【廃墟巡り】静岡市葵区の森の中にある廃村を探検する #廃墟探索 #静岡 #街歩き #葵区

[音楽] はい、どうも天野と申します。静岡市に やってまいりました。今日はここから配を 見に行きます。静岡市内に配なんてまさか と思うかもしれませんが、この地図を見て ください。この南アルプスに挟まれた県民 ですら何があるのか知らない到達困難地域 。ここ静岡市なんですよね。静岡市は実は 結構3カ部が広いんです。さて道路も本格 的に山道になってきました。この道の先に は現在崩れのというちょっと怖い地名の 集落が1つあるだけですが、かつてはもう 1つ別の集落があったんですね。という ことでやってまいりました。薬草集落。 なんか道の先が東北で塞がれていて明らか に配動化しているんですよね。この後ろに ある倉庫まではまだ道の形を保っていたの で多分ここは今でも使われているんですよ 。ただこの先の道はもう誰も使っていない と。まあとりあえず行ってみましょうか。 さて、なんか道が2つに分かれていますね 。ここ左に新しそうなガードレールがある ので、一見そちらが本道に見えるんですよ ね。でも行ってみると先のない行き止まり になっています。おそらくこれは住民たち のための駐車場だったんだと思います。 ここの集落目の前までは車で来れるのに 肝心の集落内には来るまで入れないんです よね。まあ、3巻部の配損にはありがちな 話です。そしてこの看板、登山車向けの 案内地図ですね。どうやら現在この場所は 登山口の駐車場に転用されているみたい です。じゃあなんであの東北木をどかさ ないんだって感じですけど、多分ここから 登る人は少ないのでしょう。3年前に訪れ た人の記録ではすでに盗木が道を塞いでい ました。せっかく新しいガードレールを 作ったのにちょっともったいないですね。 ということで道の分岐点まで戻ってまいり ました。マンじして集落につがる右側の道 を進みましょう。 なんかまだ管理されていそうな家が見えて きましたね。の先が民家のき先に吸い込ま れているので歩いていいものか困惑しまし たけど結論から言えば大丈夫でした。この 先に普通に登山道の案内看板が立ってい ます。こういう民家の庭と行動の境い目が 曖昧なのも古い集落のあるあるですね。 子流財産の名文化が進んだ現代では なかなか見られない光景です。 木の向こうにもう一件家が見えます。 こちらはかなり傷んでいますね。ちょっと 見に行ってみましょう。 [音楽] 立派な日本火ですね。これだけ傷んでいて も立っていられるということはきっと相当 いい木材を使っています。別装置なんかに 行くと放棄されてほんの10年程度で後方 もなく崩れ去っている建物とかあります けどやっぱり昔の人とは家にかける こだわりが違うんでしょうね。 中はだいぶ床板が抜けていますが針は ほとんど壊れていないように見えます。 これやろうと思えば再生できるかもしれ ません。まあ、こういう行動に接してい ない家って最近は防価法の関係で住めない らしいですけどね。せい世の中になった ものです。 それにしても本当に典型的な日本家の設計 をしていますね。固定された壁が全くなく てふマとを外すと吹きっさらしになって しまう。なんかあったもんじゃないですが 、空間の有効活用的にはこういったものの 方がいいのかもしれません。個人的には 縁側のある家ってちょっと憧れます。 [音楽] さて、庭の方にももう1件建物が見えます ね。こちらは小さいのでおそらく物置き でしょう。 [音楽] 中は生事の骨やタスが置かれていました。 床に米袋が転がっていることから農家に よくある食料保管庫だったのかもしれませ ん。多分この家が主に育てていた作物はお 茶でしょう。ここがこの家の畑なんです けど、かなり傾斜が激しいですよね。これ は水ハけと日当たりを良くしたい茶畑特有 の土地作りです。まあ、お茶の木が全部 抜かれて杉林しになっているのでだいぶ昔 にやめてしまったようです。 なんかすごく古い掃除機が落ちていますね 。車輪の形から投資場製の気がしますが、 詳しい型番はちょっと分かりません。ここ の家中は綺麗に片付けられていたのに屋外 は結構ゴミが散らばっているんですよね。 例えばこの先ほど見た倉庫の隣にも古い テレビが落ちています。そしてその奥に 捨てられているのは大量の坂瓶。赤い キャップが杉の内場の隙間から覗いている 光景は正直ちょっと不気味ですね。集合対 恐怖症を発症しそうになりました。中身は もう入っていませんね。妖名種の瓶だった みたいです。なんかこう住民の人物像が頭 に浮かびます。表明って数高いから、 こんなたくさん飲んだらむしろ寿命縮むと 思うんですけどね。こっちはラジオですね 。昔懐かしい真空間ラジオです。こういう ものはこんな風に捨ておかないで売って 欲しかったんですけどね。しかもよく見る とこれマジックアイが付いているじゃない ですか。この時代の製品ってなんかかっこ いいデザインしてるんですよね。レトロ フューチャーというか、スペースエイジと いうか、そしてこの親の顔より見慣れた ナショナルマーク。なんか安心しますね。 こっちはさらに古い世代のラジオ、ST感 という1番古いタイプの真空感が使われて います。この手の真空感は製造コストが 安かったらしく、デパートがプライベート ブランドで売るやすいラジオなんかによく 使われていました。 さて、一旦登山道に戻りましょう。実は まだこの先にも集落跡が続いているんです 。 さて、山頂へ向かう道はここ奥の字に 曲がるようですが、直進方向にも道は続い ています。まずはこちらから見てみ ましょう。 小屋が見えてきましたね。壁に防価 サイレンのパターンを描いた看板が貼られ ています。 山かじは下に時間がかかるので、山の中の集落では住民 1 人1人がこういう信号を覚えておかなければならないんですよね。小屋の中は押しのポンプ車が入っていました。ここは消防弾の小屋だったのでしょう。さて、こっちが残りのオですね。先ほどの家に比べるとだいぶ状態がいいように見えます。 [音楽] 外板もほとんど傷んでいません。 こっちの家は縁側のが開いてしまってい ますね。ちょっと中を覗いてみましょう。 やはり綺麗に片付けられています。きっと 豆な人が住んでいたのでしょう。 なんかいくつも過があるように見えたん ですけど、よく見たら1つに繋がった 大きな屋敷でした。 この離れは倉庫とトイレですね。昔の家 ってトイレが屋外にあるんですよね。 おかげで夜トイレに行くのが怖くて仕方が なかったとか。まあ今のか奥ほど機密性が 高くなくその上奥が組み取り式ですから 臭くて屋内に設置なんかできなかったの でしょう。 道は少し行ったところで途切れていました 。 まあ戻りましょうか。 それにしてもここ惜しい配ですよね。 ほんの数十手前までなら車で来れるのに そこから先へシャ道が伸びなかったために 人がいなくなってしまった感じがします。 隣の崩れの集落は車道が引かれていてまだ居住車がいますからね。まあとは言ってもそこも結局 1番近いコンビニまで車で 1 時間以上かかるような場所ですから今後人がいなくなるかもしれませんけどね。さて山道の分岐地点まで戻ってきました。 [音楽] さすがに時間的にここから山頂を目指す ことはできませんが、この先にも少し集落 の移行があるので見に行きましょう。 まず最初に見えてくるのは日の宮です。 こんな見晴しの悪い森の中に設置して意味 あるのかって感じですけど、おそらく昔は こんな風に木が生えていない開けた集落 だったのでしょう。先ほどで見た畑にも 木々が生えていましたけど、多分この地を 出ていく時にいずれ顕在にして売るつもり で杉を植えたんでしょうね。ここがいつ から配収楽になったのかは情報がなかった のですが、杉の木は10年で6m伸びると 言いますから、多分もう450年前には人 がいなかったのでしょう。 [音楽] お、これはおちょことロソ台ですね。随分 コケに埋まっています。きっと昔はここに 祠があって備え物をしていたのでしょう。 なんか登山道の横に開けた空間があります ね。ちょっと登ってみましょうか。 これは茶畑の木々が残っています。もう 管理されていなくて伸び放題ですが、ここ に生えているのは全部お茶の木です。これ はちょっとすごい光景ですね。ここまで 伸び切ったお茶の木は見たことがありませ ん。普通収穫しやすいように竹が管理さ れるのでこんな風に下から見上げること なんてできないはずなんですけどね。まあ 、なんというか静岡のお茶生産が衰退して いる理由が分かった気がしますね。 さて、この山道を登るとこの集落の人々が 代々感主を世集したという記者山神社へ 行けるようですが、すみません。さすがに 日が限ってきてしまったので今日はそこ まではいけません。どうやら片道1時間 以上かかるらしいんですよね。ということ で、そろそろこの集落の歴史を話し ましょう。先術の通り、ここはヤ落と言っ てその記録は戦国時代まで遡ります。当時 この地域は山を超えた先にある井川の金山 へ向かう道の入り口となっていました。 イ川金山は忍徳天皇の時代から採掘がされ てきましたが、戦国時代に今川市が手を つけると開発が本格化。後に竹出しの手に 渡るとさらに積極的に採掘が行われるよう になり、隠し鉱山として彼らの財政を支え ました。最終的に金山は徳川の手に渡り ますが、こうした経緯からこの土地は戦略 的な意味を持ち、金山への出入りを監視 する石書が置かれました。石書の役人には 記者山神社のカ主を代々ついできた高橋と いう一族のものが抜擢され、この集落は彼 らの居住地となったんです。そして現在 高橋家の人々は川根に移住していると言い ます。記者山神社は川根方面にあります から、もしかすると本家に帰っただけと いうことかもしれません。さて、すみませ ん。実はこの集落について分かっている ことはここまでなんです。もう少し近代の ことも分かればいいのですが、ここは本当 に世に出ている情報が少ないんですね。 明治以降のこの場所について過ろじて 分かることはかつては今の場合ほどの家が あったことぐらいしかありません。もしか したらこの地域の王子主だった高橋がい なくなったことで歴史を記録する人がい なくなってしまっているのかもしれません 。といったところでご視聴ありがとう ございました。チャンネル登録と高評価を よろしくお願いします。また探索して 取り上げて欲しい場所のリクエストもお 待ちしております。特に静岡県の歴史や 魅力の再発見につがるような場所を教えて いただけると非常に助かります。それでは また来週。

#廃墟 #静岡 #街歩き #静岡市 #観光 #廃村 #葵区 #廃墟探索 #廃墟巡り

今回は静岡市の葵区に存在する「八草集落」の紹介です。

この場所は、井川金山へ続く道の関所を任された一族の居住地でしたが、現在彼らは本家がある川根に戻ってしまったようで、この場所は廃村となっています。

朽ちつつも立派に形を保った日本家屋や、付近一帯に転がった昭和の残留物など、一見の価値ありです。

【Mr.Amano’s channel】
静岡在住の原付ライダー。学生時代は東京で過ごしたため馴染みが深く、神奈川や東京をはじめとした関東方面へツーリングに行く事も多い。愛車はホンダのスーパーカブとタケオカ自動車のアビーキャロット。アビーは四輪車のくせに50ccというイカれた乗り物。
現在は諸事情あって失職中。せっかく暇ができたからこれまでのんびりやっていたYouTubeでの活動に力を入れてみたところ、熱川の廃棄動画が当たってまさかの収益化基準達成(現在審査中)。しかし次に繋げる方法がイマイチ分からなかった為、マーケティング業界で働く友人二人の助けを借りて試行錯誤中。

【廃墟探訪】
基礎体温の低さからくるスタミナ不足に悩まされていたので体力作の一環として山登りを始めた。しかしいつの間にか廃道歩きにシフトしていき、気付いたら廃墟を探す事が目的になっていた。
バイクや車で廃墟や廃道へ向かい、そこか見出せる自然と滅びの美学を発信し、視聴者の皆さんに非日常感をお届けできれば幸いです。たまに変な観光地とか変な地形の場所とかも配信するかもしれません。

【カメラ機材】
GoPro HERO9
GoPro HERO4

【編集ソフト】
ゆっくりムービーメーカー4

32 Comments

  1. 廃集落動画を観てると「この縁側でどんな人がどんな話しをしてたんだろう?」「この茶畑でみんな笑いながら作業してたのかな?」などの勝手な妄想をしています😊

  2. 井川金山、安倍川金山、永遠のロマンがありますよね。
    大昔からまだ知られていない場所があって、農家のおじさんが手掘りで見つけた金塊で大儲けして、その子孫の御屋敷がココだよと、その近所に住む同級生の親から教えてもらったことがあります。
    豪農のスケールを越えた御屋敷です。
    その一族に静岡では有名な方がいて現在もご活躍中です。
    知られているようで知られていないお話かと思われます。

  3. 養命酒って、アルコール以上に多量摂取しちゃまずい成分入ってそうですよねぇ。

  4. 安い別荘はベニヤ板を多用してます。湿気が多い山間部では、木用接着剤が駄目になるので、直ぐバラバラになります。私の家も床下のは、ほとんど駄目になってました😂
    以前から気になっている所は、夏焼の方にある針間野廃村です👍

  5. 静岡県の角?の部分ですね。今、リニア新幹線の工区で有名ですね。川勝知事も現地に行かれてましたね。廃集落があるんですね。壊れた掃除機やTVがあるという事は、当然ながら電気が引かれいたんですね。僻地への送電は大変で、昔からのポツンと一軒家だと既存の送電線を使えますが、山の中に家や別荘を新たに建てたいとなると、送電網を作り直す必要があり、最悪電圧が降下してしまい家電製品が使えないケース(低い電圧だと家電製品が故障する)がある様ですね。茶畑が樹木化してましたね。本当は平地でお茶を生産するよりは、寒暖差のある高地の方が美味しいお茶が出来るんですよね。コスト的に難しいんだと思いますね。動画面白かったです。

  6. 60年位前に子供会で行ったかも、山の暮らしの話を聞いたり「はちのこ食うか」とかすすめられたり。

  7. 歩くの大変そうなトコばかりお疲れ様でした。
    静岡市は物凄い山奥まであるんで驚きますよね。ここは井川金山方面なのかな
    梅が島方面なら行ったことあります。渡村と書いてどむらだったかな長安時代の
    有名な寄託文書が気になって持主に聞いた話では、この辺りは昔から水害が多く村も移転離散を繰り返したようで、離散した他家の記録だったようです。縁ある家が預かるという場合もありますが、私が江戸時代の山奥文書を読んだ経験では家土地家財文書など一式を
    村民が競売した記録を何例もみています。家財など運ぶのがたいへんですし古文書記録としての競売ではなく襖修理やその他の補修材として反故紙として使われたようです。

  8. 掃除機が子供のダンプカーとかのおもちゃに見えました^^
    お茶の木の生け垣はありますが、茶畑を放っておくとヒョロヒョロと伸びて下の方がスカスカになっちゃうんですね^^

  9. 伊豆の中伊豆から土肥港へ行く道の途中にある旧船原ホテルについて見てみてほしいですね。
    あそこはかつて純金風呂があったり、あの建物の川を挟んだ向こう側に遊歩道跡があったりと面白そうなところがいくつかあるんですよね

  10. 道なき道を分け入ったり、崩れそうな洞窟や建造物に立ち入ったり本当頭が下がる思いで拝見しております😅
    くれぐれもお気をつけください🙏

  11. 以前から思ってましたが、廃墟巡りをするうえで霊的な物を感じたり、不思議な現象にあったりしないのでしょうか?自分は臆病なので😅

  12. 此処の集落は当時は、お茶生産で栄えていたのだと思います。
    一軒、一軒の屋敷が広いですからね。
    庄屋さんの役割をする人が居なくなると集落として機能しなくなるのですね~ 無くなったのは寂しいけれど、此処で賑やかな楽しい暮らしがあった事は確かですね。

  13. 地元静岡市の廃集落の紹介、ありがとうございます。智者山のハイキングコースの一部なので、松浦さんの安倍山系・下の195頁を見ると「青色の小屋が2棟ある...」の記載があり、1:13の画像と同定でき、なかなか興味深かったです。安倍山系の山々もかなり歩きましたが、ここらあたりは未踏です。最近は熊が気になりなかなか足を運べないのが残念です。

  14. 確かに柱といい梁といい太くて良さそうな木材を使用していますね。今こんな木材使ったらいくらになるんだか。まあ、私の祖父の家とかもそうですが、昔の農家とかやたらデカくて部屋数も多く立派な柱ですよね。

  15. 廃屋の周りの木の大きさを見るとだいぶ昔に山を下りられたんでしょうね。人が住んでいたころは日当たりは良かったでしょうから。こういう山の中で近所で誰かの家が引っ越されるとおいて行かれたような気がするでしょうね。

  16. 配信ありがとうございます。昔の家屋は丈夫ですね。今では高額な木材ですね。
    日本の気候にあった作りですね。夏の湿度対策に襖と障子で対策
    冬は寒いでしょうね
    囲炉裏があったのかも?防虫効果と暖房代わりとして使用していたのかも。
    トイレとお風呂は外当たり前ですね。
    夏はいいけど冬は嫌ですね。
    次回も楽しみにしてます

  17. お茶の木凄いですね、あんなに伸びてしまうんだ
    普段目にするお茶の木はしっかり管理されているって事なんでしょうね
    裾野市の中央公園に江戸時代中期の住宅が重要文化財として管理されているんですが、古い廃墟を見てそれを思い出しました
    本来の日本家屋って昔からこういう造りだったんですね

  18. 昭和30年代生まれのジジイです、木造住宅を見ると郷愁を感じます、それが見たくて、ネットサーフィンしてしまいます、そして見つけました!
    いいですね ദ്ദി ˃ ᵕ ˂ )これからもよろしくお願い致します。 (*ᵕᴗᵕㅅ)

  19. 「親の顔より見慣れたナショナルマーク」
    こういう表現&感性、大好きです。
    アマノさんの才能ですね。

  20. アマノさんの動画いつも青色が綺麗に出ていますね。空や海がいつも美しい
    それもあってか廃墟もなぜか汚らしく見えない

  21. 檜や杉を植えていくのは諸説目的色々ですが、草の繁茂を抑える目的が多いと自分は聞かされました。檜や杉林は日当たりの関係か雑草が繁茂しにくくなるんだそうです。(戻ってきた時草刈りなどの雑務の手間が減るからだとか
    幹の太さからかなり前に植えられたと思います。植えた当時は日本産の木材価格もいい頃で、下草の繁茂を抑える+売ってある程度の利益を得れればなお良しだったのでしょうが、数年前の相場だと無加工の丸太材より苗の方が高いという現象になっていた記憶があります(記憶違いで間違えていたらごめんなさい

  22. 伊豆市本立野610という住所に、廃墟みたいなのがありました。
    地元民じゃないからなんなのか分からないし、調べ方も分からないので、アマノさんにぜひ見に行って貰いたいです(* ˊ꒳ˋ*)
    今回も動画投稿ありがとうございます!
    昔の木の方が今の木より、がっちりしっかりしてるから家屋も崩れにくいのかな?こんな場所があったとは……驚きです

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