第1732回「托鉢に思う」2025/10/4【毎日の管長日記と呼吸瞑想】| 臨済宗円覚寺派管長 横田南嶺老師
[音楽] [音楽] おはようございます。先月のことですが、 お願の1日を修行層と共に町を宅発してい ました。なかなかこの頃は空いている日と いうのがほとんどなくて1日発に出るのも めったになくなっています。それでも早く からなんとかお願の1日は宅発をしようと 思って1日何の予定も入れないように調整 してきたのでした。 幸いに良いお天気に恵まれて1日修行層と 共にわ地を吐いてアロガをかぶって鎌倉の 町を一見一見し税癌を唱えて宅発をしたの でした。宅発は何と言っても修行の1番の 原点です。爆発を工事園で調べると1番 修行層がこで不正される米ゼニを鉄発で 受けて回ること凝骨2番全デラで食事の時 層が8を持って相動に行くことの2つの 意味があります。無門官の中に特産宅発と いう公案があります。これは2番の意味の 宅発です。特産お尚がまだお昼の支度が 出来上がったという合図の対鼓もなってい ないのにご自身の8を持って時道に赴いた という話です。その時台所のしていた切法 お尚にまだ太鼓の合図もなっていないのに 8を持ってどうするのかと問われて特産 お尚はただ黙って台どこに戻っていったと いう話です。8というのは食事の時の器で 今でも修行層は自分の器を持っています。 今は5つが重ねの器を持っています。 食事が終わるとお湯で自分の器を注いでお 湯を飲み干し、自分の付近で器を吹いて また包みにくるんで持っているのです。 便利なものです。この2番目の意味の宅発 ではなく1番目の宅発です。保ジ円にかこ で不正される米線コメニを鉄で受けて回る とありますようにそれぞれのお家でお米や お金をいただくのです。かつてはお米が 中心でしたが鎌倉ではほとんどお金に 変わっています。12頭というのが解かれ ますが、その中に常にコ敷を凝ずる骨食 するのに家の品婦を差別選択せずに順番に こうという項目があります。全額大時点に は宅発について詳しく書かれています。 まず音、分営文とあります。京都のでは 宅発と言わずに分と言っていました。これ は宅発という意味のインドの言葉の音を 移したものです。それから凝骨、骨、包発 、自発と同儀出が8を携子 落等に職を超うこと。爆圧の風習はインド では古く仏教以前からバラモン教やその他 の教団でも行われており、仏教でも当時の 風習に従ってビクたちが食物を得るには 原則的には宅発によるとされた。 中国や日本では多く前収に伝えられたが他 の周波でもこれを行うことがある。また宅 は手に捧げ持ち民間に行って塔ごとに原発 もしくは道を歩くのみで凝骨するもの連発 であるがその時借場または鈴を持って告知 しまた受教する。またこの他に宿泊食事の 時に蜂を捧げて相動にくことも宅圧と言わ れた。しかし、一般にはこの意味はあまり 使用されないと解説されています。ここに 連発と原発という言葉が出ています。連発 というのは今でも京都の町で行われている ものです。私などが伝え聞いたところでは 京都では市内に7つの騒動がありますので 、各騒動が一件1件お経を上げていては 住民も大変だというので道をただほー と大きな声を上げて歩くのみとなっている のです。これはこれで良い修行になるもの です。 鎌倉では一見一件の家の前でシグ癌を読み ます。そうすると家の方が出て見えて お伏せをいただくのです。何元もの家の前 でシグ癌を唱えるのであります。全時点に はさらに明治以後に僧侶の宅は一般には 禁じられたが、古来の風習ある事員とか 特別の事電事業等のためにその筋の許可を 受けて宅をなすことは今日も行われている と書かれています。まさにこの通りで鎌倉 では長い伝統があるので今も行われている のです。この頃は鎌倉市街にまで出るとし ていても苦情が来たり時には警察に通報さ れることもありますが鎌倉ではまだ宅発を 温かく受け入れてくださる家が多いのです 。まさにありがたいことであります。その 日は鎌倉の信者さんのおタでお経を上げて お昼をいただくことになっていましたので 鎌倉まで行きました。そんなに高い山では ありませんが、急な坂を登ります。帰りは 縁が9時まで歩きましたので5kmほどの 道乗りでありました。帰りも鍛原という 小高い丘を登って降りてくるのです。 思い返すともう彼これ40年近く圧をして いることになります。50を超えてから 少し衰えを感じるようになっていきました 。30代の頃などはまだ修行層を追い抜く くらいの体力があったものです。それが 坂道になるとだ修行層たちに遅れるように なってきました。忘れもしませんが、ある 時やく急な坂道を登ってみると修行層たち が私を待ってくれていましいたのでした。 この時には愕然としたのでした。50を 超えた頃だと思います。それではいけない と思い、それから体の鍛錬を行うように 努力してきました。修行道場において もらっているからには同じように爆発でき ないと申し訳ないと思ったのです。それ からこの頃は特に身体の研究をしています ので、歩き方、坂道や階段の登り方を研究 しています。足指、足首も鍛錬しています 。そういうことを積み重ねているおかげで 先日の宅発などは全く苦痛なく生行って 帰ることができました。歩くにしても足を どう地面につけるか衝撃をどう少なくする かとても大事です。アスファルトの上を わじきで歩きますのでまずかから着地して は衝撃が強く膝や腰に負担がかかります。 そこで消子器あたりから足を地面につけて 足指に重心を乗せて歩くように工夫してい ます。そうすると衝撃が少なくて済みます 。一見一件家の前で立ってお経を上げるの に腰に負担のかかる立ち方ですと腰が張っ てしまいます。これは風船ワークなどを 通じて複かける呼吸法を習ってきています ので複か立っておを上げます。そうします と腰の負担がなくなるのです。坂道や階段 を登る時には股関節を引き込むようにして 線骨や腰椎番を前傾させるようにして 上がるとスイスと登れます。そんな工夫を しているおかげで修行層たちに遅れを取る ようなことはなくなりました。様々な身体 技法を研究しているのは毎日修行層と共に 修行できるようにするためであります。 それに今の修行層たちよりも私ははるかに 長い年月を発してきていますので市内の道 には詳しいものです。裏道などを教えて あげることもできます。そんなわけで修行 道場に身を置いてもらっているからには 宅発もしなければと思って1日発してきた のでした。宅アは顔が分からないように味 をまぶかにかぶってお経を上げている時で も相手の顔を見たりしないようにしてい ますので先方にも見ばれることがありませ ん。ありがたく修行させてもらったのでし た。 それでは私と呼吸と整えてまいります。 まず両方の足で床をしっかりと踏み締めて この大地に支えられていることを感じて足 に力を入れてよし立ち上がるぞという 気持ちでお尻を5cm10cmをどすと 持ち上げていってストロします。 息を吸いながら肩をぎゅっと持ち上げて いって吐くと同時にストンロします。もう 1度息を吸いながら肩を持ち上げていって 吐くと同時にストロします。 最初一息息を強く吐き出します。その時に はお腹の底に溜まっている空気も全部 吐き出してしまうつもりで、胸に抱えて いる思いや患いも全部吐き出してしまう つもりで口を開いて1息強く は と吐き出して口を閉じますと鼻から新鮮な 空気がいっぱい入ってまいります。おへそ の下しいっぱいに新しい空気が満ちて さらに体の隅々みまで新しい空気が 生き渡っていくのを感じながらありがたい な嬉しいなと思わず微笑みがこぼれて まいります。そんな気持ちでその後は口を 閉じてただ鼻から息が出たり入ったりする 様子を静かに見つめて座りましょう。 はい、ありがとうございます。どうぞ今日 も良い1日でありますようにお祈りして おります。
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最後に一日のはじまりを整える、呼吸瞑想がございます。
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先月のことですがお彼岸の一日を、修行僧と共に街を托鉢していました。
なかなか、この頃は空いている日というのがほとんど無くて一日托鉢に出るのもめったになくなっています。
それでも早くから、なんとかお彼岸の一日は托鉢をしようと思って、一日何の予定も入れないように調整してきたのでした。
幸いによいお天気に恵まれて一日修行僧と共にわらじを履いて、網代傘をかぶって鎌倉の街を一軒一軒、四弘誓願を唱えて托鉢したのでした。
托鉢はなんといっても修行の一番の原点です。
托鉢を『広辞苑』で調べると、
①修行僧が、各戸で布施される米銭を鉄鉢で受けてまわること。乞食。行乞。
②禅寺で食事のとき、僧が鉢を持って僧堂に行くこと。
の二つの意味があります。
『無門関』の中に「徳山托鉢」という公案があります。
これは二番の意味の托鉢です。
徳山和尚が、まだお昼の支度ができあがったという合図の太鼓も鳴っていないのに、ご自身の鉢を持って食堂に赴いたという話です。
その時台所の係をしていた雪峰和尚に、まだ太鼓の合図も鳴っていないのに、鉢を持ってどうするのかと問われて、徳山和尚はただ黙ってお部屋に戻って行ったという話です。
鉢というのは食事の時の器で、今でも修行僧は自分の器を持っています。
今は五つ重ねの器を持っています。
食事が終わると、お湯で自分の器をすすいで、お湯を飲み干し、自分の布巾で器を拭いてまた包みにくるんでもっているのです。
便利なものです。
この二番目の意味の托鉢ではなく、一番目の托鉢です。
『広辞苑』に「各戸で布施される米銭を鉄鉢で受けてまわる」とありますように、それぞれのお家でお米やお金をいただくのです。
かつてはお米が中心でしたが、鎌倉ではほとんどお金にかわっています。
十二頭陀行というのが説かれますが、その中に、
常に乞食(こつじき)を行ずる、
乞食するのに家の貧富を差別選択せず順番に乞う、
という項目があります。
『禅学大辞典』には、托鉢について詳しく書かれています。
まず「音訳分衛」とあります。
京都の僧堂では、托鉢といわずに「分衛」と言っていました。
これは托鉢という意味のインドの言葉の音を写したものです。
それから
「行乞、乞食、捧鉢、持鉢と同義。
出家者が鉢を携えて、城市·村落等に食を乞うこと。
托鉢の風習はインドでは古く佛教以前から婆羅門教やその他の教団でも行われており、佛教でも当時の風習に従って比丘達が食物を得るには、原則的には托鉢によるとされた。
中国や日本では多く禅宗に伝えられたが、他の宗派でもこれを行うことがある。
また托鉢は鉢を手にささげもち(托)、民間に行って戸ごとに(軒鉢)、もしくは道を歩くのみで行乞するもの(連鉢)であるが、その時錫杖または鈴をもつて告知し、また誦経する。
またこの他に、粥飯(食事)の時に鉢を捧げて僧堂に赴くことも托鉢といわれた。しかし一般にはこの意味は余り使用されない。」
と解説されています。
ここに連鉢と軒鉢という言葉が出ています。
連鉢というのは、今でも京都の町で行われているものです。
私などが伝え聞いたところでは、京都では市内に七つの僧堂がありますので、各僧堂が一軒一軒お経をあげていては住民もたいへんだというので、道をただ「ほー」と大きな声をあげて歩くのみとなっているのです。
これはこれで良い修行になるものです。
鎌倉では一軒一軒の家の前で四弘誓願を読みます。
そうすると家の方が出て見えてお布施をいただくのです。
何軒もの家の前で四弘誓願を唱えるのであります。
『禅学大辞典』には、更に
「明治以後に僧侶の托鉢は一般には禁じられたが、古来の風習ある寺院とか、特别の慈善事業等のために、その筋の許可を受けて托鉢をなすことは、今日も行われている。」
と書かれています。
まさにこの通りで、鎌倉では長い伝統があるので、今も行われているのです。
この頃は鎌倉市外にまで出ると托鉢していても苦情が来たり、時には警察に通報されることもありますが、鎌倉ではまだ托鉢を暖かく受け入れてくださる家が多いのです。
まさに有り難いことであります。
その日は鎌倉山の信者さんのお宅でお経をあげてお昼をいただくことになっていましたので、鎌倉山まで行きました。
そんな高い山ではありませんが、急な坂を登ります。
帰りは円覚寺まで歩きましたので、五キロほどの道のりでありました。
帰りも梶原という小高い丘を登って降りてくるのです。
思い返すと、もうかれこれ四十年近く托鉢をしていることになります。
五十を超えてから、少し衰えを感じるようになっていました。
三十代の頃などは、まだ修行僧を追い抜くくらいの体力があったものです。
それが坂道になるとだんだんと修行僧達に遅れるようになってきました。
忘れもしませんが、あるとき、ようやく急な坂道を登ってみると、修行僧達が私を待ってくれていたのでした。
このときに愕然としたのでした。
五十を超えた頃だと思います。
これではいけないと思い、それから体の鍛練を行うように努力してきました。
修行道場に置いてもらっているからには、同じように托鉢できないと申し訳ないと思ったのでした。
それからこの頃は特に身体の研究をしていますので、歩き方、坂道や階段の登り方を研究しています。
足指、足首も鍛練しています。
そういうことを積み重ねているおかげで、先日の托鉢などは全く苦痛なく行って帰ってくることができました。
歩くにしても足をどう地面につけるか、衝撃をどう少なくするか、とても大事です。
アスファルトの上を草鞋履きで歩きますので、まず踵から着地しては衝撃が強く、膝や腰に負担がかかります。
そこで小指球あたりから足を地面につけて、足指に重心を乗せて歩くように工夫しています。
そうすると衝撃が少なくてすみます。
一軒一軒家の前で立ってお経をあげるのに腰に負担のかかる立ち方ですと、腰が張ってしまいます。
これは風船ワークなどを通じて腹圧をかける呼吸法を習ってきていますので、腹圧をかけて立ってお経をあげます。
そうしますと腰の負担がなくなるのです。
坂道や階段を登るときには、股関節を引き込むようにして仙骨や腰椎五番を前傾させるようにしてあがるとスイスイと登れます。
そんな工夫をしているおかげで、修行僧たちに遅れをとるようなことはなくなりました。
さまざまな身体技法を研究しているのは、毎日修行僧と共に修行できるようにするためであります。
それに今の修行僧たちよりも、私ははるかに長い年月を托鉢してきていますので、市内の道には詳しいものです。
裏道などを教えてあげることもできます。
そんな訳で修行道場に身を置いてもらっているからには托鉢もしなければと思って一日托鉢したのでした。
托鉢は顔が分からないように網代傘を目深にかぶって、お経をあげている時でも相手の顔を見たりしないようにしていますので、先方にも身元がばれることがありません。
有り難く修行させてもらったのでした。
横田南嶺
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