イタリア縦断寝台列車で遭遇した「最悪のハプニング」と「幻の客車」【#迷列車で行こう海外編 】

いやぁ… さっきは冷や汗を かきましたな。 今はその 汗を流す設備がないけどな。 お風呂は 明日の午後まで我慢だ。 HST。 本当に残念だ。 オレ、帰りの列車内で シャワーを浴びながら 紳士の1人スペシャルファイティングポーズを お見せするのが 何より楽しみだったのに。 それはどうでもいいだろ。 でも久しぶりに 真のイタリアクオリティ またの名を 「ドイツ鉄道の日常」を 味わったな。 イタリアの鉄道は最近 どこもきちんとした 運転ばかりだったから 油断してた。 それではここまでで 何があったのか 皆様に最初から お話しましょう。 おはようございます。 私はイギリスの LNER クラス800です。 いつものゆっくりさんだぜ! ここは シチリア島南部の街 「シラクサ」。 イタリアの南にある離島の さらに南の街にいます。 それにしても… 暑いな!! 冬なのに 気温が 20℃はある。 何しろここは 北アフリカの チュニジアと同じ緯度に 位置している土地。 真冬のスイスや オーストリアから そのままの格好で来てしまうと 服装が合わず 暑すぎてしまうのだ。 ゆっくりさんは 最初にここに来た時も 同じ失敗してませんでした? ここシチリア島は イタリアの本土とを結ぶ 夜行列車が 1日3往復走っています。 そのうちの2往復は 首都のローマを 発着する系統。 前回、前々回に ご紹介した列車ですね。 そして残る1往復は ローマから遠く離れた 北イタリアの都市 ミラノまで走るんです。 今日はそのミラノ線。 イタリア有数の 長距離列車に 乗車してみます。 あれ? 前回の寝台列車は 中部のローマからシラクサまでで 12時間以上かかってたよな? 今度の目的地 ミラノは ローマからさらに 約600kmも離れている。 ということは 全区間で何時間ぐらい走るんだ? よくぞ聞いてくれました。 シラクサから ミラノまでの所要時間は 片道20時間30分! 午後1時30分に シチリア島南部の町を出発し 終点ミラノの到着は 翌朝の10時になる。 かつて大阪から 札幌までを走っていた 寝台列車「トワイライトエクスプレス」並の 運転時間なのである。 こっちの方が トワイライトエクスプレスより 1.5時間ほど 乗車時間が短いけどな。 ちょっと待てよ? あの列車は 22時間も走るから 列車に食堂車や ラウンジカーが 連結されてたって話だよな。 それならイタリアの寝台列車も何か 特別な車両が 組み込まれてるのか? いや、何にもないよ。 …え? だから 何もないんだって。 シチリア島発 ミラノ行き 寝台列車の編成は 前回乗ってきた ローマ発の列車と 変わらない。 簡易寝台車両 「クシェット」が3両に 1等/2等個室寝台を備える デラックス客車が 1両の構成だ。 ラウンジカーなんて 豪華設備はおろか 食堂車すら 連結されてないのである。 なので乗車中はひたすら 個室内で過ごすことになり ちょっと味気ないのが 残念なところだ。 そもそも 今のイタリアの客車列車には 食堂車がないんだよな。 じゃあ 食事はどうするんだ? お昼は出発前に あらかじめ済ませ 夕食は 前もって買ったものを 車内で食べるぐらいしかないな。 あとこの列車が 鉄道連絡フェリーに乗るのは 夕方の17時から 18時頃になる。 この時間は 船内の売店が開いているので 食べるものを調達することが 可能だ。 それから翌朝の朝食は 前回と同様 車内で提供されるから 安心したまえ。 朝食って言ったって イタリアのはパンとラスクだけの パッサパサしたやつだろ。 俺は英国紳士だから 紅茶と イングリッシュブレックファーストじゃないと 元気出ないんだよ とか言いつつ 今朝はホテルで マリトッツォを嬉しそうに 食べてただろ。 あらやだ、恥ずかしい。 見られてたの? マリトッツォはイタリアだと 朝飯の1つだったんだな。 ということで これから私たちは 20時間30分にもなる かつてない長旅に 挑戦します。 寝台列車に お昼過ぎから乗るっていうのも なかなか無い 体験ですね。 午後1時10分ごろ シラクサ駅の 1番線ホームに 寝台客車たちが 入線してきました。 いつも通り 前後非対象車体の 電気機関車 E464型に 前後を挟まれる形態です。 前回以上の長旅ですから 予約した寝台はもちろん 一等個室の 「エクセルシオール」を予約。 プライベートな空間で ミラノまで ゆったり過ごします♪ と言っている間に いきなり大きなハプニングが 発生していました。 私たちが乗る車両は 4両連なる客車のうち 2号車のはずでした。 ですが ホームに入ってきた列車は 客車が3両しか 連結されていません。 そして何より 深刻なのが 予約した車両が 存在しないんです。 1号車の隣は 3号車となっていて 2号車が 組み込まれていませんでした。 列車がホームに 来た時から なんか様子が おかしいと思ってたんだよな。 編成が短く見えたし 列車の姿が 整っていたからだ。 この旅で予約していた 個室寝台付きの車両は 他の客車とは 明らかに異なる外観だ。 窓は大小のサイズが 不規則に並んでいる。 ドアが昔ながらの折り戸で 片側に1箇所しかない。 真横から車体を見ると 屋根の端が 垂直に切り立っている。 そして何より 簡易寝台の客車より 全高が高く 編成に組み込むと 全体がデコボコした シルエットになる ・・・などなど 個室寝台客車は 遠くからでも目立つ 存在だった。 なのに 入線してきた列車は その存在感のある車両を 間に挟んで いなかったのである。 それともう1つ 今思えば 「前兆」と言える 出来事があった。 実は私たちは このミラノの行き 寝台列車の 発車シーンを撮影するため 乗車2日前と前日に シラクサ駅を訪れていた。 ところがその2日とも 列車に個室寝台客車が 連結されていなかったのだ。 どうも 需要が少ない冬は 個室客車が 減らされてしまうらしい。 それで どうしましょう?! とりあえず この列車に乗るしかないね。 幸い 乗り込んですぐに 車掌さんを発見。 チケットを見せながら 予約した車両が ないことを説明し どうすれば良いか 尋ねました。 すると 今日の列車には 本来予約した客車 「2号車」がないので 代わりに隣の1号車の 同じ部屋番号の場所を 使ってくれとのこと。 連日 専用の個室寝台車両が 連結されていないせいか 慣れた様子で 別の客車に案内されました。 代わりに割り当てられたのは 4人用の 簡易寝台客車です。 こうした簡易寝台は 一般的に 「クシェット」と呼ばれますが イタリアでは 「コンフォート」という 独自の名称が つけられています。 コンフォートは部屋にシャワーどころか 洗面台すらなく お手洗いは共同です。 でもそれ以外のサービスは 一等個室「エクセルシオール」と 同じだそうです。 しかしミラノまで20時間 さらに4時間も シャワーなしかよ。 俺はデリケートだから お風呂ないと ダメなんだよ~~! 一晩経ったHSTは 脂でテカテカだもんな。 そうなんだよ。 でも考えを 変えてみましょう。 本来予定していた 個室寝台車両は 行きと同じ 2人用のお部屋でした。 プライバシーが保たれて 快適ですけど 設備は一緒で 動画的に代わり映えしません。 なので 思わぬハプニングでしたけど 変化があって いいかもしれないですね。 それから 車掌さんに確認したところ ここは4人用の 簡易寝台ですが 扱いツインルームの個室 「エクセルシオール」と同じ。 つまりこの部屋に 後から別のお客さんが乗ってきて 相部屋になることは ないそうです。 さすがにそこら辺は しっかりしてもらいたいな。 だいたいこの簡易寝台の料金は 予約していた個室寝台よりも 安いんだろ? その分の差額ぐらいは 返金してもらえるんですかね。 それは後で お客様センターと 相談だな。 ちなみに ミラノまでの 個室寝台のチケットも 行きと同様 トレニタリアのウェブサイトの 早期予約で購入していました。 値段は 前回のローマ線と同じ 99.9ユーロです。 1時間あたりで割ると 4.9ユーロ。 =870 円ほどになるな。 そこら辺の快速列車と ほぼ同じ値段で移動できるってことか。 では 思いがけず乗ることになった 簡易寝台 「コンフォート」の車両を ご紹介しましょう。 今回の旅で 20時間お世話になる客車は 「UIC-X」型と言います。 基本のモデルは 1965年製。 その後 大まかな車体の形は 変わっていないので 外観には少し 古さも見られます。 UIC-X型客車は 製造期間が長く 改良を加えられながら 生産が続けられてきました。 現在「コンフォート」用客車として 使われる型は 1979年から1982年にかけて 発注された 第6世代 =最終製造分です。 あれ…? ずいぶん古くない? 車内が明るくて 綺麗だから もっと新しい車両だと 思ってた。 そこが面白いところなの。 この客車は 何度か大きな 改修を受けているんです。 例えばエアコンを設置するとともに 窓ガラスを 断熱性の高いものに交換。 時速200kmまで 対応している 新しい台車を装着して 高速行時の 横揺れを低減。 出入り口のドアも 折り戸から 押しボタンで開閉できる 電動のプラグドアになる といった点が 主な改良点です。 加えて 2010年代になると 客室も改装され 新世代の特急列車と 同じ設備が装備されました。 車内は 4人用の簡易寝台が 9部屋並ぶレイアウトだ。 今回の話で 何度も口にしている 簡易寝台 通称「クシェット」とは ヨーロッパ版 開放B寝台のようなもの。 ベッドのある区画と通路が 扉で仕切られ 室内には4人または 6人用の 寝台が設置される。 日本ではかつて寝台特急 「北斗星」などに連結されていた 「Bコンパートメント」が 日本の寝台列車では 最も近いものだろう。 ただ、ヨーロッパの簡易寝台は 各部屋の入り口に 扉はありますが それぞれのベッド周りに カーテンなど 周りと仕切るものがありません。 また通常は 他のお客さんと 部屋をシェアする 相部屋になります。 こうした点が 「簡易寝台」と 呼ばれる所以です。 ですがその分 少人数のプライベート個室より 値段が安く 設定されています。 かつてのクシェットは 詰め込み仕様の 6人部屋が主流でしたが 現在のイタリアの簡易寝台は 4人用となっていて 若干ゆったりした レイアウトになりました。 下段のベッドは 座席を兼ねていて 昼間の時間は 上段のベッドを壁に格納。 向かい合わせの席として 使う点も 日本の開放式寝台と同じです。 イタリアの簡易寝台は ベッドが1部屋に 4床しかありません。 ですが座席は 3列ずつの向かい合わせ席で 最大 6人が座れます。 このうちの中央席は 背もたれを倒し テーブルとして 使うことも可能です。 シート部分の布地は 昼間に走る特急 「インターシティ」用客車や 在来線特急 「フレッチャビアンカ」客車の座席と 同じでした。 それから窓側には 小さなゴミ箱と USBソケットも備えた 電源コンセントが 設置されています。 この設備も インターシティ客車と 同じです。 おそらく 共通部品を多用することで 部品の調達から整備まで コストを下げつつ サービス水準を 引き上げているのでしょう。 窓と反対側 通路に面した壁には 照明の操作スイッチや 乗務員の 呼び出しボタンなどがあります。 イタリアの簡易寝台は 部屋の間取りが大きく 設備が新しいのが特徴です。 そのためか 部屋の快適さは 予約していた 古い個室寝台よりも上かも と思えました。 部屋と通路を隔てる扉は 内側からだけ ロックをかけられ ガラスには ブラインドがあります。 このブラインドは つまみを動かして 通路から見られないように することが可能です。 就寝時など あまり見られたくない場合に 有効です。 それにしても 車内は暑いな。 この車両たちは 始発駅のホームに 到着する直前まで 広い車庫で 留置されていた。 その間ずっと シチリアの太陽に 暖められていたうえ 客室は窓が ほんの一部しか開かない。 そのせいで 客室内は温度が上がり 換気もできず 夏のような暑さに なっていたのだ。 今は冬だから 冷房が入ってないしね。 列車が動き出すと ローマ発の夜行列車と同じく アメニティグッズが配られます。 今回は乗ることができなかった 「エクセルシオール」のロゴが 少し恨めしいです。 アメニティの中身は ローマ線と同じで 歯ブラシや石鹸などが 入っています。 ですがミラノ方面のアメニティは 入れ物が大きく違いました。 一昨日乗った ローマ発の列車は アメニティが紙の箱だったのですが ミラノ行きは ジッパーのついた 布のポーチだったんです。 これが意外と 耐久性と使い勝手が良く 私は今でも 旅行用に持ち歩いている。 そのほか 枕とシーツ ナイトガウンも配られました。 どうやら夜になったら 各自でベッドメイクをして 就寝するスタイルのようです。 この列車は シチリア島内の主要駅に 停車をしながら 北東に位置する港 「メッシーナ」を目指します。 港に着いたら 西部の街「パレルモ」から来た 客車と一緒に フェリーに積み込まれて 海を横断。 イタリア半島に 上陸します。 前回乗った 寝台列車は 走行時間の関係で イタリア本土区間の停車駅が たったの1駅でした。 また、お客さんが 列車に乗れる駅は 始発のローマのみ。 以降の停車駅は 車内の人を 降ろしていくだけという 変わった運用でした。 一方、今日の寝台列車は まだ出発時間が早いので 20分~30分おきに 細かく駅に停車します。 列車は 午後11時30 分に 到着予定の街 「サレルノ」まで お客さんを乗せていくんです。 サレルノを発車した後は 早朝までノンストップ。 そして 翌朝5時半に停車する 中部の都市「フィレンツェ」からは お客さんを順次 下ろしていきます。 シラクサを発車して およそ20分。 沿線にサボテンが生える線路を 快調に走行していると 間もなく最初の停車駅 「アウグスタ」が 近づいてきました。 駅に到着する直前 列車は湾を右手に見ながら 大きくカーブします。 すると同時に 錆びついた船たちが並ぶ 船の墓場が 見えてきました。 なんだか 高速フェリーみたいなのも 係留されているね。 あれは ギリシャ向けに建造された 悲運の高速カーフェリーです。 名前は 「アイオロス・ケンテリス」。 ギリシャ神話に登場する 風の神「アイオロス」と ギリシャの オリンピック金メダリストの名前を 組み合わせた船名です。 アイオロス・ケンテリスは フランスの鉄道車両メーカー 「アルストム」傘下の 造船所で建造されました 。 ギリシャは東の地中海 エーゲ海に面した国。 大小の島々が多く カーフェリーの需要が 高い国です。 中には 日本で活躍していた船が 第2の人生を 歩んでいることもあります。 アイオロス・ケンテリスは こうしたエーゲ海の島々と ギリシャの首都アテネを 短時間で結ぶ目的で 2001年に導入されました。 船内は 約1750人の乗客と 400台以上の自動車を 収容でき 最高時速はおよそ72km。 地中海最速のフェリーとして 華々しくデビューした… はずでした。 しかし就航直後から この高速フェリーには 様々な災難が 襲いかかります。 まず自慢の高速性能を発揮する 強力なエンジンは 不具合が多く よくドイツ鉄道並の 遅延をしたり 欠航も多かったのです。 さらに主要航路である エーゲ海は いくつものリゾートが 点在しています。 こんな場所を 時速72kmもの速さで 大型船が通ると 大きな波が発生し 沿岸に影響を 及ぼしてしまいます。 こうした航路上のリゾート地から 苦情が相次いだことから 大きく遠回りをしたり 速度を落として 運行しなければならなくなりました。 あれ?でもそれだったら 普通のフェリーと 変わらないんじゃない? そうなの。 おまけに高速船の宿命でエンジンは 燃料消費が激しく 運航コストが 重荷になっていました。 その結果 新鋭高速フェリーは わずか 7年で運休。 その後は中東に売却され エジプトと サウジアラビアを結ぶ航路に 就いていました。 ところがその活躍も たった 3年で 終わってしまいます。 アイオロス・ケンテリスは 再びヨーロッパの地中海に返され 5年もの間 放置されていました。 そんな中ついに 2016年に 引き取り先が見つかります。 イタリアにチャーターされ 地中海の島国 マルタ共和国と イタリアを結ぶ航路が 計画されたのです。 しかしそれは この船にとって 新天地ではなく 終焉の地にたどり着く 航路でした。 新たな路線へ 投入をするにあたり まずは メンテナンスが必要だったので シチリア島のアウグスタの港で 整備に着手しました。 ですが、船会社が 途中で改修費用を 払えなくなり 改装工事の継続も 出港できなくなってしまったのです。 船内は内装が 中途半端に撤去された 廃墟のような状態で 以降8年もの間 シチリア島の港の片隅で 係留され続けています。 しかし見るからに 状態は良くなさそうだな。 傾いていて このまま放置してたら 沈んじゃうんじゃないか? 海水の上に浮かんでいる船は 定期的に メンテナンスをしないと すぐに船体が 腐食しちゃうからね。 あの船は係留中に バランスが崩れ 船体後部の 車両積み込み口から 少しずつ浸水しているんです。 でもどの船会社にも 所属していませんから コストと責任を受け持って 整備する業者がいません。 特殊な船ゆえ 解体するにも 莫大な費用がかかりますし そもそも解体場所に 曳航する前に 一旦引き上げて 船体を修理しなければなりません。 ですから 解体も修理もされず 次第に朽ち果てて いるんだそうです。 短命に終わってしまった あの不運なフェリーと 同じ時代。 イタリアの鉄道にも ちょっと悲しい運命をたどった 豪華寝台客車があった。 その名前を聞けば きっと驚くことだろう。 その名は 「エクセルシオール」。 おい!ちょっと待てよ! それは今日 本来予約してた 個室寝台の名前じゃないか。 「今日 乗れなかったから悲しい」 なんてオチじゃないだろうな? まあまあえっちゃん 慌てない。 前回ローマから乗ってきた 「エクセルシオール」というのは 寝台列車の 「個室のグレード」に つけられた名称。 2006年に 古い客車を 改装した際に登場した 「2代目」の名前なんだ。 しかしイタリアには それよりも少し前に 同じ名前を冠した 不運の豪華客車が 存在していたのだ。 それが1995年から 製造された 初代のエクセルシオール客車だった。 この客車は 当時の技術を結集した 次世代の寝台列車として 鳴り物入りで登場した。 25メートルもある 大きな車体に ゆったりとした個室が わずか8部屋だけ。 イタリアを代表する工業デザイナー ジョルジェット・ジウジアーロ氏が 内装を手がけ 客室はまさに 豪華そのものだった。 共用スペースには 優雅なミニラウンジを装備し 各個室には お手洗いやシャワーはもちろんのこと。 ソファーとテレビまで 備えつけられていたのだ。 この豪華客車 エクセルシオールによって 当時利用者が減りつつあった 寝台列車は 起死回生を狙っていた。 実際、初期に利用した人たちの 満足度は非常に高く 今後も車両の増加や 投入される路線の充実が 期待されていた。 しかし時代は彼らに 味方しなかった。 当時の主な需要と 鉄道会社の経営陣たちの関心は すでに高速列車に 傾いていた。 そのうえ イタリアの高速鉄道は 大きな躍進を遂げていた。 車両では 車体傾斜装置のある高速車両 「ペンドリーノ」や 時速300km運転に対応した 新型高速車両”ETR500″たちが 次々に登場。 そのうえ線路でも 20世紀末から 建設が進められてきた 高速専用線が 完成しつつあった。 これにより 高速列車が 最高時速300kmで走り イタリアの主要都市間が わずか1時間前後で 結ばれる世界が すぐ目前に迫っていたのだ。 豪華絢爛な 個室を備えた寝台客車 エクセルシオールは 「高速化」という 大きな時代の波に飲み込まれ ふさわしい活躍の場を得ることが 難しくなってしまった。 しかも エクセルシオール客車に 振りかかった災難は 時代の流れだけでは ありませんでした。 イタリア国鉄、トレニタリアの 寝台列車部門が 威信をかけて投入した この豪華客車には 致名的な 「技術の問題」があったのです。 各個室に備えられた 水まわりや テレビなどの電気設備は 非常に複雑な 構造をしていました。 しかもその製造品質が いかにも「イタリアらしい」 現代の言葉に直すと 「ドイツ鉄道」らしい ですな。 とにかく故障が 起きやすかったのです。 その上故障すると 複雑な構造のため 修理に手間がかかり 次の出発時間までに 整備を終えることができません。 その結果 列車は日常的に遅延したり ひどい時には 設備が故障したまま 運転する事態に陥りました。 それでも手が回らない場合は なんとエクセルシオール客車を 連結せずに 運行してしまうこともあり せっかく切符を買った乗客は 豪華な客車に 乗れないまま 旅を終えることに なってしまったのです。 今日の私たちみたいですね。 こうしたトラブルが 続いた結果 エクセルシオール客車の評判は ガタ落ちしてしまいます。 運よく乗れた乗客も 故障の多い設備に 不満を持つようになり 客足は遠のいていきました。 こうして 安定したサービスが 提供できず しかも定員が少ない この豪華客車は 次第に走る路線を 縮小せざるを 得なくなりました。 一時は国際路線にも 投入されていたのに 登場から10年も経たないうちに ごく限られた路線で不定期に 細々と走るだけに なってしまったのです。 運用を外された エクセルシオール客車は 車庫の片隅で ひっそりと保管されることに なりました。 しかしこれが さらなる悲劇を招きます。 比較的治安が不安定な イタリアの車庫で 長い期間動かない車両は 格好のいたずらのターゲットに なってしまったのです。 投石による 窓ガラスの破壊や 落書きの被害に遭うのは 日常差半時。 さらには 出入り口のドアがこじ開けられ 個室内の 高価な電化製品や お金をかけた 豪華なインテリアが 盗み出されてしまいました。 そして 荒れ果てた客車とはいえ 一応は雨風を しのげる場所です。 壊された扉から 住む場所がない人が忍び込み 勝手に住みついてしまうことも 起きました。 すでに時代は 高速鉄道の全盛期。 寝台列車にまわせる 予算は限られており ボロボロになった 豪華客車の修復は 不可能と判断されてしまいます。 こうして 豪華さと 期待を背負って生まれた エクセルシオール客車は 製造された20両全てが 無惨にも解体される運命を 辿ったのです。 中には製造後 わずか12年という短い期間で 廃車になった車両もありました。 さて、ここまで 「エクセルシオール」の 名前の裏に隠された ちょっとドラマチックな物語を お話ししてきました。 私たちにとって 1番の山場は 予約した車両が 連結すらされていない事件 だったけどな。 豪華客車の旅を 楽しみにしてたのに 乗れなかったお客さんたちの 気持ちがよくわかりましたね! ところでイタリアの鉄道は 一時、高速列車一辺倒でしたが 近年はまた その情勢が変わりつつあります。 環境意識の高まりや 夜間に移動して 時間を有効に使いたい というニーズから 寝台列車は今 新しい時代を迎えているのです。 また、シチリア島を走る 列車たちも 少しずつ顔ぶれが 変化しています。 次回は これから新しい時代を 担っていく 最新鋭の車両の お話をしましょう。 もちろん シチリア島を走る 寝台列車の旅に欠かせない あの作業についても 触れる予定です。 ちょっと面白いものが 撮れちゃったんですよぉ~ それでは次の旅路も どうぞお楽しみに。

*前の動画* https://youtu.be/bVi0XHGwb0E

【20時間】予約崩壊!豪華個室が消えた…イタリア最長寝台列車で起きた悲劇と代償
ゆっくり歌激団の迷列車×鉄道旅シリーズをご覧いただき、ありがとうございます。
今回もイタリアの寝台列車「インターシティ・ノッテ(InterCityNotte)」特集です!
イタリア南部の離島シチリア島には本土とを結ぶ夜行列車が1日3往復運転されています。そのうち2本は首都のローマ、そして残る1往復は北イタリア最大の都市ミラノへ走ります。
シチリア島からミラノまでの走行時間は、なんと20時間!かつて大阪~札幌間を走っていた寝台特急「トワイライトエクスプレス」並の長距離寝台列車であり、まさにイタリアを縦断する壮大な旅路です。
ということでゆっくり歌激団にとっておなじみの街、シチリア島南部の「シラクサ」から再び寝台列車に乗ることにしました。

出発時間はまだ日が高い午後1時30分。 長旅になるため、今回も快適に過ごそうとトレニタリア(イタリア国鉄)ご自慢の豪華な1等個室「エクセルシオール」を意気揚々と予約していたのですが… ここで恒例のトラブルが発生!
予約していた部屋が、まさかの客車ごと連結していないという悲劇に見舞われました。以前のNightjet運休事件といい、私達はイタリアの寝台列車とどうも相性が良くないみたいです。【予約崩壊】
予約した豪華1等個室が消滅し、代わりに割り当てられたのは簡易寝台で相部屋の「クシェット」。

この大ハプニングにはさすが落ち込みましたが、気を取り直してクシェットに入ってみると、意外にも改装されていて居心地が良いことに気付きます!少人数用の個室よりも広く、設備も整っており、次第に20時間の乗車が楽しみになってきました。
さて、シチリア島の夜行列車には短命に終わった「迷客車」そして沿線には「迷船舶」がありました。
イタリアが起死回生を狙って盛大にスベり倒し幻と消えた豪華客車と、地中海最速のフェリーが辿った悲惨すぎる運命とは? イタリアを南から北へ縦断し、鉄道フェリーで海を越える20時間の壮大な鉄道旅行記です。
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*Instagram にてオフショットや動画に出てきた車両の詳細画像を載せています。*
https://www.instagram.com/yukuri403/

0:00 オープニング
0:49 イタリア最長の夜行列車
4:18 前代未聞の大トラブル発生!
8:57 客車紹介
10:49 簡易寝台「クシェット」の設備
13:27 車内サービス
14:14 ミラノまでのルート
15:13 地中海最速のフェリー
16:39 最速ゆえの迷走
19:27 幻の豪華寝台客車『エクセルシオール』
21:12 エクセルシオールのトラブルと失敗
25:05 寝台列車の未来

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40 Comments

  1. 出遅れたぜ!!!!!(;´∀`)待ってました!!!!!
    そいや地中海でイタリアからマルタの区間って何気に左ハンから右ハンに変わるトコなのが面白いですねぇ。

  2. 毎度の投稿本当にお疲れ様です。
    シチリア島からミラノまで片道20時間以上。末期のブルトレの一部もそうでしたが、途中で食堂車や車内販売を使えないのは辛いですね。唯一乗船中に帰るのですが、船の売店は何を売っていましたか?
    4:18トレニタリア、やってくれましたねww

  3. 差額は払い戻されたんですかね
    あまりにも、いい加減すぎるし
    こんななら、行かないな
    あ、早期だから払い戻してくれないのか

  4. 寝台列車って体内時計が崩壊しそう……….いや案外そうでもないのか………?
    よく飛行機の長距離国際線に乗ると渡航先で体内時計が崩壊することありませんか?時差ボケとか…………..
    昔、海外に母と旅行によく行ってたけど、子供の頃は機内食が苦手で機内では飲まず食わずが日常茶飯事だったから、よく飛行機から降りた後に体調不良になってたわ。あらかじめスーツケースにカップ麺を入れてたからよくカップ麺にお世話になってたな。
    今や機内食は大好きなんだけどね。

  5. 5:17 昔プラハから乗り込んだブダペスト発ウィーン行きのナイトジェットにやられたことがある。あの時はクシェットを予約していたけど二等座席車に押し込まれた挙句差額返金まで2ヶ月かかった

  6. 予約した車両に乗れないとか悔しすぎる。
    「乗るはずの車両が連結されてない」ような珍事態とは違いますが、昔予約開始日に10時打ちして取った北斗星が土砂崩れかなんかで当日になって運休になり乗れなかった事があります。あれは悔しかった。

    アイオロス・ケンテリス。高速航行による引き波被害と激悪燃費、東の島国の某海峡でも後年そのまんま同じ事をしていますが、ギリシアの事例を知らなかったのかこっちは大丈夫とタカをくくっていたのか・・・
    ん?ナッ〇チ〇ンってギリシアに買い取られたような・・・大丈夫なのか?

  7. 日本の国鉄も繁忙期に寝台車が故障して代車が捻出出来ないと替わりにグリーンの座席車が連結されて入線してきたって昔話を聞いたことが…

  8. JR九州の「ビートル」も、博多~オランダ村(後にハウステンボス)航路だった時も、沿岸漁民に「配慮」して、減速航海を余儀なくされていた。そこで、本来のジェットフォイルの特性を生かした航路として、ハウステンボス線より赤字な釜山線を存続させた。という話があります。

  9. 特殊な作りゆえ実質引退のカーフェリーの話でロマンスカーVSEを思い出しました。
    うまく使えればモノ自体は悪くないのに環境が悪すぎましたね。

    個人的にはロマンスカーならEXEaが一番好きだったりしますが

  10. おじさんには『クシェット』といえばナハネ20みたいな、本当に開放式の三段寝台のイメージでしたが、ずいぶん変わりましたね
    「ゆくりは激怒した
    かの邪智暴虐のトレニタリアを除かねばならぬ」なんて事にならなくてよかったよ
    途中に出てきた高速フェリーは津軽海峡の「ナッチャン」シリーズみたいな悲劇になってるし「車輌積込口から浸水」なんて洞爺丸台風かよ
    と思えるし…
    ちなみに洞爺丸と同型船で台風から生き延びた『初代大雪丸』もギリシャに売却されて、途中ゴルゴ13でおなじみの『モサド』の破壊工作にも耐え、ユーゴ内戦時にアドリア海で爆沈するまで長い活躍をしておりました

    という事でえっちゃん、一人カラオケはアニソンもいいけど『津軽海峡冬景色』に挑戦しようぜ!

  11. 乗車する車両が連結されてないにはシラクサ生える。
    鉄道・道路併用橋のメッシーナ海峡大橋が予定通り着工して完成すれば車両航走もなくなるんですかね

  12. 切符は取れるのに、車両が連結されてこないってどういう事よ…?
    この時期は個室寝台車がありません、って案内もなかったのか…。

  13. おおお、ニューすずらん、こんなところにおったんかぁ~!世話になったぜ。
    冬の日本海に比べたら地中海はかなり楽なのかな?😅

  14. 最悪のトラブルって、Tちゃんさんが壊れたみたいな途中駅で打ち切られたとか思ったら、まさか車両の連結が無いとは

    しかしE464さんは内部調査部だったのねw

  15. 車両故障なら仕方がないけど、需要が少ないから連結しないは無いわ
    それならなぜチケットを売るのか、理解できない

  16. シラクサ〜ミラノ間を直通する寝台車なんてあるんですね
    運行距離の長さも所要時間も大阪〜札幌間のトワイライトエクスプレスと同じとは凄いですね
    中々の乗車ハードルが高さですがベトナム国鉄のハノイ〜サイゴン間の寝台車と比べるとまだ快適な方かも知れませんね

  17. なんか、アイオロス・ケンテリスのくだり、どっかで見たなと思ったらあれだ。小笠原TSLだ。よくよく見れば形も似てるし。調べた感じ、同じコンセプトで全長と速度がおなじだったっぽい。ただ、こっちは燃料高騰で消えたっぽい。

  18. 20時間で食堂車無しは何かな…途中で買えとか言っても風情がないよね

  19. 昔ブルガリアのソフィアからブダペストまで長距離寝台に乗車したのを思い出しました。当然食堂車の類いはなく、買い込んでおいたお菓子とジュースで翌朝まで凌ぎました。鉄道好きだから楽しんで移動できますけれども、一般人からしたらさっさと飛行機で飛べよって思うのでしょうねぇ。

  20. トワイライトエクスプレスというよりは、寝台特急のはやぶさのイメージがあります。ただ、はやぶさにも食堂車は付属していましたが…😅。まぁ、ある意味日のB寝台よりもイタリアのクシェットの方が格安なのが、私の驚いた点です👍。

  21. シチリア島とイタリア本土を結ぶ寝台特急はかつての日本の北斗星やトワイライトエクスプレスを思わせます。

  22. この列車の後の機関車は力行してるのでしょうか?
    それとも、ただぶら下がってるだけですか?

  23. 艦番F450エリ級フリゲートネームシップ「エリ」ですね
    同型で二隻だけのヘリ格納庫上に76ミリ砲装備したちょいレア艦ですね
    艦齢44年で、フランスで建造中のキモン級が来年就役予定なので退役間近と思われますが・・・

  24. イタリア,というかシチリアの冬の割り切りは結構凄まじいものがありますね.シラクーザからノート・モディカ方面の運行も10月中旬から完全に運休のようですし……

  25. 西鹿児島発着時代の「はやぶさ」も上りは同じような筋だったな。30年以上前を思い出しちまったぜ !!

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