【天草絶景】富岡砂嘴(とみおかさし)|富岡城跡|雲仙天草国立公園|熊本県天草郡苓北町
富岡砂嘴(とみおかさし)
富岡は天草諸島中最大の下島の北西端に突出する小半島の柄部にある砂州上に発達した町で、富岡半島は市街地のある柄部と扇状にひろがった東西2.5kmの島状部からなり、東端からは松と常緑潅木の茂った巴崎と呼ばれる砂嘴が弧状にのびて波静かな小湾を抱いている。
富岡城跡
富岡城は慶長6年(1601年)に天草の領主となった、肥前唐津藩の寺沢志摩守広高によって慶長7年(1602年)頃から築かれた。寺沢氏は、富岡城に藩代を配置し天草を統治したが、寛永14年(1637年)島原・天草一揆で一揆軍から攻撃を受けた。
この乱後、山崎甲斐守家治の領地となり、山崎氏は大規模な修築及び拡張を行い現在に見られる富岡城の形ができた。
山崎氏の後に天草は天領となり鈴木代官の時代を経て、戸田伊賀守忠昌時代の寛文10年(1670年)破城され再び天領となる。
天領時代は、三の丸に代官所がおかれ天草の行政の中心となった。