オンライン大学vol25(長野県原村)
え、改めまして、えっと、長野県原村の 原村観光局という組織によりますと申し ます。今日は、あの、題名にもあった通り ですね、多の石川、え、そしてですね、今 画面にも映ってますけど、原村悪場からも 、ま、わざともしかしたら他にもいるかな というところで、ま、役場とあと空村観光 客、ま、そこで今出席させていただいて おります。で、今日の流れとしては、ま、 まずそもそも原村ってどんなところなん ですかという話を最初に本当に簡単にさせ ていただいて、で、続いて今回のメインの 話であります。ま、あの、ガイド育成と いった話を石川の方からで、最後にあの実 はこの観光というのが今年度ごめんなさい 。今年立ち上げたばかりの団体でして、で 、なんで立ち上がったのかとか、ま、その 辺りの背景を私の方から最後にちょっと させていただいて終わりという流れにさせ ていただきたいと思っております。という ことで、もう早速やっていきたいと思い ますので、えっと、画面教させていただき ます。まず、あの、あ、ごめんなさい。 まず私のプロフィールから先にさせて いただくと、おそらく、あの、お会いして いる方も多いかと思うんですけど、元々 地域起こし協力隊としてこの美しい村の 推進をこの原村で担当しておりまして、 あの、美しい村祭りだとか担当者会議の場 にはよく顔を出していたかなと思います。 で、実はこの協力体が8月末で人気が ちょうど3年間終わりまして、で、9月 からこの一般社団法人村観光局の理事と、 ま、事務局長になっているという次第です 。一応位置付けとしては地域プロジェクト マネージャーというまた総務省の制度を また活用させていただいて、えっと、この 民間の組織に派遣をされてというような形 になっております。で、これちょっと今5 秒ぐらいまで撮った写真なんですけど、 すごく今北アルプスが遠くに見えるような 、ま、風景でですね、原村から実はあの アルプス、北アルプスとこと多いんです けど、あの原村すごくですね、八ヶの上に 立つ村でして、ま、そこからの眺めという のがですね、もう北から北アルプスから南 アルプス、ま、ピソの方までもその 360°見れるというのがとても魅力的な 村です。ま、こんな空気を見ながら前に 過ごしてますという紹介になります。 で、改めまして、あの、原村ってどこです か?て話よく言われます。えっと、 ざっくり言うとですね、東京からの方が 近い長野と覚えていただければと思います 。あの、中央線、あとは中央道でですね、 大体、ま、新宿からと2時間半ぐらい、ま 、八王子からだと2時間ぐらいでついて しまうということで、ま、近くはないん ですけど、遠くもないというような距離感 にあります。 ま、この辺ですね、スワがちょうどあって 、その東側というようなイメージです。 で、ここに4つの写真がありますが、ま、 特徴を上げますと、ま、標がとっても高い と、えっと、私が住んでるところでも 16mで、えっと、今いるのが1300m ぐらいっていうことで、ま、長野県 あるあるなんですけど、標高で語れちゃう みたいな、ま、そういった、あの、標高が そうであってですね、とても涼しい環境に おります。で、その涼しさを生かして、 えっと、昼とあと夜の感断差がとても 大きいということで、あの、セロリー、ま 、セルリーと呼ばれてるんですけど、 セルリーやブロッコリーの栽培が坂であっ たり、あと左下にありますが、冬はですね 、小学校が、え、スケート上になって しまうというぐらいすごく寒い。で、最後 にですね、観光が、ま、第2の事業では あるんですが、ま、昨ではですね、この 環境を気に入った方が、ま、移住を決める ということですね。人口は実は50年間 ずっと伸び続けているというのが原村の ちょっと面白い特徴かなと思います。ま、 ささっときます。ま、こういったやつが あったけが、えっと、本当に目の前に 見えるような環境で、えっと、ペンション ベリッチっていうのがですね、ちょうど 半水くらい前に出来上がって、おそらく 60、70代ぐらいの方はすごく流行った のをご存知なのかなと思います。 夏ですね、とても橋が綺麗なのと本当に森 に囲まれてくえ暗いので星空の元で映画を 見るるっていう星空の映画祭なんてのも 開かれたりしています。あと昔ながらの あのお祭りとしては音柱音柱というので ですね、おそらく76年に1回行われる ものであのマルタの上に乗ってこう坂を ガっとこうかけ下がるっていうですかね。 ま、そういった映像を見た方いるかと思う んですけど実はこのエリアもその対象の入 になっています。 すいません。 あの後の村長があの牛山高弘なんですが、 元々スピードス選手として実は 取リンピックにも出ていたとそんな方が今 えっと役場のえ原村長になっているという ことでこれがちょうど2年ぐらい前第1期 なんですがま村長があの若返ったってこと もあって今この観光客ができたっていうの も実はあの背景にはございます。はい。 で、村の、ま、機関産業農業と、ま、観光 というところになります。はい。で、あの 、美しい村連合にですよね、ちょうど10 年前、2015年に加明をしまして、ま、 この、え、津ヶのに広がる豊かな自然と 農地が調和した農村系、えっと、真ん中が ですね、クラがあの、とてもなんていうか な、クラがとても貴重だった。クラの中で ごめんなさい。や、あの、衣服を保存して いたといったことがあったので、ま、その 、え、熊の象徴である固定で最後にですね 、ボロバタ織りと、えっと、先折りが共存 するということで、あの、昔の服を、ま、 捨てずに取っておいて、埼点もう1回 折り直すといったような文化があったと、 この3つが美しい村にノミネされています 。はい。ま、そんなところになります。で 、さ、あの、冒頭でちょろっとお話をさせ ていただきましたが、この人口グラフの ようにですね、右肩が徐々に上がっている というのが、ま、非常に珍しい村でですね 、ま、昨今では大東の、えっと、町の幸福 度ランキングとか、あの、住み続けたい街 ランキングみたいなところで第1位を取っ たりはしています。 標が高いと申し上げたんですけど、実は あの、標の低いところで言うと900m、 高いところで言うと1600mといった ようなところですね。交差がとてもあって ですね、どちらかというと標の高いエリア に、えっと、人気が集まってると、ま、 いうような背景もあります。ま、ただ ちょっとこう、あの、暗い話としては、 あの、進学、ま、どうしてもこう高校が ないと、高校以降がないということと就職 差もかなり限られてるっていうこともある ので、ま、どうしても外部に流出して しまうというのが、ま、これはあの全国 共通かもしれませんが、原村も抱えてる 課題になります。はい。というところで私 の方から概要させめていたいただきました ので、この次はあの当局の代表である石川 に、え、パドンタッチをしたいと思います 。よろしくお願いします。はい。え、皆様 、え、こんにちは。よろしくお願いします 。え、原村観光局の代表理事を務めており ます石川高明と申します。え、早速ですが 資料を、え、 はい。え、 本日のテーマは、え、小さい村が、え、 自然アクティビティで、え、関係人口を 増やしたという具体例ということで、え、 お話をさせていただきます。え、 ちょっと先に自己紹介をさせていただき ますと、え、石川高明と申します。えっと 、私ですね、え、元々はあの、東京生まれ でございまして、え、学生時代に、えっと 、ま、登った最初の山が八ヶということで 、えー、その後、あの、 ま、学生時体はずっと山ばっかり登ってい たんですけれど、え、大学を卒業しまして 一応あの大手電気メーカーの方に就職をし ましたが、え、山登りの思いが立ち切れず ですね、え、会社をやめてしまいまして、 え、世界一登山の度に出発をしました。で 、えっと、その後ですね、ま、その途中な んですけれど、え、スイスの方に、え、 立ち寄った際にツルマットで、えー、まあ 、2年間、え、そこにとまってですね、 えっと、トレッキングガイド、ま、あの、 ちゃんとビザを出してもらってですね、え 、2年間トレッキングガイドを務めており ました。で、その際に、えっと、ま、 スイスといえば、ま、観光の先進国で ございますので、え、観光のことを色々と 、ま、勉強したということですね。で、 帰国してから、え、子育てをすべく、ま、 いろんなところを見て回ったんですけれど 、やはり、えっと、最初に登った八ヶが 忘れられずに、えっと、2008年に、え 、原村の方に移住しましたということです ね。で、えー、ま、ガイド業を始めてまし たが、え、観光 花村の観光にちょっとお手伝いをするよう な形になりまして、今のような、あ、活動 をしているということになります。 え、早速、え、講議をしていきたいと思う んですが、え、私があの 原村の観光に、え、どっぷりと浸るよう、 えっと、関わるようになったのはですね、 えっと、2015年になります。15年 っていうのはですね、え、ちょうど今から 10年前になりますが、え、地方創生と 言われた年で確か、えっと、 石さんが地方創生担当大臣みたいな感じで 入っておられて、で、色々と政策を打って いただた、あ、タイミングだったと思い ます。え、原村でですね、第5次総合計画 というのを策定してる最中だったんです けれど、その中で住民三角による体験型 観光の育成というのが、えっと、歌われて おりました。で、え、原村、ま、あの、 なんて言うんですかね?私 今年58なんですけれど、58歳なんです けれどぐらいの年代の方はご存知だと思う んですけれど、えっと、ペンションブーム というのがありましてですね、え、清里だ とか原村だとか、あ、そういうところが ですね、えっと、ペンションが非常にあの ブームになりまして、え、それこそ 原宿のような感じで人が押し寄せるような そういうような時代がございました。で、 それがえっと2015年ぐらいにはですね 、え、だいぶあの衰退してしまいまして 観光業村の中の観光業非常にあの加工気味 だったというタイミングでございます。で 、え、村の方としては、えー、ま、今まで そのペンション、いわゆる洋風の光原の、 えっと、小さな親戸、これがあの魅力で あの人が集まっていたんですけれど、えー 、そういう宿から、え、体験、ま、今風に 言うとアクティビティですね。この魅力で 、えっと、訪問者を増やそうじゃないかと いうような、あ、方針を立てておりました 。で、え、私があの、原村全身の原村観光 の全進の原村観光連盟というところに入っ て、え、副会長やっておったんですけれど 、えっと、村党の商候観光家さんと、え、 2015年にですね、えっと、実はこの、 あの、スイス在住の観光カリスマ山田 敬一郎さんっていう方は、え、私がスイス のセルマットで働いてた時のボスでござい まして、え、その人を呼んできて、え、 観光党地域活性化の講演をしてもらって、 え、それをもにですね、着地型ツアー ガイドの、ま、気分が高まったという ところでございます。 で、えっと、 早速ですね、えっと、2015年地方創生 加速化付金っていうのをですね、え、 引っ張ってきましてですね、え、これで、 えっと、ガイド要請講座を実施しました。 で、えっと、その際にですね、私の方から ちょっと注文をつけました。まあ、すごい 話なんですけれど、村の方に、え、2つお 願いをしました。1つはですね、受行者は 村民に限定しないで欲しい。え、要はです ね、え、街道要請講座ですから街道が、 えっと、なんて言うんですかね。え、村民 に普通は従がるんですよね。の 村民をガイドにして呼びましょうっていう あのまあやり方をやりがちなんですけれど そうじゃなくて原村をフィールドとして使 ガ動してくれる人だったら村民に限らず誰 でも受けられるようにしてくださいという ことをしました。それから、えっと、もう 1つは、えっと、講座、この、あの、日本 エコツーリズム協会というところのガイド 要請講座を、えっと、利用して、え、まあ 、ガイド要請講座をしたんですけれど、ま 、これはあの日本エコツリズム協会さんは 、あ、非常にあの、え、例えば知れの ガイドさんだとか、それから役島のガイド さんだとか、お勢のガイドさんだとか、 そういう人材をこを講師として集めてきて いただいて、それで教えてくれるんです けれど、それはやっぱりあくまでも グローバルな内容なので、えっと、原村と いうかこの地域のローカルな講衆はもう1 つ、あの、もう1本建てしないとダめだよ ね。ということで、それをえっと必ず必須 にしてくださいということで、え、お願い をしました。で、そのガイドは私の方が 担当をしておりました。で、えっと、晴れ てこの2つを使って、えっと、51人の、 え、原村英コ通立が、え、誕生、え、し ました。 で、これ、あの、下にあるのが、あの、 その時に出した原村エコツーリズムガイド ショ、こういうものも作ってですね、こう いうものを、え、皆、え、ガイドの方に、 え、配布したということですね。ただです ね、えっと、早速あの危機、停滞が訪れ ました。え、要は、ま、こう、ま、悪口で はないんですけれど、ガイド を、ま、これよくあるパターンですね。 ガイドを作ることが目的になってしまって ですね、え、行政さんはガイドを要請した 後の、え、どうしたらいいのかっていう ところは何もノーアイデアだったという ことですね。え、ですので、え、ま、街道 要請しっぱなし、ま、悪くやばそういう形 になっていたと。で、え、一方ガイドたち はうん、一応ガイドの、え、勉強をして ガイドができるような形に一応なってはい たんですけれど、え、経験もないし、え、 自分たちで仕事を取ってくれるわけでも ないので、え、東方にくれていたと。で、 えっと、私の方も、ま、息がかり上ですね 、え、ボランティアで、え、実践口座こう いうような形でですね、ちょっと冬山に 入って、こう、あ、冬はこういうような 街ドをするんですよとか、そういうような 、え、実践講座をしたんですけれど、 遺か戦私もあのガドをしてますので、え、 なかなかこう 時間も取れないということで非常にこう 停滞の時期になっておりました。 で、じゃあそっからどういう風にしてない かというと、ま、これはあの、あまり特別 なことはしてなくてですね、ま、ガイドが できる機会を増やすしかないということ ですね。ですので、ま、小さなことから コツコツとじゃないですけれど、え、私の 方でガイド通信という、え、メール マガジンみたいなものを、え、受行者、 えっと、エコツリズムガイド全員にですね 、え、これもう10年やっております けれど、毎月、え、ま、月によっては、 えっと、2回発行する時もありますけれど 、え、ずっと続けております。で、えっと 、内容はどういう内容なのかと言うとです ね、え、私の方が原村の中央公民館という ところで山登り講座というのをやっており ます。これ毎月ですね、えっと、グリーン シーズンに、え、村民を対象とした、え、 登山、ま、ツアーですね。登山ツアですね 。山登り講座と言いつつですね、長野県や 山梨県の、え、大体、え、行って帰ってき て、え、3時間ぐらいの山を、え、毎月 どっか登りましょうというような、そう いうあの山のり講座というのがあるんで、 そこのえっとサブガイドを、え、この エコツリズムガイドに、え、お願いをする という形を取ってます。え、サブガイドは 、えっと、その際には、えっと、ガイド量 は払えません。え、ただ、えっと、同じ バスに乗って、えっと、一般の参加者の方 は何千円か払って、え、中央公民館の登山 、え、登山講習と言って、あの、山登りを 楽しむんですけれど、え、サブガイドは 払わなくていいんだけど、で、バスには 載せてもらえて、で、石川がガイドして いる、え、その様子を見ていただいたりと か色々一緒になって、えっと、経験を積ん でもらうというようなことをやりました。 それからですね、えっと、ま、観光長さん の方も色々なそういうあのガイドを育成し ないといけないということで色々な補助金 があ、この時期始まりました。これその時 に、え、取った、えっと、補助金の一覧 です。え、令和元年は、え、縄文、え、 原村のあるですね、スア地域っていうのは ですね、え、縄文文化、あ、一時期はこの 、えっと、縄文、縄文後期の時期はですね 、日本で1番人がいたんじゃないかと言わ れるぐらい、え、縄文文化が華やかだった のですから、その、えっと、ガイド要請だ とか、え、それから、えっと、 え、国立国定公園の有客の推進事業だとか 色々環境省、え、関東委局、え、隣の 北都市の事業だとかそういうものを いっぱい色々受けましてですね。その中で 、えっと、ガドさんたちには、え、色々と 経験を積んでもらいました。 え、それからですね、えっと、 ま、自分たちでもやはりそのツアを増成し ていかないと力がつかないし、え、ま、 設ける商売のやり方全然身につかないと いうことで、え、ここに出してあります エコツリズム、え、ガイドツアー コンテストというのを、え、開催しまして 、え、エコツリズムガイドが自分たちで、 え、こういう ツアーを作って売ったらどうでしかという ようなコンテストをやって、え、 グランプリには、え、この後出てきますが 、 え、 地元のですね、原村に、えっと、ITの 会社がございまして、そちらの方に、え、 8ガイドという、え、ま、小さなOTA ですね、オンライントラベルエージェント みたいなそういうサイトを、え、作って もらったのでここにえっとグランプリの 商品が載せられますよとかえそれから ガイドたちが自分たちで作ったツアをここ にえて募集をできるようにするとかそう いうのことを始めました。え、それから ですね、え、50人もま、ガイドがいます んで、え、例えばですね、え、学校登山だ とか、それから大手旅行会社が、え、 ハイキングイベントをやる時に、え、 ガイドが10人ぐらい必要だよって言った 時に、え、石川のところに原村の方に いっぱいガイドがいるみたいだから、そこ に声かければ集まるなというような、そう いう評判がだんだ伝わっていきましてです ね、え、周辺の市町村の観光協会さんから 、え、発注がどんどん入るようになりまし た。で、え、さらに、え、隣接するお隣の 藤見町でも、え、原村と同じようにガイド 要請をしたいということで、え、ま、その お手伝いをしたんですけれど、そこで要請 したガイドも、まあ、藤見町さんも結局 そのまま、あ、なんて言うんですかね、え 、ガイドは要請したけど、その後の フォローは何もなかったので、え、私ども の方で面倒見るような形で、え、一緒に なって活動をしております。で、え、こう いうようなですね、活動をしてですね、え 、だんだん、え、ガイド業っていう、う、 仕事が増えてくるとですね、え、 ついには移住してくるようなガイドも 先ほどお話したように、え、募集したのは 、え、原村に限らないガイドだったので、 え、東京からわざわざ来たガイドもいたん ですね。で、仕事があるたびに東京から 来る方もいました。それから近隣の市町村 、それこそ北斗市とか藤見町だとか隣の 知野市、え、この諏訪の周辺、え、原村の 周辺の市町村のガイドも当然いましたし、 え、遠くから1番遠いのは、え、静岡の ガイドさんもいたかな。え、そういうよう な方も、え、参加をしてたんですけれど、 主に首都圏にいらっしゃる方で、え、この 後色々コロナとかそういうものもあった もので、えー、ガイドで、え、食べて いけるんじゃないかと思われたのか、え、 移住してくるガイドが、え、増えてきたと いうことになります。 え、前説今、え、教育をしてくれたという ですね、え、これ、あの、実はこの間の、 え、10月の29日ですねに、えっと、え 、まあ、今回ご参加されてる市町村の方の ところでもあるかと思いますが、ま、あの 、花村も、えっと、ありますけれど、え、 最近はあの、ク、あ、非常に、えっと、出 物が増えておりまして、え、私も、えっと 、お仕事を、え、コツリズムガイドにお 願いするのに、え、 なんて言うんですかね、熊が出てる地域も あるわけですよ。で、そこに行ってこいっ ていうわけにもなかなかあ、いかないので 、え、きちんと、え、熊の生体だとかそう いうものを学んで欲しいということで、え 、無料でまあ、 熊の専門家を、えっと、オンラインでした けど呼びまして、えっと、 まあ、熊対策講習会を実施いたしました。 えっと、約半分の25人のガイドが、え、 受行するというような形でしたね。で、え 、11月の6日には食事の森というのが ありまして、こちらの整備、これ下の方の 写真になりますけれど、え、に、え、10 人のガイドが汗を流しました。これは えっと花村の 中にですね、えっと、ま、定期的に伐採を かけたところがあるんですけれど、えー、 ゆ有輪ですね。りに伐採をかけたところで 、えっと、そのままほっとくとまた、えっ と、なんて言うんですかね、え、木が反模 してしまうので、え、そこに、えっと、 低木、比較的低木の、え、連月筋を植える というような、あ、ま、村の事業があった んですね。で、え、 それはあの商候観光家じゃなくて任務家の 方であったんですけれど、で、それを私は あの5年ぐらい前にですかね、聞きつけて ですね、あのその食事を是非、あの観光客 にやらせて欲しい。観光客にやってもらっ たら、あの、え、食事をツアーとして、え 、売ったら絶対行けますよって言って、え 、原村役の方にお願いをしに行ったんです けれど、最初はノーって断られたんですよ 。え、だって自分たち植えなくて良くなっ てお客さんが来て植えてっていう取り組み にしたらいいじゃないですかて言ったら ですね、えっと、役場の方は、え、観光客 は来る年もあるけど来ない年もあると、お その来ない年はどうするんだと。そういう のは困るんだと。ちゃんと定期的に ちゃんと、え、整備をしたりだとか食事を してもらわないといけないんだという風に 言って断られたもんですから。分かりまし たと。そうしましたら私のあのガイドの 会社とえっと契約をさせていただいて、え 、 観光客が来た時は、え、観光客の方に植え てもらうようなツアーをやって、その収益 はあの、いただきますと。 だけど来ない時は、え、ガイドが、え、 ちゃんと整備をもするんですけれど、え、 代わりにあの食事の、え、作業は担います と。そうやって前年きちんとやりますから 、え、契約をさせてくださいということで 、え、契約した、あ、その食事の森という のがありまして、え、11月6日もは、 えっと、主に春と夏と秋に3回ぐらい、 えっと、整備をするんですけれど、え、 整備をした上で、えっと、連月筋を植えて 、え、住人が汗を流したということですね 。これ、あの、ま、やっぱり最初の頃は、 え、あまり、えー、ま、ツアーは、え、 なんて言うんですかね、え、集まりは 悪かったんですけれど、えっと、徐々に、 え、お客様が来るようになりました。で、 ただですね、やっぱり食単体のツアーだと なかなかあ、最近はサスナブルだとか色々 なこともあるんですけれど、え、なかなか あ、 原村まで足を運んで交通費を払払ってきて いただけない。じゃあどういうようなお客 様が来るのかと言うとですね、長期滞在 例えば1週間、えっと、ホテルに滞在して 毎日こうどっかの切り紙峰だとか八ヶだと かそういうところハイキングするような そういうツアーがあるんですけれど、え、 それのガイド自体は私がになっていて、私 との会社がっていて、え、毎日一緒にお客 さんと回るんですけれど、その中の中火 みたいな休みの日があるんですね。今日は 中火でお休みですよっていう時に、え、 こういう食事の、え、アトラクションと いうか、あ、がありますとおどうです かっていうお誘いをするとご参加して いただいて1時間ぐらい一緒になって、え 、木を植えてそれで、えっと、ま、次の日 はまたハイキングをするんですけれど、後 からあのアンケートを見るとですね、え、 食事が1番楽しかったっていう、そういう 、え、ことがあるんですね。要は自分は 旅行で来て、ま、もう飲み散して、ま、山 歩いてそれで帰るだけだと思ってたんだ けど、えー、なんて言うんですかね、 ちゃんとこう山に恩返しというか、えー、 そういうものが今回できた。そんなことが できるとは思わなかったのにできたって いうことで、非常にあの、公表を得たりと かですね。あとは企業さんの、え、小談会 を原村でやった時に、え、その中の一部に こういうような、え、プログラムを入れ させていただいて、え、食事していただい たりとか、そういうような形でですね、え 、意外と、え、そういうプログラムを きちんと持ってるということが、え、この 地域のあの、非常になんて言うんですかね 、ステータスになってるようなところが出 てきたので、え、これを続けてます。え、 その他にもですね、えっと、来週には インタープリ、え、の講習会、それから 12月には、えっと、ガイドは色々な法律 と旅行業とか法律にあのかかってくる仕事 なので、ま、違法にならないようにそう いう講習会を実施したいということをして ます。 で、え、 ま、ガイドはですね、なかなかあの、要請 したらそれでおしまいというわけではなく て、やはり学びとそれからもう1つ仕事 っていうこう両輪がないとなかなか、え、 続いていきません。ただ、え、私どもの 場合は非常にこう 、ま、補助金をもらえたりとかですね。 それから、えっと、タイミングよくお仕事 が入ってくるようなことがありまして、 大変正活動しております。ただ、えっと、 そうは言ってもですね、色々と問題もあり まして、え、それがあの私が今度今年から 内田君と一緒に始めた、え、観光客という ところのミッションになります。え、以前 ですね、ちょっとなるべく短く言いますが 、えっと、海、海ですね、えっと、山じゃ なくて海のガイドさんから、え、指摘を 受けました。曰くですね、え、山のガイド は山の上だけで経済活動を回してるんで、 ちっとも里にもお金が落ちてないだろうと 。海のガイドっていうのはもうちょっと こう漁行だったりとか、え、経済活動が下 に、ま、人のなんて言うんですかね、え、 活動の中にちゃんと入ってるんで、え、 ちゃんと、えっと、地元にお金が落ちる 仕組みになってるよ。非常にあの厳しいご 指摘を受けてます。で、え、 原村観光局というのをやっていかないと いけないので、え、現在は、え、登山 ハイキングだけじゃなくてですね、え、 サイクリングガイドツアーだとか ハイキングイベントなんかを大手の 旅行会社さんと組んで、え、実施し始め まして、え、なるべくあの村の方に経済 効果が出るようなそういうような活動を 実施しております。え、 内田の方からも話がありましたけれども、 原村は大変標がたところにあるので、え、 夏の霊量で、え、涼しい、え、ま、気候 ですので、それを大きなアドバンテージと して、え、ま、夏のアクティビティを展開 していきたいなという風に思っております 。え、そのような形でですね、多くの関係 人口というかですね、えっと、ガドを 増やして、え、これから、え、原村観光と いうのを、え、回していきたいという風に 思っております。えっと、この後ちょっと 、え、うちの方から原野観光について ちょこっだけあの、え、説明をさせて いただきます。ありがとうございました。 ありがとうございます。 一旦ここで次さん拍手コロナが皆さん拍手お願いします。 あ、はい。 ありがとうございます。ちょっとあの質問も頂いてますがそれは後でちょっと答えしたいと思いますのでえっとですね、観光局についてはさらっとやらせていただきますと うん。 実はあのできたのがで今年の2月末という ことでえっと実は言いますと ちょっと前までは実はこえっとですね観光 連盟とややこしいんですけど観光連盟って いうもので法人格ではなく役場がまこう 運営するようなものでした。で、その実は ですね、それが、ま、その詳しい話しない んですけど、最初は1番最初は民間の観光 の事業者だけど途中でそれがこう続けられ なくなったという背景もあって、10年、 10数年前にですね、役場の方でやって 欲しいということで初合間交換の方でやっ ていたと。ただそれは一時的にやるんだ ぞっていう話だったんですが、それがもう 10数年それが続いて、あの、そろそろ 買えなきゃねって話もあったというのと、 あといわゆるDMOですね。そういった、 あ、観光であのお金を回していこうぜと いうそういった流れも組みろうとする中で はなかなか役場が絡んでるとそれができ ないという背景がある中で準備委員会あと あの検討委員会っていうのを立ち上げて なんとかここまであの立ち上げたという風 な背景がございます。で、形式としては 一般社団法人ということでは実は特にお金 はいいておりません。皆さんの民間のあの 皆さん副業なんですけど理事になってる方 がもう本業があってその先でえっとま、 こういう応援をしたいということで理事に なられてそこであの収集金融みたいな形で お金を出してやっていくという形になり ます。ま、ですので簡単となかなかまだお 金がないような状況でして、リ務局もです ね、現状今私地域プロジェクト マネージャーあとあの会計年度職員さんで 地域協力隊が2名ということですが、あの 、ま、そういった実はこの国のお金などを 使いながら、えっと運営してるというよう な体制になっています。 事業目的としては原村の自然環境観光文化 資源の活用して、ま、離続可能な観光進行 や地域への活性化を図る、ま、いわゆる 観光地域を推進するということを ミッションにしています。で、ちょっと ビジュアルで、え、ご説明すると4本の柱 を軸に観光地域作りを推進しています。 まずネイチャートラベル部会と先ほど石川 からもございましたが山に登ってバスで 降りて電車に乗って帰るではなくそのバス で途中で例えば温泉でえっと下車して温泉 に使ってで宿泊をしながら夜は星皿を 楽しむみたいにこう1番メインの登山と カエルのその間をのメニューを作っていく というようなことをここでやっていきたい なと考えております。で、またあの ネイチャーとなるとどうしも自然観光 みたいなイメージもあるんですが、ま、 文化的な側面もえっとやっていこうという ことで、えっと、ま、先ほど私やってる ような旗の推進みたいなああいった体験 プログラムを入れていくことで、あの いろんな逆草をこう持ってこれるかなって いうことも考えています。で、2番目が ですね、観光プロモーションということで 、主にはSNSの運用であったり、ま、 原村のブランドイメージを情成していくと いうことをやっていくと。で、え、現状 どうなってるかというと実はバラバラバラ といろんなあの情報媒体でしたりあの パンフレットがあるような状況なので、 えっと、まだなかなかできてはいないん ですけど、それを統一化することを一応 目指して、ま、動いてるような状況です。 で、続いて、あの、地域作りの側面ですが 、え、地域連携街づり部会ということで、 この村のキーパーパーソンを集めたボード 会議っていうのを運営しております。で、 この真ん中の青い服を着たかったが確か 村長さんだと思うんですけど、ま、村長 さんもいて商観光の課長もらっしゃって、 で、さらにですね、あの、温泉の1つあの 旅館があるんですけど、そこの事業者さん でしたり、ペンションの、ま、オーナー さんなどなど、ま、観光に絡む民間の方と 、ま、行政のトップ、ま、行政のあの、ま 、過剰というのをこう横にするようなボト 会議を実に月に1回必ず開いています。 この場でかなりこうどうを決めていくんだ みたいなこ行政的な話もあればイベントで こういったことが足りないんだみたいな この現場の話が出たりとなかなかこう すごくいい連携ができてるなと考えており ます。で、最後に文化イベント部会という ことでどちらかというとあの地域行事、 季節行事今までやっていたことをま進する ということですが単にそれやるだけではお 金っていません。例えばこの改ざ祭という のではですね、今まで登ってこの 2800m 、2805の網田だけに登って上で信じを 行うという改善祭があるんですが、登っ たらですね、皆さん記念品っていうのを 渡しますと、じゃあその財源はどうするか というと、村のお金だったりしてました。 で、実はですね、今年改ざさを行った時に は手ぬいを配りました。ま、ただですね、 この手ぬいは有料にはさせていただきまし た。登った方は1000円で買えました。 で、ただこの階談祭が終わった後にはこの お店で1500円で買いますみたいな形で ちょっとだけこうプレミアをつけるという ことで、えっと結果的にはですね、かけた 金額がまるまる返ということでですね、 えっと、ちょっとだけ本当にちょっとだけ お金を取るだけでもこんだけ回せるんだっ てことを、あの、この観光客でやらして いただいています。ま、まだまだスモール スタートではありますが、こんなところで 、えっと、原村の観光を民間の側面からも そう推進しているという話をさせて いただきました。 はい、私から以上になります。ご視聴 ありがとうございました。
「日本で最も美しい村」連合では、加盟する町村地域が取り組む先進事例や重要施策などについてをオンラインで学びあう場としてオンライン大学を開催しています。
■講師:長野県原村
原村観光局 代表理事 石川高明 様/理事 内田将大様
■講義テーマ
①自然アクティビティによる関係人口拡大の具体事例紹介
②一般社団法人原村観光局の紹介
■今後の開催予定
北海道京極町(2025年12月)
兵庫県香美町小代(2026年1月)
愛媛県上島町(2026年2月)
福岡県東峰村(2026年3月)