#レトロ客車 と #貨物列車 が播磨路をトコトコ走っていた #廃線跡 兵庫県加古川市と播磨町 別府(べふ)鉄道跡を全線走破

[音楽] あ 。 あ、あ [音楽] こんにちは。小です。本日もご視聴 ありがとうございます。JR 山陽本線加過川 駅にやってきました。 加川駅はJR 山陽本線と加川線の接続駅となっていますが、かつてここから国鉄高さというのを南にました。今日は国鉄高さ川の次の駅口から [音楽] [音楽] Fまでいた F 鉄道という鉄道の線を巡りたいと思います。 それでは本日もよろしくお願いします。 [音楽] 本日も横場をご利用いただきまして ありがとうございます。このバスはです。 途中お降りの方はお近くのボタンでお知ら せください。次は商行会議所前 [音楽] [拍手] [音楽] 旧国鉄高さ線野口駅後っていう日があり ます。 これが当時のホームの後かどうかは ちょっと定かではないんですが、え、ここ に野口駅の駅名表、そして車両の代車が 置いてあります。 高さ線野口駅の歴史 大正2年12月1日晩州鉄道加川町高口間 海通寺に開業しました。これが高さ線の 期限です。大正10年9月3日にはこの 高さ線と結ぶ形でベ府京弁鉄道土口駅が 開用しました。この野口駅のホーム、え、 一面2線のホームですが西側のホームを 国鉄高さ線が、え、使用し、そして東側の ホーム1面をベ府鉄道が使用していました 。必ず高さとベ府鉄道のディーゼルカーが 連絡していたという扱いになっていたと 記憶しています。 今日はこの大正10年にこの駅にやってき たベ府警弁鉄道野口線後のベ府鉄道の配線 跡を巡りたいと思います。 [音楽] 野口駅跡から200mぐらい南に歩いてき たでしょうか。すぐのところです。 この場所から始まっているのが松の小道と 言います。 これは、え、鉄道野口線の後地を利用した U歩道になっています。この小柳公園と いうところ口 [音楽] 駅の後から 美鉄道の配線後が ずっと山陽伝鉄ベ府駅のところまでU歩道 になっています。まずはこのU歩道跡を 巡ります。 F鉄道はこの辺りから高さ線と分かれ、 次第に向きを 東の方に向けます。 ベ府鉄道野口線は現在の山陽伝鉄ベ府駅を くぐり、さらにその先 ベ府という ベ府鉄道のターミナルまで野口線が走って いました。 先ほどのU歩道の入り口から300ぐらい 歩きましたでしょうか。いかにも配線跡と いう緩いカーブが続いた後、そろそろ路線 の向きが南頭に向いている辺りです。ここ でベ府川を渡ります。 この鉄橋はおそらく当時のベ府鉄道の撤教 を、え、そのまま流用して今はU報道に なっていると思います。 ベ川へ水を流すための女流施設作っていた ようですね。配線後はここからほぼ まっすぐ南東に伸びてベ府方面に向かって います。 [音楽] [拍手] [音楽] [拍手] [音楽] 野口駅から1.2kmほど歩いたと思い ます。 配線跡の横に小さな公園ができています。 こちらの公園がかつて延長寺という駅が ありました。 先ほど夕歩道が直線になった藤原制作所前 という駅があり、そして2つ目の駅が 延長寺です。かつて置いてあった起動車2 号が生態保存されています。ボランティア の皆さんによる努力の玉物です。私活動を 行っている時は車内の見学もできるよう です。詳しくはインターネット F鉄道規2を守る会 ください。 長さ13mほどの起動車ディーゼルカー ですね。 [音楽] 野口駅跡から1700ぐらいでしょうか 歩いてきました。今振り返ってみています 。え、言うほどには距離が書いてありまし て、ここ1500となっていますので、ま 、プラ200、1700mぐらいの地点か と思います。 で、道の方北製から 南東に向かってほぼまっすぐ続いている 場所ですね。踏切り跡の線路がここだけね 、しっかり残っています。え、野口駅から 見てこれが、え、残ってる線路初めてじゃ ないかなと思うんですけど、未だにここに ね、線路残してくれているのがね、 とっても嬉しいですね。それではこのまま 南頭に伸びるこの線路引き続きですね、え 、ベコに向かって歩いていきたいと思い ます。 [音楽] 野口駅跡から2kmほど歩いてきた でしょうか?国道に行き当たりました。今 振り返ってみています。 国道の速度をここで渡っています。 一旦夕歩道が途切れますが、このまま直線 で向こうに小立ちが見えます。あちらの方 にU歩道は続いているようです。斜めに フェンスが取ってますね。この部分、この フェースの手前がね、愛せ後だったんじゃ ないかと思います。 北道を渡り切りました。U歩道が再び 始まっています。1900というマークが ありますのでプラス200m足しますと 野口駅からすでに2km以上は歩いてきた ことになります。まだまだ真っすぐな配線 という歩道が別府に向かっています。 まっすぐに続く直線区間をずっと歩いてい ます。 少し、え、休憩所が見えます。こちらの 休憩書が以前堺という駅があった場所に なります。え、この辺は街中にありまして 、以前から、え、利用者が多く、元々地元 住民の正願によってですね、出来上がった 駅と言われています。まっすぐ続く直線場 。まだまだこの先続いています。 道のマークは2200とありますので、 野口駅から2.4km程度の場所じゃない かと思います。先ほどの堺の駅跡から さらに150mぐらいですかね、歩いてき ました。ビッグアップの駐車場になって いるところです。こちらで、え、道路と 交差しますが、嬉しいですね。2回目の 線路の跡です。40年以上経ってもこの ようにね、線路の跡が残っているという ことはね、本当に嬉しいです。ここに鉄道 が走っていた証ですね。 そしてさらに夕歩道は向かって直線で続い ています。引き続きこの先を進んでいき たいと思います。 [音楽] 今振り返ってみています。 え、大きな道路1つ渡りました。残念 ながらこの踏切り後には線路は残されてい ません。そして小さなベンチが1つだけ あります。 ここはかつて、え、ベ府口という駅があっ た場所です。 このままベコに向かって歩いていきます。 王子緩く南にカーブを切っていますが、え 、山陽電車ご利用の方はご存知かと思うん ですが、周囲の駅は非常走っている線路が このベの駅だけ山陽電車なぜか昔から高架 になっています。 え、なぜ公開になっているかと言いますと 、え、鉄道の場合、先に開通した鉄道が 地面を走っていた場合、後から回通した 鉄道がそれを避けるように上か下を通る ことになっています。 で、そのためベ府鉄道の開通が早く、山陽 電車の開が遅かったため、産山電車はここ でベ府鉄道を避けるように効果になって いるわけです。新幹線の効果を過ぎた ところに山陽電車の効果、そして山陽電車 ベ府駅があります。 で、2025年からは特急電車もね、 止まるようになりまして、ベ府は便利に なりました。 山陽電車とベ府鉄道が交差していた当時の コスが忍ばれるこの立体交差です。 周りの石垣きなどはそのまま残されてい ますね。 そしてU歩道は間もなくこの先で終わりと なります。もう少し別府に向かっていき ます。 え、山陽電車ベ府駅。 そしてその駅のホームの真下にあるのが このベ府鉄道の配線跡。今振り返って見て いる状態です。え、ここをね、機動車 ディゼルカーとかね、その昔は貨物列車も 走っていたということがね、懐かしく思わ れます。今振り返って見てる辺り道路 こちら側半分がベ府鉄道野口線の廃車跡を 転用しています。そして今は駐車場に、え 、消えてしまっているんですが、この南側 のこの辺りですね。この辺り、ここで分岐 したベ府鉄道は山陽本線の土山駅に向かっ て土山線というのが伸びていました。大型 商業施設の南側までやってきました。今 振り返ってみています。こちらの道路の右 半分が配線後と思われます。そして今も ベ府鉄道という看板が見えますが、現在も ベ府鉄道はタクシー会社として存続してい ます。 さて、今ほどのベフ鉄道の看板の、え、道 を挟んで東側、向い側です。え、こちらに 何か建物の、え、基礎の後のようなもの。 そして右に視線をずらしますと石垣と手前 に斜めに切れている石垣きですね。 ここにベコの駅舎があり、そしてここらに ホームがありました。1面1線のホーム、 そして左側に何本も速線が伸びていまして 、このベ府鉄道のタクシー駐車場になって いる辺りが、え、車高なんじゃないかなと 思います。南の方に視線を向けますと、 この先に滝科学という工場があって、その 先は入れなくなります。この滝科学という 科学肥料会社が、え、かつて自社の製品 などを全国に発送するために、え、国鉄 当時は、ま、小戦ですけれども、大正時代 に貨物列車を、え、全国に送り出すために 作り出した、え、自分の会社が中心となっ て出資して作った会社がこのベ府鉄道でし た。 [音楽] 先ほどのベ府駅から再び北に戻りまして、 今度は土山線後を辿っているんですが、え 、今気がつきました。この道路横 隣の田ぼ跡とね、不自然な空地がありまし て、今畑になっています。え、広告看板 などはね、道路から一定の距離を置いて 立てられているんですが、もしかしたら 先ほどのホームから考えまして、そんなに 広いホームでもなかったと思うので、この 畑の後が配線後なのかも分からないですね 。何しろ40年以上の前のことで、 ちょっと定かではありませんが、今気が つきましたのでレポートしました。 から土山線後を辿っています。分岐は あそこの駐車場の向こう側が分岐なんです が、 野口線と別れた貨物輸送を主体とした土山 線はこちらの方にやってきます。現在は 道路跡に転用されていますが、この緩い カーブいかにも配線跡という感じです。 徐々に右にカーブを切りながら次第に東 方向 JR山陽本線土山駅方向に向かっています 。 F鉄道のマークをつけたタクシーが 走り去っていきました。 [音楽] こちらが土山線と山陽伝鉄が一体交差して いた場所です。 先ほども言いましたように鉄道は先に開業 していた鉄道が地兵を走っている場合後 から開業する鉄道は上か下にえそれを避け て立体交差をする約束です。 道路はここまで2車線なのですがF鉄道は 単線でしたので配線後を転移用した道路は ここで硬化しただけ狭くなっています。 北側交互通行運転手様をお互いに気をつけ ながら通ってくださいね。ということで 信号もありません。 このレトロな山陽電車の効果下をくぐり ます。 [音楽] そしてこの石垣の効果を抜けると道路は 再び2車線になって緩く右カーブ東へ 向かっています。 ベーサラ家 という看板になっています。ため池です。 張間地域のこの辺りはため池の多い地域と しても知られています。そして豊かな国総 地帯をベ府鉄道。そして今は山陽新幹線や 山陽電車が走っています。鉄道の配線後を 転用した道路はカーブを終えるとまっすぐ 東方向山陽本線土山行き方向に向かってい ます。先ほど野口線で北äから南東に向け て道路を渡った国道、今度は西から東に 向けて道路を渡ります。今振り返って西 方向を見ています。そしてさらに思い出し たことがあります。この国道が廃線跡を 渡っている高架橋野口線跡そして津山線跡 どちらもF鉄道をまぐためにここは高果に なっていたと思います。そして上り線側 だけになって、え、下り線側はこれ準備 工事でね、供客だけできていますが、下り 線側も後にベ府鉄道をまたぐ予定にしてい たものが、ベ府鉄道が廃止になってしまっ たために結局下り線側効果が作られず平面 のままになったのと思われます。え、JR 山陽本線土山駅方向にさらに向かっていき ます。 [音楽] 今振り返ってみています。え、国土250 号線から引き続き西から東に向かって配線 後転用された2車線道路を歩いています。 以前から釣られているんですけれども、 こちらの方にね、貨車は124。これも おそらくボランティア団体の皆さんがね、 綺麗に整備されたんじゃないかなと思い ます。工場がありますが、こちらが川崎の 工場です。バイクで有名な川崎ですね。 1981年、え、神戸ポートピア81 ポートピア博覧会開催に合わせて改業した ポートライナーを作った川崎がですね、 こちらの工場の中に、え、ポートライナー の実験線を作って、え、海洋前の試験走行 をしていたと言われています。 F鉄道土山線は滝科学の製品や原料を国鉄 と、え、貨物のやり取りをすることが主な 目的でしたので、土山線の運行本数はそれ ほど多くありませんでした。 しかし地元貢献のために予客輸送も行って おりましたので貨物列車の 後ろまたは前に 大正時代の木星のレトロな客車1両を つなぎお客さんを乗せて走っていました。 貨物列車の後にレトラな客車をつなぐ風景 は非常に珍しいものであったため、今や レジェンドと言われています鉄道家の皆様 がこの辺りでこの不思議な風景を撮影した 写真が今でも残っています。 今西の方を振り返って見ています。 え、土山線の配線跡を転用した道路はここ で終わりです。 ここは 大中遺跡公園という場所になります。 ここからは再び廃線後は出会いの道という 流歩道に変わりました。 [音楽] 張町強度資料館の裏手にやってきました。 ここに生態保存されているのが ベフ鉄道で使用されていたDC302 ディーゼル機関車。 そしてその後ろに繋がれているのが ハフ5、ハフ5型というレトロな客車です 。 客車の中見学できるので入ってみます。 お邪魔します。 [音楽] はい。木星のレトロな客者ですね。え、 対象時代の作りだったですか? F鉄道の案内とかが残されています。 レトロな客者です。 [音楽] [音楽] お腹遺跡沿いのU歩道を歩いてきました。 ちょうど公園の中を配線後が、え、抜けて います。今振り返っている状態です。 え、そしてこの公園が終わりますとこの ような釣り橋があります。この橋は かけ替えられてると思いますが、え、この 橋じゃないこちら側にね、配線跡が続いて います。 地元の方に教えていただきました川の 真ん中にちょっと流れの変わった席のよう なものがあるのですが、これがちょうど 線路跡じゃないかなということで、え、 確かにここにね、鉄橋がかかっていた後な のかもわかりません。 え、そんな場所でした。土山駅はあと 1kmぐらいです。 え、出会い橋という橋を渡りますと、 引き続き歩道が続いています。え、もう 夕方になってきました。地元の方が たくさん散歩していらっしゃいますが、 この、え、U歩道が配線後だと思います。 大中遺跡という、えっと、50の塔ですか ね。これはベ府鉄道が、え、開通していた 頃からあの50の塔があって、この塔と 一緒に写真を映されていた、え、 レジェンドの鉄道写真家の方も多かったか と思います。 [音楽] 今振り返ってみています。廃線後公園の横 ずっと東に向かって歩いてきました。 夕歩道は続いていますが公園はここで 終わりになりまして、え、団地や マンションが駅の方まで続いています。 このマンション街を抜けると土山駅となり ます。 西の方を振り返ってみています。もう すっかり日が暮れてきました。 え、カメラ左の方マンションの横緩い カーブが続いている場所が今歩いてきた ベフ鉄道土山線の配線跡です。そして右側 、え、伏線が見えております。こちらが 山陽温泉になります。 そしてこちらが東側になります。山陽本線 土山駅があります。ホームの横にベ府鉄道 のホームがあり、貨物輸送のために渡り線 が作られていました。 [音楽] JR34本線土山駅です。 [音楽] この山陽本線のホームの南側、この辺りに ベ府鉄道の駅がありました。 今はすっかり開発され、南ロータリー、 そして商業施設などが並んでいますが、 以前はひっそりとしたベ府鉄道の駅があっ たと記憶しています。ホームなどは後方も ありませんが、この辺りにベフ鉄道が入先 していました。そしてこの先で、え、国鉄 線との受け渡し線があり、貨車のやり取り をしていました。そんな土山駅です。 [音楽] ということで小ズ散歩、今日は夕暮れの 土山駅南口からお別れとなります。 動画を最後までご視聴いただきありがとう ございました。 よろしければ高評価そしてチャンネル登録 もよろしくお願いいたします。 また次の動画でお会いいたしましょう。ご 視聴ありがとうございました。さようなら 。 [音楽] [音楽]

大正10年から昭和59年冬まで兵庫県の播磨の田園地帯を走っていた「 #別府鉄道 (べふてつどう)」 #野口線 #土山線 の廃線跡を歩く。
#遊歩道 と ボランティアの方による #気動車 の静態保存 そいて #踏切跡 に残された線路。
かつて賑わった駅舎はもう土台だけだった。
#貨客混合列車 が走っていた路線には、#静態保存 も。
忘れ去られようとしている播磨の鉄道史を振り返る。

●訂正
11:28 モノクロ資料写真 ×「1984年2月」 → 〇「1984年1月」

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●インデックス
01:00 加古川駅
01:39 かこバスに乗車
02:15 旧高砂線 #野口駅跡
03:48 #松風こみち (野口線廃線跡)入口
05:29 別府川にかかる鉄橋
06:41 #園長寺公園 ( #キハ2号 静態保存)
08:15 踏切跡の線路(1)
09:43 #坂井駅跡
10:35 踏切跡の線路(2)
11:08 #別府口駅跡(山陽電車との乗り換え駅)
12:40 山陽電車との立体交差跡(1)
13:18 #山陽電車 別府駅付近(松風こみち出口)
14:05 #別府港駅跡 付近の様子
16:41 土山線跡を辿る
17:30 山陽電車との立体交差跡(2)
18:44 ため池地域を走る山陽新幹線
19:15 #国道250号線 が、片側だけ立体交差になっている訳は…
20:29 道端に保存されている貨車と #ポートライナー の実験線があった #Kawasaki 工場
22:25 #であいのみち 入口 (#大中遺跡公園 )
22:55 機関車と客車の静態保存 (#播磨町郷土資料館 )
25:00 土山線の鉄橋の跡 (#であい橋 )
25:50 五重塔がある公園と団地を抜ける遊歩道
27:00 であいのみち出口(#山陽本線 と合流)
27:24 土山駅周辺の様子~エンディング

◆参考ページURL
かこバス【加古川市】
https://www.city.kakogawa.lg.jp/soshikikarasagasu/tosi_kekaku/tosikekakuka/kotsuseisaku/communitykoutuu/1438301129725.html

松風こみち【加古川観光協会】
https://kako-navi.jp/spot/18995.html

キハ2号を守る会
https://kiha2restore.jimdosite.com/

播磨町郷土資料館【播磨町】
https://www.town.harima.lg.jp/kyodoshiryokan/kanko/kyodoshiryokan/shiryokan.html

であいのみち【播磨町】
https://www.town.harima.lg.jp/doboku/shisetsuannai/kouen/deainomichi.html

BiVi土山
https://www.e-bivi.com/tsuchiyama/

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