【一口法話:ライブ配信】第78回「伊豆の名刹を訪ねて」8/9(土) 9:00より | 臨済宗円覚寺派管長 横田南嶺老師

え、皆さんおはようございます。 え、いつもご視聴いただきまして ありがとうございます。 え、久しぶりのこのライブ配信でござい ましょうかしら。あ、皆様いかがお過ごし でございましょうか? ま、改めて言うまでもなく、ま、厳しいさ でございまして、ええ、体調を崩される方 もいらっしゃるのではないかとこう思い ます。ま、おかげで私の方は、ま、 ぼんやりと過ごしておりまして、え、今日 もこうして皆様に、え、お目に書かれて 幸いでございます。ま、今日は何と言い ましても8月9日でございます。ええ、ま 、色々と今年はうん、終戦80年という ことでお様々 な報道の期間におきましてこの戦争戦後 振り返るということがなされております。 あ、本日はこの長崎原爆の日でこござい ます。え、あの、私もうん。今月の初め、 え、8月の4日でこうございましたか、あ 、冷え山に参りまして、比山宗教サミッ トっていうのに参加させてもらいまして、 ま、そこで、え、避団教という避団教日本 日本減水箱被被害者団体協議会でですね、 あ、昨年ノーベル平和省を受賞されたので ありますが、その避団教のうん、田 テミ会長のお話を聞く機会がこうござい まして、え、田中会長なんかは13歳の時 にうん、原爆に会っておられるのであり ますね。え、それがもう80年経ちます から93歳でこうございます。え、ま、 直接その被爆を体験された方の話を聞くと いうのももますます貴重になっていく でしょうね。え、ま、ご存明であってもお 話ができるかね。え、難しくなってくる 年になってきたんだとこう思います。ま、 あの、田中さんは大変93歳で いらっしゃいますが、あ、足取りもそれ からお話も大変このしっかりしておられて 、その話を、そんな話を実際の被爆の体験 を話し、あ、それもう話を聞いたからと 言って我々にはとてもじゃないが、うん。 思い測ることもできないものではこります が、ま、しかしうん。新聞や、あ、書物や こう文字で見るのとまた違いまして、直接 は体験をした人のうん、お話、そのお姿、 その声に触れるってのも あ、貴重なことでありました。ま、 だんだんとこういうことがもうできなく なっていく時代になっていくのであり ましょう。ま、そうなりますと、うん、ま 、文字、え、文献あるいは写真等々で等々 でしか我々は触れることができなくなって いくのでございましょう。ま、そうします とこのいよいよこの戦争の体験も1つの 歴史の中に、え、こう入っていくんだろう なと。ま、そんな今日 と言うんでしょうかね。え、なことをこう 感じてございます。8月9日でね。で、 また明日はうん、沿時の日曜説教の 日でこうございまして、え、それから午後 は不殺の会でこうございましてね、え、な ことそんな1日でこうございます。え、 あの、本日の書でございましたが、今回の は私が学生時代にこの方のところでお坊 さんにしていただきました師匠であります 小池新老師の横に書かれたロ堂でござい ますね。え、ま、そんなところでこう ございますね。 え、で、今日そのお話をしようと思いまし たのは、ま、先立って、え、7月の末に うん、出国市、静岡県伊の国市っていうの がこうございます。ま、そこに名古屋と いう知名がこうございまして、そこのうん 、国政寺というお寺をに、え、お参りをし てまいりました。で、そしてその国政時の 近くに、え、美シャ問答というのがこう ございまして、ま、そんな話をこう少しし たいと思うのでこうございます。え、最初 に、ま、写真、その時に撮りました写真を 紹介しながらお話をしたいと思いますね。 え、最初にはこれは国政治の入口の写真で こございます。ええ、伊豆の国市っていう ところにこうございます。え、大きな石の 石中がこうございまして、天長産国生寺と いう、え、ま、見るからにこの雰囲気の ある三道であり両側にこの杉の子立ちが あって、え、正面の奥に見えますのが仏壇 でこうございます。え、なかなかね、あの 、一般のお寺で仏壇があって、法場があっ てというところは、そう数は多くはないと 思いますが、あ、かつては本当に本山角の 人員でこうございまして、ま、達中が78 もあったとこ言いますね。え、松路も 300と言いましょうか。まあ、大臣で こうございます。ただ今中はあ、4が残っ ておりますが、ま、それでも大臣である おかげを今に残しているお寺でこうござい ますね。 で、そこのお寺をただいま管理して くださっておりますのが、あ、藤田お尚で こうございましてね。え、ま、私もこの お尚さんとは、あ、修行時代にも一緒に 縁学寺の道場で修行させてもらった中で こうございます。ま、このお尚さんもあの お寺の生まれではなくして財家から発信し て修行なされて遠隔時の騒動で修行なさっ てまそしてご縁があってこの国政寺を今お 守りいただいてるとま国政時には正式の 住職は長らくこいません。その4 の中のお尚様がそれぞれこの管理しておらるとで 4達中があるんでこうございますが今あの 4事ともこの藤田お正尾さんがこう守っておられます。 多中の1つの公外品という多中の住職で あり、その他の多中参加も県務という こう管理面倒を見ておられるんでこう ございます。そしてこの国政時も実際に、 え、見ていただいているお守りいただいて いるお尚さんでこうございますね。え、下 訪ねまして国政寺にん中に入っていきます とコ連があ仏殿なんでこうございます。 ええ、個人とした仏念にこう見えます けれども、ま、しかしながら先ほど今新型 申し上げましたように仏壇があ るっていうのはなかなかこのメタにない ところでこうございます。え、で、中に 仏壇の中に入りますというとね、え、ご 本存様がお座りになっております。お釈迦 様でこうございますね。このお釈迦様も 非常に単性なお釈迦様でこうございます。 で、仏壇の中でもうん、少しこの座殿でも できるようになっているんでこうござい ました。で、仏壇の仏壇にお参りしてその 奥に進んでまいりますと、ま、円学寺 なんかと同じでありますが法条という、ま 、これが一般のお寺ですと、これを本道と 言ったりいたしますが、あ、法条という 建物がこうございまして、ま、ここで、え 、様々な法用なんかは取り行われている お道でこう ええ、ここにお参りをさせていただきまし た。で、その次にここで今あの拝ませて いただいたのがビシャモンさんですね。え 、あの今回もこのビシャモン道の ビシャモンさんのお話をさせてこいただき ます。うん。この名古屋のところに ビシャモン堂というのがこう残っており まして、そこに平安時代の自覚の策と伝え られるビシャ門店のお存がお祭りされて いるのであります。その美シャモン様が 50年に1度ご会長するという今年がその 50年に1度の年になったのでこうござい ます。で、普段は50年に1度ですからお 参りできませんが、そのビシャモン様を もして、え、作られた沢田誠という有名な 物資彫刻の先生がいらっしゃいますが、あ 、その先生がそのビシャモをもして作られ たと伝えられるのがこのビシャモン様で こうございます。これもまた素晴らしい お仏道でこうございましたですね。え、で 、このご法条には、法条にはきれ、綺麗な 何とも美しいあ、観音様がね、お祭りされ ております。あ、美しいお姿の観音様で こう拝んでいるだけでもこちらの心身が 清められるような観音様でこうございます ね。で、これが国政寺のお寺でこござい まして、その国政時からうんですね、え、 およそ1kmばかりでありましょうか。 細い山道を登っていきますとビシャモ道て いうのが残っているんでこうございます。 これは今は国政治さんがビシャ問管理して おられますが、こ元々は別のお寺であった ようでこうございますねえ。国政寺はうん 、鎌倉時代、え、物前事、無妙県前事と いう方のご解散になっております。え、ま 、それ以前に、ま、まだよりが旗揚げを しようかと平気だ島のはげをしようかと いう頃に、え、この、うん、伊豆の地に 入るにあっておりましたのが文学証人と いうお坊さんでいらっしゃいました。ま、 この方なかなかこの公明なお坊さんでこう ございます。日本の中では、あ、な、名の 通ったお坊さんでこうございますね。です から、ま、今はですね、いい場所です。 伊豆の国でもあの時代、平安時代の頃 なんかはこうルの地だったんだですね。え 、よりとも3も昼ヶ島に、ルんであります ね。文学省人もまたル たんでございますね。で、そこには名古屋 とかあるいは後に受福寺、受福寺っていう のは服を授けるとこう書くんでこうござい ますね。え、そこにビシャ問があってそこ に文学商人がおられたというま、その ビシャ問にお参りをさせていただきました 。あ、大体もう車で車で行きはね、 まっすぐなんではね、高々1kmばかりで こうございますから。マイクとこのうたる この山の中にこういう鳥がこうございまし てこの階段を登っていきますというと仁王 さんをお祭りしている二門がこうあるんで こうございますね。え、もう自然石の石団 を登っていくと、ま、何でもないようなあ 、二門に見えますが、なんとこの二門に ですね、ま、運策と伝えられる二仁王像が お祭りされているというので、えっと、今 件の重要文課題でございましたかしらね。 え、運業って言いますね。こう口の開いた のが、あでこですね。あ、あの、網、網が かかっておりますけれども、網越しでは ございますが、あ、それでもこの顔、その 筋肉、力強さ、え、ま、足まで見えると 思ってよかいいんでこございましょう けれども、この迫力ですね、圧倒されます ね。まあ、運策と伝えられておりますが、 ま、しかしながらその時代の桂の物資で あるということは調査によって間違いは ないようでこうございますね。この時代の 仏道がこういうところに残っているとので 驚きました。え、口を閉じてうんと言っ てるのが運業でこうございますね。 運業の仁王さんがここにお祭りをされて いるのでこうございます。これももう本当 にうんというこの規約が伝わります。ええ というこな門がこうございましてで二門を くぐってさらにさらにえ山道を登っていく のでこうございます。山道を登って登って 登っていきますと言うとようやく 見えましたのが小さな王道でこうござい ます。これが現在残っているビ動でござい ます。ま、建物はですね、ま、そんなあの 中性の古いものではこうございません。ま 、新しく立て直されたものではありますが 、この中にその、ま、こここの場にですね 、え、文学承人がいらっしゃって、そして 自覚大子の昨と伝えられるビシャモン様を お祭りしてお拝でいらっしゃったんで ございますね。あ、そういう場所なんで こうございます。ま、そこで今年、えっと 、9月の14日でございますが、その皮物 ではですね、え、美シャモン店の皮物、 美シャ門のご会長があると50年に1度で こうございますから、ま、これ今、あの、 計算しやすいんですね。今年は昭和100 年でこうございますから、それから50を 引けばいいので、え、50年前というと 昭和50年でこうございます。昭和50年 と言いますと言うと、朝日総原老師のに、 え、誤会長があったとこう受け承わって おります。で、その時に朝日がここ元々 自福自ですから自福という書かれて、え、 こう飾っておられました。で、ま、この 今回もこのそれから50年ということで うん。ま、私、ま、恐れ多くも館長という 役をいいておりますから、ま、自福と書い て、え、欲しいと言われましたので、ま、 こうですね、え、受福、これは手ぬいで こうあんですけどね、え、ま、あの、額に もしてくださるんだと確か思いました。 記念にこういう書も書かせていただいたの でこうございます。こういう受福くじと いうお寺がこうあった。そこに、え、 伝わっているビシャモンさんでこうござい ます。え、ま、そこで、え、ま、よりが うん兵党に旗揚げをするにはこれ、ま、 いろんなあ、記念がありました。ま、その 中の1つにはやはり、え、文学証人との ご縁もあって、こう旗揚げをこう促したと 旗揚げを決意したというのもこれも1つ あったんであろうと思います。歴史の町で こうございますね。あの、そのうん、 美シャモに至る山道を行っておりますと いうと、その途中に目岩というのがこう ございまして、え、これはより高と北条 正子、え、がお2人が文学商人の元を 尋ねるに途中で休息をしたというそんな 大きな意思もこう残っていたのでこう ございました。ま、そんなわけでこの ビシャ問にお参りをいたしまして、え、 公外のお尚から色々と話を聞いていて、え 、実はこの近くに、え、文学承人が修行し た滝があるんだとこう伺いまして、え、ま 、そね、それで私も調べて、こちらは 初めて参りました。え、まあ、夏場という こともあり、うん、滝の水量、水の量は、 あ、ちょっと少なかったのではありますが 、小深い山の中でございまして、ま、入口 もどこにあるのやら少し探したんでこう ございますが、あの、本当に、あ、神刊と したしけさの中の山のそのまた奥に、え、 滝がこうございまして、それで旗揚げ不動 っていうんですね。え、よりこに旗揚げを 旗揚げを促してそしてこの祈願をしたと いうお不動様がお祭りされている。そんな ところもええ、お参りをさせていただいて 、ま、少しその岩の辺りでこの座然もさせ てもらっていたのでこうございましたです ね。なんていうのかな。あ、ま、普段もう 私もこういう鎌倉にご縁をいただいても何 年になるんでしょうかね。もう35年 ぐらいにこうなるんでこうございましょう かしら。あ、今やこの鎌倉ね、え、観光の 町として大変知られておりますが、ま、 元々は何もなかったところに本よりが鎌倉 幕府を開いて今日の鎌倉になったわけでこ ございましょう。で、その皆源の代友子が は揚げをしたという。これがなければ今日 の鎌倉もまたなかったでありましょうから 、今こうして鎌倉に、え、住ましてもらっ ているその1番の大元を尋ねたっていうな 、え、ま、そんな気持ちになったのでこう ございました。え、まあ、ま、それでです ね、え、この藤田お尚さんも一生懸命やっ ておりまして、ま、しかしこの、え、この あれですね、ビシャ問をお管理している 国政eah時、え、かつてはあ、78の タ中があって、え、300もの末字を誇っ たと言いますが、あ、そういう確式のある お寺でいわゆる段下というものはないんで 、ここね。ま、ですから、あ、大変この 厳しい中をやりくりをして、え、こう お世話をしてくださっているんでこう ございます。で、この度も50年に1度の 誤会長ということで先ほどお見せいたし ました美シャモの建物も、ま、あちこち この痛みが見えました。のを補修して あるいはあ、東北気が倒れるかもしれない ようなものはこう整理してということで イ坂の資金もいるようだったよという風に 伺っておりまして、ま、それで私も修行 時代からのご縁がございますので、あ、 い坂のこの心志しをお持ちして、え、応援 をしてきたのでこうございます。あ、あの 、そういう広く一般の皆様方にもご支援を 訴えてるということをお伺いいたしました ので、ま、もしですね、ごりのない範囲で そういうご縁をいただければ、ま、 ありがたいなという風にこう思っており ます。ま、こういうですね、こういう 手拭いなんかもですね、え、あるいはお尚 さんが1枚、1枚、え、手書きのご主員 なんかも変例品という場所かしらね、あの 、用意をなされているながらね、綺麗な字 で書いてますね。え、いう風にお伺いして おりますので、の名殺国政、それからその 国政様がこうただいま管理しておるので ありますが、もう少し時代が遡ります。 皆源よりともこう旗に由来のある文学商人 ゆかりの美シャモン店様。あ、いや、私は ですね、この飛者様ですね、ま、ちょっと 、ま、お参りをさせていただきましたね。 ま、5回長は9月14日のでこうござい ますがね、え、そんなことを今日はお話を させていただいた、ま、次第で今後ござい ますね。 え、そうなんでね、久しぶりのじゃ、 ちょっとですね、ちょっとチャットですな 、チャットをちょっと意見をいたしますね 。国政寺ね、どうぞ。え、ま、伊豆の国市 、あの、鉄道が近くまで行って、え、バス がございますからお参りすることがこう できます。あ、非常にこの雰囲気のあるお 寺でございますね。そう、文学省は いろんな歴史の中に、え、登場いたします ね。そうな、あの、東大寺の仁王像が有名 な運系の作だったと思いましたですね。ま 、それと同じでですね。えー、ま、です から、あの、伊豆の地にはこのよりも光の 縁がありますから、この 運系のものが結構残ってるんではね、 が上獣でございましたか、そこに残って いると思いましたですね。 え、そうですね。滝の近くで座然するっ てのはこれやっぱりいいものでこうござい ますね。やっぱ座然というのはこれはうん 、自分だけが座るようにこう思います けれどもこうなんて言うんでしょうかね。 え、自分というのはこの体だけが自分では ありませんが、あ、ありませんので必ず 周りと共にある自分でね、周りを切り取っ てこの自分だけってのは成り立ちませんの で、ま、その場に行けばその場の空気、え 、その場の土、え、その場の風、これと 本当に影響っていうのが受けるんですね。 ま、それがその空気が私の中に入って私の 中の空気もまたそのその場の空気の中に こう溶け込んでいってという大自然との 一体感を感じられますね。まあですから 座っていうのはいろんな場所に行ってやっ てみるってのは非常にいいですね。え、 これはお勧めです。場の影響、場の力、 大きなものがあると思います。ねえ、 重向きのある大寺ですね。そうなんで ございますね。ま、遠学自派の中でも本当 の指よりの屈の名察でこうございますね。 え、ま、そんなお寺の紹介をさせて いただいたところで今後ですね。え、まあ 、立春が過ぎ育爆過ごしやすく感じますと いうね、え、お便りをいただいております が、ま、やっぱり、え、大変なもんですね 。やっぱり立集というのをこう過ぎますと いうとなんかちょっとこのお、ま、日中は ございますけれどもうん。朝少し、え、え 、あの量涼やかさを感じる ものでこうございますね。 はい。え、では、ま、そういうことで、あ 、そうですね。え、故郷の目で座然された ことがあると聞いたことがある。そうです ね。あ、熊野でも熊野川の近くは近くだっ たものですからよく座然をしておりました ね。の竹はですね、あれはあそこやっぱり あの残念ながらこの地でこうございますし 、それから夏の滝はご身体でこうござい まして、あのちゃんと神社が管理しており ますからそこで残念っていうのは残念 ながらこうありませんでしたですね。でも いろんな自然の中で座るというのは本当に お勧めでこうございますね。え、ま、では そんなところで、ええ、皆様方もね、 チャットを書いていただきました皆様方に は、あ、音礼を申し上げまして、どうぞ まだ、あ、寒い時期が、あ、寒いじゃない 、暑い時期が、あ、続きますので、どうぞ お体をおいと、あの、お気をつけください ますように。あ、それからこれでも盆に なりますね。え、お仏様をお迎えするうん 、どうぞそれぞれのお盆をお過ごし いただいて、それからお盆の8月15日が これが今年があね、戦後80年という年で もこうございますので、あ、どうぞ1つと 思いますね。受福時にお参りできましたら 非常異常に心が落ち着く。ちょっとね、 受福時の方はですね、あ、国生寺までは 行けますけども、そこから道も細く細くて 山道もございますので、え、 あ、お、5月にお参りしてまいりました。 あ、そうですか。そういう方が いらっしゃって、お、本当にこの道で良い かと迷いつつたどり着いたビシャモのしさ が印象的できた。そうなんですよ。あの 日付けさですね。これやっぱり行ってみる と感じますね。えー、はい。さ、じゃあ、 ま、様々な感想もいただきまして誠に ありがとうございます。

いつも円覚寺YouTubeチャンネルをご視聴いただきありがとうございます。
國清寺・豆州奈古谷毘沙門天の改修・保全にご無理のない範囲でご支援いただけましたら幸いです。

■ご支援・クラウドファンディング
https://syncable.biz/associate/NagoyaKu

■豆州奈古谷毘沙門天 50年に一度の秘仏御開帳の日
(あの源頼朝も必勝を祈願したご本尊)
https://event-fourseason.wixsite.com/nagoyaku

【日時】
令和7年9月14日(日) 9時~16時
御開帳:9:00~16:00
法要 :10:30~、14:00~ 各約1時間
※法要の間はご本尊の拝観はできません

【場所】
國清寺・毘沙堂

【拝観料】
無料

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八月九日午前9時からライブ配信を行います。
先月末に伊豆の国市の国清寺を訪ねて、源氏旗挙げにまつわる場所も訪ねてきました。現地の写真を紹介しながら、お話させていただきます。円覚寺派の名刹と鎌倉幕府のもとになった地を紹介します。
 
横田南嶺
 
 
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■初めての坐禅
 全編          : https://youtu.be/XpZGcmLhspQ
 其の一 「足の組み方」 : https://youtu.be/h8ZNLcEcsUE
 其の二 「上体の調え方」: https://youtu.be/WpysD5ETsiU
 其の三 「呼吸の調え方」: https://youtu.be/QIGV0r5kStQ
 
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