【東京/稲城】便利な橋に隠された巨大な負債

[音楽] 皆さん、こんにちは。朝川です。本日は 稲大橋という橋を紹介していきます。 稲大橋は東京都の府中市と稲市との間に かかる橋です。多摩川を横断する橋の1つ として地域の輸送を支える重要な橋です。 また中央自動車道の稲インターチェンジと も直結しており、広域輸送の一端を担う道 でもあります。ただこの稲大橋、かつては 東京都の3つの負の遺産の1つと言われる こともあった橋です。本日はこの稲大橋の 現在の様子やなぜの遺産と言われていたの かについて解説をしていきます。 稲大橋は東京都稲市と府中市にかかる橋 です。漁師の間には玉川が流れており、 この両岩をつぐ形となっています。 1995年4月に開通したこの橋。五等地 周辺で他に玉川を渡る橋が2つあります。 西側2kmの場所にこれ橋。そして東には 1.4km先川橋 という橋があります。 当時稲市地域から西に広がる玉ニュー タウン。ここの開発が進み周囲道路の交通 量が増加していた時期でした。そこで これ橋と玉摩川橋の間にもう1本橋をかけ て交通の分散を図る計画が持ち上がりまし た。その赤月に完成したのがこの稲大橋 です。 またこの稲大橋は厨房自動車道の稲 インターチェンジと直結しています。 稲地域またその周辺の自治体から厨房自動 車道にアクセスするためのルートとして 機能しています。 次に稲大橋周辺の道路状況や自治体につい て詳しく説明をしていきましょう。まず橋 があるのは稲岸市と不中市の間です。 そして北側の府中市側に中央道ぎ インターチェンジが立致しています。橋を 使って漁子の間を生きすることはできるの ですが、稲インターチェンジに入るために は稲岸側から橋を渡る必要があるため不中 側から入ることはできません。 稲大橋や稲インターチェンジへアクセスを しやすい場所という目線で見ますと、 やはり主役となるのは南側にある稲市です 。稲大橋から伸びる道は稲市域内で川崎 街道、鶴川街道、南玉、幹線と接続してい ます。これら道路が稲市域行き各地に伸び ています。また南根感線や川崎街道を利用 すると多摩ニュータウン方面にもアクセス が可能です。多ニュータウンに関しては 中央道を利用する場合は組立ち府中 インターチェンジが最も近いインターと なるのですが、東京方面に向かう場合には こちらのインターも選択肢に入ります。 こちらが周辺の状況です。 さて、このように一見すると便利に見える 稲尾。しかし過去には東京3大富遺産とも 呼ばれた橋でした。これは一体なぜなのか ?稲尾大橋は昭和63年1988年に事業 が着手されました。目的は先ほどご案内を した通り周囲の道路の混雑緩和です。 そして稲大橋の特徴としては海業後 しばらく有料道路として運用されることと なりました。こうすることにより建設費が 早めにペイでき早期着行にこぎつけること ができたそうです。 こして平成7年1995年に稲大橋が開通 。当時は稲大橋有料道路とも呼ばれてい ました。また同時に中央自動車道の稲 インターチェンジも開業。 これにより南地域から厨房自動車道への アクセスが格段に上昇しました。 また当初の目的の混雑はこちらにも効果を 発揮します。隣接するこれマ橋と玉川橋の 旅行速度。要は平均速度に当たるものなの ですが、こちらが開通前が時速6kmだっ たものが時速13kmにまで改善された そうです。 このように一定数の効果を上げた稲大橋 ですが、実は全てがうまいこと言っていた わけではありませんでした。稲大橋はご 案内の通り有料道路として開業。その通行 量を建設費の召喚の一部に当てるという 散段でした。つまりある程度の交通量が 前提の形だったのですが、計画よりも交通 量が少ないという状況が続いていました。 平成20年2008年頃の1日の交通量は およそ9600台。これは計画していた 交通量の43%。また収入と経費に対する 収支率は49%ということで計画をしてい た交通量から大幅に足りないという状況 でした。 このような状況を受け2006年の東京 都議会財政委員会において玉モノレール 清山有料道路と共に富井遺産に指定され ました。 そこで当初の予定通りに建設費をペイでき ないということで2024年まで有料道路 として運用される予定でしたが早期の無料 化が検討されます。そして2008年に 周辺道路の交通具合などを確かめるために 試験的に無料化。2年後の2010年4月 1日に無料化が行われ、現在に至るという 形です。稲尾大橋の建設費に関しては当時 の都税の41億円が当てられて召喚をした そうです。 稲大橋に関しては地域の交通を便利にした という側面もありますが、一方で建設費に 関して費用体効果の調整がうまくいか なかったこのような側面がある橋と言え ます。 それでは次に実際に稲大橋の様子を見てみ ましょう。現在稲駅の北側を走行中。稲岸 市の中心部というのはなかなか定義がし にくいのですが、市役所があるのはこの 辺り。また建物の密度もそこそこ高い場所 です。さてこの周辺にある道路は南根感染 道路や鶴川街道と呼ばれる道。全車は多 ニュータウン地域の南タ。鶴川街道は町田 方面から続いている道で地域の重要な道路 となっているものです。 走行しているのは感染道路。そしてこの先 の交差点で鶴川街道が合流し、重複区間が 始まります。 稲尾大橋はそれら重要な道からもアクセス がしやすい立地にある橋であるということ が見て取れます。 [音楽] 先ほどの交差点から800mほど進むと 再び交差点が見えてきます。 しばらくは畑と住宅が混じる区間を走行。 そしてさらに進んでいくと稲大橋下神殿と いう交差点に至ります。ここを直進すると 道路が斜め左の方向に向かうものと直進の ものに分かれていますが稲大橋方面は直進 。この先都道9号線通称川崎街道と交差 するのですがこの道とは立体交差となって います。南根感線もしくは鶴川街道方面 から稲大橋に抜ける場合はこのように交差 をせずに堀針やトンネルで持って進んで いきます。 [音楽] このような区間が終わり勾配を登る。する とすぐ目の前に稲大橋が現れます。今まで は西車線だった道路ですが、左側から今 まで堀のすぐ上を走行していた道路が合流 し、4車線となります。ちなみに川崎街道 からこの稲大橋にアクセスする場合はこの 左側に合流した道路を利用する形となり ます。そちらの様子も見てみると、まず こちらは先ほどの近くの上を通る道。上側 の方は他の道路との交差点も多く、信号機 もたくさん設置されています。 しばらく進んだこちらが先ほどの鶴川街道 方面からの道路との合流点となります。 さて映像を鶴川街道方面から来た様子の ものに戻して稲大橋の玉川を渡る部分へと 差しかかります。道路にも表示されてい ますが、左車線を進むとそのまま橋を降り て不中市内へ。そして右車線を使うと稲 インターチェンジを経て中央道の新宿方面 へと至ります。まずは不注しない方面一般 道に降りる道をチョイスしてみましょう。 橋の上には両近所があり、こちらが中央道 との教会となります。ちなみに有料道路 時代はこことは逆の中央道出口側にも 料金所があり、稲大橋の通行料金を徴収し ていたのですが、現在は入口のみに料金所 が設定されています。中央道の八王子高度 インターチェンジ間は均一料金が設定され ているため、この周辺のインターチェンジ には出口の料金所が設置されていないこと が特徴。稲インターチェンジも同じ携帯と なっているためです。さて、映像を進めて このまま進んでいくとカーブで持って勾配 を下り交差点に至ります。ここから玉川、 北側の各地に向かうことができるのですが 、左側に進むとこの後案内するスマート インターチェンジがあります。 そして映像は再び稲大橋へと戻り、中央稲 インターチェンジへと向かう映像。実は稲 インターチェンジは高道新宿方面にしか 接続していないハーフインターチェンジ。 後方面に向かうことやその方向から出る ことはできません。稲インターチェンジは 都心方面に向かう専用のインターチェンジ として設置されています。 さて、以上が稲大橋及び稲 インターチェンジ周辺の様子。それでは次 になぜ稲大橋の交通量は思ったより伸び なかったのか。この辺りを過去の言及や 資料を元に考察していきましょう。 稲大橋の交通量の伸び悩みの要因として 言及されていたことはまず1つ。周囲の 開発が意図していたものより進まなかった ことが挙げられています。また周囲の橋の 改良が行われた点も上げられています。 先ほど上げた東川の玉摩川橋は1998年 から書き換え工事が開始、2006年に 工事が完了。4車線の道路に増強されます 。また西側のこれ橋においても1998年 から駆が開始され、2011年に4車線化 が完了しています。また4車線となる前に も双方確幅が行われ、混雑緩和に起与して いたそうです。また他の要因としては景気 の低名なども上げられています。ただこの 先、あくまで私個人の考察とはなるのです が、有料道路であったというのも大きいの ではないかと考えています。やはりこの 全長351mほどの橋を当時の通行量で ある200円を支払って渡るのであれば これ橋や玉摩川橋を利用するという方も 多かったのではないかと推察できます。 実際共に負と呼ばれていた日山有料道路。 こちらは東京都八王子市にある道路です。 八王子駅周辺の市中心部から八王子 インターチェンジ付近の北側エリアとを 結ぶ道路として建設されました。この道路 の東西を走る国道16号とそのバイパスの 混雑緩和を目指して建設された道路です。 大和川戸で異なりますが稲大橋と似たよう な構図となっています。そしてこちらも 当初は有料道路として開業したのですが、 稲尾大橋と同じく想定よりも交通量が伸び なかったそうです。そして2007年に 日踊山有料道路は前線無料化。有料道路 時代は1日3000台ほどの交通量だった ものが、無料化後は1日9600台、実に 3倍以上増加しています。このことを 考えると稲大橋も有料道路だったという 部分は交通量に大きく影響を及ぼしている のではないかと推察することができます。 また渡った先に目を向けるとまず一般道の 場合これ橋は府中市の中心市街地方面 玉摩川原橋は長府市の中心市街地方面に道 が繋がっています。稲大橋も渡った先には 街が広がっているのですが、漁者と比べる と少し規模が小さいことは否めません。 また渡った先にある中央道稲 インターチェンジ。こちらが東京方面に しか繋がっていないため、当時の状況で あれば甲府方面に向かう場合であれば これ橋などを渡って国たち府中 インターチェンジに向かうという選択肢が 非重として大きいという状況でした。この ような状況から稲大橋の交通量は当初目標 より下回ってしまったのではないかと考え られます。それでは最後に稲 インターチェンジについてもう少し深掘り をしていきましょう。 さて、稲インターチェンジについてもう 1度情報を振り返ると、当チェンジは東京 方面から出入りすることができるのですが 、交付方面からの出入りができない状況。 例えば稲インターチェンジから高道、その 先の首都方面に向かうことはできるのです が、八王子や八王子ジャンクションを開し た拳王と、またその先の山梨方面には迎え ないということになります。 出入り口に関しては稲大橋と直接接続する 形となっており、流入できるのは稲大橋の 南側の方からのみです。 このような構造となった理由としては 幼地不足が考えられています。稲 インターチェンジ付近の空中写真を見て みるとインターチェンジの周辺に多くの 建物が立っていることが見て取れます。東 方面へと向かうランプを作るとなると インターの作りがもう少し複雑になる可能 性があります。そう考えると幼地の影響と いうのは多少なりともあったのかなと推察 することができます。 稲インターチェンジのフル インターチェンジ化ですが何度か検討され ていたそうです。特に稲岸では力を入れて 話を進めていたそうですが財源や幼稚等の 関係でなかなか実現できませんでした。 現在に至るまで当チェンジはハーフ インターチェンジなのですが、2015年 に状況が変わります。稲インターチェンジ から1.3km西。ここに府中バス ストップというバス停があるのですが、 併設して府中スマートインターチェンジが 設置されます。スマートインターチェンジ は簡単に申し上げればサービスエリアや バスストップに併設される簡易的な インターチェンジです。規模、またETC 搭載の車のみ利用できるなど制限はあり ますが、高速への出理がインターチェンジ と同じくできる施設です。この府中 スマートインターチェンジは東京方面への 出入りはできませんが、逆に山梨方面のみ に出入りが可能。稲木インターチェンジの 偏浴を担う施設と言ってもいいでしょう。 では実際にスマートインターチェンジと稲 大橋館とのアクセスはどのようになって いるのかを見てみましょう。 まずこちらは中央自動車道の国立ち府中 インターチェンジから3.6kmほどの 場所です。左手に私が第89回東京優秀で 13183の3連端を当てたことでお なじみの東京競馬場がある場所です。 この先1.6kmほど進んだ場所に普宙 バスストップがあるのですが、スマート インターチェンジもそこに閉設されてい ます。 こちらが府中バスストップへの分岐。 まっすぐ進むとバス停に入ってしまうため 、もう1つある分岐の方側に進んで行き ます。 そしてこの先がスマートインターチェンジ なのですがご案内の通りここは中央道の 均一区間であるため特に何か機器などが 設置されているわけではありません。簡易 的であるスマートインターチェンジの中で もさらに簡易的であるものと言うことが できるでしょう。 そしてその先で一般道と合流道なりに進ん でいくとすぐに交差点とぶつかります。 右折で府中市街地方面、左折で長風市街地 方面となるのですが、ひ大橋に向かうため には左折していきます。 [音楽] [音楽] [音楽] [音楽] [音楽] 先ほどの交差点から1.1km。目の前に 大きな構造物の見える交差点が見えてき ます。ここを右折しますとカーブで勾配を 登り稲大橋という形になります。このよう に府中スマートインターチェンジから 稲大橋はかなり簡単にアクセスをすること ができ、現在この橋は中央道の東京山梨 方面へのアクセス両方を担っています。 建設またその後の費用の召喚で負の遺産と いう称号がついてしまったこの橋。ただ 現在はこのように地域の重要なインフラと して機能している面もあるということが できるでしょう。 さて、今回の動画はここまでとなります。 次回はとある都市の人口とある企業の撤退 について考えていきます。 ご視聴ありがとうございます。また次回も 一生懸命頑張ります。ごきげよう。

#府中市 #稲城大橋 #中央道

東京都を流れる多摩川。都を横断する重要な河川です。そして、その重要な河川沿いには都市がたくさんあります。そして、都市間同士を結ぶ橋も多く掛けられているのですが、その一つに稲城大橋という橋があります。

この橋、かつては東京3大負の遺産とも呼ばれていた橋。では実際どのような橋なのか?今日は見ていくことにしましょう。

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目次
0:00 イントロ
0:51 稲城大橋とは?
3:29 なぜ負の遺産と言われたのか?
6:49 実際の稲城大橋
12:09 稲城大橋についての考察
15:31 稲城ICについて

15 Comments

  1. 現在の稲城大橋は便利に使えますが
    開通当時は利用車ほぼ無し状態でしたので是政橋等が混雑したままでしたね
    正直、利用料金が高過ぎでした
    そのせいで使う気に成らなかったもの

  2. ルートが川崎市側を直進して、東名の青葉ICと接続したら便利なんだけど、都、県、市、区と行政が入り組んでいるし、地価が高くてダメなんだろうね👍

  3. 渋滞緩和のために橋を架けるけど、財源確保のために一定期間は有料化するというのはよくありますが、結局従来の無料で渡れる橋を通る人が多くてあまり渋滞緩和とはいかないというのはありがちですね。
    稲城大橋は中央道のIC直結の連絡道路という印象が強くて、稲城ICに向かう以外に使うのかという感じでしたね。

  4. 稲城大橋はうろ覚えだけど実質的に稲城インターの取付道路でしかなかったことと、府中側の多摩川通りがろくすっぽ完成してなかったから下道としての利用価値はなかった感じでしたね。
    チラッと出てきたひよどり山トンネルも「(カネを払って)通っても、どこへも行けない」という辺りが不評だったと思います。一応八王子駅前には出られるんだけど、カネを払ってまで使うほどではなかったですね。

  5. 周辺道路が良好ならJRAから補助をもらって稲城インターをフルインター化できたんじゃないかね?

  6. 昔はこの近辺から中央道に乗るには調布ICか国立府中ICしかなかったのに、稲城ICと府中SICのおかげで便利になりました。稲城大橋は有料時代から使ってるけど、結局東京都の豊富な財政のおかげで建設費を償還する運びとなったのですね。

  7. 学生の頃は稲城でバイトしていた。有料の稲城大橋を使ったことはほぼない。大人になり、今は府中で働いている。今なら200円でも頻繁に使うかな。

  8. 石川良一と言う稲城市長がキーマン。石原慎太郎都知事と大喧嘩したが、のちに仲良くなって日本維新の会に入党。
    稲城市長退任後は南多摩地区の都議会議員。最後は都議会議長を務めた。

  9. 私がまだ原付しか乗れない頃に開通したのを覚えています
    原付の通行料は確か20円でした
    原付レーンがあって、ポストみたいな箱に小銭を投げ入れるシステムだった覚えがあります
    土日で是政橋が混んでいる時に利用してました

  10. 唐突にぶち込まれるお馴染みの情報でその後の解説がまったく頭に入ってきませんでした…

  11. 多摩都市モノレールは、利用実績とともに利便性が評価され、さらなる延伸が計画されているぐらいですが・・・

  12. 稲城大橋なかったら、もう2つの橋が混んで混んでとんでもなかったと思うし、今はもう負の遺産とまでは言わなくてもいいのでは

  13. 稲城大橋・ICの真の効果は今後完成する予定の読売ランド線との合流で発揮すると思う
    ここができると多摩川原橋の渋滞が幾分緩和するはず
    …まあその分津久井道側の混雑が増えるのではあるが

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