喜屋武ぬちなひちぇー、勝利の舞が夜を彩る
[音楽] [拍手] [音楽] カチとアしのうん。 って聞いたんです。雨知って雨声。 はい。はい。 昔水が十分じゃないじゃないですか。 うん。 こっちの井戸の後は全部移戸の後なですよ。水不足だったんでそういうことでやってたんじゃないですか。 年一 うちの親でしか合わない人もいるから。 うん。 どこにいるのか。 ああ、 親戚もいるから。おじさん元気とか。 今日以前僕こっち湘南小学校航空なんですけど湘南にいた時のあいた先生が昔来て 10年前来てくれたんですよ。 この先生あの離任して最近また長内の塚山省にいるっていう情報が入って声かけたら今日も来てました。 うん。こんな感じのね前の根源ちゃんのつ引きお お本当だ。これもう40 年ぐらい前の間になるかな。 うん。 これ私が手書き現稿はあの大城和さんという初代文化センターの館長さんがキャンの人で彼と一緒に仕事してたからあの彼が全部記事を考えて私が出ようとしてで今後がない時代の彼もあの上がりので上がりではもうもちろん彼がとても情熱がすごいというのは [音楽] うん。 ま、これあれだけど私は入りのプライドがあるしみたいな。うん。 もうキャのね、面白さてのこのキャンエと 上がりうちらの上がりなんですよ。だから お家では一切こないのことは話しない。口 にしたくないぐらい別に関われたくない いうのがあの家庭事情。もう私たちが結婚 した時の時代の話をまた遡ると旦那にね 夕方から酒飲ましてに行かさないように うん。酔わせてダウンさせてそれだけで 1人行かないさね。こんな計算までする ぐらいのつき事情です。 [音楽] オい。ぱい。これなんて言ってんですけど。 って言って。 てどっ。 あ、引っ張り。 言われました。 去年の うん。 多分だから5時6時ぐらい 感染予定 今日の今日の1 日できた1 日そうそうそう 朝朝8時から始め でまで大体523mぐらい でこの1 番頭の部分はだからアがだから強い戻して アがだどれぐらいかな 60から70cmぐらいかな アが で歴の6月256 日から今年頭は土日に当たってるから ああ でこのここの辺 だからもう急力通りそこにすごくかなり似てるやつ集落があるこっちにもっとぶってる子供大だけやってる集落もあるんだけどここはもう急力歴通りにやってるからあ [音楽] あともう1 つこっちの大きい塚高山という修 ここも多分えっと旧暦通りの方でちょっと同じ町内ちょっと離れるところに宮ところ性がいるんだけど聞いたらやっぱり日曜日にやってるな 昼やってるから日 日に合わせようとかあ、時間僕たちは夜だからまた 感覚成したら見たらいいと思うんですけど例えば他の俺もあっちこっち見てるからなんだけど大体この輪かの部分あったこれちって言うですよ。 [音楽] うん。かち うん。話を頭のことを放ちて で オ、オスナと目結合してここに棒入れてオスナと目こうやって入れて棒入れてこういう形で結合する形にうん。 棒のことだからちに入れてからち棒 大体この大きさが違うだけどあとみんな大体長さとかさって同じなんだけど他の地域だけ違うんですよ。 [音楽] 細ては太くて短い 40mぐらいでこっちは52m あの魚ってるじゃないですか。 白の中で見てたら絶対魚の上がるでしょ。元々こっちは道幅も狭かったからこ作った。 [音楽] あっちは道幅が太いからひどいから作ってる。重たく作ってったらやっぱりおろしきれないから逆の立場になの砂こ持ってきてお下ろしたって言ったら絶対ろきれない。 重たいからあっちの角はだからこっちは軽いからマろってそうでも中ここ中入れ [音楽] 1本だね1本て1本1本 こうして下から通し下からお反対反対側こっち [音楽] 1人はこっち1 े 物心ついた時から小さい時からこの砂作りの時とかも遊んだここら辺で遊んだりとかしてたので昔から知って じゃ、お父さんお母さんも参加してるんで はい。 父もずっとここで参加してるし、今日は母はあの女性会の方であのご飯作ってしてます。 [音楽] キャンずっと住んできたものとしてはなんかそのつきな季節になるとなんか血が騒ぐというかなんかそんな感じで [音楽] 燃えるからそれで結ばれてるのかな? ああ、 [音楽] 作るのも 作るのもちょっとやらしてもらったり簡単なの大行事なので、ま、それを通して新しく、ま、新た [音楽] 8のボールにするか。ま、確かに上がり 入りで分かれてはいるけど、ま、同じ キャンとしても一緒に一緒に作ってるのも そうだし、ま、それでキャンの、ま、娘、 あ、ま、絆を1つにしてっていうことに なるので、ま、そういった意味では、まあ 、いいなのかなと思います。 ま、見てて分かると思うんですけど、子供、若い子供たちが参加したりとか、あとは、ま、先輩が方が参加したりだとか、もう年齢もひどいすごい広いので、 [音楽] [音楽] 地域みんなで参加できるのですかなって思っ、ま、 [音楽] やっぱりこの地域の用事ではあるんですけど、やっぱその他の地域が巻き込んでみたいなこういうやっぱり他の地域から来る魅力もあるのかなっていうあれでやっぱ多 ここに住んでて結構しいだなみたいなすごい感じてます。そうですね。やっぱ船駅とかにやるイメージがでかいんですけどやっぱこっちはもう本当に真夜中の [音楽] 11時とか夜中の11 時とかからんでもうもなかなかないじゃないですか。私まあま喧嘩なって言われるようになんかなかなか地方が入らないとか攻防線があるんですよ。 [音楽] だったりともう道も真っすぐじゃないんだ。 だったり、あと真ん中、真ん中はカーブしてる道だった。でも色々ちょっと変わってるとこがあるので、そこは是非ね、 [音楽] 1度は見てもらいたいなと思いますんで、 この言ってたんですけど、この砂引く前のやっぱやり取りみたいなちょ意気込みをちょっと威嚇の試合じゃないですけど、ま、そういうのがあるんで、そこがやっぱ見どかなっていう感あります。 [音楽] [音楽] 向こうのグループ、こっちもグループどうに分けてるか わからん。中で中間。 うん。 私と入りはじゃ文中で向こうは大城さん。こっちが大城さん。 [音楽] こっちが大城赤。 うん。 あっちが野さん。 野原。 うん。 お父さんが上がりでお母が入りで うん。 で、岡川反対側のあれ掘ってておる [音楽] かもしれなくないですよね。 去年の結果は 3連目珍しく わからん。 うまちっていうのはだから米昔はだからこの辺私なんかが揉まれた頃にもうもう田ぼとか全部なくてあの上地に変わってったりとかあの風畑に変わってたりとかでもやっぱり千人たちから聞いたら本もあって自分でわも自分たちの地域でわも作ってで米作ってでそれで常にやってたんですかぼあったよ。 [音楽] で、小学校の時は各社回って集めに ああ、 まだ1番は これの原料 うん。 で、最近までは金のやっていうところから 買ってたんですけどあ あ、そうです。 なんからやっぱり先々みと向こうも恒例だから 70畳で80 条でから多分なくなるでしょう。 とりあえずだから昔はちょっと前まで私が 小学校ぐらいの時までちょうど一回り世代 の青年の方たちがヤンバルまで行ってで 笑わも買ってから自分たちで買って トラックに乗せて持ってきたで今度はまた 金の夜はこでまとめて自分たちはトラック に乗せるだけでよかった。さっきも言った ように恒例になってきてから多分5年後 10年後なくなるはず。だから普通だっ たらもうこんな会えるんだったらなくなる はずみたいなの中だけどんでかやっぱみう だからだ。うん。ティだから上がりくない?雨上がった。 [音楽] [拍手] [音楽] しないし。 はい。 おお。 [音楽] [音楽] [音楽] [拍手] [音楽] [拍手] ा He [拍手] [音楽] [音楽] [音楽] [拍手] [音楽] 本気すぎて。 この他のところと違うでしょ。ちゃんとほら金に合わせて チームがないとかけます。 だから私たちまた途中途中で声じゃないよ。これも声を合わた。 な、あ、白の式なんか昔からのなんか流れを感じましたよ。なんか時間が同じ時間流れてるみたいな。 [笑い] [音楽] そう、そう、そう。 昔からこんなはずね。 タイムスリップみたいに [音楽] [拍手] [音楽] [拍手] [音楽] [拍手] [音楽] やられた。 あんな夜もうさ、なんて言うかな、声あげ続けた方がいいと思ったんだけど、途中からて [音楽] 開げ続けきれんかったな。これはさ、練習が必要だ。 [拍手] [音楽] [拍手] [音楽]
今回のUchinarsVoiceは、沖縄のローカルカルチャーである「綱引き」を取り上げます。
南風原町の喜屋武地区では昔から続く綱引きが伝承され行われています。
以前は沖縄の至る所で見られた「稲作」とそれにちなんだ行事が盛んでした。
「綱引き」もその名残りで、国の政策で現在は稲作文化は途絶えてしまいましたが、喜屋武では「綱引き」という形でその文化を色濃く残しています。
喜屋武の人々が守り続ける精神文化と、世代を超えて受け継がれる地域の誇りを感じていただければ幸いです。
喜屋武くちなひちぇー
(喜屋武の綱引き)
撮影日
2025. 7/6、
7/19(旧暦 6/25)
7/20(旧暦 6/25)