【4K動画】【江戸元禄時代の兜造りは迫力の曲り屋建築~島家住宅】茨城県城里町は茶畑が広がるのどかな山里。そこには地域ボランティアの方々に大切に守られる郷土の暮しと古民家がある。兜造りは圧巻の大迫力!
曲がり屋の部分がカブト式になってますね 。 うわあ、立派なカブトだ。 すごい。 あ、かに火を入れていてますのでね、 ちょっと見てみましょう。うわあ、いい ですね。 久しぶりにかの火を見ます。 300m先右方向です。その先目的地付近 です。 [音楽] [音楽] 到着しました。すごい。はい、皆さん おはようございます。 いやあ、さて、ここはどこでしょう? 茨城県は 白里町にやってきました。 ああ、もう山合、山の中の久しぶりに本格 的な小民家に挑戦です。ここにですね、 登録有計文化剤のコミカがあるんですよね 。ほら、見えてきましたね。わあ、すごい 。 マガリア風の 建物。江戸時代の建物ですね。ちょっと じゃあご挨拶してから行きましょう。 すでに2、3週間前にお電話差し上げてご 了解をいただいております。 ご担当の方にね、え、撮影と YouTube 投稿の許可をいただきました。うわあ、 素晴らしい曲がり屋ですね。 とりあえずここに アンラがありますので読ましていただき ましょう。 国有計 文化罪島住宅住宅住 住宅主はと鎌谷がそれぞれ別に設けられた 文島型民家の系統に属する曲がり屋で鎌屋 の東南部には内馬屋が設けられています。 上がりの難面屋根は前株式に切り落とされ 、縦具前には甲子が立てられています。 建築時期についてはどまの柱や針を 取り替えた際に原力 1688年から1704年の期間ですね。 天の年合が入った住所が見つかったと言わ れていることからその時代に立てられた ものと推測されます。建築から320年 以上が経過しており、茨城県内で国有計 文化財に登録されている住宅の中では最も 古い建築物です。この住宅には江戸時代 から明治初期にかけて代々翔夜を務めた いで家が昭和初期まで居住していましたが 、その後島家の向ことなった三難之助 一家が移り住みました。島三之助は昭和 初期に最高村の村長を務めています。 昭和50年頃までは住居として利用されて いましたが、その後秋屋となり、平成28 年8月に白町に起造されました。そういう 風に書いてありますね。あ、もう白里松に 起造されたんですね。はい。こちらあの 移住された方も含めてですね、地元の方 いろんなことをやってるみたいですね。 待ち起こし のイベントをですね、どうも来週もね、 イベントがあるらしいです。今日はその 準備でね、え、皆さんいらしていましてか に火も入れてるようですのでその辺も見て みたいと思います。 白里町はこのようにですね、茶畑が広がっ てるんですよね。お茶の生産地になります 。いや、いいところですね。 私も2、3年前にこの近くにあの触れ合い の里ってありましてね、そこでキャンプを やった記憶があります。なかなかいい街な んですよね。 [音楽] さあ、それでは おや 行ってみましょう。 [音楽] いやあ、いいですね。 曲がり屋の部分がカブト式になってますね 。 うわあ、立派なカブトだ。 すごい。 いやあ、 よく残しましたね。 [音楽] いや、素晴らしい。 [音楽] じゃあ、こちらからちょっとね、 ゆっくり見ていきましょうか。外からね。 うわあ、いいですね。 ほお。 胸の飾りは何て書いてありますかね? 水の身と書いてあるような感じがしますが 。 いやあ、いいですね。ええ、 ま、ちょっとか屋のね、厚さはまあ少し 薄めに吹いてありますけれども、 こちらの方向がほぼ南に向いてますね。 ほぼですね、南です。 [音楽] さて、そしてこちらがカブト作りの 曲がり屋の部分ですね。 ああ。 いやあ。 こちらの胸飾りは竜の感じですかね。 [音楽] いやあ、これなんかいいですね。 ああ、 出窓がね、なかなかモだな感じで作られて いますけれども、これは後年付け出した ものかもしれませんね。 はい。どうしてもね、マガリアの場合は ここに 甘盛りがするんでね、甘いを大体つけるん ですよね。 ああ。 いや、もう季節的にね、紅葉が 綺麗ですね。 今日はもう最高の天気です。 [音楽] ああ、手袋も付いてたりするんですね。 あ、これは土台があれですね。 木で 土台を のき下のランマもいいですね。 そしてかなりのが出てますよ。 うーん。 [音楽] じゃあこちらからちょっと入らして いただきましょうか。 おお。 へえ。 ああ、この土壁もいいですね。 いやあ、 ちょっと感動しますね。おお。 ああ、なかなか ああ、掘ってありますね。 え、シャれた作りになっていますよ。 あ、ここがちょっと、 あ、これは増築したものでしょうね。 トイレかお風呂かという感じでしょうか。 ふーん。はい。北側に 出てきました。 ま、でも 風を通すためのこういうね。ああ、 これ何度かなんかが奥にありますかね。 うーん。北側はもうこのように。 よいしょ。か屋が吹き下ろしになってます ね。かなり下の方まで下ろしてあります。 [音楽] あ、これが出窓になってますね。これは なんかは 増築、解築したものだと思います。 ええ。 あ、いいですね。これは 、これは何でしょうかね? ああ。 うーん。 うわあ。 はい。このように1 周回ってきましたね。風呂のカ。ああ、これ同じようなやつが両方 [音楽] 2つありますもんね。 ああ、このうちがね、お風呂でね。ああ、 [音楽] だから後から取れた。 ああ、これはね。ああ、ここ外で風呂入ってたんでしょうかね。 [音楽] この裏も、 あ、裏にも、 あ、内側にあるんですね。ね。あ、五衛モンブロが。へえ。燃やす巻には不足はないですね。それでは曲がリアのところから入らしていただきましょう。ああ、これが口ですね。 [音楽] [音楽] ほあ。いやあ。ああ。ああ。いいですね。ええ。 [音楽] あ、結構大きな針もこずっと通ってます。 ええ、 桁が12344 本が見えますかね。 はい。ここに大きな 緑り端がこう ありますね。 おお、立派な色りですね。おそらくこれは 元々はなかったんだろうと思います。増築 したんだと思いますけれども。 いや、いいですね。 ああ、 [音楽] やっぱり 住んでられたということでね、 [音楽] 実際にこういったのも これはおそらく 対象時代あたりにね、導入したものだと 思いますけれども いやああ、いいですね。いいですね。 なかなか。さあ、そしてこちらが お風呂ですね。ああ。 はい。ちょっと上がらしていただき ましょう。ええ、 五衛もブ呂になってますよ。五衛もの外側 にタイルをね、貼ってますけど。うーん。 [音楽] いやあ、いいですね。へえ。 いやあ、 これがちょうどこの表の [音楽] ここの煙に繋がってるわけですね。 さあ、そして 曲がり屋ですから馬屋があるはずなんです ね。馬屋がよ。さあ、馬屋がこちらですね 。 おお。 いや、ありました。 ああ。 はい。馬やです。 ええ。 あ、この辺のね、馬屋の名残りですね。 こういうのね。 え、 [音楽] それではちょっと中に上がらせていただき ます。 ええ。うわあ。 大きな 差しか思いがドーンとっあのねかカモいに乗ってますね。こちらもそうですね。お腹持ちがいっぱいありまして。おお。 [音楽] [音楽] [音楽] これは神棚だったんじゃないですかね、 きっとね。 うー。 いや、立派な作りですよ。 [音楽] そしてこの奥に入っていきます。 おお。 さあ、こちらが うーん、 収納があって、 ああ、 6畳の部屋になりますね。 ふー。 内煙も結構しっかりと。 このランマもいいですね。さあ、そして こちらが おそらく客になるんでしょうね。 ああ。 あ、このくみ粉のランマもいいですね。 へえ。 [音楽] キラシ員になってますね。 で、との間がありまして うーん。おお。柱 [音楽] も立派なものが付いています。うーん。 あ、投げしも一面に貼ってあります。 ああ、 釘隠しですね。 [音楽] いや、元々あったんでしょうかね。こう いうラジオ。ビクターのラジオだとか。 おお。三菱。へえ。 三菱製のミシンですね。 そしておそらくこちらに 川屋があると思うんですね。行けるかな? ずっとね。あ、 はい。こちらにか屋が こういう風に付いてますね。うーん。 使えるのかどうか。 あ、これは近連増築したものですね。 ふーん。 [音楽] いや、のどかでいいですね。 このようにね、がこう出てますからね。 [音楽] こちらに部屋がね、こうあるんですけど、 ちょっと入れませんけどね。ああ、この 並みも3部屋ありますね。 入ることはできませんけれども、ちょっと ね、かなり痛んではいますが、大状態で 住んでた感じがしますね。 [音楽] マジに簡単して はい。 で、ここに植えちゃったとに読んだと思って [音楽] ああ、歌に呼んだ。三国にこがね、歌に読んだと言われる人だから もっと栽培して広めないとダメだよってことで、で、今のそのフルーツの産地が起こるきっかけになったと言われ [音楽] はい。この辺がね。 はい。 初音という銘柄。 あ、そうです。 ですね。 初音。 え、初音茶。 はい。 これが水戸校肛門のゆかりのお茶なんですね。はい。 [音楽] え、分かりました。 これお茶の花なんですよね。あ、そう、そう、そう。 [音楽] 島家のお墓がね。ああ、この奥もじゃあ敷地なんですね。いや、いいとこですね。いやいや、ちょっと後ろ姿はし家のお墓。はあ。 [音楽] いやあ、立派なですね。 ええ。 はあ。 [音楽] こういう木を立てて いい感じに作ってありますね。 地元の名さんだったんですね。 あれ?これこれは親族家族。 そうだ。入れ沢さんだ元々の入れする前のイ沢。ああ、 [音楽] ですね。 これが倉んですね。これが昭和昭和の建物ですね。じゃあ、ちょっと 1 周回らしていただいて。ああ、立派な作りですね。おほ。へえ。 [音楽] ああ、 土台の石にこれは貼り付けてありますね。 ふ。 いや、今お聞きしたらやはりね、地元の 名士さん、商やさん、ま、さん だったということなんで、ま、これだけね 、この時代まで維持 できたということなんですね。 ああ、 [音楽] の中も入れるみたいですから、ちょっと 上がらしていただきましょう。ええ。 ああ。 ちょっと階段 はしごを大丈夫かな? うわ。 へえ、こういう感じになってます。はあ。 [音楽] 祝上等昭和31年って書いてありますね。 島健一さん。 ああ、立派な作りです。 [音楽] 皆さんに本当にご協力をいただいて 自由に取材活動させていただきました。 うわあ、しかしいいとこですね。 こういった歴史的な建造物顧民家を本当に 皆さんの力で残していきたいですよね。 まあなかなかね、え、国も県も地方の自事 体も予算がねないところでどちらも大変な 思いをね、え、していますけれども さあいや今日も充実した半日になりました 。 どうもありがとうございました。じゃあ 帰りま。 [音楽]
茨城県城里町には水戸黄門様ともゆかりのある「古内茶」の茶畑が至る所に広がり、陶芸などを目的に移住が魅力の町でもあります。
その山里に佇む島家住宅は、江戸時代から続く豪農、名主の古民家邸宅で、江戸時代元禄の頃の遺構をいまにとどめています。
何といっても曲り屋部分にせり出す「兜造り」の茅葺き屋根は大迫力、必見!!!
特に注目したいのは、地域の方々の熱意ある協力による保存活動。代々受け継がれてきた貴重な建物を、町民やボランティアの手で丁寧に守り、学びや体験の場として活かしています。訪れると、歴史ある家屋の佇まいだけでなく、地元の方々の温かい想いも感じられることでしょう。
また、島家住宅は公開日が限定されることもありますが、その分、訪問者は静かで落ち着いた空間の中で、江戸期の生活様式や建築技術をじっくり体感できます。地域と共に歩む保存活動の成果を、ぜひこの動画でお楽しみください。
特別公開日などのイベントについては城里町役場にお問合せ下さい。
城里町公式サイトはコチラ
https://www.town.shirosato.lg.jp/map.php?type=0&category=5
★この動画は施設のルールに沿って撮影編集を行っています。視聴者の皆さんに施設の魅力を伝えることで、歴史的建造物の保存維持の一助になればと思い、自己責任で行っています。
施設によっては取材に一定のルールがありますので、管理者にお問合せいただくことをお勧めします。なお、当チャンネルはあくまで個人の趣味に基づくもので、収益化はおこなっておりません。
BGM】
filmora
【撮影機材】
iPhone13 Pro Max
#古民家
#島家住宅
#歴史的建造物
1 Comment
配信ありがとうございます。木造の民家が230年以上も維持されていることに驚きます。これからもっと修理修復が進むといいですね