【薩摩武士が生きた町】町に息づく伝統と誇り#鹿児島観光 #武家屋敷#samuraijapan

「薩摩武士が生きた町」の魅力をショート動画でご紹介!武家屋敷群や歴史が色濃く残る風景を歩きながら、江戸時代の薩摩武士たちの暮らしに触れる旅へ。伝統と誇りが息づくこの町の物語をお楽しみください。

17世紀から19世紀前半まで続いた江戸時代。多人数の武士を抱えていた薩摩藩(今の鹿児島県と宮崎県の一部)では、領地の中を小さく分けて、武士を分散させて住まわせる独自の体制(外城制度)をとっていました。城下の外につくった集落を「麓(ふもと)」と呼び、19世紀の初め頃には、その数120か所に及んだといわれています。
麓では、武家屋敷の周囲に馬場(ばば)と呼ばれる広い道が通され、鉄砲や弓などの武術の訓練が行われることもありました。屋敷は侵入者に備え、石垣と生垣で囲まれています。各地の麓には、日々武芸の訓練に励む武士たちの姿があったのです。今も、区画割りされた道に隣接して武家屋敷が並ぶ麓の町並みが何か所も残っています。
麓の子どもたちは、年上の子が年下の子を教える独自の教育の中で育ち、助け合いながら学ぶ中で、幼いうちから心身を鍛え続けました。こうして、戦のない江戸時代においても武芸に磨きをかけた薩摩の武士たちの中から、19世紀後半以降の日本の開国と近代化に重要な役割を果たす人物が現れたのでした。

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