懐かしい町並 総社市総社 岡山県
倉敷市街の北約8kmの所に位置する総社市総社は、江戸時代には複雑な領主変遷を経ている。
町並みは備中松山(現高梁市)に向かう松山街道に沿った両側に展開している。江戸時代この街道の北側は八田部村、南側は井手市場村と云い、領主は異なっていた。
北側の八田部村は寛永備中国絵図では松山藩領と旗本蒔田氏領の二給だったが、元禄8年(1695)の検地帳では松山藩で領でそのまま幕末を向かえている。南側の井手市場村は旗本蒔田氏領であったが、文久3年(1863)より浅尾藩領となった。
八田部村に総社宮があり、前記の元禄8年(1695)の検地帳によると家数233とある。南側井手市場村は文化13年(1816)の村明細帳によると家数90・人数368で市場があり、市場役人を設置していたが市日・規模・内容については資料が無く不明である。
この松山街道の両側には商家が軒を連ね、井手屋(池上氏)・戎屋(亀山氏)・清水屋(安原氏)などの豪商がいて両藩の御用達となっていた。
今も、JR吉備線東総社駅の南、旧松山街道の両側に当時の面影が色濃く残る古い町並みが展開していた。切り妻造り平入りの商家の建物、ナマコ壁を備えた主屋や土蔵、本瓦葺き、虫籠窓や千本格子を残した建物など見ごたえのある古い町並みであった。
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音楽:中北音楽研究所