【日本の城】美濃国野口館 令和6年(2024) 晩秋

2024年の10月下旬、岐阜県各務原市にある野口館跡を訪れました。

以下、各務原市HPの野口館跡の説明。

野口館跡は、蘇原野口町にある中世城館(じょうかん)の遺跡です。
城館とは、その土地を治める領主や武士の住む屋敷と、
戦いの際に防衛するための機能をもつ城郭を兼ねた建物のことです。
敵から攻められにくい地形に屋敷を構え、
その周囲に土を盛った土塁(どるい)や堀、竹垣などで囲んでいます。

野口館跡は東西77メートル、
南北76メートルの「方形館(ほうけいかん)」という正方形に近い形をしています。
周囲には深さ2メートルほどの堀があり、堀の外側に、
底から約4メートルの高さの土塁が築かれています。
南側の中央には出入口である「虎口(こぐち)」があり、
その東側には物見櫓(ものみやぐら)があったのか、小高く土が盛られています。
また、南東には曲輪(くるわ=土塁で囲まれた広いスペース)が設けられています。

館跡の立地を見ると、当時は東側に谷があり、湿地帯になっていました。
江戸時代には水田だったことが村絵図から分かります。
方形館は鎌倉時代によく見られる形ですが、野口館には曲輪が付くことから、
もう少し新しい時代である可能性もあります。

平成10~12年に行われた堀周辺の調査では、鎌倉~室町時代の陶器が出土しました。
鎌倉時代に造られ、使われる中で何度も改築された可能性があります。
今日まで現存する中世城館はとても数が少なく、野口館跡は濃尾平野の中世を知る上で重要な史跡です。

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訪問時に北側の堀と土塁を確認できましたが、
濃尾平野の住宅街の中にこのような立派な遺構が残っていることに驚愕しました。
草が伸びており、遺構の視認が良好ではなかったので、
整備後に再度訪れて、整備前後を比較して、
整備のありがたさも分かるような動画を作成しようと思っていたのですが、

2025年6月6日の産経新聞のニュースで、
所有者の方が高齢となり、維持管理が困難となったことなどが原因で、
野口館跡が消滅の危機と報じられました。
市が土地購入を断念し、地元の建設会社が開発のために土地を買収したとのことです。

各務原市に問い合わせた所、
担当者殿より以下の回答を頂きました。※6/11時の情報

①発掘調査の期間はいつからか?
→現在、市では8月から11月の期間のどこかで準備を進めております。

②発掘調査にあたって現地説明会はあるか?
→発掘にあたり、市では現地説明会を予定しておりますが、所有者の了承を得ることができれば実施する流れで検討しております。まだ、所有者より了承は得ていないため実施時期は未定になります。

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