大麻と青森 /三内丸山遺跡・浅虫

レイジージャーニーをご覧の皆様ご機げ いかがでしょうか? 私は青森県を2ヶ月間旅して気づいたこと があります。それは青森県は朝魔 栽培の1台拠点1台だったのではないかと いうことです。 この写真は日本市の教科書でもおな染みの 3内丸山遺跡です。この3内丸山遺跡は今 から約5900年から4200年前の縄文 時代前期から中期に栄えたとされる遺跡 です。 最盛期には約500人の人が居住してい ました。 遺跡では土キや石と共に琥珀や翡水なども 見つかっており様々な場所と攻撃した証拠 も残っています。 縄文人は朝を栽培し、朝の服や朝縄を使っ ていたと考えられています。 実際に朝の種や鹿の角でできた針などが 見つかっています。 なぜ3内丸山遺跡はここまで栄えたのか? なぜここに人が集まったのか?ここが栄え た理由の1つとしてシャーマニズムが盛ん だったこと。つまりシャーマンがいてここ で気当をし人々を癒していたと ボランティアガイドの人が言っていました 。 そこで僕がひらめいたのは朝を栽培して朝 の花を使わなかったわけはないだろうと いうことです。 その時縄文はフグを食べていたかもしれ ないのに朝の花を食べてないわけない だろうと思いました。 つまりAmazonのシャーマンが危わか を使うように縄文のシャーマンが朝の花を 使った可能性は大いにあると思いますし、 むしろ使うことの方が自然だと思います。 それがいつしかシャーマニズムから宗教に 形を変えて様々な宗教で朝は聖なるものと して扱われるようになったのではないかと 私は考えます。 金ゥ教でも朝は神聖な植物として扱われ ますが、日本の新党でもそうです。神社と 朝は切っても切ることはできないくらい 密接な関係にあります。そしてタイマと いう字がつく神社は各地にあります。香川 の大阪神社、徳島の大朝彦神社などです。 昔から日本人と朝との関わりはとても密接 だったと言えますし、日本人にとってなく てはならない物質だったと言えます。この 写真は青森市の朝虫温泉です。打ザ西ザ おむも訪れたことがある温泉として有名 です。この朝虫遠朝の朝に毛の虫で朝虫シ と読むのですが、昔は繊維の朝を蒸すと 書いて朝ムシと呼んでいました。 これがその証拠でございます。 この石に書かれている文章の2行目。その 湯で折り布の糸を継む朝や樹を無視、布を 折る縄文の人々がいたと書いてあります。 朝を蒸すと繊維が柔らかくなり加工し やすくなるので朝を蒸していたと思われ ますが、あともう1つ朝を蒸せばタマの 糖水成分であるテトラヒドロカナビノール が増加することが知られています。 もう1度言います。縄文時代からフグを 食べていた日本人が朝の花を食べていない わけないだろうと私は思うのです。ある ひ屋の地域では山の斜面一体に朝がよく 育ちます。その地域ではりんごの生産が盛 に行われています。 青森と一緒です。打ザおむの津軽には りんごは明治時代に入ってきたと書かれて います。 りんごを育てやすい環境だからりんごを 育て始めたのです。 りんゴもよく育つということは当然朝も よく育つということです。 これはある農家の方に聞いたんですが、昔 青森にも朝農家の方がたくさん いらっしゃったそうです。しかし国から朝 農家からタバコ農家への転換が迫られた そうです。 もしかすると青森でタバコ畑がたくさん見 られるのはそういうことかもしれません。 青森では仕事がなく青森を出ていく若者が多いそうです。もしかすると青森県最高のキーワードは朝なのかもしれません。 ボレ

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