【棚倉城フェスタ】現地説明会レポート
です。え、今私は田倉フェスタの会場に来 ております。ちょっとうっすら画学も 聞こえてるんですが、今田倉の、え、堀を 水堀り沿いを歩いています。 この後もうすでに始まってるんですけど、 私1時半からちょっとステージの方でご 紹介いただいたりしていたので遅れて参加 というわけなんですが、田倉現地説明会と いうものに今から参加していきたいなと 思います。ちょっと残念ながら雨が強く なってきてしまっているんですが、説明会 はやっているんでしょうか?旗は? 旗は見えてるけど、あそこかな?もう1個 先でしたっけ?もう1個先か。 え、田倉城は今年で逐上400年という ことで、え、この土曜日、10月25日 土曜日に田倉フェスタをやって、開催して おります。して発見しました。 発見したけど車がいっぱい来ていて渡れ ない。あ、渡らしていただける。よいしょ 。 すごいぞ。 城の私跡整備の 現場説明会大変でございます。あ、間違え た。道間違えた。こっちから行けない。 こっちから行けなかったよ。こっちか。道 なき道を行くところだった。危ない。 すごいいっぱい人が来ている。 大盛ですね。おお。 どんな感じかと言うとよしょ。こんな感じ 。大盛強です。 どこにいるの?どこが戦闘かな?聞こえない。よいしょ。あっちか。よいしょ。よいしょ。 ところまで範囲まで、え、最体をしましてないだいては 70 で、え、面積的には180 系ですねの範囲について、え、 こっちか。 おお。 ですかね。 なるほど。 え、1 番こ側、え、はこのグランド側にあります大型の位置。こちらが、え、月石と呼ばれる。 で、この月石については、え、先ほど仕掛きの特徴の方で説明したらを使ってます。 ただの毛とかを入れておりまして、あのそういう調整の後もの中にその後ろ側のちょっと細かい入っておりますが、こちらがグリーになっております。 [音楽] で、このグリーの範囲につきましては、え、ま、場所によって若干ばらつきがあるんですけれども、概 1から1.5m 範囲で、え、グリーが入っております。 それあクリの話ですか? それとですね、えっと、下の方見ていただくと、 あ、こちらからではちょっとなかなか見づらいんですけども、え、そちらのあの皆さんは、え、ご覧になれるかと思うんですけど、こちらの皆さん、すいません。 ことで、あの、移動してみていただければと思いますが、足元のところに、え、大型の石がこう、埋まっているような、 え、状況が見て取れるんですけども、あの、石垣の下の部分ですね、根石と呼ばれるところに近い部分につきましては、え、石をですね、敷き詰めるような根めのようなものがされていて、で、その上に石垣きと、ま、石垣を形成しているというような、え、状態になっております。 [音楽] で、今年度はですね、あの、まだ、え、積材カルテ調査の方も同じく実施しているんですけども、今年度調査についてはまだあの成果の方がまとまっておりませんので、え、昨年度の調査から、え、申しますと材の種類的には、え、安算癌ですね、それとがそういったものですね。 [音楽] ま、川由由来の石が多く使われていると いうようなことで、え、ま、おそらく、 ここからあの工学的に言うと西の方に 向かっていきます。え、金倉町内の高地区 の方から、え、流れています。え、藤川 由来の石なのではないかという風に考えて おります。実際に川から拾ったのか、それ とも川沿いの、ま、あの、路島というか、 そういった場所から持ってきたのかは ちょっとそこまでは分かりませんけれども 、ま、藤川由来のものかなという風に現在 のところを考えております。で、先ほどし ました通り、え、基本的には野ず石、自然 石ですね、そういったものを、え、使って 、え、石書きを築づいておりますが、ま、 中にはあの割れとかですね、え、初りと いった加工ですね。あとは、え、やという 技術が使われておりまして、これはどう いう技術かと言いますと、え、ま、のみと かでですね、あの、矢のこう穴を掘りまし て、そこに、え、大型の楔みたいな、鉄の 楔みたいなやつを打ち込みまして、え、 でっかい原能の方で叩いて終わるという ような技術でして、え、ま、田倉地上後に 庭流しは、え、小ミ城にあの、立派な石垣 のお城を築づきますが、え、コミネ場の 石垣などにはよく使われているような技術 になります。田倉場では、え、石垣の一部 、例えば先ほどお話しした鏡石とかそう いったものとあとは、え、こちらからでは なかなか見えませんが、え、偶格部と呼ば れる、え、角のところですねの石には、え 、そういうや穴の加工が見られたりします 。 はい。で、今回の調査で、え、どういった ものが分かるかというところではあります けれども、ま、逐の当時の、ま、土の積み 方がですね、分かったというところが、え 、1番大きなところではあります。え、 ちょっとそちら側になりますけれども、 すいません。足元見づらい方、あの、 ちょっと黄色っぽい土が あるかと思うんですけども、そちらはです ね、あの、川綱系の、え、土を使っており まして、その川綱ですね、ま、どういう ところから運んできたのかと、ここら辺に 川は近くにはないぞというところなんです が、ま、こちらはですね、おそらく、え、 ま、どこかしらのですね、自盤を掘り上げ て持ってきたものだと思います。それで 川綱というものを、えっと、ここ先ほど 1番最初に顔の加が上にあるというお話を しましたが、おそらくその加が男球を形成 する際の体積物のものが由来になっていて 、そちらを掘り上げて、え、この石垣きを 築づく際の、ま、盛動した時ですね、ここ に使っているというようなものだと考えて おります。 で、田倉の石垣はですね、ま、160mと いうところで、他のあの立派な石垣がある お城に比べますと、非常に石垣の量は 少ないんですけれども、ま、庭長はですね 、え、1625年から逐場開始しまして、 その2年後には、え、白川の方に移って おります。で、その2年間っていう、ま、 比較的というか、かなり短い期間の中で、 ま、田村ラジオの本丸からこの2丸の ところまで、ま、おそらく大型の、え、 縄張りと呼ばれる、ま、お城のですね、 原型のところは整備していったんではない かなという風に考えておりますので、ま、 そういう2年間という短い期間の中で、あ 、高校の うん、石書きのところはどういう風に詰め ばいいんだろうという風に考えた時に、ま 、近くのじ側から取れる石を持ってきて、 ただ、え、根めとかをしっかりして崩れ ないような石垣きを積もうという、そう いう意識で、え、石垣きを積んだんだろう という風に思っております。当時庭、あの 、ま、田倉に移ってくる前は、あの、日立 、えっと、すいません。茨城県の今あの、 え、江戸崎ですね、江戸崎班の方から移っ ていきましたけれども、ま、なかなか財政 的にもおそらく厳しいような状態でかつ、 え、立地的にも、え、1番最初はこちら から北側に位置します赤という山次の方を 、え、自分の居場として整備しようとする んですけれども、ま、それはあの当時の 将軍であった、え、秀田の方ですね、徳川 秀田の方からそこはダメなので別な場所を 選びなさいという風に言われて、ま、 バツコ神社を、ま、わざわざですね、 動かして、こちらの方城を蓄上したという ことですので、ま、そういったですね、え 、場所的にも制約を受けるで、時間的にも 制約を受けるで、財政的にもおそらくあの 、あまりないだろうというところで制約を 受ける中でここの石垣きを、ま、どうにか あの頑張って気づこうということで気づい たんではないだろうかなということで、ま 、今回この構造が明らかになったことに よって、え、もうその分けのですね、ま、 努力というか、あの、頭をひねりながら ここはどういう風に気づこうという風に 考えた結果っていうものが今回見えている のかなという風に思います。はい。で、 大型の説明はですね、え、終わりになり ますが、3ページについ、3ページの下の ところに石垣付近の推定断面図ということ で、え、書かせていただいております。え 、先ほどですね、石書きの整形する際に、 あの、も土を持ってきて最後に、え、石を 、え、ま、作っているような状態なんです けれども、え、この下ですね、あの、 ボーリング調査と呼ばれるこの、ま、自盤 、自盤調査ですねの方を行っております。 で、その結果はですね、約10ぐらいあの 森戸があるというところで、こんなにあの 土を持って作るのかというとこでちょっと 驚きがあったところではあります。実際 その盛ドの中にもあのボーリング調査です のでその年代まではなかなかはっきりし ないところなんですね。なので、え、森戸 全部が田倉を逐上した際の森戸かと言わ れるとまだ何とも分からないんですけれど も、ただそういう自盤ではないところの ところに、え、森道を、ま、持ってで、 その1番端っこのところにおそらく土めの ような形で石垣きを作ったのではない だろうかなという風に、え、考えており ます。 はい。ではですね、え、駆け足でちょっと ご説明してきたんですけれども、え、この 後ですね、あのご質問等あれば、え、言っ ていただければ、あの、発言して いただければそれにお答えします。なお ですね、あの、終わった後にですね、あの 、個人的にちょっと聞きたいというような ことであれば、あの、お答えいたしますの で、私の方は、あの、捕まえていただけれ ばという風に思います。よろしくお願い いたします。 ご質問ある方いらっしゃいますか?はい。 見ていくと 結構短いんでかなりこうからの中でこので向こうのから運悪いのでよいしょよいし すいません。ちょっとこれ持って、ちょっとこれを持ってもらっていいですか?すいません。 はい、というわけで現地説明会の様子でした。 まだ質疑応答の時間ではあるんですが、一旦こちらで配信の方は終了したいと思います。皆さん是非田倉に遊びに来てください。またね。 を運んでてんでいると 終わりですか?いいです。
棚倉城フェスタの様子を会場からレポートさせていただきました!
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