埼玉県 比企郡 ときがわ町 慈光寺
久しぶりに坂東巡り。9月ですがこの日は雨が降り涼しく参拝できました。
境内の青石の階段は水に濡れると滑るのでご注意を。
本堂ではお寺の方がご本尊について丁寧に教えていただきました。
ご本尊:十一面千手千眼観世音菩薩
坂東三十三観音第9番札所
湘南鎌倉寺社巡礼HP抜粋
寺伝「都幾山慈光寺実録」によると、その歴史は天武天皇の二年(673年)に興福寺の慈訓(じきん)が、都幾山に登り、その光り輝く場所(現在の観音堂)に千手観音を安置したことに遡ります。
実質的には、宝亀元年(770年)の釈道忠(広恵菩薩)による開山が、慈光寺の歴史の始まりとされます。東国を巡錫する中、この地に一尺六丈の釈迦如来像を安置し、修学の道場を開きました。都から遠い坂東で活躍した道忠の事績は詳らかではありませんが、上野国・緑野寺(みどのでら・現在の浄法寺)の開基としても知られています。
さらに延暦二年(783年)には、伝教大師により天台密教が伝えられ、貞観年間(859年~877年)には勅願所となり清和天皇より「一乗法華院」の勅額が下賜されるなど、天台宗別院として関東の天台宗寺院の中心として確固たる地位を築きました。
鎌倉期には全盛期を迎え、慈光寺坂途中に今も残る青石塔婆群付近から立ち並ぶ僧坊は七十五坊を数えましたが、戦国期に太田道灌の焼き討ちに遭って以降、次第に衰え明治期には宝樹坊・井上坊を残すだけとなりました。それでも天正十九年(1591年)には徳川家康より寺領百石の朱印状を得、寛永四年(1627年)には東叡山寛永寺の末寺に組み入れられることで徳川家の厚い保護を受けるなど、女人禁制の観音霊場として長く信仰を集め現在に至ります。
慈光寺HP
https://www.temple.or.jp/legend
湘南鎌倉寺社巡礼HP抜粋
坂東三十三観音公式サイト
https://bandou.gr.jp/temple/%e9%83%bd%e5%b9%be%e5%b1%b1-%e6%85%88%e5%85%89%e5%af%ba/
WIkipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%85%88%E5%85%89%E5%AF%BA_(%E5%9F%BC%E7%8E%89%E7%9C%8C%E3%81%A8%E3%81%8D%E3%81%8C%E3%82%8F%E7%94%BA)