【震災から15年】時が止まったような町、福島・帰還困難区域周辺を歩いてみた
お疲れ様です。たム旅です。今回は 2011年3月11日に発生した東日本 大震詐欺からおよそ15年が経過した今 福島県の被災地の状況はどうなっているの かその現状を見に行きたいと思います。 今回訪れる福島県の太平洋側地域では 東日本大震災とそれに伴って発生した原発 事故の影響で原発周辺の町に大量の放射性 物質が待機中に放出され、原発周辺の町は 人々の往来や居住を禁止する機関混難区域 に設定されました。15年ほどの年月を経 て除染が進んだ地域に関しては段階的に 機間困難区域の指定が解除されましたが 現在でも引き続き機間困難区域に指定され ている地域は数多く残っております。今回 はその中でも特に被害の大きかった二間町 、波江町、大く町などを訪れていきたいと 思います。それではまずは特急日立で岩木 へ向かいます。本日もJR東日本をご利用 くださいましてありがとうございます。 この列車は特急ひ立9号岩木行きです。間 もなく終点岩に到着いたします。常磐線 富岡万越当線 はお乗り換えです。はい、岩木に着きまし た。 福島県の浜通の代表的な都市の 1つでもある気。 今回ね、まともに観光するのは初めてなんで、どんなところか楽しみです。それじゃあこれからね、ホテルの方に向かっていきます。駅前はね、こんな感じです。はい。着きました。 こちらは本日から4泊するホテルです。 はい、チェックインしました。お部屋は こんな感じですね。普通のビジネスホテ ルっていう感じの部屋です。机があってね 、ま、日本ならどこでもありそうなBGO です。バスルームはいって普通のユニット バスですね。 おはようございます。今日はね、い気に来 て2日目ですね。えー、今日はね、ご覧の 通り雨でございまして、ま、散歩する感じ のね、天気じゃないんですけども、まあ何 もね、ホテルにいるだけじゃつまらないの で外に歩いております。駅前のね、メイン の通りから外れたところなんですけどもね 、ま、新潟とかもね、こんな感じの雰囲気 の場所あると思うんですよね。ラーメン 次郎、新潟店とかね、その辺のちょっとね 、こ商店街とかね、個人商店がつなる感じ がなかなか味わい深くてね、いい感じです 。はい。ちょっとした大通りみたいな ところに出てきましたね。ま、この辺の 雰囲気はね、東京とかね、大阪の大都市 じゃない独特の なんていうかね、ローカルチックなね、 雰囲気がありますよね。地方の方ではね、 やっぱイオンがね、結構大きな影響力を 持っているというのがね、ま、皆さんね、 東京に住んでる方もね、地方に住んでる方 もそのように印象を抱いているかと思い ます。で、ま、ちょっとイオンね、ま、 これなんかね、元々はイオンじゃなくて サティとかそういうのが入ってそうなね、 雰囲気。ちょっとね、時代を感じる外壁 ですよね。で、いのね、イオンの前にね、 美味しそうなタ焼き屋さんがありますね。 オグラーンが10067円 、税込みで180円、クリームが180円 。なかなかね、リーズナブルな値段じゃ ないでしょうか。 おお。白アンとオグランのやつ。うわ、これ、 これすごいね。 これなんかサンドイッチみたいな感じでね、珍しいですね。こちらのね、おグラン。これはなかなかね、今まで見たことないレベルのボリュームです。ただきます。うん。 これはうまいで。 サクサクやしね。 やっぱね、なんか普通のた焼きやったらこう尻っぽから食べるとアが入ってないからがっかりするんですけど、これはめっちゃボリュームがあるから満足度が 高いです。はい。 今ですね、イオンから岩木駅の方にね、 歩いているんですけどもね、ま、やっぱ 駅前に近づくとね、高いビルが増えていく 印象ですね。高いビルだったりとかね。ま 、あと居酒屋とかね、そういうのが徐々に 増えてきたかなという感じですね。地方の 都市だとね、結構駅前は駅前そこそこ栄え ているで、 それ以外のね、ま、車のメインストリート みたいなね、国道沿いが栄える現象がね、 発生すると思うんですけどね。ま、ここの い気もね、地図見たらそんな感じの雰囲気 はあるんですよね。何これ?1 人で動いてるしばカキすげえハイテック技術が店頭虫の柄だ。これ可愛らしいですね。おはようございます。モーニングで人気のお店さんにやってきました。 モーニングセットなんと このお値段でいただけるということなので 期待が高まります。 こちらのブレイクさん地元の方に有名な カフェだそうでかなり多くのお客さんで 賑わっておりました。店内の雰囲気はね、 レトロメナ準喫茶という感じでね、私はね 、こういう感じのカフェが好きなんです けどもね、スターバックスとかね、 ドトールとかそういったカフェとはまた 違う雰囲気が私好みでした。そしてこちら のブレイクさんの名物であるふわふわの 食パン。これ見てください。断面がね、 すごいですよね。なかなか美味しそうな見 た目しております。それでは極圧のね、 トーストいただきます。なかなかね、これ はね、サクサクふわふわという感じで めっちゃうまかったです。こちらは岩木駅 前のハカ街ゾーン。ラーメン屋だったり カラオケ居酒屋 何でもここは夜賑いが見られす のかなこれ。そうっすね。1番ハカって 感じの雰囲気だね。 はい。こちら角内カフェやヤ吹き主店と いういかにも日本酒が足めそうな店です。 それでは続いて破店さんにお邪魔している んですけどもね。こちらでは福島県さんの 日本酒をおチョコサイズで味みができると いう日本酒好きにはたまらないスポット。 そして我々みたいなお酒そんな強くない けどちょっと飲みたいみたいな人にはね、 これはなかなか画期的なサービスじゃない でしょうか。そしてね、お酒と一緒に こちらのおつまみ、ちょっとした小バチの おつまみもね、賞味できるということでね 、頼みました。こちらね、左からこれは梅 が魚の煮け。そして右にかの子というね、 日本酒といい感じに会いそうな三品です。 で、ちょっと印象的だった銘柄がこちらの ナロマンという銘柄なんですけれどもね、 味わいがとてもフルーティーでね、独特の とろみを持ち合わせるというちょっと日本 酒らしからぬ日本酒と言ったらいいん でしょうか。なかなか説明するのが難しい んですけど、独特なね、日本酒でも非常に 飲みやすくて美味しかったです。福島県の 地酒を味わったらいの夜の街を散索します 。なかなかレトロで味わいのあるネオン です。そして駅前には運転代行の車が ずらりと並んでおります。いの町も着実に 震災からの復興を進めているのかなという 印象でした。おはようございます。今日は ね、ま、福島県ね、え、この辺りの地域 ですね。太平洋側の地域、原子力発転ね、 皆さんもね、記憶に新しいと思うんです けどもね、その辺の辺りの地域にね、今回 はね、向かっていきたいと思います。今回 はね、そこら辺をね、メイントピックとし てね、やっていきたいと思ってるんでね。 震災後ですね、 原子力発電所の周辺地域が機間困難地域に 指定されてですね、ま、10年、15年 以上ね、ま、町民が戻ってきていない自治 体もあるということでね、その辺見ていき たいと思います。じゃあね、今日は車を 借りたんで向かっていきたいと思います。 [音楽] 双葉駅にやってきました。こち駅前にね、 双葉町場があります。駅前結構綺麗な感じ にね、整備されてて、キッチンカーなども 出展している様子で、ま、歩いたりは できる感じですね。で、バスとかも一応 あるみたいですけどね、どれほどの人が このバスを使うのかっていう感じですね。 ま、駅前結構開発とかね、工事が 進んでいる状況ですね。 で、ここがね、双葉駅の駅前ですね。 こちらに右に立っているのは新駅舎で ございまして、 左側に立っているのが旧車です。 こちらの上の 時刻が震災当時のまま止まっているという 状況です。双葉駅の旧は休憩スペースとし て解放されており、双葉町の観光情報だっ たり震災に関連する資料が展示されてい ました。 これを見て正直驚いたんですけど、意外な ことに海外からの訪問者が多いようでした 。 それでは続いて二葉駅周辺を散索していき ます。今こちらに移っているのは新しく 整備された駅西住宅です。ちょうど仙台 行きの特急日たちが到着するところです。 一応双葉駅には特急日立号が停車し、仙台 方面や東京方面へのアクセスも充実して いるようです。駅から少し歩いただけで このような震災当時の様子が残っている 廃墟になっているような建物も見られます 。東日本大震災発生から15年。何もが 加えられずにそのままにされている状況 です。震災前の人々の暮らしを買いまみる ことができます。しかしここに元々住んで いた住民が戻ってくることはあるの でしょうか?現在双葉町の人口は約180 人ほどで震災前にいた約7000人ほどの 人口には遠くを及ばない現状です。こちら は震災当時の生産な状況が残されている 飲食店だと思われる場所ですが、細部を見 てみると当時の暮らしが蘇ってくるよう です。 このような状況が残されているのもつい 最近まで二葉駅周辺は機関混難区域に指定 されていたからです。そのため町が形成さ れているようには見えますが、実際は住ん でいる人が全然いないという。こういう 言い方をするのはどうなのかと思います けれども、ゴーストタウンのような雰囲気 です。 現在このような福島県の太平洋側地域を 中心に残された秋屋は崩壊の危険もある ことから解体作業が進められている状況 です。元々住んでいた人の気持ちを考える と非常に複雑ですが、着実に双葉町も復興 の道を進んでいるのかなと思いました。 続いて右側に見えるのは旧双葉町図書館 です。この図書館は震災以降15年間誰に も使われずそのまま残っています。 一方で駅前にはこんな感じのおしゃれな カフェもあります。 こちらは双葉駅付近にあります。旧三宮堂 田中委員診療所という1922年対象時代 に建てられた建物を移住相談センターとし て使っているようです。はい。という感じ で改めて双葉駅前に戻ってきました。双葉 駅の目の前には立派な新しい双葉町場が あります。このような感じで双葉町も着実 に復興が進んでいる印象です。双葉場の目 の前には他の町のイオンから出張してきた 移動販売者がいます。 はい、着きました。こちらがね、震災当時 小学校だった場所ですね。現在は震災の 記憶を忘れないという目的のもこのように 震災の当時のままの移行を残されている 状況です。 あちらにね、東日本大震災津波ここまでと 書いてありますけども、 こちらのね建物2階の部分までね津波が来 たということですからそれでは入っていき ます。 入って右側にはまずは波江町がどんな ところなのかそして受けがどういうところ なのか受けド地区の伝統的な暮らしの様子 が展示されています。続いて受け小学校の 震災前の日常についての展示があります。 震災が発生するまでは平和そのものの日常 を送っていた受け小学校の生徒たち。 そして2011年3月11日、東日本大 震災が発生し、南江町では震度6強を観測 し、高さ15.5の津波が押し寄せました 。その結果、死者行方不明者が154名に 登りました。しかしこの受け戸小学校に おいては津波が校舎の2階床上まで浸水 する壊滅的な被害を受けたのにも関わらず 教職員の迅速な判断と児童の協力により 奇跡的に当時在行していた全員が無事に 避難できました。そして受け小学校は震災 の移行として津波の恐ろしさ、震災の 恐ろしさを伝承する施設として2021年 10月から一般に公開されています。 こちらはまず教室として使われていた建物 の1階部分の移行です。津波が2階の床上 まで到達したのでご覧の通り多くの物品は 流され壁や天井が剥がれている。とても 生産な状況を物語っています。 各部屋の前には震災前にその部屋がどの ような目的で使われていたのかを示す看板 があります。しかしおかげを感じることが できるものはほとんどなく津波の恐ろしさ 、自然災害の恐ろしさを痛となっています 。 [音楽] こちらは教室として使われていた部屋です 。わずかに教室工部に残るロッカーだけが 教室だったことを示しているようです。 黒板などは流され、わずかな暖房設備のみ が残り、柱が曲がっているのが確認でき ます。 こちらは廊下の部分ですが、商候から体育 間側へ抜ける非常口の扉が廊下に横たわっ ています。このドアは津波の影響で曲がっ てしまいましたが、外れることはなかった そうです。一見頑丈そうなドアでも津波の 影響でぐにゃりと曲がってしまうのです から、いかに津波の力が強かったのかを 物語っています。こちらの教室には津波の 被害を受けたと思われるノートパソコンが 暗知されています。このような光景を見て いるとかつてここでも授業が平常通り行わ れていた光景が思い浮かびます。 [音楽] こちらは保険室として使われていた部屋 です。天井が完全に津波によって剥がされ てしまい、鉄骨が剥き出しになっている 状態で鉄骨もぐにゃりと曲がって垂れてい ます。一部の児童はこの保険室から出て 避難をしたそうです。 こちらは症候付近の様子です。先ほど廊下 の床の上に展示されていた扉があちらの 部分についていた扉です。そしてこちらは 手洗い場ですが、自分の小学校時代の 思い出が思い浮かんだりもしましたが、 この学校の卒業生の方はこの光景を見て どのように思うのか。そんなことを考え ながら手洗い場を見ていました。 印刷室と書かれたこちらの部屋には大量の 物品が流されている様子が伺えます。学校 の構造から考えて教室から流されてきた ものがこの印刷室に流されてきたのだと 思われます。 [音楽] 教室の右側にはナぎ倒されているような 大きな電気設備のようなものがあります。 これは津波によって壁から引き剥がされて しまった複合版で小学校の火災放置や時計 の管理をしていたそうなんですけれども、 津波によって壁から引き剥がされたことに よって機能が全部停止してしまい、その ため時計の時刻が午後3時37分を示した まま機能が停止してしまっている状態です 。このような大規模な電気設備ですら流さ れてしまうほどの威力とは人間が巻き込ま れてしまったら人溜まりもなさそうです。 砂まみれになったパソコン、そして卒業 少々を入れるケースみたいなものが積まれ ています。震災当時受け戸小学校では卒業 式の準備が行われていたとのことです。 [音楽] その他教科書の一部だったり、学校で使っ ていた書類が残されています。 続いてこちらは調理場ですね。このような 大きなカは流されずにね、そのまま残され ているんですけれども。しかしですね、 こちら紹介にもあるようにかなりの給食 関係の危機類がこちらの隣の部屋に 積み上がってしまっている。ここまでの 重量があるものもこのように積み上がって しまうのですから、これは津波の威力が いかに凄まじいかというのが分かります。 続いてこちらは体育感の様子が外から確認 できます。体育感も震災当時のまま残され ており、体育感の床は大きくへこんでおり 、床下の設備が剥き出しになってしまって いる状態。 当時は卒業式の準備をしていたことから ステージには卒業証種式の垂れ幕がされて いるのが印象的です。 [音楽] こちらは受け戸小学校の正面の入り口。 ちなみにこの校舎は1998年に建てられ た新車2代目の校舎だそうです。 それでは商候口から校舎の中に再び入って いきたいと思います。 商候口から校舎の中に入りました。商候口 の左側には私たちの町受け戸と書かれた 受けの味わい深い地図が残っています。 かつてはここを子供たちがか駆け回ってい たことを考えると何とも言えない相性が漂 ます。 それでは校舎の2階の方へ向かいます。 [音楽] 2階にも東日本大震災さ津波新水ここまで とこの表情を見ると2階の床上まで浸水し たにも関わらず建物が未だに現存している のが奇跡にも思えてきます。2階の教室は 津波の被害が床上にとまったことから比較 的良好な状態で保存されています。2階の 廊下を見てみると床上まで浸水したことが わかります。 そして周辺の震災に関する伝承施設の マップが貼られていました。ちなみにここ 福島県江町の受け戸小学校は福島県では 唯一の震災移行になっています。そして 台湾人の方に向けたパンフレットや英語の パンフレットも設置されています。 2階の4年生、5年生、6年生の教室は 主に震災の時の映像資料が上映される部屋 になっています。そして津波が集来した後 の受け地区の状況についての資料が写真を 通じて公開されています。 そして現在進興系で復興海浜地の整備事業 というのが行われているようでして、実際 受け小学校の横で工事が進んでいるよう でした。 [音楽] そして教室からの風景も元々は松の木が 立っていたそうなんですけれども震災 でわりしてしまい現在はこのような腹っぱ が広がっているような光景です。 [音楽] [音楽] そしてこちらは元々震災前に受けド地区が どのような街だったかを表すジオラマです 。 そしてこちらは受け戸小学校の再開を願っ て作られた受け小学校の後期です。 [音楽] [音楽] それでは受け戸小学校の震災移行を後に次 の目的地へ向かいます。 道中には波町の震災の遭難者を慰例する日 が経っておりました。 はい。東日本大震災原子力災害伝承という 双葉町にある 施設にやってきました。こちらの東日本 大震災原子力災害伝承官は2020年9月 20日に会館した施設で東日本大震災津波 東京電力福島第1原子力発電所事故という 美蔵の複合災害を記録保存展示しその教訓 を構成に伝えるための拠点です。 この速度は緊急車両の通行がこうした禁煙ですなどなどの輸送に影響が発生しを持けるで行列が増えてきます。 命が中に入るでがもうな、 [音楽] こちらには除染に関しての説明がされています。 除というとね、ニュースではよく聞く ワードなんですけれども、実際にどういっ たことをしているのかっていうのがね、 かなり詳しく解説されていました。 現状どれぐらいが進んでいるかっていう 進捗状況もね、マップで分かりやすく表示 されてます。 [音楽] [音楽] はい、というわけで東日本大震災祭力災害伝なかなかの見応えでした。 続きましてね、隣接する双葉町産業交流 センターに入ります。ここにはね、ま、 福島県といえばね、日本酒ですね、地酒が いっぱい並んでます。で、ここでね、波江 焼きそばというね、ま、有名人の方もね、 食べたという、ま、B級グルメですね。 これをね、食していきたいと思います。 なかなかね、ボリューム満点で美味しそう な焼きそばです。この波江焼きそばですね 。のでかい豚バラ肉がね、また特徴的な ものでして、そしてわしわしのね、ゴワゴ の太面ですね。これとね、ソースの絶妙な 絡み具合が最高の一品でしたね。これは 是非とも皆さん原子力災害伝承感に行っ たらね、この波江焼きそばトライしてみて はいかがでしょうか。 はい、続きましてね、こちら原子力災害 伝承の外そばに展示されていた津波による 被害を受けたガードレールですね。ま、 ガードレールですらここまでね、ぐにゃり と曲がってしまう威力ということがね、 伺えます。 で、こちらは双葉町に掲げられていた原子 力の後方パネルですね。原子力、明るい 未来のエネルギーと書かれている辺りが、 当時は原発にかなり高い期待が寄せられて いたことが伺えます。そしてこちらは津波 によってかなり変形してしまっている消防 車の残骸ですね。本当に津波、大自震、 原発事故、恐ろしさを構成に伝承していく とても大切な施設だと思いました。それで は続けて原子力災害伝承からそう離れてい ないところにある海岸沿いにある被災した 建物を見に行きます。道中ご覧の通り道が 完没していたり車で近くまでは行けなさ そうなので途中から歩いていきます。 屋根の部分が地震の影響で河が剥がれて いるのが目立ちますね。立ち入り禁止の 区域を避けてなんとか海沿いに出ることが できました。本当にここから先はね困難 区域につき立ち入り禁止と厳重ながなされ ています。英語でもねなされているんでね 。で、これですね。この先機関混難区域に つき通り抜け禁止とね、厳重に書いてあり ます。で、こちら右手にある建物がですね 、二葉町にある震災の移行マリンハウス 双葉です。このマリンハウス双葉自体は 震災前までは海沿いにある海の家のような 存在で震災で津波の被害を受けて今もなお 建物だけが現存しているそのような状況 です。 で、先ほどの黄色のあれ、通り抜け禁止を 超えた先にね、ま、さらに20、ここから 機間混難区域につき立ち入り禁止と、もう ここからはガチでね、入っちゃいけない 場所です。で、ここからですね、正面 マリーンハウス双場をね、正面から眺める ことができます。で、この上の時計がここ に津波が到達した時間のまま止まっている という状況です。こちらのマリーンハウス 双葉は管理人の方が近くの松の木に捕まっ てなんとか生き延び双葉町の住民1人が3 階に避難してなんとか津波の南を逃れたと いう話もあります。双葉町としてはこの マリーンハウス双葉を震災以降として残す 考えもあるらしいんですが現時点では具体 的な計画については決まっていないよう です。というのもこのマリーンハウス双葉 自体が放射制配機物を保管するための中間 貯蔵施設エリアが隣接している機関混難 区域に指定されているためです。ちなみに 今歩いている海岸は郡山海岸という海岸で 震災前は非常に多くの海水浴客で賑わった そうです。しかし震災を気に状況は一変。 現在は高い防波堤が気づき上げられてい ます。それでは足早にマリーンハウス双葉 を去りまして次なる目的地へ向かいます。 はい、というわけでまた江町に戻ってき まして町の中心部の方にございます道の駅 。波浪江にやってきました。非常にね、 新しい雰囲気の道の駅です。中身入って いきましょう。中に入るとすぐに相馬の 多い馬の小馬さんの模型がお出迎えして くれます。で、入って右手の方にはお土産 屋さんがありますね。行ってみましょう。 お店の中はこんな感じで福島県の名産品 だったり、波江町の名産品が売っています 。こちら先ほど食べた波江焼きそばですね 。このようにお土産としてもね、売って おります。これなかなか良かったんでね、 皆さん是非で、外に出るとですね、こちら ラッキー公園というのがね、道の駅の横に 設置されていて、ご覧の通りね、この 大きなね、これラッキーが出迎えてくれ ます。ラッキーとあとなんかベロリンガも いますけどね。なかなか可いらしい公園 です。 はい。ちゃんに癒されたら続いてなりと いうね、別館ですね。ここに入っていき ます。こちらですね。実は波浪町はですね 、焼き物で有名な町でもございまして、 福島県でも有数の大相馬焼きがこの波江町 周辺で作られております。 そして同じなりの中にございます酒倉ゆい さんというね、お店です。こちら日本酒が ずらりと並んでいるんですけどもね、福島 県のね、地酒がね、ずらりと並んでおり ます。酒倉ゆいさんではね、なんと日本酒 ソフトと冷たい雨酒をね、楽しめるという ことでね、注文させていただきました。 こちらですね。甘酒がね、非常に濃厚そう で美味しそう。どうでしょう? この日冷足甘酒びっくりするぐらい美味しくて甘いんですけどすごいさっぱりしているというか、工事の優しい甘みを感じるような甘崎でした。こちらのアイスクリームはですね、日本酒の風味がするクリームなんですけど、程どよい甘さで滑らかな口当たりで美味しかったです。 皆さん、波江の焼きそばを食べたら締めの デザートとして是非ともね、こちらの日本 酒スイーツいかがでしょうか? 続いて町の中心にある駅にやってきました 。この浪江駅は常磐線の東京区間の末端の 駅でございまして、首都県のSUエリアの 最北北端の駅にもなります。この波は 2011年3月11日の震災以降営業を 休止していましたが、周辺の避難指示が 解除されたことから2020年3月14日 より富岡間の運転が再開されました。駅内 には波江丸見情報が設置されており、波江 町の観光情報だったり、謎にポケモンの フィギュアがつらりと並んでおります。 これはなぜかと言うとポケモンの原作者の 田尻さんの父親が江町出身というご縁から 来ているそうです。そして駅前には高原の 駅をさよならという歌の記念費が設置され ています。 [音楽] それでは波浪から双葉町へ戻りスーパー ゼロミルという施設へ向かいます。波浪町 周辺の国道6号線沿いは活気を取り戻し つつあるような感じがします。はい。双葉 町に戻ってきまして着きました。双葉 スーパーゼロミルです。こちらの双葉 スーパーゼロミルは2023年4月に岐阜 県に本社を置く朝野市株式会社が被災地の 復興と自社の技術発信を目的に解説され ました。ここ双葉スーパーゼロミルでは糸 を製造する最新の年式を備えた工場に加え タオル製品の直営ショップそして アウトレットカフェなどが併設されてい ます。建物を上から見るとゼロの文字に 片られたユニークなデザイン。ご覧の通り 二葉スーパーゼロミルでは糸を製造する 工程をガラス越しに見ることができます。 なんか社会化見学に来た気分です。館内に 併設されているカフェにはなんとなんと 石橋全総理大臣も大満足という紹介がなさ れておりました。 カードが挿入されていません。はい、こちら大野駅にやってきました。大野駅は大熊町の中心的な存在の場所ですね。 [音楽] ご覧の通り、今はね、 ロータリーの建設中という感じで、駅舎も 非常に新しいです。 こちらの大野駅も双葉駅、南駅、同様 2020年3月14日にようやく利用が 再開されたという経緯があります。大野駅 周辺は再開発が進んでおり、2025年3 月に駅西口に大熊町が整備した商業施設熊 テラスと産業交流施設クレバ大くが オープンしました。 その他大野駅の校内には大く町のゆキャラ まあちゃんのガチャガチャが設置されて いる。ほ、東日本大震災の影響で被災した 大く町図書館の解体に伴って廃棄予定と なった本たちが成列されています。 そしてコンセント付きの作業スペースも 設けられておりました。無人駅の割に かなり設備が豊富。 ここをまっすぐ行くと福島第1原子力発電 所があります。 ご覧の通りこの先機関混難区域につき通行 止めと行業しい看板が立てられております 。これより先には 一般人は迎えません。で、こちらに詰まれ ているのがですね、黒いビニールシートで 覆われているのが除染が完了した土上です ね。このような感じで、このエリアでは 各地にこのような除線の土場がずっしりと 詰まれているような状況です。果たして この町に 元通りの日常が戻ってくるのはいつになる んでしょう [音楽] はい、というわけでね、岩気市内になんと かね、戻ってまりました。え、ま、今日1 日ね、双葉町、大熊町、町というね、ま、 特に原発の事故の被害が大きかった場所辺 ね、巡ってきましたけれどもね、ま、私 個人としての感想としてはね、やっぱりね 、まだまだ 復興のね、半ば上であるかなっていうのは ね、まあ実際に現地を訪れることでね、 ひしひしと実感することができました。 まあ今後ね、1日も早く日常ね、取り戻し て取り戻せるようにね、ま、応援していき たいなという気持ちでございます。 [音楽]
今回は2011年3月11日に発生した東日本大震災の被災地、福島第一原発付近の帰還困難区域周辺を訪れました。
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7 Comments
津波は恐ろしいけど日本に住んでいたら避けることのできない自然災害ですよね
日頃防災意識を持って生活しようと思いました
帰還困難区域周辺の訪問から見たい人は9:22~
※立入禁止の場所に関しては外から見える範囲のみ撮影しています。
帰還困難地域があるというのは知っていたけど、それ以外の事は何も知らなかったと気付いた。
お陰様で、復興に向けて頑張っている今の様子を知ることができて良かったです。
なみえ焼きそば食べたい🤤
お久しぶりです!
待ってました!
15年の年月が流れると被災地の現状をメディアで拝見する事が少なくなってる中、帰宅困難区域が日本にある事実と、少しずつでも復興に向けて進んでいる事を再確認できました。訪れたり、美味しいものを食べたり買ったりして応援したい。
こんばんは😊✋
久々のたむさん動画、ずっと首をキリンにしてお待ちしておりました✨
たむさんの唯一無二のシブいお声、ゆかさんの愛くるしい笑顔は健在ですね。
いわきは都会ですね。
まだまだ原発問題は課題が残りますが、3.11の出来事は風化させてはいけないのだと改めて思いました。
貴重な映像をありがとうございます 配信されるたむ旅さんの心の深さを感じいりました