@K2M3Trip #平泉,#達谷窟毘沙門堂,#清水寺,#岩手県平泉町,#初詣
「達谷窟毘沙門堂(たっこくのいわやびしゃもんどう)」は延暦20年(801年)、現在の岩手県西磐井郡平泉町に、征夷大将軍・坂上田村麿公によって創建された御堂。
かつてこの地で乱暴なふるまいをくり返していた悪路王・赤頭・高丸などの蝦夷が砦を構えていた場所と言われ、延暦20年(801年)桓武天皇の命を受けた坂上田村麿公は、征夷大将軍としてこの地に赴き、激戦の末に蝦夷を打ち破りました。
坂上田村麿公は京都の清水寺を建立した人物。
蝦夷討伐には「鞍馬寺の毘沙門天より剣を授かった」「諏訪大社で戦勝祈願をしたところ馳せ参じた武者が、窟での戦いで神がかり的な活躍をした」など、各地でさまざまな伝説が残る。
京都の清水寺をまねた懸崖造りで、窟堂としては日本一の規模。
“戦勝は毘沙門天のおかげ”と感じた坂上田村麿公は、そのお礼にこの窟に清水の舞台を模した九間四面の精舎を建て、108体の毘沙門天をお祀りし、国を鎮める祈願所とした。
毘沙門天は寅年の守り本尊であり、財宝・官位・知恵・寿命・縁結び・子宝・学業成就、そして勝負事の必勝祈願など、さまざまな願いをかなえてくださると言われています。上杉謙信の「軍旗」もこの地からと言う
「達谷窟毘沙門堂」の現在の御堂は創建以来5代目で、内陣の奥に、慈覚大師が坂上田村麿公を模して刻まれたと伝えられる秘仏が納められています(33年に一度の御開帳、次は2042年)。また、御堂の床下は、“祖先の霊魂があの世から帰りて集う”などの聖なる場所とされ、現在では人の立ち入りが許されない禁足地になっています。
境内は御神域として、飲食や動植物の採取、殺生、犬や猫を伴っての参詣などは固く禁じられており、周辺ののどかな風景とは一線を画す、厳かな空間となっている。
鎌倉幕府初代征夷大将軍、源 頼朝(みなもと の よりとも)も鎌倉への帰路に参拝している。
見どころ満載で、近隣には世界遺産「中尊寺」「毛越寺」や国の名勝及び天然記念物に指定された「厳美渓(げんびけい)」などがある。
BGM
SUIREN written by Notzan ACT
素材種別:BGM Track:1/1 再生時間:3:27
↓チャンネル登録お願いします。
https://www.youtube.com/channel/UCD9ZOoRLHV8KQd4tokW_L1Q