#12「水に呼ばれた土地で生きる。源流から考える珈琲焙煎と環境再生の暮らし」Guest:自家焙煎「o-coffee」大形拓嗣さん恵さんご夫婦【旅するラジオカー in 大台町】

[音楽] 皆さんこんばんはみえラジオスタートし ましたパーソナリティの日川桃えですこの 番組は毎月第1第3金曜日に配信をしてい ます三重県南部の13町を旅するようにえ 巡ってですねあのそこの情報をお届け するっていう番組ですけれども今回大町に 行ってきましたこの大町がえっと13の 1番最後のあのエリアになります場所に なりますであの最後にねすごくいいゲスト にも巡り合いましたよねであのご夫婦で えっとゲストの方出てくださ るっていうことであの大腸の結構山の中の エリアの方にえっとお邪魔をしてきました で事前にね実は住所を聞いてあのその住所 をみんなスタッフで車で行く時に GoogleMapプに入れてあの行った んですけどその集落まではたどり着けたん やけどそのバンチの場所が全然出てこなく てですね迷いに迷ってあのたどり着いた あのところであの収録をさせてもらいまし たあの事前に聞いてたのはお家があってお 家の前に田ぼがあるんでそこで田えしてる からえっとテントを立ててそこでラジオ 収録しましょうっていう風にお聞きしてた んで私たちはあのお家があって田んぼが あってでテント立って出るうちを探して 探してですねあの走り回ってでなんか郵便 局に途中聞きながらあの行ったんですけど 結局ねこの先行ってもええんかなっていう ところでふと立ち止まったところで田えし ている男性がいてもしかしてってお声を かけたらゲストさんでしたあのそんな王大 の山奥の中の山奥って言うたら失礼ですか あの大町の山の中のあの田ぼ小さな田ぼの 前の家であのテントを立ててえ収録をし ましたちょっとそれをね想像してあの聞い ていただければなと思います それではえ最後のえ最終回の横長お聞きください Thisamisbroughtto youby andyou ラジオ はいじゃああの早速ゲストをご紹介していきますえ大長で大コーヒーをやられてる大方たじさんと奥さんの恵みさんですこんにちは こんにちは
よろしくお願いします よろしくお願いします お2 人にですね簡単な自己紹介をまずしていただきたいんですけどえっとまずさんの方からえっとどこの出身でっていうのとあと今ここに来られたの何年目やとか あのどうやって来られたのかっていうお話をちょっと聞きたいなと思ってますはいえっとこんにちは僕はえっと大型たじと言いますみんなにたくちゃんって言われてますたちゃん言われてますね はい
はい で京都出身でえっとここに移住し三美重県の大町 栗田谷って集落なんですけどここに移住してえ 10年約10年ですねうん してますで今はえっとさっきまであの田ウをしてたんですけど そう実はちょっとこれラジオやからあのね見れないんですけど 前で今タウが繰りが広げられている状態ですよね はいさっきまでそのタウをしていて うんはい忙しいとこすいません はい あの給て時給農業とま環境再生って仕事と 手編み直売線大コーヒーという野号でコーヒーの売線仕 はいあ売線仕やられてるんですね はいま簡単に自己紹介はそんな感じですね はい奥さんは元々どこの出身なんですか えっと私は奈良県出身で でま夫と出会ったのきっかけにここのクリナにっていう集落にあの移住っていう形で うんへえたんですけど 結婚を木にられた感じですか?そうなんですね はいでこっちのその三重県に知り合いがいるとかそういうのも全くなくて なくてうんで結構ここって大長の中でも私もすいません前通ったことあんのかなと思うけど初めて来ました そしてあの一応住所教えてもらったもんでビで来たんですけど迷ってこれどこやと 人に聞きながら
迷って
きました
そう なんでここの場所を選んだんですか?お 2人 それはあの夫が話すた方がいいと思うんですけど うんあれあの結婚と同時に移住したてんですけどま僕そんなにあのまあんまカットされるかもしんないですけど 結婚はしなくてもいいかなとにかく一緒に住んで時間を共にしたいなと 思ってたんで
うんうん あのま移住しようっていう話 移住したいし一緒に済まないみたいな話をしたらいや移住するんなら結婚でしょううん 一緒に住むんなら結婚でしょう うん
そうかそういうタイミングかと思って でま結婚して移住することになったんですけどこの場所に 出会ったきっかけっていうことですね うんはい元々三美重県にはこうちょこちょこ来られとったわけですね本当が そうですね
うん 僕はその前に関東に住んでたんですけど はい前の前か関東に住んでて東日本大震災 2000 年の3月11 日に関東に行って会社ですけど そこでなんか大きな揺れとあとその後のごタごタというかその原発が爆発したりその うん 色々今まで知らなかったことに遭遇してまここにはもうちょっと関東には住めないな住み方自体生き方自体を 働き方自体をちょっと変えたいなと思ってまずは 飽き合いになってたう の実家に帰るんですよね
うん で実家に帰ってしばらくあのま被災地に行ったりとか 色々しながら時間を過ごしたんですけどま仕事もしたいなってことで うん
ま本題のその仕事を 自分で作りたい うんていうことはもう決めてたんですよ はいそれもでは会社員 会社員だったんですけどやっぱり自分で何かを 作ってコンパクトに動くっていうことの魅力の方 魅力を感じたんですよね やっぱり公式化してくるとズタが大きくなるとやっぱり すごくこうやりたくないことをやらなきゃいけなかったりとか敷いてしまったりとかいうのをやっぱりうんうんうん その東西にそ大震災の時になんとなくこう見えてきて うん でそれやったら自分で仕事を作りたいということでさて何があるだろうと [音楽] うん
思ってもう僕は誕 毎日コーヒー飲んでるしう でもしたこと20歳ぐらいの時に初めて したことあったし
うん宣業しようかな へえ と思ってそのコーヒーの売線の友達いたんですけど とフラっと京都を移住あの散歩してたんですよね うん でコーヒーのショップを紹介してもらって入ったところとコーヒーがものすごく美味しくて うんうん でその方に弟子入りっていうことではないんですけど売線の現場見してもらったりして そったら生の豆を頂いてお土産はつって売線してみて言われてで自分で売線してその方に持ってったら美味しいからうりゃって言われて へえ でもうその気になってしまうんで僕はね でさん
コーヒ屋さんやって で開業して間もなく うん あの別に京都にずっと住んでるつもりはなかったんでどっかに移住して うんうん 移住したいなと特に田舎に移住したいなっていうの年頭に起きながらので うん それそういうスタンスで何かこう開できないかなと思ったらやっぱ身を軽くするという じゃ出形態でできないかも思ったら手作り位置ってのは京都たくさんあって はいはい で早速その手作り位置見に行ったらもうすでにコーヒーで出されて方いてうん ああやってる人がいるでもなんか成りたしそうやなと思ってやってみようと思って 1週間でその
うん え出形態のえセットを作って 自分で手作りで作るの好きなんで うん
でそれを抱え引っ下げて うん 全国各地に色々もあるしマーケットブームもあったんですよねその頃ね そうですねうん10 年ぐらい前ですよねそうですね ね その辺からこうすごくこうましマーケットがたくさん大償様ざ あってでその中で出会のが妻なんですけど へえあマーケットでで奥さんは別でマーケットをやなんか出定されてたんですか そうそれまでは私もあの働いててでちょっと長年勤めたところをうん やめてで 何で出してたかって言ったらシケーキで出してたんですけど はい相性いいですね
そうなんですようん 友達に誘われてじゃってみようかなみたいなにもなってるし えなんか似てますねなんか 軽い軽く うん でさ自分では多分あのやろうってはならないけど友達に言われたからうん やろうかなって思ってまきっかけもあって でそれが初めてあの出やったんですけど奈良の法寺やって隣に へえ
いて
そうなんですよ その放流寺で出会ってるんですよ流寺のマルシで出会ってなんかねはいで私は初めての出て ええ
でで奈良やったから 行ったんですけどほんだ隣にいてすごい暇そうで うんうん あれねまママシマーケット出てね出して私もよく出するんですけど暇な時ねもう横の人と喋るしかないです そうなんですね で僕はめちゃくちゃ暇だったしで 3こう隣のブースで3人女の子出したうん で1 番手が開いててよく喋ってくる子がうんうん めぐちゃんでも仲良くなって うんうんでまねそれか会うようになって で僕京都で奈良で でちょうどその頃にあの伊勢の戦宮っていうのがあったんですよね はいうん
式年宮
そうですねはい でその頃に異になんかこう色々人が集まるしマーケットマルシだとか 風美味そっていうゲストハウスができたりとかしてなんか賑いを感じてたのでなんか頻繁に行くなったんそのコースでねはいうん 今日とみぐちゃんにあってなら うん で下道で移動するのがやっぱり月というか場所探しつい意味でもあるので下道でこう行くと [音楽] ちょうどねその伊勢の方に入る時に はい
え桜井奈良の桜井を抜けて 166号戦で
はい え高峠という峠を抜けて飯町にて そっからもうちょっとえ東に向かって峠を超えるとえユ谷峠ってのがあって はい
で大町に入るんですよね でそれが最短のルートなんですよ うん でその峠を抜け豊谷峠を抜け抜けて抜けてきた時にあなんか異戦を国に来たなっていう雰囲気を感じたんですよ空間変わって うんうん 残念ながらその高闘峠技を超えた時に景色はいいんですけどあんまりそういうこう躍動感みたいなはあんま感じられなくて うんうん でそのゆり峠の大町に入った時になんかすごくほっとした感じがしたんですよ へえ
でその峠のお不さんのお水を うん お道さんがあるんですけどゆに降りたところにお歩さんのお水を頂いてあなんか うん なんかみの飲み覚えのある水やなんかちょっと思いながらうんうん こうで東京降りてきたらなんかふわふわしてなんかこうワクワクする感じがあって うん
ヒュっと降りてきた1番最初の集落が うん ま今ラジオなんて分からないですけど目前目の前にあるこの場所なんですよ うんうん
でその目の前のここ ちょうどここの元にこの場所 そうなんですそう ちょうど降りてきて抜けてきたら 1番最初のところが
そうを感じた集落ここ うん確かに今家がねあの確かに山の中からこう来た 私らもこっちから来たかやけどでも今ポツンポツンと見た時に何元か集落て山の中やけどっていう感じのうんうん そう伊勢ってこんなとこなんかなとか あここであ伊勢って感じがした 伊勢って感じがした で後から死ぬんですけどやっぱ宮側の流域でえっと 流にな宮側の子流になるんですけど私流のやっぱ原領域になるんでうんうん で僕はなんか水に呼ばれたんかなとも思うんですよ うん その道さんでお水飲んで不さんてねそういう土地の神様だったりするわけなんで あお水に呼ばれたんかなと思ってま今その環境再生っていうのもあって喋りますけどお水の仕事だったりコーヒーも うんそうですね ねお師匠さんから聞いたんですけど水商売やでってあ 言われたんですよ
うん
田ぼ水が必要 もう水が必要やからていうことで でまその降りてきた時のこの地域の集落の雰囲気が良かったので なんかこう記憶にとまったんでその後伊勢に入って出をした時にうん いろんな方に僕ベラベラ喋るの好きなんで暇出点が暇やったらとにかく 1人右の人に話してうん でそ倉行してる間にえちょうどそこに家あるよっていう話を うん
大館話した 1週間後ぐらいに うん 電話ってきたんですで最初誰かあんま分かってなかったんですけど あんでうん あった時にああったあったこの人と思って うん でま家見に行ってみって言ってで見に行ったところ うん
に今住んでるんですけど へえほでいえあるよって言われて見に来たらここやったんですか?その ここじゃないんですけど今ここにいる場所ではなくて うん
どこに連れて行かれるんやって 今目の前の奥のあのタの中の方にあるんですよ あの中にまだ家があるんですか そう今ラジオの方あんま想像つかないと思想へんそう後でちょっと写真で見てもらうと分かるけど山しか見えないですけど でこう一緒に車のしてってもらったら林動に入ってくんですよね うんうん
で林動に入ってて最初にあの近く 1 番手前にあるこうノーキ具小屋みたいながあってあこかなとか思ったんですけどやったらちょっとお断りやなとりすぎて あのありですよねさっきのあのこやねあれねうん そうそうで通り過ぎていくでしょ ほんなもう1 件あの住宅というか山小屋みたいながあるんですよちっちゃな いやでもこれもちょっと 2人で住むには狭と思ってちょっと 口ってきてるからと思って次に見えた家が まそれの3 倍ぐらいの大きさのドカンとした山小屋で うんうん
あの立派だったんですよ
うん
あ 立派見えた
見えたね そうそう があってうん あの具やちっちゃな山さん屋さんと一緒やん悪いやつから見せくやそう 別にそういうコンタはなかったと思うんですけどう んでその順番で見て最後にあ砦出が来たと思って あうん これならめるかもっていう気持ちになって そこも秋屋になってるようなところで そうですね 工事とか何もせんでも住めるようなものとかやったんですか そうですあの大家さんがおられて 大家さんが何年か前までそこであの 住んではいたんですか 住んでおられたっていうか別荘でうん あのコーヒー飲んだりとかちょっとあの豊かな時間をそこで過ごしたいなっていうので作られたこだわりの家やって でも結構年配で山に来るのもなかなか遠くってでまた新しい開拓場所をその方も見つけて なんかそろそろ誰かま言ってくれたら あのあの貸してあげてもいいかなぐらいのタイミングやったと思うんやけど その時にたまたま出会って でなんか私らやったらなんか面白いことしてくれそうな感じがするっていうような ちょっとお茶めなさんででそれですぐあの貸してくださって そのことになったんですけどうんうん だからここいいなって思ってから期間すごい短いですよね そう短かったねうん 2
週間か3週間ぐらいやったかな で僕は最初にちょっと先に入って うん
なんか色々準備したんだよね移住確か 9月ぐらいにしてで 11月ぐらいに来たね
うんうんうんうんね もうあの住む場所ではなかったから別荘みたいお茶を飲むぐらいの感じの山小屋なんですけどまそこに今も住んでるんですけど だからその水の設備とかそういう山の水を使ってんでるんですけど谷がすぐこねがと流れてて うん その音がますごく気持ちいいっていうのと風のこのイキ生きするんですよ小さな触って朝 うん
あの空気が上がってくるんですよね うんうんうん で夕方は空気下がってくるっていうなんかそういう空気の流れがあって 流 での寝る時の音水の音がものすごく気持ちよくて最初は耳に触りましたけど 今はもうそれはなかった家じゃないみたいな感じで 雨が降ってんのかなというような感じの 音で今はもうそれが聞こえないですけど うんうん
で季節になったら鳥が来て へえそう季節をねお知らせしてくれる 様々な鳥が来るんですよね そうオールリも来る へえま環境はめちゃくちゃいいですよね自然環境ね うん うんなんかあそうやって踏んならもうなんか導かれるようにですねそれね そうですね でまね出ても三重県って結構便利な場所で うん 東海エリニアにも近いし近畿地方にも近畿近畿地方かここ関西にも近いし うんうん あのアクセスもいいしその当時の出点形態で色々動く [音楽] うんていうには良かったんですよね うんうん
でもう1 つやっぱりあのこう僕がずっとやっぱりそのこの仕事を作った時気になってたのはやっぱり関東 東日本大震災の時に原発は爆発したっていうことが結構大きくて うん
でなんか奥病なんで僕は うん 原発からできるだけ遠いところに住みたいと ああ
いうのがあって で
あの色々調べたらま三重県の 木半島の
うん
戸とか島とか
うん まこの山の奥の大腸とかその辺が 1番遠いとか編成風に乗ってうん ね何かなんか汚染した空気は来ないとかいう料も多いとかそういう条件もあってうんうん であここいえいえやん あええとこやなってなったんですね そうですそれもま1 つあったんですよねあと水源地で水が豊富であるっていうこともあって うん そうそれが移住のポイントでしたね水が うん
自手に無料で手に入るっていうね うん
それ言ってたよね最初からね うん
うん だって前に川流れてるわけですもんねねしかも宮川の原流っていうかね そう流うん でうちが自由に使えることで移動か便利なこと うんうん透明をね あそうですねあ出するのにもね うん までも遠いですけどねどこ行くのもやっぱ近くはないけど 近くはないうん でもどこにでも行ける場所ですね確かねそうです気持ちがあれば確かに気持ちがあればうんうん 確かにそうですね奈良の方にも行けるし うん峠超えたらね2 時間とかで全然行けるし うんで大やからま松坂の方もあれやし 伊勢も
行けるし
うん
確かにそうですね 便利ですねで海も近いね 1 時間圏内であんだけもうかきがいっぱい食べれる島葉があったりとかね ね泳いで気持ちいい離島がある うん そうですね結構それってこっちの魅力ですよね最高の魅力ですよ 私奈良県海ないんですよ そうですね そうだから魚料理とんどあんま食べてなくってで父親が長崎やったからうんうん あのすごく魚が美味しかったんですってでも奈良に来たらすごい美味しくないからて言ってだからなんかそんな聞いてる から魚食べたい気持ちにもならなくていえ魚そんな出てこなかったんですけどこっちに来て魚すっごい食べるようになったんですけど 美いしいんですよ でおせのやつがすぐ食べれるし うん そこは言うと大の方も結構生きがあるんですか?この お魚のとかもすごくありますぐらいから来る えっとねそうあの 42号戦ったからかな うん でえっとここの集落って別名というかいうのがあって うんうん
えっとあこの国道ですね はい 塩の道とか魚の道って言われたてたらしいですよね [音楽] というのもこの木長嶋とか日式の方から ず昔は魚とか塩とかをうん あの作ってで大和の国 はいに健するために うん
奈良の
この道を通って え僕はさっき言ったその奈良に行く峠 を通ってまちょっとルートは違ったと思うんですけど通って大和の国に 持ってたっていうその道なんですよ うんうんそういう歴史が そういう歴史があって塩道 うんで僕
塩の道魚の道 魚の道でこのいやこの辺の里僕は塩道の里とかあのなんか色々考えては いるんですけどまだそれは名前けつけてはいないんですけどなんかそういう雰囲気 空気感もやっぱ僕は最初に感じたホットする場所とか あの この近辺の人がこう道をすごく綺麗にしてるんですよね うん 草かりこんだけペンぺンに草からんでええやんけみたいな ぐらいの綺麗にされてるんですけどそこはやっぱりうん 街道になっていたりとか人がね通り道になってたので やっぱりすごいその外側意識をされてたんではないかなと思ってそういう歴史とかを知ると そううん やっぱり地域の人のそういう思いとか うん ねいうのもよく分かっていくなそういう地域も大事にしたいなって僕はそういう 思ってるんで
うんうん 批判したくなるけどなんでやろうってまず考えるようにしてて うん あそうしたらこうあなるほどって思うことあるんですよね うん
さっきのこの草のこと1 つにしてもそうですよねなんでここに買ったんのってうんうん うんそうなんですよねなんか三重県伊勢ってすごい綺麗にしてるなって言っとやっぱり外からのやっぱお店参りとかねそういうことやったろうなと思って [音楽] いやこれも歴史やなと思って あのなんかその思いっていうのはものすごくいいことだと思うんで なんかそこになんか批判あるじゃないですか草軽ると温が上がって熱くなるよとか うん なんかこう思うんですけどでもその思い綺麗にして人を迎えたいっていう思いうん を取ってじゃあ自分ならどういう風にするかとかそこ考えればいいのであって うんうん
なんかね平和的な うん
感じで
できればいいなってこと 僕も草刈り色研究してたんですけど え狩りとかに ちょっと私も草カ大好きなんですよ大好きって言い方あれやけど草刈り研究したいんです 高狩りとかね
うん高がりね
はい やってみました高がり
高がりやりました 本当に伸びてこえへんあれ いや生えてきますね それよりもう
切るタイミングとか
うん が大事かな
うん
うん
でもやっぱり ちょっとくがかりの話またしたいですか?そうちょ別の機会でしまし 別の機会でちょっと草がり話しまし それだけで1 時間ぐらい使いそう今ちょっとね草刈りのね イベントをね考えとイベント はい ちょっとねちょっとあのこれは何人かおらなあかんぞっていう草かり場所があってちょっとみんなでなんとかせえへんかっていう話があるんでちょっと声かけてみたいな はい草刈り1つでもねすごいですからね ですよね
風を通したりとか あのその草を狩ると草も反応して再婚をいっぱい出したりとか やっぱり草もう あの色々生き物なんで ねあるんですよね 生存競争したりとかその土地に働きかけることたくさんあると思うんですけどそれをうまくやっぱり うんあの使っていくていうことを ちょっと草刈りラジオちょっとなんか草刈りのラジオなんかねちょっと 1本取りたい草かりの話で でもなんか草刈りがめんどくさいものじゃなくてそうみんなでやってちょっとアートみたいな感じになってもねここのなんか屋だけちょっと残しましょうとかね うんうんそうそうそうそういうのやりたいうんそうあま僕最近また草刈りの話になるんですけど あのエンジンじゃなくて バッテリーの電気ラジオになってます になっとる いやそれ楽しくなりますよね め手軽あれね 女の人でもね
うん あれ手軽わうんてけどかと言ってちょっとあんまり軽すぎるとこう枯れへんから 馬力ないからちょっとそこそこ馬力のやつをねいや 私も今まで草かりやったことなかったんですけどその電気のやつを買ったから うんうんできるようになった できるようになりました うん難しいけど あちょっと決定草刈りなんかやりましょう はいやりましょう いやそれでもね僕環境再生っていう視点でもあるし それ教えてほしいんだよ でも農業の中でもやっぱ草が必要になってくるしやっぱり地方で住むんならば やっぱりそれなりの草かり うん スキル放置してるだけではダメでなと思うんで やっぱ草を狩るっていうこともやっぱ技術の 1つそこにす
技術の1つです であとギュっと話したいですね ねあとこの従対策のためにもねそうですね 草刈り大事ですから 畑もねそれまた使えるすね草 うんそう草はゴミじゃないから あそう
そう落葉もゴミじゃないから はいそういう自然物を大事するっていう うんわちょっとこれやりましょうねこれ後でコーナー草かりのね はい で大方さんえっと大コーヒーさんっていうヤゴでそのコーヒー屋さんをやられててその出点とかマルシェアに出たりってことをずっとやられてたってことなんですけど最近はどうされてるんですか 最近はねあんましてないです あしてないんですか?やっぱコロナがあったから あのそうですねよくお分かりであの 2019年20年
うん20
年ですね 頃にえっとコロナっていう問題があったと思うんですけどその頃僕ら ちょうどう タイにいたんですよ
あへえ タのコーヒー農園にいてコーヒーの豆を収穫してて うんはい 例年通りコーヒーを豆収穫して輸出をして さて帰ろうかなって言った時に うん なんかニュースとかでなんか日本でなんか変なことが起こってるとかそれが全国的にうんうん いや世界的にみたいな感じでで日本のエリザベス号がどうのこの横浜でっていう話でうん えこれ帰れんのって話?そういう時期ですよねうん でいやこれ帰らのままずそうやと思って僕ら帰るこ方向に動いて帰ったのはいいんですけど [音楽] うんうん
どのイベントも帰ったら うん 帰るさですよね飛行機乗る時とかにメール見たら うん あらゆるイベントが中止中になって自粛とかよくわからへんこと出てきて うんうん で大体僕らって半年間ぐらいのスケジュールを大きなイベントとかの場合は うん
半年前にもう決めて はい で出するっていう計画を立てていくんですけどそれも半年間ぐらい 6月7月8月ぐらいまでうん 計画立ててそろそろ9月や10 月のイベントのお誘いがあるような時期だったんですけど 全部なくなって
うん
どうしようと思って コーヒーの豆いっぱい買ってきた で向こうで生成もしてきてコーヒーの豆も作ってきて輸入もしなあかんしどうしようと思ってうん うーんやでもこれはなんか足元見ろよって言われてるような気がして うん まコーヒーはコーヒーの仕事でその出点形態から があのオンラインの うん
方に変えまして販売の 通信販売ですね
えっと売線豆を 通信販売で
うん
売るサイトも作って でやってはいるんですけどもなんかでもやっぱり直接こうお客さんと出ったら対話できたりするんですけど うん そういうところはすごく大事やなていうのがやっぱりうん その2020年21 年とかやり取りをしてる中で 感じたりもした そうですねましはそのストーリーっていうかねコミで振られてますからね自分らで話しながらていうのがね [音楽] そうそうそれでさっき僕らそのコーヒーの円にいたっていうコーヒーの豆を収穫してっていうのも その1つであるんですけど うん
僕はそのコーヒーを売線し始めて うん あの開した頃からコーヒーの原産この豆ってどっからできどこでできてるんやろうってうん 原産値を知たくなった で原産値はま分かりますけどパッケージ見たら うん なん原流を知りたいっていうなんか欲求に狩られるんですよ僕は はい で原産地でどのように収穫されてどういう方が うんうんあの 1 年間投してどういう風にあの育ててるんやろそこに興味があるし はい
あの人に売るんやったら 売って飲んでもらうんやったら ま自分もそうなんですけど その一部知りたいなっていうことで うん
ずっと安定張り巡らしてたんですよ ならいいタイミングでタに僕らが旅行に行ってる時に うん 今タにいるよねっていうある人が電話てきてコーヒーの はい関連の父知人なんですけどその方が出 会ってあいますけど何ですか?つったら前なんか前コーヒーの豆 の農園行きたいって言ってたよね コーヒー豆いらんかって言われて タのコーヒー農園のやつがコーヒー買ってほしいって言ってるんやけど 農園にこへんかってどこですかつったらバンコにいたんですけどほらチェマやて言われてま飛行機 2時間弱なんですけど はい で明日来たら行けると思うって言われてで僕らすぐに行ったんですよ うんえ ででもその次の日あの帰る予定だったんですよね それはもう2016 年ぐらいやったと思うんですけどで行って 農園見てまだ収穫時期じゃなかった 11月頃だったんですけど その方ともお会いして豆もちょっと買ってうん 農も見さしてもらって そのずっと行きたかった農園って うん
そう
あここで収穫するんや あいい雰囲気やなんかで景色もチェンマ行ったことなかったんですけど山奥に行けば行くほどう なんか古気懐かしい日本の風景とか昭和の初期とか 本当そんな雰囲気 なんかね僕ら知らないですけどそういう昔の日本って うん なんかそこら中になんかそういう雰囲気を感じるんですよね へえ
で話を後々話聞くとやっぱり昔日本の うん
ビルマっていう国でタイね その時にやっぱ日本兵がその日本っていう国がやっぱり東の南アジアで [音楽] うん
色々 そうですねあのあの人を人命を救ったりとか色々活躍というか うんうん いい働きをしてたみたいなんですよね うん
でだから対人ってすごく新日で あそうなんですね で日本語喋れる方も結構多くて うんうん で雰囲日本上迎えてくれる雰囲気もすごく良かったんでいやここなんか うん
ええなと思って
うんうん
で1 ヶ月後に収穫始まるから はい
来てみひんって応援の北に言われて うんうんもう明日帰るんやけど 1か月後に帰るそう1 か月後に行ったんすよ僕家族 3人みんな言ってたんですけど家族 3人で
うん
行ってでそっから1 ヶ月半ぐらい
うん
収穫ずっとやって
うん あこの あ収穫もしに行ったんですか?そううん ほんの真冬ですから僕ら寒いの苦手なんでう んうん あの冬の間にあったかい国に行ってまた夏体験してかもう ね気に包まれて帰ってくるとかすごいなんか うん
ずっと黒いて ねま休む時間ないっていうのもあるんですけど でもその生活結構気に入って へえ
でやっぱりその次の年ですね [音楽] 1 年の仕事を見たいということでさすがに家族全員ではう 年間投資難しいと思ったんですけど僕 1人だけうんうん2
ヶ月に1 回ぐらいのペースで
へえ
行ったんすよ
うん 短期間1週間ぐらい
うん 行ってで先定とか苗作りとか うん あのでてあの気をま豆をちょっと適信したりとかするのもあるんですけど下かしたりとかもあるんですけどそういうのを見させてもらったり うんうん で水を引き換機になったら水がいるからとか言って水のそのうん ホースを設置したりとかそういうちょっと技術的なとことかうん あの協力したりとか
うん なんか全然想像つかへん なんかこうコーヒーの栽培 はい
うん
いやめちゃくちゃ面白いんですよ で豆も
豆を もう手で手でチェリーみたいなやつ出てるんですか そう3mぐらいの気なんですけど うんすごい斜面に入ってて へえそれをこう手で取ってくんですけど うん 食べたらめちゃくちゃ甘いんですよ へえその生のうんもうなんかパクパクパクしょっちゅ食べてるんですけどその うん僕らは普段コーヒーの豆の 種
種あ種の うん
部分を乾かして はい
それを行ってうん 粉にして熱いお湯でうん えロかして その液体を飲んですよ はいはいそれ身がついとるってことですよねその 身がついてるその身はどんな味するんですか めちゃくちゃ甘くて もうフルーティンなんですよ
へえ これごとが1 番美味しいと思うんですよねうん チェリーの分が1番美味しいんですよ
うん で結局僕後からするんですけどそのチェリーの旨味をどのように生かすかっていうことによってコーヒーの最終形態の液体にした時の 変わってくるんですか
コミ
うん フレーバーってのが決まってくるんですよ うんうん で僕らそれを研究し始めるんですよね うん で収穫してきたそのチェリー付きのまま添乾燥させる うん それナチュラル成って言うんですけどそうするとその甘み はい ベリーチェリーの部分がぎゅっと凝縮して 種の方にで発酵も水分と甘みがあるから発酵もするんですよね うん で発酵してちょっと風味が変わるんですよ ていうナチュラルってやり方と あと収穫した後に皮を全部剥ぐ剥いで はい 一晩だけ水につけて美生物によって発酵さしてぬめりを取って次の日完全に水でそのぬめりも洗い取って干すっていうのがウォッシュドって言うんですけど うんあ
でその間のぬめりをどんだけ取るか うん
ぬめりを取らずに気発行さして その時間何時間とか何日かによって うん
そのフルーティーサのなし量なし 管理によって変わってくるんですけど 同じ全部ができるわけじゃないんですけどそれによってこう色々変えられるんです ええよくなんかフルーティ中でなんやら変なって書いてあるあれはそういうことなんですか そうワインのような今表現をしたりしますよね うんうん
でその発酵とか今ではなんかこう 足したりするのもありますね ビール入れたりとかなんとかジュース入れたりとかして うん
ねそういう発酵のきすぎた あこれは奥深いわねコーヒー奥深いて言うけどそれは奥深いですね 深いそう まそういうところにも研究したんですけどやっぱ うん
同じ農園の一家個人農経営の農 えうん
対人と一緒に住むんですよ
うん
ね 不能薬で座っててで 日本は冬ですけど向こうは 特で
ま若干寒くなるんですけどうんはい もう昼間が45° ええ 夜が10°とかあ結構寒いて差があるところがコーヒー豆美味しいですか?うわなんか米も一緒やね うん で昼間はみんな山に村に人ほとんどいなくて山に行って涼しいところで仕事なんかしてるんですよね うんうん でま日本の人も昔こういう仕事してんやろうなとか思いはせながら うん でこういう人が少なくなってきたから日本の山がこうなんかこう うん 衰退してきたんだかなんか思いながらタのね空の人感じながら はい 向こうの人の文化のをどのように継承してるのかとか うん 時給的な暮らしてどういう風にしてったら作り上げていくのか何を大事にしてるんかなとか思いながら うん
うん でもやっぱちょっとずつちょっとずつ何年間通ってるんですよね うん 通ってる中で僕らがこうコーヒー豆みを買ったお金であお金で農園の人たちなんかデ本ショッピングとかで新しいもん買ったりとかして うん
これ買ったんやけど どんなもどんなもん買ってるんですか 何た まずお風呂はたいであの暑いからね水めに組んどいてで秘に はいうん
あっためといて
はい で夕方仕事から帰ってきたらそれをひこっちに持ってきてでそれをたいで洗うそれがお風呂やったんですけど 3
年後ぐらいに急がついた うんあ すげ急機買ってきたからつけてよって言われて僕けていやなんかちょっとこうちょっとね なんか違うなと思いながらつけてるんですよいやこんなためにうんうん どっちかついうとちょっと突き気づき始めたんですよ はい やっぱりでもなんか あれ自分たちが自分たちがねま払ったお金で 急闘機が
便利の
うん の中に確かに便利はいいんですけど失われるのなんか日の文化とか うん その日光のエネルギーをに変えてたわけでしょそう年気にはい とかだいぶ質が変わるじゃないですか その僕らはあこっちに来てお湯のその日光のから出たお湯のあったかさと うん賢いね
とかね 体が凝ってってる間にまだちょっとぬる感じなんですよじわって なるほど薪で炊いたお湯の うん なんかこうとろみとか分かってありがたいなこの文化大事やなと思ってけどうん 日本式にしてるんですよねうん 便利やしねそう憧れやった 憧れやったんでしょうね そうですよね確かにあ微妙なあれですねそれねなんか うんそうなんですよでも急闘機だけじゃなくて色あった その次はどんなもん 炊飯じゃみたいななかったまそ ガスコンロあ普段はもう巻でお母さんやってるんですけど ガツガスコンガスもそうやった最初ガスコンなかったなう わ画期的やったやろねお母さんそう うん
そうよ
嬉しかったと思嬉し うん嬉しかったやろね画期的やね でもこの積み重ねがあかんあかんというか うんうんなんかこうなんていうの 何かをなくしてる感じがしますよねいくらもねそれされて そうですよねもう私らはすっかりそっち側におるんやけどね色々 まね色々自分から手放してたんだろうけれども うん
便利に操られてね でそれがやっぱりうん なんかこう空気をも同時に産むっていう感じをなんとなく分かってきた僕らの年代っていうのがあると思うんですね うん でだからあの途上国にはそうなってほしい途上国って言い方よくないですよねそう原産国とか今からっていううん 国にはそうなって欲しくないなんて思い始めてた頃そうなってくんで うんうん ああってちょっと悩むとこでもあったんですよね うんでやっぱりコロナが で帰ってきた時にあこれはなんかのメッセージに違いないと足元を確かめろと うんうん だからへたりを作られたのかなということもちょっと感じながら うん じゃあ自分たちの足元何ができる農業だ うん
動くなって言われてる うん まそこに反発したい気持ちもあるけども うん
でもまあいいや やれることやろうと思って目の前にある田ぼちょうどそのタイミングで 田ぼ地域で 4ター2ター2 ターン知り合い別々の人なんですけど別々の人が同時ぐらいにうんうんうん あのやりませんかやってくれへんかって言われてあなんだこれと思ってうんう ん
やりますっつ言って うんそれまでは田ぼは全然言ってなかったですか ちょっとやってましたうん あの自然娘が生まれた頃にやっぱり色々その時もなんか価値価値とかうん 健康とかってどういうことかなとか思ったりして うん でえっと自然栽培とか自然のっていうやり方に うん
を知ってで自然のやり方の田ぼを すぐ近くで
うん あのやり始めて行ったんだけ でそれが初めてなんですけどでもまあまあんまうまくいかなくて うん でそのやり方でやっててましばらくやめてたんですよね うん で普通のやり方というかその自然栽培ではあるんですけどトラクター使ったりうんうん あの後をする耕すっていう 米の基本みたいな うん をまやってみようかなって機会になって うん
でま 4 ターもありますからね全部手で今まで通りやってたら大変だろうから まずはまうんうん 使ってもいいよ機械使ってもいいよっていう人はいるので うんうん ま機械使ってやってみようかなと思って うん ひまずやってみることにしたんですよねうん でそっから始まって今 5 ターンまそんな変わってないですけどうん それで2020年か5 年ぐらいやってますけどね
うん5 ターやで自分とこで食べる分には本当に十分やしうん そう思うじゃないですか
うん
それがね もうどんだけいります 何秒ぐらい取れるんですか いやもうここではね話すの恥ずかしいぐらいなんですよというのも僕らずっと気づいてなかったんですけど三重県で亀虫 被害っていうのがひどいっていうのを 3人ぐらいまで僕知って
うん
で今まで 平均的に1 ターでどれぐらい取れるかって知らなくて うん でこんなもんやろうと思ってたんですけどものすごくひどいんですよ例えば 1ターで
うんうん 一旦やってその 1票60km 取れなかったりとかするんですけどそれ普通に考えられないじゃないですか うんうん でもそんなもんやろなと思ってたんですようん でもそうじゃないことに気がついて そうですうちうち大体1たんで6票6 票とかでしょ36 それでもき多くないんですよ 6票でも ですよねでま自然栽培してたりその無能枠でやったりとかするとねどうしても少なくなるの分かってはいるんですけどうん でなんかおかしいなと思って で
環境のせいかなとか思ったりして うん あの自然栽培自然の脳ってその農地の中だけの話を うん
結構するじゃないですかでも僕はその はい
そこに違和感を感じてて やっぱもっとこう山と繋がってたり川と繋がってたり繋がりがあると思うんですよねうんうんうん でそんな中で出会ったのが環境再生っていう仕事でそれはやっぱり山のうん 山脈を見るとか空気の流れを見るっていうお仕事で 滞りを見ていくんですよね で土中環境っていう見方なんですけど うん 僕ら今パッて見てる時って地上部分しか見えてないじゃないですか でだから空気の流れとかいうのは分かると思うんですけど水の流れとかって川とかイメージできますけど脈とか水脈わからないですですかうん ででも水脈ってラインで走ってると思うんですけど面でこうやっぱり下の方にあったりするんですよ うんうん でよくわかんないでもそれをこうまく分からせるてくれる人と出会ったんですよね うん でそこでどんどんその環境再生っていうのにめり込んでいくっていうか それ環境再生はどこかで勉強されたんですか えっとね今結構環境再生のワークショップとか がえっとやってて僕は 2019年頃に出会うんですけどう
ん でその頃からワークショップたくさん行ったりとかして徐々にその うん あの技術的なものだったり見方っていうのを身につけていくんですけどそうすると色々分かるんですよ うん 例えば裏のや山が崩れてくる原因は何なのかとか うんうん 家が湿けてくる原因は何なのかとかはい あの家の周りの木が倒れたその原因何なのかと言ってつさん見ていくと 人工物が睡脈を過重によって遮断している うんうん
コンクリート構物だったり 有事項だったりとかみんなが喜ぶうん あのサボエだったりとか はいう
あとうんご願工事ですね そうですね
う を考えて作られてなかった うん もちろ施工性とかそのそうですね効率とかいうのを考えて作られているなので [音楽] うん やっぱり見落としがちになってるその途中の環境 長い目であの見たらうん もしかすると悪化するかもしれないっていうことをちょっと排除してる部分がうん まあるのではないかなというま考え方 うんうん に気がついていって
うん で今それをこうお仕事としてされてるっていうのは どういうどういうことをされてるんですか?実際 えっと今ま個人でもそのまその環境再生の中ではフリーランスだと思うんですよフリーで動いてて はい えっと自衛でもやってはいるんですけど自衛というかその自分で うん え仕事をと取ってくるというかお願いされたら依頼されたらやりますよ うんワプやってくださいワクやります企業さんとかで企業やってくださいとかやりますっていうので受けて何件かやってます うん でそれ以外にフリーランスとして動いてるっていうのは今環境再生でえっと地方地方の行政だったりとか企業とかが はいうん
やっぱり
色んな水災害 はい
え震災害とかがあったりとかして うんはい なんとなくその土中の環境とか環境のそのえダメージってどこにあるのかなとか いうのをただ単にその気候変動だけではなくて うん 僕らのなんかこうなんつうのかな働きによって それが
うん あのうまく機能していなくなってるかもしれないっていうことに気づき出してる人たちが結構いまして で実践者もいるし まやってほしいっていう方もおられて で僕らもそのうん えそういう団体やる側の団体の方の所属というかその チームに加わっていてでそっから大きな現場がうん うん
出てきたっていうのがあったら うん
来れま来れるかっていう来ますか そう1回の現場でね450 名集まるとか職人僕職人っていう立場なんですけど はい
あの環境再生の職人 うん
が450に集まって
へえ1 週間とか長い時は2週間ぐらい あの作業するんですけど ねこないだもご連絡させてもらった時に石川県にいらっしゃるんやってちょうどおっしゃっとってそん時もそうそうですね [音楽] そのそん時七っていうところであのはい 去年のえ 1月1日にあったね震災のはい あのまだいぶ遅れたりしてるっていうのニュースになってると思うんですけども うん そん中でその壁がこう崩壊してしまった はい
あのところのえ 改善環境を改善して うん またそこに新たにあの建物を立てたとこなんですけどもう 1 度立てるっていう基礎工事の基礎の部分をやってるですねうん 基礎に 基礎の土を全部取ってそこにいを打って うん 石を詰めてでやっぱりその土中に水が水しないために ただ点圧して抑えたりうん コンクリートでガチって強度で固めるんじゃなくて はいうん ソフトにこう水がちゃんと抜けていくラインを作っていってうん 食いを打って雨が降ってきたちゃんと浸透して生き物がそこの根こを支えてくれるような仕組みうんうん いう物を相場に入れてったりするんですけど縦に売ったりとか食いです 打ってったりとか落葉入れたりとか竹巻いたりとか へえ うんであの石を縦向けにさしてくあの重を分散していくとかいうやり方をすることによって 水が
滞らずに ジ割はゆっくり浸透して元々あった 地下水脈に乗っていくんですよ
うんああ でその家庭で木の根とか うん
植物の根は水を追いかけるんですよ 大概
うんはい
で水を追っかけて根を うんはいで根で傭の代わりを あそうですっていう そう石の石とかそうですよね うん 石の上にはよくお茶の木とかが植えられたと思うですけどお茶の木と 5mぐらいにこう 字を無人に生やすんですよね それで石垣きをガチっと うん
松とかもそうなんですけど そうですね堤防のとことかに待つ あったりする
そうお城の上とか あま他の理由もお城の場合はありますけど松の場合はうん でもマッつはあ根っこで支えてくれるんで うん やっぱりお城の上壁にはの上には末が入ってたりとか あのそういう風に根を植物も味方につけるような土のあり方昔はやっぱりそういうのが民間的にされてたんですよね うんそれって全部その技法っていうかは昔のものなんですか えっとそれはえ組み合わせですね で僕ら昔のそのうん やり方っていうのも勉強してるしその過去の移向 はいうん 掘ったりすると色々出てくんですよ はいはい昔の 昔の後がでこういう風にやってたんとかまそういう資料も見ますけど実際僕らが手をつけた場所にうんうん あ昔の人同じことやってるとか間違ってないなとか るうんその意思の組み方であったりとか入れてやるとかいうことがあるわけですか そうそう悔が打っててあ口てないこれつからやろとか うん うんがあったりしたりま文献なんか見たりとか うん してそういう部分大事にしなしたらいい部分 うん と現代的な部分もちろんユボ使ったりとか うん ある程度の人数になったらそういうあの機械を使ったりする 規模になるとねどうしても 機械で手を入れて増したところは機械の手でやっぱそれを 1 回取ったりとかしないとやっぱり人力でやろうと思ったら死んじゃいますね うんうん
そうでしょうねうん うん
ね土砂1 つ取るのもそんな全部手ではできないですもんね そうなかなか厳しいですね うん
あの そうその兼合いを見て うん どこまであのやったらいいのかっていうのを考えながら現代的にちょっとアレンジをしながら うんうんうん 大事にしたいものを残しつつそのやっぱり有物をやっぱ味方につけていくっていう手法なんだと思うんですよ現代の土木ってやっぱり うん その図面に乗したりとか計算をできるっていう土木様式になってて うん まもちろんそれねあのお仕事となるとその期待っていうのが乗ってくるし [音楽] うん 設計っていうのが必要になってくると思うんででそこに予算をつけたりしていけなかったりするわけですからうん そういうのも必要なんだろうと思うんだけどもそればかりでは [音楽] うん
ねあのうまくいかない うんうん だろうっていうのはなんとなく分かってると思うんですけども うん あのそこをやっぱりねうまいことしていくようにこれから形づっていくっていうのが うん
もやっぱ仕事の1 つとしてあってまそれは僕 1 人でやることではなくてやっぱそういう団体だったりとか うん
あのいろんな知恵を借りながらうん うん で結局結果的にやっぱま自分たちの身につけたり人にそれを教えたりとか [音楽] うん 技術をやっぱり身につけて自分でできる昔の人がやってたようにもうちょっと自分でできる農業に農業もそうだけども土木に関してもう そうですね例えば自分とこの家の周りとか そうですね 行政使わなきゃできないとかなってくると やっぱりハードル高かったりするじゃないですかうん でやってもらったはいいけどもなんかあと々なんか住みにくくなったかもしんないなとか ちょっと空気感変わったな うんちょっとしたこの知恵知識によって うん ねそれはあの簡単にできてしまうかもしれないんで [音楽] うん なんかそういうところをあのま発信というか直になんか伝えられる うん あの機会を作っていきたいなと思って今ここにうんうんなるほどはい 古文書とかもね中には見られたりしながらあのやるんやってお話も聞いてたんでどういうことなんやろうなと思ったんですけどすごいあのよくわかりますうん 直結してるよね ねそうね確かその湿気の話なんか本当に暮らしで あの家によってはすごく湿気が多かったりとかねうんうん そうですね なんかあの簡単な話昔はあの家の作りはどうやったかいうと [音楽] 日本伝統的な建物って石建てかほった掘ったてなんですよね うん 石場建てっていうのはどういうことかって言うと石があってその上に柱が立ってて それが家の中に何本もあるんですけど うん
面で押さえずに点で支えたんですよ うんうん 日本のあの多分けあの建築をつって だから
果重が分散してたんですよね 点で
はいうん ということは面でかからないし 点でかかってるからでその下にも色々採細工があって悔が売ってあったり石が 敷き詰められたりしてでさらに家重を分散するような仕組みができてたりとかして うん
でそうすると睡脈が途い ほ
ですよ
うんうん で空気の循環と水の循環が常に湿ってくるで隅段入れたりもしてましたから 循環がするでも今の家ってどうかって言うと うん えっと最初にむこうそっから変わってったのが布基礎って言って はいブロックみたいなをこう家の周りに 組んでって使の間にこう組んでってのうみたいなのができてでそん次は今がシルナっていうそのうん べタソみたいなコンクリートでバチっと売ってしまって 大きいとこでもそこにその 指示層まで届くような悔を売ったりとか うん してあのまとにかく家を支えるみたいな うん
あの様式になっていると思うんです けどそうするとその周りの環境っていうのはあんま考えてないですよね うん 長気に渡って家の価値っていうのも変わってきたと思うんですよ うん あの昔は何十年も何百年も住むっていう あの 考えの元で言い立てられたと思うんですけど今はね 1世代で そうですね取り壊してまた新築パンと立ててだから周りの環境とかあんまりその影響が出てこなくまでになくなるとか あんまり意識されてないと思うんですけどうん そんな中でやっぱりあの 立てられた現代建築っていうのは うん まあ周りの環境をそれがこう全部の民家がそういう風になってくると やっぱり影響出てくるんですよねそれがやっぱ届こを作ってしまって うん あの空気感も変えてしまう湿気を閉じ込めてしまう水を 循環しないて根気を作ってしまうっていうことに なってってそれが面で広がってくるとどういう影響が出てくるったやっぱそれがだったりとか うん 水の枯渇だったりとか大雨の時は水がだーって流れていくけども うん
えっと乾いた時は一切ないうん うん泥水が流れてきておしまいて うん
そういう環境に変わってきたう んうん確かにまそういう顔はありますねうちの周りにもあります普段全く流れてない 災害の時だけうんうん でそれをねその全体的なことで批判するんではなくて うん 知らないでやってるやっててこうやりたいっていう ちょっとなんかそんな中でもいい環境にしていて うん あの呼吸のしやすい場所を作りたいとか あのいう方に あのそういう技術だったりをお伝えして自分できない場会はこちらで 施工したりとかして見てもらって感してもらって自分たちでメンテンスしてもらってっていううん そういうなんがあの仕事としてこうできる人 うん が増えてもいいし僕自身もそれは仕事としてできるんですけど そうですねなんかもう今は半分ぐらいがもうその環境再生のお仕事そのコーヒーとその半分ぐらいがもうそういう仕事 そうですね時間的な配分厳線的な配分で言ったら 1/3ぐらいな感じなんですけど
うんうん 時給農業が1/3使ってる
環境再生が 1/3使ってる本当に浅いんですよ10 日間で行ってたりするんで でコーヒーの仕事がま分散はしてますけどま 10日間ぐらい1ヶ月でいうん それぐらいのなんか結構いいバランスで回ってるなと思ってて うんうん でま自分の仕事もそうなんですけどやっぱりね地域に住んでた加疎かとか仕事がないとかっていう話を聞くじゃないですかはい 仕事は自分で生み出したらいいもんだと思うし うん あのそういう環境を良くしてそれが仕事になるんだとか うん でやってる時も気持ちいいんですよやっぱ空気感が滞ってる時がところが うん
こう空気が 水の循環がされる瞬間とかって匂いとかがバーって消えたりとか空気がさっと抜けてきたりとか するんですよ そういう現場に言うとものすごく心地いんですよね そうやっても一気に変わる 一気に変わりますね 徐々にる場合もありますし時間をかけてる場合もありますけども それは農業と一緒でやっぱり仲間と仕事してる時の うんうん そのコミュニケーションとってなんか色々ってやるのも楽し ねさっきもそのタウエしとる時は一番楽しいんやってね そうその1つ1 つの時間を大切にしたいんですよね うん
農業も環境再生もその うんなんかねいい方法として環境再生って仕事はあるなと思って僕は [音楽] うん 時給農業と同じだけのその価値があるしうん それが地域こう再生していく昔よくゆいとかいう言葉が あはいあの屋根をねあれですよね はい
うん
かや吹きの屋根屋時とかうんそう うん そういうなんか遊みたいなをま現代的にアレンジして作っていければうんなるほど なんかいいコミュニケーションの取り方コミュニティって出来上がってくるんじゃないかなと思ってて うん
そうね昔のねか
うん助け合って
うん 屋根吹きだったりとか うん ね家作る時もそうだったしね今やってる田上とかとか うんそうですね村みんなで出てをやったっていう風に聞きますもんねうん うんそうでまあ今こういう加疎地に来るとご年配者が多かったりするのでま無理無理そういう方を叩き起こしてやれとかそういうことじゃなくてうんうん やっぱり昔からのそういう便利あの大変な作業されてやってた人は便利になるのがうん あのウェルカムなのよくわかるしそれは続けてってもらったらいいと思うんですけども うん
それ以外になんかね
うん あのことで地域に来て何かこう地域のためになりたいって思ってる方には うんやっぱりどんどんこう開ける場所 であってほしいなと思うし そういう方にはなんか繋いでうん 地域を豊かにしていって水源地をこう循環あるものにして 海と山をつげたいない うんあいいですね海点繋げるうんでもうすでにここに大方さんとこにねいろんなとこから人来てくれて ねなんかそれがこう始まってんのかなっていう感じがしますね うんそうですね
うんこのみえラジオうん もちねご縁をいただいたのもその はい
今小浦町に住んでいる 次屋をされるね そうそううんあのね裏浦裏そう笑う浦和で笑うにするねそう 浦和さんっていう人で その反対で笑うっていう野で居酒屋を 酒屋をするんです
で7月の5日やったかな 5日やですね
うん5 日にオープンするということで うん彼とま大町で出会ってるんですけど うん
出会ってで犬カり去年 あそうなんですね もう会禁症ぐらいで来てくれて 本当
あの誘ってないのに 誘ってないっていうのはあの犬かり去年すごい水がぐジぐじのところで狩らないといけなくてすごい大変なカりやったんですよ だからそういう時ってね頼むって気が引けるっていうかは楽しいからせえへんて言ってあの言えるんだ うん
大変な作業ですねちょっとね あのどうていうのってなかなか心苦しいから言わないから 2人で頑張るんですけどそんな時に あのなんかそろそろカりですかとか言って しんどいの分かってるのに心よく来てくれてしかも何回もうそう でも彼が今あの夜というか朝早朝 4時とかに起きて
そうですよし うんうん
で19 時とかぐらいまで勤務してで仮眠ちょっとするのかなほんで昼ぐらいにこっち着いていりしてそれ何日間も連やってくれて何のためにそれしてんの?いや居酒屋でご飯を出す時にこういうお米を提供したいんやつそうでしょうねほで自分がちょっとでも知っとってさっきにねお 2 人言われたように自分が知っとるそのストーリーどうやって作られたんや知っとるところのご飯を出したいってことですねうんうん 僕らまさにそういうことがやりたいんやって裏君が うん
やりたいこと
うん
そそれ僕もそれやし 海昔は海と山で繋がってたしここはそういう場所だと思ってるから僕もそういうコミュニティ作りたいしうん 海の人と繋がりたいやつって それがもうまさにその実現しててで今回こういうねラジオにも出演させていただいてなんかすごくご縁を はい
感じるんです
ね本当にそうですよ うん是非 ぜひぜひちょっとこれからもはい繋がりましょうよ ちょっと是非ぜひ7月5 日のオープンするあの笑うにちょっと皆さんね それがねそれがね
どうなんですか7月5 日に東京でイベントするのが決まっとんです私は だから私もね行きたかってんけどその日行けへんのですいや別にその日じゃなくてもいいじゃないですかずっとそれはねうん そうねこれからそうこれからまたね行ってもいいですよね うんでまた一緒にそこで草刈りの話して そういいですねうん
にしましょうかね うんなんか本当いい場所になると思いますよ うん [音楽] [音楽] お帰り食堂 えっと今日は本当にねたくさんお話聞かしてもらって実はね録音してるんやけどちょっと切れそうになたくさんお話してもったやつを 切るのもったいないからこれ別で本当にまたコーナー作りたいしあと草刈りもちょっと別でやりましょうようん あの本当に今日はどうもありがとうございましたで最後にですねあのもう 1 つコーナーがありますあの皆さんに聞いてるんですけどお帰り食堂っていうコーナーがあってえっとま大腸で地元の味っていうのかな あのこれはちょっと皆にお勧めしたいんやとか自分はもう例えばどっか行って大町帰ってきた時はこれ食べたいんやとかそういうのを紹介してもらってるんですけど大方さんご夫婦のお帰り食堂はどこのどういうご飯ですか [音楽] お来た来た
うん 僕ねそのちょうど今日行こうと思ってる はいあ今日行かれる
うんで
あそうなん そうなんいやというのも僕らこう田上とかあの犬カりとか結構もうヘトヘトになるんですよ 力使うしこれからね田ぼやったら電作も貼らなあかんしそれじゃないとしかにね食べられちゃうんで そういう時はどっかに食べに行くことにしてるんですよ はい で僕らの中ではゴールデンコースちょっと食べ物だけじゃないんですけどゴールデンコースコースいうのがあって あの大町のホレストピアっていう施設があってあの近くにありますよね [音楽] 天温泉
天温泉そこでお風呂入って はい でそこのお風呂もま光線なんですけどあっためてるね はいうん なんかめちゃくちゃねあったまるんすよ へえ
でまそこに入って疲れを癒して 癒してああなんかご飯食べたいな家に帰んのもなと思って店の反対方向に行くんですよ そしたらえっと店谷に出ると大黒屋さんに はい大国屋さん でそこがもう僕らのお気に入りというか ね沖縄の店で
うん どっかから帰ってきた時もそうの通り 何でしたっけ
うんお帰り食堂 おいお帰り食堂あ帰ってきたなっていう食堂のお店なんですよ大コペアさんでメニュー結構色々あるんですけどもうこういうドひどになった時は僕ら夫婦でとんかつ定食べないんですけどそういうねお肉系はあんま食べないんですけど [音楽] うん
とんかつでしょ
ゴールデンやからね うん
働いて
そうお風呂入って ご飯食べて寝るだけ うん素晴らしいもうね家事もせんでえしそれやったら そう そのついてるソースが2種類あってねうん 味噌味噌のソースと普通のソースがついてて うん
それつけためにね定食にねこう でそれを食べて 買えるんですけど大概ね大体大国屋さん行ったら誰かにあの友達になったりして そっかで今日もや 休む休日は休みなんですよ私らもう本当は行きたかってんけど今日定休日なんですよ また別で行く
分かりました 大黒屋さんは木曜日定休日です日 はい
あじゃ今教かれへんよ 教かれへんってことなんですよ あら ドンツ上げる いやいやいやね疲れてますもんね ちょっと考えようか うん考えましょうわかりましたうんえっと大国屋さんえっと大方さんのえお帰り食堂は大黒屋さんのとんかつ定食っていうことですねはいどうもありがとうございました そしたらえっと今日は本当にあのたくさんねあのためになる話もそうやしすごくこう勉強になったしねあのあとこれからまた一緒にやりたいないこともできたのでどうもありがとうございました ありがとうございました はい7月のイベントのお知らせです 7月5 日土曜日耳見えラジオの公開収録を東京日本橋の見えテラスで行います え時間がですね10時から16時までやっ ておりますえ10時から15時が バーセッションという形で大の雨ナ ジュースと南瀬の日本酒を支援することが できますそして15時から16時トーク セッションでラジオの公開収録を行います あの耳見えラジオの紹介とかですねあと 三重県南部の知られざる身を紹介したいと 思いますえお近くにいらっしゃる方はえ ミえテラスの2階のイベントスペースの方 に是非お越しください東京方面でねもし ミえラジオをいつも聞いてくださってる方 がいらっしゃったら是非会いに来て いただきたいなと思いますでこの7月5日 にもし来れない方がいらっしゃってもです ね実はえ9月6日と12月6日今年2回 ですね三重テラスの方に耳えラジオのPR に行こうかと思ってますので是非あの予定 を開けておいていただければ嬉しいです ミえラジオはSpotifyApple PodcastYouTube musージックなど音声配信 プラットフォームで毎月第1第3金曜日に 最新エピソードを配信しています他にも リスナーの皆さんからのお便りもお待ちし ています番組の感想だったりあなたのお 帰り食堂など送ってくださいえ番組へのお 便り感想は番組の概要欄からジャンプ できる番組ホームページにメッセージ ホームがありますのでそこから送って ください今日は耳見えラジオ13からお 送りしてきた最終回長をお送りしました7 月からはシーズン2が始まりますさらに ディープに三重の情報をお届けしていき ますので引き続きお聞きいただければと 思いますそれではまた7月にお相手は パーソナリティの西川桃えでした この番組は鳥事務局がお送りしました

「みみ三重ラジオ」は、三重県の伊勢から熊野をみなさんといっしょに旅するように巡り、ゆく先々で出会う人や地域の声をお届けするポッドキャスト番組です。

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