2025鹿沼秋祭り屋台揃い曳き・展示 4K字幕 KanumaAutumnFestivval
田町上組の屋台 府所本町(ふどころほんちょう) 白木彫刻白木造屋台 府所本町は、府所町・府中町と同じく昭和29年に、下府所が三分割されて生まれた町内である。 平成5年(1993)8月に新造披露を兼ねて入魂式が催され、それに先立ち5月には府所町・府中町と共に、旧下府所3町の屋台が勢揃いして、ぶっつけを競演して祝い、3町の結束を深める事となった。 鹿沼の屋台では、26台目の新しい屋台で修一建設株式会社(車関係は上材木町の乾木工所)により製作された。 脇障子・欄間・後ろ羽目などは組子で構成され、下府所2町と異なり直高欄である。 平成8年(1996)には、台湾新竹市の彫師鄭(てい)敏男によって、新しく鬼板(おにいた)と懸魚(げぎょ)が取り付けられた。 2匹の竜が玉を奪い合う迫力ある彫物である。 上野町(うわのまち)
白木彫刻白木造屋台 昭和58年(1983)に大工元野兄弟により、上田町屋台を規準に屋台が建造された。 平成8年(1996)には彫刻が取り付けられ、彫刻は彫工嘉門(黒崎孝雄)で、 屋台全面が豪壮な彫り物で飾られており、上野町の特徴を鬼板(おにいた)の「竜馬」の彫物にて表現している。 鹿沼の彫師によって一貫製作された代表的彫刻屋台である。 上組の彫刻屋台 御成橋町(おなりばしちょう) 彩色彫刻黒漆塗屋台 江戸時代、将軍が日光にお成り(日光御社参)の際、新しく黒川の橋をかけかえたことから、御成橋と呼び、かつて並木と呼ばれていた例幣使街道沿いを明治に入って、由緒ある橋名から御成橋町と称した。 大正6年(1917)に花屋台(白木屋台)が新造された。 その後、花屋台だけでなく、徳次郎門前(現宇都宮市)から彫刻屋台を借りるなどして、今宮神社の付け祭に参加していた。 昭和10年(1935)頃、町内住の彫師石塚直吉(3代目直吉)の孫、 石塚広次が彫刻を取り付け、花屋台を生かすことになった。 戦後、総体黒漆塗に、彫物は彩色が施されて一段と風格のある屋台となった。 平成14年(2002)には、文化庁の助成にて車輌、屋根が全面修復された。 田町上組 上野町(うわのまち) 上組 泉町(いずみちょう) 白木彫刻白木造屋台 平成8年(1996)に完成した鹿沼で一番新しい27番目の屋台。 鬼板(おにいた)と懸魚(げぎょ)は、泉町が旧鹿沼宿の北部(北の守り)に位置することから、玄武(蛇と亀)の彫り物で飾られている。 彫師は彫工嘉門(黒崎孝雄)で、屋台本体は日吉町の宇賀神久男の作である。 脇障子・欄間・水引などは「花鳥」にて優美さを誇っている。 戸張町(とはりちょう) 彩色彫刻黒漆塗屋台 (昭和56年市指定有形文化財) 文政11年(1828)製作の屋台で、彫師は町内住の石塚知興(初代直吉)・石塚吉明(2代目直吉)親子と門人同栄吉明儀、彫物屋清兵衛が製作に従事し、 文政12年(1829)白木彫刻屋台として完成した。天保6年(1835)彫刻を追加し、弘化3年(1846)飾金具付黒漆塗彩色彫刻屋台に改められた。 鬼板(おにいた)と懸魚(げぎょ)に対比させた「獲物を狙う大鷲と、藤に身を隠す3匹の猿」の構図が面白く、3匹の猿は各々違う色に彩色されている。 琵琶板や内欄間の緑・青を基調とした彩色が美しい「葡萄にリス」の彫物や、 より厚肉彫になっている「ひょうたんと錦鶏鳥」の脇障子、前柱上部に対じする「金竜」もこの屋台の特色である。 県・市の補助により屋根・破風・鬼板・懸魚の彩色修復が平成8年(1996)に完成している。 上材木町(かみざいもくちょう) 彩色彫刻黒漆塗屋台 (昭和49年市指定有形文化財) 文政11年(1828)製作の屋台で、「石塚知興(初代直吉)」の刻名と、天保12年(1841)の屋台箱墨書銘が見られる黒漆塗彩色彫刻屋台である 鬼板(おにいた)は金獅子で、2匹の子獅子は破風板(はふいた)の両端上に離れて位置し、 相対する懸魚(げぎょ)も金獅子2匹で、高欄下(こうらんした)の獅子まで金色に輝いている。 螺鈿細工があるのも珍しい。 石塚知興(初代直吉)は花鳥を得意とし、その華麗さを脇障子の「孔雀に藤と牡丹」に見ることが出来る。 その脇障子は上下2段に分かれていて、上にオス・下にメスの孔雀を配している。 外欄間の「葡萄にリス」の彫物も石塚知興が得意とした題材の1つである。 石塚知興(初代直吉)は、その子石塚吉明(2代目直吉)と共に田沼町に生まれ、鹿沼に移住して社寺や屋台の彫刻に腕を振るった 代表作は薬王寺本堂内欄間の天女である。 昭和63年度(1988)に、県・市の補助金を含め、500万円をかけ、屋根・破風・鬼板等の塗彩色修理が施され、平成8年に修理が完成 天神町(てんじんちょう) 白木彫刻白木造屋台
(昭和56年市指定有形文化財) 白木造り、脇障子のみ飾金具付黒漆塗、彫刻材はイチョウとも、栃とも言われている。白木彫で一部朱入り。 鬼板(おにいた)と懸魚(げぎょ)は、2匹の豪壮な「雄竜」が、波間に相対じしたさまである。 江戸期(年代不詳)製作の屋台で、彫師は戦前の調査では磯辺敬信であるという。 琵琶板や外欄間は「尾長鳥に梅(一部桜)」を配し、緻密な「小桜」の技法を見せている。 彫刻は竜が中心となり、その見せ場は脇障子の「竜と虎」である。障子回りも、うしろ障子も竜の彫刻である。 高欄下(こうらんした)及び車隠しは「牡丹に唐獅子」で統一されている。 厚みのある彫刻は安定感があり、均整のとれた彫刻屋台となっており、全体的に丁寧なのみの冴えを見せている。 昭和62年(1987)に屋根と台輪を、県・市の助成にて修復した。 平成13(2001)年には、文化庁の助成にて鬼板と懸魚が修復された。 久保町(くぼちょう) 市指定有形文化財(工芸品)
彩色彫刻黒漆塗屋台 近世において、久保町は仲町とともに裕福な商家が軒を連ねる鹿沼宿の中心で、その町がらから、久保町の屋台は費用をかけた点において鹿沼宿内第一である。 金泥に朱で彩られた鬼板(おにいた)と懸魚(げぎょ)の「双竜」が渾然一体となっており、しかもその一部が唐破風板(からはふいた)との一木彫。 屋台内部まで黒漆塗で、飾金具もふんだんに使用され、彫物も絵画風に彩色され、その技法とともに黒漆塗彩色彫刻屋台の代表的なもので、豪華絢爛という点では他にその比を見ない。 金泥塗の「唐獅子」と彩色された牡丹の脇障子、琵琶板・障子回りは繊細でやわらかな花鳥彫。 外欄間の前方にはミミズクを配し、後方にはきらびやかな金竜が配され、屋台全体が五彩さん然としている。 彫師は不明で、現存する屋台箱の墨書銘により、文化九年(1812)から同十一年と嘉永元年(1848)の二度にわたるとみられ、 現存する屋台のなかで最も古い時代の屋台と言えます 田町上組 府所本町 田町上組 府所町(ふどころちょう) 白木彫刻白木造屋台 昭和63年(1988)に修一建設株式会社(日吉町の宇賀神久男協力)により上野町屋台と同型の屋台が完成した。 彫刻は、竜・獅子・十二支の動物を配した勇壮なものであり、箱棟の竜がつかんでいる巨大な水晶の玉や、脇障子の鯉の彫物など多くの特徴が見られる。 平成に入り彫刻の製作を開始し、鬼板と懸魚と脇障子は富山県井波町にて製作された。それ以外の屋台全面の彫刻を、台湾三義市の彫師に依頼した。 府中町(ふちゅうまち)
白木彫刻白木造屋台 鬼板は獅子が破風上部を覆う「大獅噛(おおしがみ)」で、鹿沼の屋台のルーツである日光東照宮、陽明門正面の唐破風上部にも金色に輝く「獅噛」がある。 平成2年(1990)製作 彫刻は平成11年より鹿沼市在住の黒崎嘉門氏により彫刻を製作 獅子は龍と共に霊獣として最高権の象徴とされている。
また、この「大獅噛(おおしがみ)」は鹿沼の彫刻としては初めての構図であり、懸魚は獅子と相対して百花の王「牡丹」を配している。 朝日町(あさひちょう) 白木彫刻白木造屋台 屋台は昭和29年(1954)の建造。材料は鹿沼産のひのき。 彫刻は鳳凰の鬼板(おにいた)と、牡丹の懸魚(げぎょ)が取り付けられている。 彫刻は彫師 阿久津若陽により鬼板、懸魚、雲蝶により欄間に花鳥が取り付けられた。 唐破風(からはふ)付館型で二重台輪、直高欄の白木造り。 平成元年に屋台新造3ヵ年計画を作成、たまたま宇都宮市宿郷町二丁目所有の屋台を購入することになり、屋台新造計画は中止となった。 引き取ってから箱棟を新造し、車輪軸を前に移すなどの小改造をほどこしている。 文化橋町(ぶんかばしちょう)
白木彫刻白木造屋台 旧帝国繊維西工場の南西端に接して架けられた文化橋の名は、文化用水に架けられたことから由来している。
その歴史ある橋名から、文化橋町と名づけられた。 大正13年から今宮神社の付け祭に参加、戦後は宇都宮から屋台を借りていたが、市制10周年を期し、昭和33年(1958)に花屋台(白木屋台)が新造された 大工棟梁は寺町の半貫文太郎である。
平成10年(1998)、宇都宮在住の彫師、辻幹雄(創型会所属)により、鬼板と懸魚が取り付けられた。 上田町(かみたまち)
白木彫刻白木造屋台 (平成2年市指定有形文化財) 内室欄間は「牡丹と唐獅子」 1組の鬼板(おにいた)と懸魚(げぎょ)は見事な玉眼入りの「飛竜の図」 内室琵琶板は「菊と小鳥」の優雅な作 旧屋台は「文政5年6月」・「鹿沼上田町中 宇都宮大町後藤周次正秀」・「日光御五重塔彫物方棟梁後藤周次正秀」とあり、彫師と製作年代がわかる。 明治時代に火災で焼失し、現在の白木造屋台は、市制5周年を記念して、昭和28年(1953)に新造された。 旧彫物の傷みが激しく、平成2年(1990)から、大田原出身の彫工嘉門(黒崎孝雄)により、後藤周次正秀を模した復元作業が開始され、3年の歳月をかけて屋台全面の白木彫彫刻が完成した。 平成5年(1993)6月には、石塚知興の作とされる脇障子もとりつけられ、欄間と腰のついた額入り彫刻障子は、見事なものである。 pm16:00~ 古峯ヶ原宮通りにて26台彫刻屋台展示 ガラマキ 下組 超克屋台 石橋町(いしばしちょう) 彩色彫刻黒漆塗屋台 (昭和61年市指定有形文化財) 文化9年(1812)頃の製作と考えられている。その後安政(~1860)にかけて、脇障子・内欄間・高欄下・車隠しなどの彫物が作られ、彩色彫刻塗屋台の体裁を整えていった。 鬼板の「錦鶏鳥」や全面に「小鳥」を配して、現在見られる鹿沼一華麗な屋台に仕上げられている。 外欄間・障子回りなどは「菊」の彫物で埋め尽くされ、彫師は菊彫の名手、上久我の神山政五郎の他、今市瀬川の大出常吉親子。 麻苧町(あさうちょう) 白木彫刻白木造屋台 (昭和47年市指定有形文化財) 下組 鳥居跡町(とりいどちょう)
白木彫刻白木造屋台 昭和30年(1955)に花屋台が新造された。大工は寺町の半貫文太郎である。 鬼板と懸魚は、「鳳凰と牡丹」である。屋台全体を、「花鳥」を主体にした彫刻にて飾った。 日光山の遠鳥居の跡が町名由来から、内欄間に日光山と鳥居が刻み込まれている。 蓬莱町(ほうらいちょう)
白木彫刻白木造屋台 昭和30年(1955)製作 高欄下の竜、脇障子の鷹、欄間の十二支など見事な彫刻 寺町(てらまち)
白木彫刻白木造屋台 昭和3年(1928)製作 大工棟梁は自町の宮大工半貫金太郎で、文太郎親子。彫物は鹿沼在住の彫刻家東山玉秀こと山口忠志。見どころは欄間の「竜」 仲町(なかまち) 白木彫刻白木造屋台 (昭和57年市指定有形文化財) 天保7年(1836)製作 彫師は、日光五重塔の彫物方棟梁・後藤周二正秀で、彫師集団磯辺の一族、下野彫師の第一人者である 田町下組 東末広町(ひがしすえひろちょう)
白木彫刻白木造屋台 昭和57年(1982)製作 大工は町内の元野勝三・五郎兄弟と日吉町の宇賀神久男である 平成10年には宇都宮市の辻幹雄により彫刻の製作が開始され、鬼板と懸魚は波が特徴の彫刻で荒波から、竜が天に昇る様子を描いた彫刻である。 末広町(すえひろちょう)
白木彫刻白木造屋台 明治15年(1883)製作 鬼板と懸魚は「牡丹と獅子」で飾られ、鹿沼では数少ない柱飾りの彫物には「ぶどうとりす」、車隠しの波も見どころである。 銀座一丁目 白木彫刻黒漆塗屋台 (昭和61年市指定有形文化財) 文化11年(1814)製作 鬼板の「子引き竜」、懸魚の「玉取り竜」、高欄下と車隠しが一体となった竜など竜の彫物が多い。 脇障子は「鷲に猿」が基本的な構図で、梅の木とバラの彫物が施されている。天保3年(1832)に磯辺儀左衛門信秀4代目(凡龍斎)により高欄下などの彫物が、そのほか安政2年(1855)などにも手を加えられている。 下横町(しもよこまち)
彩色彫刻黒漆塗屋台 (昭和61年市指定有形文化財) 文化年間(1804頃)製作 鬼板と懸魚の「芙蓉」が一体となって華麗さを誇り、「花鳥」を主体とした美しい屋台である。 脇障子には「芙蓉(蓮の花)に鳩」が彫られている 下田町(しもたまち)
白木彫刻白木造屋台 (昭和61年市指定有形文化財) 文久2年(1862)に製作 彫刻は竜を主体とし、鬼板・懸魚・高欄下・車隠し等に見られ、 「大鷲と竜馬」の脇障子、障子回りや欄間には「花鳥」の繊細な彫刻、蹴込みには籠彫(かごぼり)の毬など見どころが多い。彫師:石塚吉明(2代目直吉・戸張町住)は、今宮神社本殿彫刻など各地に作品を残している 中田町(なかたまち) 白木彫刻白木造屋台 (昭和61年市指定有形文化財) 天保年間(1830頃)製作 鬼板(おにいた)を飾るのは、籠彫(かごぼり)の玉をつかんだ巨大な「波竜」で、彫技の冴えを見せている。
真下にある懸魚(げぎょ)の「波竜」と、呼応する構図も見落とせない。 車隠しには「牡丹に唐獅子」で、ここにも精巧な籠彫の毬を添えてある。
後障子の「大鷲と猿」の構図も素晴らしい。(彫師不明) 下組 下材木町(しもざいもくちょう)彩色彫刻黒漆塗屋台 (昭和61年市指定有形文化財) 天保3年(1832)製作 彫師は、竜の彫物の第1人者である、富田宿(現大平町)の磯辺儀左衛門信秀4代目(凡龍斎)の作 屋根は布張りで、屋根裏は朱塗である。屋台の彫物は全面「竜」に統一され、しかも金竜であるがため、黒漆塗屋台に一段と光彩を放っている。 脇障子の竜は金泥彩色に玉眼、鱗は青と緑に彩色され、黒雲・白浪の間に「上り竜・下り竜」を左右に彫刻
2025 10/12 栃木県鹿沼市 石橋町交差点 古峯ヶ原宮通り
pm14:00~ 26台の豪華絢爛な彫刻屋台が4組に分かれて市内4地点より一斉にスタート。
通りを練り歩き、交差点でキリン、古峯ヶ原宮通りで展示 銀座2丁目以外の彫刻屋台が参加。
#2025鹿沼秋まつり#彫刻屋台#ユネスコ無形文化遺産#鹿沼今宮神社の屋台行事#国指定重要無形民俗文化財