北ア絶景が続く大町塩の道・千国街道ドライブ|仁科神明宮ー静御前の墓ー霊松寺|ずうっと絶景が続きます|
皆様こんにちは。いま長野県大町市 国宝、仁科神明宮です。 チョット見にくいですが、 真正面に、二ノ鳥居が見えます。 そのまま、真っ直ぐ進むと、三ノ鳥居を通り拝殿と本殿 伊勢の皇太神宮にならい二十年に一度 永々と、式年遷宮(式年造営)を行ってきたことや、 日本最古の神明造であることなどで知られていますが 何よりも、この杜の神聖な空気に惹かれます。 まだの方は、是非一度、訪れてみてください。 さて、今回は、いま正面に見える北アルプスを 終始、眺め続けながら、大町の塩の道を辿ります。 歩くしかなかった頃の人々が、生きる為に歩いた街道は 現代の幹線街道とは、まったく違う味わいが有ります。 この、一ノ鳥居の脇にも、塩の道の案内板があります。 これから、市内中心部には下りずに、この路を辿ります まず、右折します。 はい、この道が、かつての塩の道、千国街道です。
(現大町市道1025号、常光寺山の寺線) 前方の家々の間から、北アルプスが垣間見えてますが、 このあとも、ずぅっと、観続ける事ができるので、 長閑な雰囲気と一緒に、その絶景も味わってください。 さて、「塩の道」と呼ばれる道は、全国にありますが、 上杉謙信と武田信玄の時代の「敵に塩を送る」話により 全国で、最も有名な塩の道が、この千国街道な訳ですが 私は、好きだけど幾つか気に食わない事があるのです ひとつは、今だに、松本と糸魚川を結ぶ自動車道路を 「塩の道」との愛称で呼ぶことです。(アホ臭い) 昔の人が歩いた経路とは全く違う、現代国道を、 松本と糸魚川を結んでいる道だからというだけで、 「塩の道」と呼ぶ、その、阿呆らしいまでの滑稽さを、 何故に感じないのか、不思議でなりません。 これは、千国街道に限らず、野麦街道なども同じですね 近代土木技術で、まったく異なる経路に作った道を、 起点や終点が同じだ、というだけで、 歩くしか無かった時代の道と同じ名を使って表すのは いい加減に止めて欲しい、と思っています。(苦笑) それらとは別物で、この市道は、本当に「塩の道」でした。 拡幅されたり、舗装整備されたりしていても、 道は、昔の人達が、懸命に歩いた経路そのもの。 人家が増え、その家々も立派になっているけれど、 眺めた山々は、昔と大きく変わってはいないでしょう。 昔の人達が、どんな想いで、この景色を眺めていたのか そんな事を考えながら眺めると、一層美しく感じます。 昔の人達と同じ経路を辿ってみて 昔の人達が見たのと、同じ景色を眺めてみて、 初めて感じる事が、沢山あります。 石仏や地蔵や供養塔を目にする度に、 その地に生きた人達の心の歴史が感じられます。 林道曽根原線の入口に着きました。 ここは、広場になっていて、大黒様も居られます。
(曾根原大黒様) ここにも、塩の道案内図がありますが、分かり難いですね どんどん進みますよ。 ううん。春はいいなぁ(笑顔) 今年は、去年や一昨年みたいな雪不足ではなかったし、 山の景色も、実に、この時期らしい美しさです。 ご覧の通り、北アルプスの素晴らしい眺めが続くので、 今回は、いちいち、ほら絶景です、とか言いません。(笑) この右手が、佐々屋幾神社 安曇の地を開拓した仁品王が、仁科神明宮を建立し、 その参拝の際に、家臣の妹を見初めて、 この場所で愛を「ささやいた」という伝説の杜です。 因みに御祭神は、見初められて妻となったその人です その子孫たちが、永々とこの地に関わった仁科氏なので 嘘臭くもあり、でもまた、ロマンある伝説でもあります 因みに、仁科氏の居館は、この先の一段下の場所でした 神社は一族を守る役目を果たしていたのかもしれません。 仁科氏は、平安時代から、戦国時代の末期まで この地に関わり続けたので、関連した遺構が沢山あり 地域一帯、戦国時代の山城だらけです。(笑) ここを右へ入るのは、林道閏田線。 山の眺めは、当時も今も変わっていないでしょう 当然、余暇の登山など有り得なかった時代で、 高山に分け入るとしたら、生活の糧を得る為のみ、 そして、昔の人に眺めを楽しむ余裕があったのかは 疑問ですが自然に対する畏敬の念は大きかったでしょう 現代の私達は、生活の中でも、この景色を楽しんで、 余暇には、これらの高山に登って遊ぶ事ができる 有り難い時代でもあります。 そんな事を考えながら、眺める北アルプスの景色には、 一層増しての、愛おしさを感じます。(笑顔) さぁ、また、見晴らしの良い場所に出ました。 さて、ここは、丹生子。 右側の山は、丹生子城址です。 そして、もう少し先へ進むと、長野県最大級の山城である 木舟城址があります。 山城好きの知人が言うに、長野県最大級という事は、 日本最大級と言っても良いのだそうです。 何故に、そんなものが必要だったのかと考えると、 それだけ、脅威が大きかったと想像されますが、 戦国時代が終わった途端に、必要がなくなり、 未完成のまま、拡張途中で放置されたそうです。 はい、もうすぐ、長野県最大級、木舟城の登城口です。 ここです。ここを右へ登って行くと、山全体が城址です。 そしてここを左折した先が、当初、仁科氏の居館でした。 どうですか、白馬まで観えるこの眺め。壮観ですねぇ。 さて、もうすぐ常光寺跡の大黒様です。 右手に、大黒様と、石仏群 大黒様です。このような石仏群を見かける度に、 昔を生きた人達の、祈る姿が想像されます。 現代のような土木技術がなかった、昔の街道は、 水害を受け難い、河岸段丘の上を辿っているので、 ここもいわば、このチャンネルでよく言う 北アルプスの「対岸の高み」なのです。 どこまでも、この眺めが続きますよ。\(笑顔)/ ここで、カメラチェック。 ここで、一旦、県道に入ります。 長野県道55号大町麻績インター千曲線 因みに、仁科神明宮からここまでは、 ずうっと、大町市道1025号常光寺山の寺線でした。 さて、ここから街道としては、市内に入って良いのですが 「塩の道」としても、河岸段丘の上の道としても 途中に、市の霊園が在ったりして、 歩きは可能なのですが、一般車がドライブする道としては 現存していないと言って良いかと思います。 でも、歩きなら、通過可能ですよ。(笑顔) でも、さて、少しでも近づきますよ。右折します。 大町市道6023号松崎13号線 大町市道2035号神栄町松崎線 大町市道6029号松崎19号線 正面の山桜、綺麗ですねぇ さて、直進すると車は行止りなので、左折します。 そして、この右手に立ち寄りしましょう。 ここです。 牛立山薬師寺というお寺ですが、かつての牛立館跡 由来は、静御前が義経を追って奥州へ向かう際に 乗っていた牛が急に 倒れて動かなくなり 『牛や立て』と静御前が言ったから、牛立の地と言われ かつて牛立薬師堂(薬師如来)が在ったとのこと。 そして、義経の死を知った静御前は美麻村大塩で逝去
(美麻村は、現在は大町市) その死を悼み、母、磯禅師は木崎湖での入水を目指すが その途中で行き倒れたとされ、脇に埋葬されたと聞きます 「静御前の墓」というものは、全国にありますが、 それぞれに、由来とされる伝説があり、 どれもが悲しい話になっているのが辛いですよね。 再び、大町市道2035号神栄町松崎線 もし、静御前が、本当に、この地で義経の死を知ったなら この絶景も、慰めにはならなかったでしょうね。 歩きなら、右手の、もう一段高い場所を辿れますが、 車なら、この道で充分に満足できます。(笑顔) いちいち「絶景だ」と言う気がしなくなるくらい 延々と、絶景が続くでしょ? (笑顔) さぁ、ここで、一段高くへ移動しましょう。 大町市道1016号曾山観音橋線 そうです。大町市山岳博物館へ登る道です。 そして、次で左折します。 大町市道2027号東山観光線 そうです。以前、快晴の日の雪景色を紹介した道です。 ここも、木崎湖畔へと続いていた塩の道、千国街道です。 そうそう、私が、塩の道で気に食わない事と言った件 もう一点、言っておきますね。(苦笑) それは、 糸魚川市が日本初のユネスコ世界ジオパークに 認定されましたが、それに先立って、2002年に 塩の道、千国街道の一部が、「松本街道」の名で、 国の史跡に指定された事です。 起点や終点の名を冠した「松本街道」や「糸魚川街道」は あくまで「千国街道」の別名であった筈です。。 昔から千国街道と呼ばれ、永々と各地に設けられてきた 案内標識等も、総て「千国街道」なのに、 ユネスコ認定に関わる、国の史跡となった途端に、 突如として「松本街道」が正式名称かに使われたのか、 私のような、一民草から見るに、 疑問を通り越して、疑惑でしかありません。(怒り) 「松本」の名を付けたい勢力が居たに違いないでしょう。 そして、他の関係者も、それに異を唱えない方が 我が身にとっては得策だと思って、 皆が目を瞑った結果なのでは、ないでしょうか? 糸魚川から松本に至る千国街道の、古の古道も、 江戸時代に宿場まで整備された、いわゆる本街道も、 これまで、すべての標識や、案内板が「千国街道」なのに 国の史跡に指定された、ごく短い区間だけが「松本街道」 阿呆らしいったら、ありゃしない この塩の道は、あくまで、千国街道だわい。キッパリ 国史跡指定区間の前後の標識や、案内は、 名称混在で大混乱。(滑稽でしかない) 何故にこういうのに、異議を申し立てなかったのか? 「松本」を押し通した勢力に対してだけでなく、 阻止しなかった側に対しても、腹立たしいくらいです。 押し通した側は、勲章ものだと思っているのかも(悲) この観光線の桜も、北アルプスの眺めとともに、 可成り見事なのですが、入院していた私には 残念で仕方ありません。(トホホ) また、来年の春を楽しみに待ちます。(涙) さぁ、ここまで来たら、 締めくくりに、霊松寺からも眺めますか? (笑顔) 大町市道1035号大黒町三日町線 左は、林道分水線 右折します。 長野県道394号川口大町線 蝮坂スノーシェルター はい。霊松寺へは、ここで右折します。 これから行く、霊松寺も北アルプスの眺めが良いですが 何よりも、鷹狩山の頂上の展望台への道が、 冬季閉鎖期間に入った後も、積雪さえなければ、 この霊松寺までは行けますし、 春になって、鷹狩山展望台への道が、 まだ、閉鎖期間中でも、 この道は、雪が消えた途端に、霊松寺まで行けます。 要するに、鷹狩山に登れない時期でも、 霊松寺からの展望は楽しめる可能性がある という訳なのです。(笑顔) 勿論、お寺の周囲の紅葉も素晴らしいし、 松川村から、移築した山門の素晴らしさといい、 ハンパない魅力に溢れている曹洞宗の寺院です。 明治の廃仏毀釈に徹底的に抗った姿勢も大好きです さぁ、そろそろ、展望の良い場所が近いです。 見えました。 左手が鐘楼、ここへ登っても展望抜群です。 お寺は、正面、1段下に在るのですが、 今回は、ここでUターンして、北アルプスを眺めます。 ここも、大町市街地を俯瞰する、 北アルプス対岸の高みです。(笑顔) さてさて、今回も大分と、動画が長くなってしまったので、 そろそろ戻りましょう。 塩の道、気に入っていただけましたでしょうか? このチャンネルには、糸魚川から始まって、 塩の道、千国街道をドライブした動画が沢山あるので、 よかったら、そちらも、ご覧くださいませ。 長くなってしまい、申し訳ありません。 ご視聴いただき、
ありがとうございました。
国宝の仁科神明宮から、大町塩の道(千国街道)を北へ向けてドライブします。歩くしかなかった時代の、昔の人と同じ経路で、終始、昔と同じ北アルプスの絶景を眺めながらドライブして、最後はオマケで霊松寺からの北アルプス展望も楽しみます。
4 Comments
素晴らしい❤
「対岸の高み」は、
眺望の極み😊
忘我に身を任せて無限を感じます。
その地に生きた先人の悲喜交々の時間を刻んできたのでしょうね。
眺めさんのやるせない熱い想いがいじらしい😊
それにしても北アルプスの稜線が美しい😊
こんにちは♪
待望の『塩の道』嬉しいです❤
仁科神明宮を出発して
、2分38秒後に通過する←左手の看板に注目して下さい♪
私が愛してやまない常宿です🪧
遠方の方々もお近くに住まわれる方も、是非一度お泊まりください😊
宿の名前は"森のみち草"と言います
宿からの北アルプスは、遮るものがなく絶景ですよ🎉
本っ当に綺麗な眺めですね😊素晴らしいです
素晴らしい眺めと歴史をたんのうしました❤ありがとうございます😊