの間から左右登ってくるんですね。 うん。 で、低いところで太陽が登るからで、なんぜか言ったら、今ちょっと木で見づらいと思うんですけど、山と山の谷間になってるんですよ。ちょうど 下の太陽が登る方向が うん。うん。 太陽が登る北。 1 番左の橋がちょうど谷間になってるから低いところから太陽が登るから [音楽] うん。うん。 夏朝日1 番奥まで太陽差し込むんですよ。えな。 うん。で、夏朝日を通すためにここがあの空洞として来られてるんじゃないか。だから光が差し込む。あそこも今土ですけど。 あそこ掘っていくとあそこにあの光が当たるところに何か石があるのか誰か座る場所が作られてるのかうんかあそこにあるあるんじゃないかなと思ってますけどね。 れないんですか? あ、ここは掘れますで。ここうん 1 回掘ってまたあの戻して板をそれでまた埋め戻したんですけどここは掘れます。うん。一番向こうのあそこがね上からもうどんどん降りてきてしまってるので埋もれてしまってますけどうん。何かねあそこにあるんじゃないかなと思ってますけどね。 うん。だからこっから見るという見方、北の対応を見るもんのもあるし、北だから当たる位置に何かあるっていう見方。 うん。だから法であの北の太陽を見る、あの難元の太陽を見るっていうことがなされてる。 [音楽] なるほどな。 うん。 だからそういうなんかこうアイディアうん。俺だったらこうやるとかこうやりたいとかっていうものをなんかもう断にこれみんなでやってるような気がしますね。 んでしょうね。 あ、だから楽しい。そう。門学者がいて作らせたわけではなくて、おそらくみんな 1人1 人のアイデアを持ち寄ってよしやろうって作られたもんだと思いますね。 うん。だから1つ1 つの石にも意味があって、この石だってここに立ってますよね。で、これ何かなって考えると、ちょうどこの石の平面の正面がこれ、あの、この石とこの石のちょうど間になるんですけど、当時の太陽がちょうどこっから登ってくるんです。お昼頃。 ま、ですけども、お昼前ですけども、こっからが残ってく。 で、そうするとちょっとな、冬の朝日をこれ受け止めてますね。 うん。で、こうで何が行われたか分からないけど、ちょうどこれここから見ると当時の朝ですよ。 うん。 うん。で、そっから見るとここが夏の朝日だからこの間の石の両サイドで太陽が行ったり来たりしたりっていう太陽の位置がもう頭の中に入ってたと思うんですよ。 うん。 今ここに私たち来るともうさっぱりかないみたいになるけれども私もここにいるともう太陽の道っていうのがどういう風に動いてどういう風に関係してるのかっていうのがなんかそれを知ることがイコール読みだに使われてたと考えるといかに楽しかったかと思いますよね。うん。 人もそこ立ったんだろうね。きっとね。 そうだから立ったのか うん。どうしたのか ね。 うん。 分からないですけどね。 隙間で、これが私が1番最初に光を取った のが転部の字のとこですね。この隙間で この石は元々あの1つだったそうです。 その知時で石の直価方向を調べると ほとんど同じ方向を向いてるのであの元々 これは1つだったと。で、それを割ったか 割れたかでここの間が隙間が開いてますね ということだったんですね。 で、私たちがこれ調べていくと、 1 番最初に私が撮ったのは本当にこの左の橋からあの沈む光うん。をここであのここに下にね、転んであのフィルムの時代なんですけどここで写真を撮った。で、調べてみたらこの部分 V の字の隙間がちょうど向こうが西なんですね。で、時の太陽が沈むのがこの 1番右の右の石の 1番下で沈む時は時頃。 うん。で、当時の60日前からこっから光 が差し込む。さっき再現感で1/4太陽 光度の高いうん、10月の20日頃から ここに光が沈み始める。で、11月はこの 真ん中で12月はこの右の石のラインで1 月になって2月でここで見えなくなるて いう冬の120日間だけここに光が沈むっ ていうのが分かったんですね。そう。で、 この山の中で本当に赤い夕日が見られるの はここだけなんですよ。うん。ていうのは さっきあの洞窟の中に光が差し込むあの 太陽が登る位置が後ろを見ていただくて空 の低いところあそこが下戸太陽が登る方向 なんですね。ええ。で、ちょうど山と山の 谷間になってるところから義姉の朝日が 登るもんだから低いところから登るから あの洞窟の中に光が差し込んだ。 で、反対を見るとその山の谷間、ちょうど時の太陽が沈む方向が山と山の谷間になってるから、あそこ空が本当に低いわけですよ。うん。だから遅延で太陽が沈むのが 4時半なんですけど、ここは4時20 分まで見られるんですね。 うん。 うん。そう。 そういう立を生かしてこの山の中なんだ けれどもひって言ったらもう山だらけなん だけどもこの谷間がちょうど下子の太陽が 登る方向当時の太陽が沈む方向そういう 太陽の通る道筋と関連した山の谷間を利用 してここが太陽観測にはふさわしい場所だ という風に場所が選ばれて石をここに持っ てきたんじゃないかという風に考えてます 。うん。そうするとどうやって持ってきた かう。 こうなるとそこはちょっとまた話からそこは分からないけれども場所が選ばれてここにこの巨石軍があると いう風に言えるんじゃないかと思いますね。うん。そう。冬の光が沈むしだから、まあ、 1 ヶ月後ですね。うん。まだ今はこの石の右側にタイは沈んでてしまう。 そう。で、あの右の奥の石がちょっとこう切って前に出してあるんですよね。ずらしてある。 うん。 で、あれが冬の120 日間に日を限定するために微調整してるんじゃないかと。 うん。 ずらして。 そう。で、あれがあの奥の石が右側にピタッとくっついてしまってるとここに光が沈む期間が長くなってしまう。 うん。 で、それを冬のあと 1ヶ月後の10月20 日頃から光が入るところまでちょっと前に出してあるんじゃない? [笑い] そういう微調整がしてあるんじゃないのかなっていう風に考えてますね。ちっちゃい切れない。 そう。 ヘ切ったんだ。切れない。 目からビームかな。これが そう。ここで石を 切って前に少し出すことによって上の 122時間に うんちを切って。 こう上から見るとこの上のさっき下から見ていただいた日本の宣告はよく見えますよね。 見える。 ええ、で、ちょっと今日晴れてるもんだから上の系の影があの、消えてしまってますけど うん。 よく目を凝らすと 大きな大園、ま、私は見えますけど。 うん。ちょっと分かりにくいですね、楕円の形は。日本の宣告はよく見えますね。で、下のあの溝と平行になってるのも分かりますよね。上から見ると。 あ、はい。そうそう。もう、もうそろそ あの光がもう わあ、もうこんなにはきうん。 今日はいいですね。だぶ動いてます。うん。そう。 全然違ってる。 そうだからこれ午前中の時を測るね、あの余計的な感じもありますよね。違う。 で、ここまで来て消えるのが 1時頃です。三角だ。うん。 すっごい綺麗な三角。 そう。分の時のラインがここですから、もうこっからここ抜けもここまで移動してる。 うん。 で、あと1ヶ月こ、10月の23 日になるとこの光さっき見ていただいた。 この角度がここに当たってこの石う。 うん。 この石に当たるんですよ。 うん。 だから今この形ですけど、 これが奥まで行くとこんな細長くなるんですよ。 うん。 この来たら見れます? あ、見れます。 うん。そうだからこっから見ると光隙間の形がこれなんですね。で、ここまで来ると 隙間が細長くなってますね。 うん。そう、そう、そう、 そう。 だからこの週分から秋の 9月23日から10月の23日までが1 年のうちで太陽が1日ごとに動く距離が1 番大きい時なんですよ。 うん。 で、この範囲内の朝午前の 9時半頃に ここにある石組。 これが4年サイクルを測定できる AB、BCの このそう。あの先端にあた光れも今年のま、来月今月か。これが太陽スポットコ。 この岩影石の中に春分と終盤の頃に 差し込む太陽スポット校であの岩の隙間 から光が入ってるんですね。ちょうどお 昼頃南に太陽が登った時にここに今光が 落ちてます。うん。で、その光はこの今下 に線が引いてありますけど、ずっとこれ 時間を戻すと朝8時半頃からあの1番奥に 光が入ってでその光がだんだんだんだん、 ま、三角の大きな形がずっとこれ移動して いってで、今あそこの上でちょっと止まっ てますよね。うん。 で、それでその三角がもうだんだんこう 潰れてくるというか、細長くなってこれで 1時頃に消えます。うん。で、これがあと これで終分の時がこの前のラインなんです ね。週分のラインがもう少し前のこの辺の ラインでうん。で、今もうここ抜か中分 から立ってますけどどんどんどんどん奥へ 行って、で、ここまで光が来てると。うん 。で、これがあと1ヶ月約1ヶ月うんと 10月の23日になるとさっきこれ見て いただいたこのかこの角度ですね。これが あのこの洗浄のあの隙間からこの角度で光 が入ってこの奥にある石もうん。同じ石 ですよね。うん。あの、1 幅で、あの、石の形に光がピタッと重なると、 今はあんな細長いあの形だけど、 あれがもっと奥まで行くとあの形になると。 え、あの、石の形。 そう。 え、 そう。それが10月の23日はから27 日まで。23日はこの下の下のライン うん。 ここの下のラインに光がピタっと重がるんですよ。うん。 うん。 この下のラインにこ長い形が で、それが太陽が下がると光が次の日、次の日、次の日 1日に4cmずつ動いていきます。 で、5日目にはこの上のライン、 こことここちょっと削ってますよね。 このライン、この形と 同じ形の光がここにピタッとはまるんですよ。 ほ、 そうするとこれから冬、冬はやってくるよと。 おお。お、 で、太陽下がって12 月になると正面から光が当たりますから、ここの平面にあの日中を通してバンバに光当たるんですよ。 [音楽] お うん。 で、冬120日間うん。 12月20日から11月12月1月2 月までこの平面を正面から光があってだからこの石でその 120 日間の光を充電してるみたいなもんですよね。 あ、すげえ。そして2 月になると再び、あの、この角度になってここに光が当たると今度は 12月2月の15から19 日まで光が今度は上から当たると これで冬が終わりましたよと。 うん。で、30 日数えると次の日から前に光が降りてきてこまで来ると分まで来ると春がやってきたの。 うん。 うん。冬の120 日間だけここは光で満たされる場所なんですよ。 うん。 だから夏は逆に太陽もっと上にあの行ってしまうので、朝から夕方まで一切光入らない。 [音楽] うん。 で、そのそういう期間を利用して菊コたちが出産子育てに 50等から60 等ぐらいここでぶわっときます。ここに ここにぶわっと集まります。 うん。 で、出産して、え、子供たちも全員週に飛べるようになってから、あ、あの、夏が終わって旅立っていくと、そうするとここに春のスポットコがこれ入り始めて、 で、私たちが入れていただける。ま、コウモとあの、チェンジするんですね。夏は私たちは下の向こうの巨石軍が観測すると [音楽] うん。で、コたちが出産こ育時期はここです。 で、小たちが終わると今度また私たちがここで光の観測をするというのを縄文の頃も同じようにうん。コウモたちも動物も植物もみんな同じ生き物としてうん。あの生きてたんじゃないかと。 ま、今だから私たちもあの夏、夏の期間もここに入ってこういう観測の説明したいんだけどもやっぱりコたちの方が先だから。 うん。 だからあのコたちのその出産子育てを邪魔しちゃいけないからそういう時は一切入らないようにしてうん。 で、こう入れ替わりを上手にね、今でもできるようにやってますけどね。 おかげ。 おかげ。 あそこの コケなんかそういうとかそういうのが今ありますけども、それでも数千年の間でその石がこう進食してしまってるだろうと。 うん。で、それは実際にここのB の市の先端に当たる光で、あの、新食によって光がすっとこう入りすぎてしまってるのが見られるんですね。 うん。うん。 で、それによってそのこの条件でこの 1cm ぐらいの隙間、あのから漏れてる光と考えた時にこれは何千年ぐらいなのかとか何百年なのかっていう計算する方法があるならばあの知りたいところですけど、いずれにしてもその新によって光が入り込みすぎてしまっている状態も今でも確認できますね。 うん。私の14日、15日光です。 こうこのこういう石がこの下に埋まってるんですよ、まだ。 うん。 へえ。 そう。で、ここの上にちょっと見えてる石がこれがこの石の下の方なんですね。 うん。だからかなり深く掘ってるんですけど、下にはまだ石があります。 うん。 で、この石組で、これもそうですけど、この下がこう、ま、ようになってるんですけど、ここから外にも行けれるようなあの空洞にもなってるんですけど、昔その子供たちがここで遊んでた時にこの石組で遊んでた。 ま、がなくて もっと低かったんですね。 うん。 で、その時に出てきた、あの、石軍、 あの謎の石軍、ま、高古学者はこう集めるものじゃなくて、あの、ちょっとでもなんか手が加わってたらあの、 集めておいてくれた先生がいるんですね。 学校の先生が不思議な石は全部あの集めてで届けるんじゃなくて自分の縁で保管してたものがあってでその中から石のこの うんの形と同じような石だったりあのそういうものが出てきたんですね。 うん。で、その中から うん。で、そで結局この立ち位置っていうのは今ここですけどもっと低かったという証言がありますから。だからその位置ね、この石で光がどう観測できるのか。 今私たちはこの平面に線を引いて三角を書いてるこういう平面的な考え方ではなくて下の立体的な石でもっと面白いことやってると思うんですよ。 うん。で、それを見たいんだけれどもそれはやらせてもらない。今埋め戻されてしまった。 うん。 だからもっと立ち位置低いと考えれば今上からあの光を見てるけれどももしかしたら見上げてて光を観察してたかもしれない。うん。 [音楽] うん。 で、今階段でこう降りてってるけど、もっとこっから下へ降りていく、下から入ってこれるもっとね、違う構造があるはずなんですよ。 で、そこまで戻してもう1 回この線に変わる光の観測をしたいなと思ってますけど。 うん。うん。 うん。 それが今できない状態でも今できない状態であってもそこまで今 128 年の修までできるかもしれないっていうところまで分かったっていうことは うん。 これはやっぱりある価値っていうのは縄文時代のキャンプ地として終わってしまうのではなくて うん。単なるこで動物を解体しましたとかそういうあのキャンプ地としての価値観で文化財になってるんじゃなくて違う日本の宝、人類の宝だと思ってるんですね。私日本だけじゃない地球だけでもね、もうなんか人類の宝だと思ってるのでそういう目的でもう 1 回発掘して調査をする必要があるんじゃないかと思ってますね。 うん。 うん。うん。 だけど今の国の日本ではできないっていう状態ですね。 うん。 うん。 結構海外の方たち来るじゃないですか。その方どういう展解を持ってるんですか?はい。 わ、もうやっぱりあの、特にヨーロッパの人たち多いんですけど、ヨーロッパはもうやっぱり数千年前のそういう巨建造物をもう受け入れて目の前にあるわけだから。うん。どうやって運んだか分からなくてもで、そういうものと生きてる人たちだからやっぱりあ、日本にもあるのかと。 うん。 で、日本っていうのはなんか木造建築の奈良やとが古いあのね、観光地になってるけどもそうじゃなくて遡ったら石で世界共通で繋がるっていう意識があのあると思うんですね。だからあ、日本にもあるじゃないかっていう意味でそれでどんどん連れてきてくださる方がいるわけですね。 [音楽] うん。 うん。 だから日本っていうのはやっぱり島だからかなくわないけどもその海外のものは素晴らしいと本のものは貧しいとなんかそういうあの髭した見方をしてしまうもんだからこういうものが出てきてももう絶対受け入れられない。 [音楽] うん。 うん。もうそうそういう頭になっちゃってるんですかね。 うん。だけど現代の私たちでも海外に行ってそういう建造物を見てきたりそういうものがやっぱり日本にもあってもいいんじゃないのって思うような人たちはやっぱりこういうものがすっとこう入ってくる。 うん。だけど絶対こんなの動かないって言ってる人はいつまで立ってもうん。あの、いくら世界の学者がどうこを言ったってもう絶対否定してかかりたいっていうのがもう圧倒的に多いと思いますね、この国は。 うん。 でもあるんだからこれ。 うん。 で、これ動いてきてるんだから。 うん。で、この角証拠があってね。 そう、そうですね。うん。だからもうまさにこの暦読みそのものが証拠だと思いますよ。 結局学者さんじゃない人たちでカルナプレステを今調べてるイギリスのあの ハワードさんっていう方がここにも興味なってくださってて うん。で、それであの、ま、 6 月出版した方が、ま、結局私たちはもう日本だけで話しててもしょうがなくて、 そう、そう。 うん。だからやっぱこれ世界に知っていただくという意味で 15年前からアメリカの中学の先生が私た
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