品川再開発で消える品川浦の船溜まり情緒&カニ龍カニラーメン・品川散歩後編(字幕ON)
品川駅前に昔ながらの光景を今に伝える
入江、品川浦が存在します。しかも港南口 から徒歩10分ちょいです。大東京の
駅前超一等地にある日本最大の屠畜場を見た 後は、もれなく皆さんほんの少しだけ足を
伸ばしていただいて、いよいよ再開発が 決まり、遠くない将来おそらく根こそぎ倒され
て全面的にタワマンに建て変えられて しまう運命かと思われる、江戸時代からの
由緒ある土地を愛でてあげてください。 さてルート図で示した通り歩き、品川浦に
架かる天王洲橋にやってきました。まずは 品川浦を一望します。品川浦を囲んで既に
両サイドに近代的なビルが建っていますが、 再開時にはこれらも全部ぶち壊すと思わ
れます。恐ろしいもんですね。品川浦に 向かって時計と反対周りで一周します。
もう一度Googleマップで説明しますと、 黄色い矢印の通りに歩きまして、途中
ピンクの矢印の場所6箇所にて品川浦を眺め ます。その後は品川浦の最奥部まで行って、
今でも東京にこんな場所が残っていたのか、 しかも品川駅前に、というような驚きの
風景を愛でたいと思います。1箇所目の ピンクの矢印の場所、屋形船船清さんがありました
。すでに立派なビルを保有しておられるの ですね。乗り場には分かりやすい予約表が
掲示してありました。妻を連れてきまして ね、一緒に乗りたいな、なんて思ったわけ
ですね。ここでね。 次の角は屋形船大江戸さん。ここからはより、
奥の眺めが望めます。 なるほど。こんな風景なのかと。右側に
見える入江は実は最奥部ではなくて、さらに もっと奥が存在します。動画の最後の方に
私が立ち寄るカニラーメンの店も見えています。 この辺は水上に家屋を建てちゃってるんですね。いや、今時なかなか凄い光景です、これは。 で、妻と屋形船に乗りたいなと思ったわけですが、帰宅に妻に申しましたところ、 「あら、今度友達と行くわよ」と驚きの回答。それがこの大江戸さんでした。 妻が乗船した時の映像を入れておきましょう。 多分ね、席は決まってるから 時間になると船に乗り込みまして、船内はお座敷。あらかじめお刺身とか前菜とかは盛り付けられていまして、後ほど天ぷらなどを揚げ立てで配るという方式ですね。 ざまあみろ、じゃなかった、あいにく、ゲリラ豪雨の日だったようで、だいぶ揺れたと言っていました。 同じ業者、大江戸丸の別の船も停泊していますね。晴れている時に乗ってみたいす。 そして品川浦探索の映像に戻りまして、ここは海抜2.2m。 ちょうどこの日はカムチャツカ半島沖大地震の津波警報発令の翌日でした。 ラーメン屋の行列を見て左に3回目の左折。 この突き当たりは植物が繁茂していて展望はありませんでした。 元に戻り、ラーメン屋の隣のさっちゃん弁当なるちょっと気になる弁当屋を見つつ、 4つ目左折。キッチンカーが停まっていますね。 左奥は天王洲橋と、さっき見ていただいた
大江戸丸で、このむつみ丸の低泊している ところが後ほど行くラーメン屋です。 キッチンカーのメニュー。周囲の
サラリーマンの貴重なお昼ご飯です。 変わり映えしないと思うかもしれませんが
5回目の左折。 右側にはマンションでなくて、庭付き
一戸建ての物件。いいですね。オーシャン ビューでもありますし、今時の都内ではこう
いうのが1番の贅沢です。 対岸がカニラーメンの店。 さあ、どんどん行きます。6回目の左折の
前に、右側にマンションに土地を売らないで 気合いで商売している職住一体型店舗。僕
なら落ち着かないので業者の言い値で 売っちゃいそうです。ただここも再開発の時に
は、後ろの新しいマンションども、破壊される んじゃないかと思います。 で、6箇所目の左折をしたところに
見るからに古い木造をリノベーションした ような物件が現れました。品川1930と
いう物件ですね。所有者は京急電鉄 グループのようで、今回のお昼時は
ちょっとお洒落なランチを楽しむOLさん たちに、好評のようでした。 センスの良さそうな酒屋さんもありました
ね。 私は海を見るために来ているので、
ここからも眺めます。 右奥に小さな橋が見えてきました。この橋
の奥が品川浦最奥部です。ここまで来ないと 見えないんですね。水鳥が向かう方向を
見ると、ここにも水上バラックの愛すべき 風景がございました。
釣り船や屋形船の上船口ともなる建物を、海に ぶっ刺した木材が支えています。ここが
品川駅前って、もうとても信じられません。 品川1930という物件。戦前から奇跡的
に焼け残ったかつての姿はこんなだった そうです。よくリノベしましたよね。再
開発にも名乗りを上げている京急の持ち物 であれば再開発時にも取り壊されないで、
あえて残すという可能性もありそうです。 その再開発、品川を上から見た地図なん
ですけれども、ご覧の通り全域ほぼ全てが 対象となっています。なんなら東海道の
品川宿にも、一部、魔の手が及ぶ形のようです。 さて、狭い路地庭に松の植えられた戸建て物件
なども見ながら歩いていきます。 そして正面右手に素晴らしい物件が登場し
ました。銅板が残る見事な看板建築です。 見惚れますね。 営業してくれているのはイタリア料理店
です。 こういうのも薙ぎ倒されるのかと思うと、切なくなりますね。 この場所、右に坂道になっていまして、 ほんの30秒ほどで、東海道品川宿のメインストリートにたどり着きます。 品川宿から坂を下って、江戸時代はまさにこの場所が砂浜と海でした。 このイタリア料理店の物件、木材が飛び出し
ていますね。 昔はここに、木製の看板などを取り付けていたんでしょうか。 品川浦方面は、またここに屋形船のお店が出てき
ました。これらの物件が半ば水上に はみ出して立てられています。物件もさる
ことながら、再開発されると、こういった古く からの業者は一体どうなるんでしょうか。
タワマンに権利を売って大きなお金を手にして 1丁上がり、ということにならなければ
良いのですが。ここの平井さんは天ぷらが 美味しいと聞いたことがあるので、是非ここ
から屋形船に乗ってみたいです。水上バラック もじっくり見てみたいし。そして先ほど
ちらっと見た小さな橋までやってきました。 この右奥が品川浦の最奥部です。 この橋、北品川橋と言うんですが、作られた
のはなんと大正14年の竣工、なんと今年で 100歳ですね。 これももしかしたら、再開発で架け替えられる可能性がありますね。 屋形船平井さんの向こうの後方、
高層ビルが立ち並ぶところが 品川駅あたりです。まさに駅前立地。京急北品川
駅は、ここからほとんどすぐ近くになり ます。リニア中央新幹線が開業したら
さらに利便性が上がりますし、再開発業者 が虎視眈々と狙うわけですよね。はい。
こちらが品川浦の最奥部の船溜まりです。 岸壁に密着した水上バラックが、実によく眺め
られます。こちら側に停泊しているのは、 より船体の小さい釣り舟ですかね。
最高の眺めす。マジで品川駅前だとは信じ られない光景です。後で地図を掲載します
が、この船溜まり、実は大正15年から昭和 14年にかけて実施された、目黒川河口の
流路付け替え工事の名残りです。かつてここ が目黒川が海に注ぐ場所でした。この先
奥まで目黒川が続いていたんです。で、 左側は目黒川が運んできた砂が堆積した
砂州になっていました。宅地化して今は 単なる住宅街に見えますが、これらの物件
は砂丘の上にこしらえています。住宅街には かつて弁財天がありまして、今も神社とし
て残っています。では目黒川だった部分を 突き当たりまで歩いてみましょう。 江戸時代から昭和時代までの地形の変遷は、ご覧の通りとなります。 江戸時代に街道を歩いた人が海を眺めた時
の気持ちを、相当な妄想で思い起こしながら ここを散歩するのはとても良い気分です。 木陰でお弁当を食べている人がいました。納豆をかき混ぜていました。 はい。ここが品川浦の最奥部突き当たりです。
なかなかの眺めですな。 目黒川を埋め立てた部分には、小さな公園と
トイレがありました。公園の向こう側は かつての弁財天、利田神社。この一角は再開発されません。この細い路地の左側の海側 だけ再開発されます。通りを挟んで天国と
地獄。どっちが天国なのかは分かりませんが。 海抜2m。こうして見ると、昨日の津波の
影響はどこにもありません。 痕跡すらありません。 東京の奥は、今回は安全だったようです。 さっきの神社の境内には、江戸時代
の寛政年間に天王洲に迷い込んだ鯨を 供養した鯨塚があるんですけれども、
撮影するの忘れました。すいません。 さて、僕もランチタイム。腹が減ったの
で飯を食います。 水上バラックと船溜まりを後にします。 大正時代の橋を渡って、釣り船館の
中金さん、 そして三河屋さんと続いて、その奥に今回の
ラーメン屋がございます。 ロケーション的には屋形船のむつみ丸さんの
乗り場となります。この奥にラーメン屋が あると聞いていたので行ってみます。ドア
を開けて一瞬躊躇しますが、暗い中、奥に 歩いてきますと、カニラーメン、カニ龍さん
のカウンターが現れます。こちらは メニュー。僕は名物のカニ豚骨ラーメンを
中細麺でオーダーしました。着丼したのは まるでチャーシュー麺と勘違いしそうな
威勢の良いラーメン。食欲全開になりますね。 いや、最高です。豚骨というより、真っ先にワタリガニで取った極めて濃厚な蟹の旨味が鼻から納点に突き抜けましたね。 これ、なかなか食えない贅沢なラーメンじゃないでしょうか。 品川浦で食うのにぴったりな味です。 チャーシューは柔らかくて品のある作り。 ランチタイムはご飯がサービスなのですが、チーズと揚げニンニクを乗せたリゾットとして注文することもできます。同じくサービスです。 これをカニ汁と混ぜこにして食う。 こりゃ品川浦ランチと言ったらカニ龍流一択
だわ、と思いました。 食った、食った。大満足。ラーメン屋から
見る屋形船と品川浦。 ここ、夜は複数のカウンターが開いて屋台村になるんですかね。1杯やるのも楽しそうです。 では帰ります。 この辺りは、昭和のレトロさを味わえるマンション物件が、ちらほら存在します。 ちょうど1隻、屋形船が出るところでしたが
、ラーメン食っていたので間に合わなかった。 向こう側、新しいマンションも再開発でどう
なることやら。 今、僕が立っている場所は対岸から見ると
こんなところです。 つい先日、千葉の大量の不法係留ボート、
船を動画にしたばかりなので、 興味があったらその動画も見て
いただければと思いますが、さすがに品川浦、 ちゃんと許可は取っているのだろうなと
思います。 都営東品川㐧4アパート。㐧4の㐧の字が
レトロさを醸し出しています。ちなみに ここも再開発予定地です。建て替えには
ちょうど良いタイミングになっています。 いや、マジでレトロ。昭和の勢いを感じます。 団地マニアには、たまらん物件なのではないでしょうか。 はい、天王洲橋に戻ってきました。 ここより右側の東京湾側は、天王洲運河と
なります。 開発されたら天王洲運河側のように、無味乾燥
とした景観になるんだろうなと思いながら、 散歩をおしまいにしたいと思います。 今回もご視聴ありがとうございました。 あの高層ビルの後ろに屠畜場や品川浦が存在するとはとても想像できません。
字幕ONでご覧いただくことをお勧めします。今回は、品川駅から徒歩10分圏内で楽しめる、気軽な散歩です。気軽なんだけど、恐らく十二分に満足できると思う街歩きの後編です。
この動画では、品川駅前、超高層ビル群に隣接する、江戸時代から続く海岸の風景、東海道品川宿と一体的に旅情を感じる名所、品川浦を訪ねます。驚きの水上バラックが存在します。船溜まりを見た後、カニ龍なる屋形船業者の屋台村にて、濃厚・カニ豚骨ラーメンを賞味します。
しかし、品川浦をぐるりと取り囲むほぼ全域で、大規模な再開発が行われる見通しで、実行の際には、風光明媚な品川浦は、根こそぎ薙ぎ倒されてタワマンが林立する、何処でも見れる光景に変貌してしまうと思われます。早めの訪問をお勧めします。
●千葉の民度・市川市真間川の河口の大量の不法係留船と放置車両列を見に行く
34 Comments
北品川駅の踏切近くに住んでる猫ろくちゃん、元気かなあ?
04:06ここの唐揚げ弁当はたまに食べたくなる味です。
05:55駐車場にも元々同様の木造の建物がありました。
08:40うっすらと看板が残ってますが、新井屋という鰻屋で、「落語の『居残り佐平次』の舞台」と張り紙をしていました。
14:44バブル崩壊後の頃に一龍屋台村という屋形船の客相手の飲食店として開業していました。
品川駅の東側は今でこそ高層ビル群だけど、何十年か前までは高層ビルと新駅舎が建っている部分は広大な貨物車両の留置場か何かで、それを超えたところにある旧駅舎は三角屋根のどっかの地方の田舎駅みたいな感じだったし、駅前から呑み屋街と住宅が広がる場末感満載の街並みだったんすよね
銅板の商店は東海道五十三次にも出ていた江戸時代から続く鰻屋の荒井屋があったとこで平成に惜しまれつつ閉店。再開発は歴史や文化を継承し、軒並みなぎ倒すものではなくその大半は歩道整備や休憩所整備などが中心かと思います。例えば旧東海道は石畳舗装と街路灯の整備だそうです。
もう釣り船一軒もやってないのか
船清も中金も三河屋も平井もみんな元は釣り船やってたんだよ
知らん間に屋形専業なってた
品川浦には子供の頃よくハゼ釣りに行きました。恵比寿から自転車で。干潮にゴカイを掘って餌にしてました。
水上に家屋を建てていると紹介されていますが、法的に違法の可能性があると思われます。
品川のこの場所も再開発で様変わりしますね。
豊洲みたいになりそうで楽しみ
船清は釣り船やってた頃に乗ってたな
去年まで品川住んでたので屋台村で一杯したことあります。初見だと異世界に転生したかのような異様な空気感にのまれそうになります。そういうのが好きな方は北品川エリアの散策おすすめです。
潮が引いている時に行くとまた変わった景色で面白いですよ〜是非是非( ´꒳`)
カニラーメンって24時間テレビでジャッキーチェンが好きって言ってたやつですかねw
この風情ある風景も大規模再開発で壊されてしまいます。都営住宅始め多くの住人が長年住んでいる家を追い出されてしまうことをご存知ですか?品川区のあちこちで同じような再開発が計画され、住民による反対運動も起きています。そうした状況も動画にしていただきたいです。
カニラーメン美味しそう
歩いて行ける距離なので今度行ってみます😊
26年前迄都営バスの八ツ山車庫の上のアパートに住んでました、
住み始めた頃のインターシティは貨物線のターミナルで屠殺場とバヤリースの倉庫が在るだけでしたねぇ。
金剛自工も無く為ってる様ですし杭が出た店舗は荒井屋って鰻屋さんでしたねぇ。
船清が今在る通りが海岸通りに面した角は航空会社のビルで北品川商店街を金髪で背が矢鱈高い外人スチュワーデス(現CA)さんが買い物してました、
番組を拝聴して懐かしさと得も言われぬ郷愁感に駆られました。
あの地域が再開発ったって一体何をどう開発しようってんでしょうねぇ❓️
中野サンプラザや五反田TOCが時勢の急変で再開発を中断してる今、
京浜急行品川駅大イノベーションに乗っかったプランだとしても、
市井の愚民で在る私にはどう考えてもメリットの種が見当たらんし思いも付けません。
彼処迄行かれた為ら鯨塚は取り上げて戴きたかったですなぁ、
そして品川駅前と謂うよりは北品川駅前の方が合致の融合性の理は有るかと思えました、
またまた!こんばんは。夜分夜分、遅くなりましたが、いよいよ。185系さんの、廃回が、特別に、速すぎる、スペースで、解体で、びっくり(・・;)でしたねぇ~😢😢
またまた、185系さんハ、私自信も、あの、緑色の!😊線か。素晴らしく、おもいましたので、廃回だけは,しないで、ほしかったです😢😮😮
またまた、JRさんは、185系さんや、あるいは、カシオペア号は、今年は、全部、引退されると、廃回されてしまいけど、いずれは、カシオペア号も、185系電車も、残す気持ちは。JRさんだけど。これからの。乗れない人の事を、考えたらば、185系さん、いくら、オンボロさんでも。さらに、延命工事でも。して、奇跡的に。残してほしいですよ~😮😮😢
またまた、東海道線でも、最近では、新型車両の、サフィーるや、257系電車の、新型車両は、わけのわからない様な車両に、JRさんも、せっかく、臨時ツアーまでは、185系さんを、好きですから、使い捨て見たいな感じで、JRさんの、新型車両も、なかなか、いつかは、257系も、引退されて、欲しいですねぇ~😢😢
またまた、わたし自身は、サフィールや、257の、新型車両よりは、185系さんの、方が、よほどよほど、残してもらいたいほどですょー➰💦😢
またまた、JRさんは、中央線のグリーン🥗車を、最近は、無料で乗れたのは、良かったのに、新しい車両ばかり、で困り😓ましたねぇ~💦😢
またまた、もし、間違っていましたら、またまた、9月も、まだ暑さ🥵で、熱中症🥵には、気をつけたい者ですねぇ~💦😢😅
またまた、出来たらば、185系電車の、ホテル+185系ルーム辺りも、本当に、見せて、頂だきだいものですねぇ~💦😂😂
釣りバカにも出たのにね。
船宿通り、子供の頃遊んだのを思い出します。
今の品川区長、東京都知事は最低なので早く変わって欲しい。
2人とも老害と婆害がダブルで襲ってきています。
懐かし~ 10年くらい前まで北品川の、冒頭の橋を渡った先辺りに職場が有って通ってました。当初はまだ品川駅前に屠殺場が有って辺り一面独特の臭いが漂っていたのを覚えてます。暫く行っていないのですが、今は随分と綺麗になったのでしょうね…。船溜まりの辺りもそうですが、運河沿いの都営団地(URだったかな?)の西側の方も細かい民家が立ち並んでいて中には自転車のすれ違いも難しいような路地が交錯してました。銭湯なんかも残っていて、風呂無し賃貸も多いようでした。
地元で一番古い不動産屋の者です。
角のイタリアンレストランは昔は荒井屋といううなぎ屋で落語の品川心中にも出てくるお店でした。
平井さんは接客一流、釣り船も一流、屋形船も一流だと思います。
屋台村前のゴジラは初代ゴジラが最初に上陸した場所だからです。
天王洲運河では食べられませんが、黒鯛や鰻、鱸の幼魚が釣れます。
何が観光立国だよ。
地震のせいにして無駄に建て替えして、全て箱形のビル建てて同じような店舗いれて。
見所無い国になっちゃってるよ。
というか昔は水上生活者で溢れ、スラム街でした。
興味深く拝見しました!
昔は刑事ドラマでもよく使われてた一帯"北"品川一帯はこの船宿とかが馴染みの街、という印象です。
防災面では必要なのかもしれませんが人々の生活痕跡を根刮ぎ踏み潰してしまうような再開発って本当にこれからの生活に必要なんですかねぇ…それを見てて感じました🤔
たまに釣りでひらい丸さん利用するからここから船乗るんですけど、船宿なくなっちゃうんですか?
ここ前から知ってて好きな場所だけど、品川駅前というより、京急の北品川駅前だね。一駅離れてる。こういう情緒のある場所まで再開発でつまらない風景にしてしまう東京都って、本当にゆとりがないというか。これも新宿のタヌキのせい?
13:00頃の品川浦奥あたりは30年前からあまり変わってないな。その辺りに幼稚園バスが待機してたからバス内から眺めてました。
公園がサッパリしたのと街路樹が柳の木ではなくなったくらいしか変化がわからない。品川浦が無くなったら記憶の中の景色は消えてしまうのか。
しょうもないコメント失礼します。
最奥(さいおう) ではないでしょうか