南紀州の旅と釣り(2)橋杭岩、潮岬、すさみの海岸、古座街道、古座川の一枚岩を巡る
串本町にある 橋食い岩にやってきました。 ここは串本から木大島に向かって大正40 の岩が850mもの列を作って並んでい ます。これを総称しては橋食い岩と呼んで います。 の幅は15mあるそうです。 伝説では工防大子と天野が一晩で橋を かける駆けをして 天野が鶏の泣きまねをして大子を騙した ことから橋の食いだけがしかも途中で 終わってしまったという言い伝えがあり ます。 実際には約1500万年前の熊のカルデラ 誕生の際に時を同じくして 地下の マグマが 泥層に加入してできたもので [音楽] 柔らかい霊は 大きく侵食された一方 [音楽] 流門癌は新食されづらいことから 差別新食によってこうした姿になったと 言われています。 この流門癌、一節には石営半がとも言われ ておりますが、 これは 非常に 硬いことから 悔の形として現在も残っているためこの 地形を総称して橋と名付けられたそうです 。 この場所には何度も訪れていますが、いつ も塩が満ちているので、なかなか この橋岩の近くに 立ち寄ることはできませんでしたが、今回 は偶然にも干長時に当たったためにこうし て海岸線に降りて 岩をじっくり眺めることにしたのです。 ところでこの絵からも気づきのことと思い ますが 流門癌がこの霊の上にゴロゴロと転がって いる姿が この勘ではっきり と見て取ることができます。 これらを総称して津波石 あるいは津波岩と呼んでいます。 これは1707年南海トラフを信とした 法衛自身による津波によって 岩の一部が こうして騎士に流されたということが 分かっております。実際に科学者が研究を 進めたところ、 津波によってこの位置まで流されてくると いうことが判明しているそうです。 [音楽] 塩が満ちてきたので堤防に上がって 途中にある弁天島を眺めることにしました 。 ここには赤い鳥があり、中に神社があって 上からの景色を眺めることができるそう です。ただし満時になると戻れなくなるの で、それのその点については気をつけ なければなりません。 右に見えるのが串本の町。左にあるのが 塩の御崎ですが、元々は離れていたものが 繋がれて、今は陸続きになっています。 塩み崎の南タにやってきました。ここには 展望台があるので 太平洋を眺めてみたいと思います。岩が あります。 え、正面の には 過ろじてこの御崎と繋いでいるので、 あの正面のが最難の 暮れ先だと思われます。 沖には黒塩が通っています。 塩のみ先タワーが見えます。 1度も上がったことはありません。 ここが私が大好きなジオパークです。 全国各地にジオパークがあるんですけれど も、ここは 最も好きな ジオパークの1つです。 ただここに入ってしまうと3時間ぐらいは 出られなくなってしまうので今回は諦める ことにしました。 神那の花がよく咲いていました。 がかなさし首の説明書きがありますけれど も 相当くびれていて この説明書きもまたさらし首の軽にさせ られてるかもしれません。 これが きな学命がついている さらし首です。 平らな霊ガの上に硬い業界癌が乗っており 、これがまるでさらし首のように見える からとのことです。 ま、学者さんも ひなというよりも決対な名前をつけるよう です。 それにしても 沖の方には かなり大きなさらし首が並んでます。 ここは 木半島の恋人み崎という場所です。水の 恋人み崎よりは古い存在です。 こうして海が近くに見えるのも伊豆の恋人 みよりは 景観は優れていると思われます。 海の透明度は相当高いように思います。今 はなくなってしまいましたけれども、この 辺に昔は立ち弁するなという看板があり ました。この点も のようないかにも気品がありそうなものと 半島の庶民的な感じとの 違いが感じられてとても興味深かった音を 記憶しております。ここが私が大好きな 道の駅井ブータンランドです。986年と 言いますから、相当古くなってしまって 敷地も狭いので、現在は近くに別の道が できたためこうしてされています。 井ブータの名はこの近くにある和歌山津さ 試験場で井豚が日本で初めて後輩に成功し たからです。井豚はオ酢のイノシシとメス の豚を後輩して作られたもので日本では 1970年に誕生しております。 ま、ヨーロッパではこの井は非常に盛に 後輩されていましたのでラテン語で ヒュブリ と呼ばれております。このヒブリダという のはハイブリッドの語5です。 つまり 自動車によく使われているハイブリッドと いう言葉はこのラテン語のヒュブリから来 てるものでつまり井豚という意味になり ます。トヨタを代表するハイブリッドの車 は実は井豚なのです。私の車もマイルド ハイブリッドが付いているのでマイルド 井ブということになります。現在 ハイブリッドという言葉はあらゆる場所で あらゆるところで使われておりますがその 語言が井豚であるということはなかなか 面白いので覚えてえていただきたいもの です。この井ブーターランドの 海側はなかなか 綺麗なので 井 と同じかそれ以上に 興味深い場所です。 この岩は 60°から70°ぐらい 傾いてます。確かこの辺りにはこの 極端な 集をしてるフェニックス集い場所もあるん ですけれども、 そこに行くには 特別な許可がいるそうなので、私はまだ 行ったことがありません。 先の音が聞こえるでしょうか? つミの雫の滝にやってきました。これから 階段を降りていきます。 滝きツが見えてきました。 これが 雫の滝です。 滝は2段に分かれていて、 落差は30mあるそうです。 足場が岩板になっているので ちょっと滑りやすいです。 透明度は 案外高いようで歩らしき姿も見えます。 ダムコが見えてきました。よそ見運転は やめましょう。これが市川ダムです。 年に建造されたそうで 日本最古の高圧 スルースゲートを設置した多目的ダムとの ことで日本の土木遺産に指定されています 。確かにダムコの水量はかなり少なめです 。 ここからはダムの火流が見られますけれど も、現在放水してる様子は全くありません 。 これが 小田川最上流の 流れです。 あがコケをる様子がよく見られます。千葉 涼太郎の小座街道では 労がかつては日本一の青龍だったのだが ダムができたために水がかなり悪くなって しまったと嘆いている話が出ていました。 ありの人が2人いました。 背を狙っているようです。これが小座川 古上岩脈の中では2番目に知られている 天中岩です。 天には届きそうはありませんが、それなり に見応えはある岩です。 これも流門岩室 火西癌が 作った 岩の1つです。 このトンネルを抜けるともうすぐ左手に 日本で1番有名なと言ってもいい 小座川の1枚岩が見てく見えるはずです。 が見えました。 こうして上から見ると、え、これがそんなにすごいのという風にいぶかしむ人も多いようですが、実際間近に行ってみるとそのすごさがよくわかります。これが小座川の 1 枚岩です。川のウガン側から取っています。 こうしてみると迫力満点です。 幅は500m、高さは高いところでは 100m以上とも言われています。 肉部分かへこんでる箇所もありますけれど も、基本的には1枚の 岩で成り立っております。 表面がスべスべなのはこれはこの小座側が 表面を 削ったからと考えられています。 ということは小座川はかつてもう少し高い 位置に流れていたんでしょう。 小座川古上岩脈は 熊のカルデラの周辺に できたもので この 小座側の1枚岩、そして天中岩です。 今親子が水遊びをしています。 その人の大きさとこの岩の大きさが退避 できます。この辺は一部崩れています。 途中には 船でしょうか。木々が 育っているところもありますけれども、基本的には全て続いているまさしく 1枚岩であることは確かです。 もうずっと昔ですけれども、 地質学者は 世は全て1枚なんだという風にこの11 枚場の前で言ってました。確かに 成立ちは1枚であっても 実際にこうした形で残っているのは おそらくここだけでしょう。こうして 小座側の1枚岩まで ぐるっと巡ってきました。 次はいよいよ あ釣りをするのでその動画をいずれ紹介し ます。 明日はあ釣りだぜ。 [音楽]
南紀州を巡る旅が続きます。橋杭岩からスタートして潮岬、さらし首層、イノブータンランドを経て古座川街道に入ります。雫の滝を見つつ七川ダム湖、七川ダムから古座川を下り、川の様子を探りながら、天柱岩、そして古座川を代表する「古座川の一枚岩」をじっくり鑑賞しました。自然が織りなす想像を超えた風景に触れ、改めて南紀州の魅力を味わいました。
2 Comments
昨年、橋抗岩から潮岬そして白浜、富田川やらをぐるっと、古座川懐かしく拝読いたしました、またチャンスがあったら支流で鮎釣りを楽しみたいものです。続きを楽しみしております。
お話は聞いていましたが、凄くいいところですね。いつか行ってみたくなりました。