【地理雑学】国道51号謎の茨城・謎の弓状海岸「鹿行エリア」を中心に走ってみた&昭和の地元絶品飯大探索!/関東地方/茨城県
国道51号茨城編 はい、ドラレコ風景を次々に雑学解説する動画、今回は国道51号茨城区間です。 「鹿行(ろっこう)の謎」というテーマとともに走っていきます。 〇しぼんでいく霞ヶ浦! 〇地形ミステリー・なぜ「弓なりの海岸」が生まれたのか? 〇昭和の海鮮屋と定食屋、全力で捜索してみた! などなど、地理調査に徹底的に時間を割いて、丁寧に仕上げました。 今回も脚本詳しめ、音声はなつきでお送りいたします。 ではでは、国道51号茨城区間へGO! まずは、ハープ型斜張橋、水郷大橋(すいごうおおはし)を渡ると千葉県から茨城県へ突入です。 県境の利根川からスタート! 地図で見ると、ここ、香取市と稲敷(いなしき)市の間になります。 霞ヶ浦の南端、とがった部分が近いですね~ ちなみに、タイトルにあった「鹿行」なんですが「ろっこう」と読みます。 茨城県の県東(けんとう)地区、鹿島灘沿岸地域のことを指します。 鹿島郡、行方(なめがた)郡の「鹿(しか)」と「行(ぎょう)」で「ろっこう(鹿行)」です。 銚子の南、千葉の九十九里浜は美しい弓形の海岸として有名です。 行ったことある方も多いかと思いますが… しかし、銚子の北、茨城の美しい弓形海岸・鹿島灘沿岸部は海岸全体の名前もないし、話題にも上らないし、 茨城県以外の方は行ったことない方も多いのではないでしょうか? まったく同じ弓形海岸なのに、対照的ですね。 今日はそのなぞ、いったい何があるのかを ひも解いていきますよ~! ところで、江戸時代以前、この辺りは一面「海」だったってご存じですか? 当時霞ヶ浦は、もっともっと広い内海だったと言われているんですね。 それが、現在は一面の平野! 霞ヶ浦は淡水! いったい何があったのでしょうか? 地震で土地が隆起したんでしょうか? この原因が、江戸時代に盛んに行われた「干拓事業」だったんだそうです。 干拓は、埋め立てとは違い、堤防で一区画を囲んで、水を抜いて水田、陸化するという技術です。 これは、明治になっても行われています。 古地図を見てみましょう! 明治36年の地図と、昭和52年の地図で変化を見てみると… 「本新(もとしん)」という地域のほか、多数の地域で干拓が行われているのが分かります。 本新地区の標高は「-2m」! 本当に水を抜いたことが分かります。 そして、現在でも、水抜きポンプで水を抜いているといいます。 ですが、水抜き? では、江戸時代に干拓された土地も水抜きをしているの? いいえ。 今走っている場所なども、干拓されたと言われていますが、標高は僅かですがプラスなんです。 変です! 干拓地なのに、標高は埋め立てしたことを示している?? これ、はっきりした情報はなかったのですが、江戸時代の「利根川の東遷事業」が関係していると思われます。 今までも何度か出てきた伊奈忠次ですね! 川の流れを変えることによって、大量の土砂が霞ヶ浦へ流れ出ました。 川を掘れば、水が茶色くなる、土砂が流されてる証拠っていう理論です。 そして、その大量の土砂によって、霞ヶ浦と太平洋が隔てられ、江戸時代中期には汽水湖になっていたといいます。 そうです! 利根川最下流は「天井川」状態になっていたのではないか? 少なくとも、川岸は湿地ながらも、大量の土砂で標高はプラスになっていたのではないか? 最後は推測です。 「本当はこうだ!」とか、情報や考察など、たくさんお寄せくださいね~ 先ほどからずーっと続いている広~い田んぼ。畑もあるかな? これ、殆どが江戸時代に開拓された新田なんですね! ですが、この広大さ… やはり埋め立て説は無理がありそうです。 東遷事業の土砂の堆積で、比較的簡単に干拓事業が進められていたのかもしれませんね~ あ、北利根川です。 霞ヶ浦といえば一番に思い浮かべる「西浦(にしうら)」から利根川へ流れ込む川です。 ちなみに霞ケ浦とは、西浦から流れる北利根川、外浪逆浦(そと なさか うら)、 常陸(ひたち)川、横利根(よことね)川、 そして北浦(きたうら)から流れる鰐(わに)川すべてを含めます。 総面積は220平方km、琵琶湖が669平方kmなので、琵琶湖のちょうど1/3ほどの大きさを誇り、日本第二位です。 そして、潮来(いたこ)市へ入ってますね~ イタコといえば、青森の「口寄せ…霊を自分に憑依させる巫女」を連想しますが、それとは関係ないんだそうです。 元は、鹿島神宮へ通じる古代日本の交通基地「板来(いたく)の駅家(うまや)」と言われて、大いに発展していたものが由来なんだそうです。 後年、徳川光圀…水戸黄門様が「鹿島の潮宮(しおみや)」にあやかって、 「潮来(しおくる)」と書いて「いたこ」としよう! といって、「板来(いたくる)」が「潮来(しおくる)」に変わったんだとか。 ちなみに「駅家(うまや)」とは、平安時代ごろに置かれた馬の乗換や休息、宿泊、物資の補給基地だったそうです。 ここは昔「香取海」という海辺だったので… 馬のほか、船も置かれていたのでしょうか? 商人や人々が行きかう街だったのかもしれませんね~ ところで、鹿島といえば鹿島灘。 その鹿島灘沿岸って、まるで九十九里浜のようにきれいな弓型の弧を描いていますよね! 九十九里浜は、元はもっと奥深くに海岸線があって、あんなにきれいな砂浜ではなかったそうです。 北の屏風ヶ浦と、南の太東埼(たいとうさき)が海流によって崩られ、その砂が海流に乗って、弧を描くように堆積していったと考えられています。 ですが、鹿島灘沿岸については、どうしてこんなにきれいな弧を描いているのか、ネットでは検索できませんでした。 「九十九里浜も隣の浜だし、おなじく海流の仕業でしょ?」 ですが、地形が結構違うんですね。 九十九里浜は、海岸に近づくにつれ、標高は低くなるのですが… 鹿島灘沿岸部は、鹿島台地という丘が、沿岸に沿って、同じく弓型の弧状を形成しているんです。 海側が霞ヶ浦の内陸部より標高が高くなっているんですね。 そして、九十九里浜のようにえぐれた海岸だったのではなく、霞ヶ浦を形成するような水浸しの湿地、平地だったと考えられるんです。 そして鹿島台地は、温暖化の時の海進(かいしん)・海が広がる時期と、寒冷化の時の海退(かいたい)・陸が広がる時期を繰り返して、徐々に海岸線付近に土砂が堆積したと考えられているんですね。 これ、結構違いがありますよね。 ここからは想像でしかないのですが… 九十九里は海流によって、左右の岬が削られて、その砂が堆積した。 一方の鹿島灘沿岸は、海流によって遠浅の浜が削られ、結果弧を描いた。 「本当はこうだ!」という資料や見解など、コメント欄に自由に書いてくださいね~ 潮来駅入口です。 ここが中心部? そして、潮来市役所。 ちょっと小さめの町かな~と思って走っていると… おっと、幸楽苑に、東関東で展開しているレストランチェーン「すぎのや本陣」と… 巨大ホームセンター、 ワークマン、 マック 大阪王将とラーメン屋! 国道51号は潮来市を走る主要国道だと思うのですが、駅入り口や市役所入り口付近より、そこから少し外れた場所にロードサイド店が立ち並んでいます。 こちらのほうが中心部みたいに見えますね。 なんか、中心部よりロードサイド店のほうがにぎわっているのは、日本全国どこでも同じ風景になってきましたね~ おっと、今回は洲崎(すさき)交差点を左折でバイパスへ入りました。 まっすぐの旧道は、この先で降格されて県道になっているようです。 そして、この先の大橋… 新神宮橋(しん じんぐうばし)を渡ったら鹿嶋市です。 しかし…、この橋、なが~いですね~ 北浦を横断する橋で、1075mもあるそうです。 そして、左側、工事していましたね~ もう一本橋を架け、片側2車線の橋にするんだそうです。 鹿嶋市の人口は6万5千人近く。 橋が一本だけでは、渋滞が酷かったのだろうと推測できます。 おお~、超長い坂の陸橋でした! 宮中(きゅうちゅう)高架橋という陸橋です。 宮中というのは、この辺りにあった村の名前「宮中村」が由来です。 そして、台地へ上がってきましたね~ ここが先ほど話した、きれいな弧を描く鹿島台地です。 ここ鹿嶋から、大洗まで続いており、標高が30m~40mあります。 この丘が、海進と海退を繰り返す間に堆積した土砂の台地ですか~ 地球は壮大だ~! おお~でっかい構造物が! そう、あれが鹿島アントラーズのスタジアムです! サッカー専用スタジアムとして、国内で唯二(ゆいに?)の存在です。 ちなみにもう一つの専用スタジアムは、埼玉にあります。 ところで、鹿嶋市の「嶋」の文字、なんか違和感がありませんか? そう、鹿島アントラーズや、鹿島灘、鹿島台地の「島」という文字には、「山偏(やまへん)」がないんです! 市の鹿島にだけ「山偏」がついている! しかも、空飛ぶ「鳥」に山偏です。 これ、実は山辺なしの「鹿島市」がすでに九州の佐賀県に誕生していたからなんですね~ 「仕方ない、山偏をつけるかー…」 だと思ったんですが… 山偏の島と無印の島、まったく同じ意味で全く同じ読みなんですね。 異体字(いたいじ)と言って、常用漢字には含まれていないけど、人名などでよく使われる字…なんだとか。 鹿島の山偏アリのほうも、昔の書物では書き分けがされていないそうで、どちらの表記も普通にあるんだそうです。 へぇ~ あ、今一時的に坂を下って鹿島台地からそれ、海辺に近づいています! すぐに再び鹿島台地へ登りなおします。 お、にんたまラーメンですか! なんか見たことあります。 ニンニク卵ラーメンの略だそうで、看板メニューの「にんにくたまごラーメン」が「税込み760円」で食べられるそうです。 ああ、おいしいものが食べたい…! そうですね、では初の企画、食事処調査やってみましょう! 看板メニューとそのお値段から、お店を想像していきます。 今回は鹿島灘沿岸ということで、海鮮料理屋さんにしぼって調べてみましょう。 あと、ドラマの「絶飯ロード」「絶滅しそうな絶品飯」っぽい、昭和からありそうな定食屋さんも調査してみましょう! 抜けている絶品飯もあろうかと思います。コメント欄で教えてくださいね~ ちなみに、値段は2024年のものがほとんどです。 動画をご覧になられるときは、値上がり値下がりしているかもしれません。 あくまで参考程度にしてくださいね! さっそく海鮮屋さんです! 「浜茶屋 やましょう」さん! 海鮮丼やさんで、仕入れによっては焼き物もやられているようです。 いか、まぐろ、ホッキ、タコ、イクラ、ホタテが入ったやましょう丼が1100円! 牡蠣の浜焼きが4個で1500円だそうです! 角折(つのおれ)の交差点を左で、大野潮騒はまなす公園があります。 ジャンボ滑り台という、出来た当時は日本一の長さを誇った全長154mもあるローラー付きの滑り台があるそうです。 子供たちでにぎわっているそうです。 段ボール必須です! そしてここが、大野屋さん。 フライのメニューが多めの定食屋さんで、チキンバンバン定食、 特製ダレとタルタルがたっぷり乗った、チキン南蛮のアレンジメニューと思われる定食が900円! 魚吉(うおよし)食堂! サバの塩焼き定食が990円! ほか、海鮮、刺身定食、フライ定食、そしてラーメンからかつ丼まで様々なメニューがあります。 「かに定(さだ)」さんです! 海鮮、焼きがに定食2600円! 看板のカニ料理がメインですが、ほか、刺身定食やフライ定食などもあります。 京知釜(きょうちがま)! すごい特殊な地名ですが…由来はわかりません。 地形由来の地名であれば、「釜」というのは、窪んだ土地、水がたまりやすい土地などに付けられることが多いそうですが、 地形図からくぼみは見つかりません。 そしてこの辺り、武井釜(たけいがま)、高釜(たかがま)、堺釜(さかいがま)など、 「釜」が付く名前が異様に多いんです。 やっぱり何かある…!と調べていくと… この「釜」という文字、塩田にも用いられることがあるらしいんです。 そしてこの辺りの浜、江戸時代辺りまで製塩業が盛んだったそうなんですね。 来ました! もしかしたら、塩田が地名の由来なのかもしれません。 あっ、セイコーマートです! 北海道で有名ですが、茨城や埼玉にも店舗が複数あります。 お弁当などお惣菜はその地域で手に入るものを使うそうですが、乾物や缶詰などの保存食品は、北海道産のものがたくさんありました~ そしてすぐに、「大洋あづま食堂」です。 もつ煮込み定食850円をはじめとして、様々な定食が食べられます。 壁にメニューの札が貼ってあるお店率、非常に高いですね! 鹿島灘沿岸の食堂! テンションが無駄に上がります! そして、かしま野プラザ和風レストラン、刺身定食が1200円! ほか、海鮮系のフライ定食など、海鮮系の料理と、プラス焼き肉が食べられるそうです! そして深作農園さん! 農園直営の有名なスイーツ店らしいです! そうなんです、鉾田市はメロンの生産量が全国1位! メロンロードが繋がっているんですね~ メロンの時期にはメロンを使ったスイーツが食べられるそうです。 ドライブイン51号! とんかつ定食1200円のほか、ハンバーグやフライ、ラーメンやどんぶりなど、多数の定食が食べられます。 ニューラーメンショップと書いてありましたね~ ラーメン屋もちょくちょく見かけます! そして、よく見ると畑が広がっていますね~ そういえば、先ほどは深田農園さんもありました。 でも…あれ? よく考えたら、ここって、太古の昔に海進、海退を繰り返すことによって出来た台地でしたよね? ってことは、砂が多い土壌では? 水はけがよすぎて、作物は育たない…? これ、資料が一つ、しかも1980年代にまとめられたものしか見つからなかったので… はっきりそうだとは言えないのですが… ここ、水はけがよすぎて、昭和初期以前までは農業が難しかったのは確かなようです。 当時は「地主」がいて、「小作人」が作物を作って地主へ献上する方式でした。 いわばサラリーマン農民です。 ですが、1945年の終戦後、GHQの要求に応える形で、政府が農地改革を行います。 政府は地主から農地を買い上げ、小作人たちに農地を売りさばいたんです。 そう、つまり、地主の雇われリーマン農民だった小作人が、自分の土地を所有する小さな地主になったんです。 独立したんです! 元小作人たちの士気たるや、爆上がりです! 「俺の土地だ!自分で作ったものは全部自分のものだ~!!」 そうして、この水はけがよすぎて作物が育たなかった台地上にも、急速に畑が増えたといいます。 しかし、やる気はあっても、農業は厳しいままでした。 しかし、1960年代に入って、転機が訪れたといいます。 茨城県が深井戸(ふかいど)を推奨したことによって、今まで「旱魃(かんばつ)」… 雨が少なく水が足りず、作物が枯れる年がしょっちゅうあったのが解消され、作物がどんどん育つようになったんだそうです。 地下水が豊富に流れていたんですね! それで、水はけがよい台地も、メロンをはじめとした様々な農業ができるようになったってわけ…ですか? もし違うよって情報があれば、コメント欄にて教えてください! 今回の国道51号鹿島灘沿岸部、全体的に資料が少なすぎて、はっきりものを言えないところがもどかしいです…! 柏熊火の見下、これまたすごい地名です。 柏熊の由来はわかりませんが、火の見下は、「火の見櫓」と言われる、火災の早期発見のための塔、櫓という意味だと考えられます。 ちなみに、柏熊という地名は明治36年の古地図にも載っています。 調べてみると、柏熊新田、江戸時代に開かれた水田のようですが… 上空写真から見ると、現在は畑のように見えます。 どちらにせよ、江戸時代から既に開かれた村があったようです。 ちなみに、現在はない火の見櫓ですが、江戸時代にはじまり、明治時代には全国をほぼ網羅していたそうです。 へぇ~ 竹水(ちくすい)さん! ハンバーグ定食が1200円! そのほか、刺身定食やフライ定食もあるお店です。 グリルあらのさん! ポークカツレットセットが1800円! ファミレスチックな定食屋さんですか。 パフェからステーキまで何でもあります。 なんだかSNSで話題になっている定食屋さんのようです。 あ、またにんたまラーメンです! にんたまラーメン、2件目っす! そして、若干町が広がってきました。 郊外と、町中心部の境目辺りを狙って出店していそうです! バカ盛食堂! ずっと前に閉店されているようです。残念… 右手側が「お食事処あさひ」さん! フライ盛り合わせ、エビ、アジ、カニクリーム盛で1120円! そのほか、定食屋さん定番系の定食メニュー多し! 左手側が「扇子」さん。 こちらも定食屋さんで、ミックスフライ定食1150円! ナポリタンなんかもあり、定食メニュー多し! どっちも安いです。対面で競争しているのかも! しじみラーメン、「やちべえ」さん! ラーメン屋さんですが、珍しいので調べてみました! しじみラーメンが750円! なんか、おいしそうです! そして、こちらを左でメロンロードです。 メロンって、砂っぽい水はけがいい土で良く育つんだそうです。 やっぱり。 鹿沼大地は最適だったんですね~ この辺りを左へ入っていくと、涸沼に近づけます。 関東で唯一の汽水湖なんだそうです。 ヤマトシジミなどがたくさん採れるそうです。 そして先ほどの「しじみラーメン」のお店。 涸沼産のしじみを使っているんだとか。 ますます食べてみたいですね~ 原子力機構!略してJAEAです。 原子力を扱う研究所です。 ここには、高速増殖炉(こうそくぞうしょくろ)、常陽(じょうよう)があります。 高速増殖炉とは、ウラン238を使って『電気を生み出し』ながら、 同時に『新たな燃料・プルトニウム239』まで生み出すという、 燃やせば燃やすほど燃料が増える“夢の原子炉”です。 とはいえ、技術的な難しさから、世界中で実験が打ち切られた高速増殖炉も多いんです。 『常陽』もそのひとつで、2007年に故障して以来、止まったままだそうです。 「燃やせば燃やすほど燃料が増える…」 そんな夢のような技術が、そう簡単に手に入るわけは…ないんでしょうか? 2025年に再稼働するというニュースも入ってきています…。 あ、海? 海です、海! う~ん… あっ、海~! ずっと海辺を走っていたのに、ずっと海は見えませんでした… ですが、やっと海が見れましたね~ 涸沼川です。 満潮時はこの川を海水が逆流していくそうです。 そして、涸沼川をさかのぼって涸沼まで、海抜0m。海の高さと同じなんだそうです。 汽水湖たるゆえんですね~ あ、マクドナルドです! 久々に大手チェーン店見た気がします。 そういえば、最初のにんたまラーメンからずーっと、大手チェーン店無かったですよね。 ですが、「町の食堂」が多数頑張っておられました。 ではでは、水戸へ近づいてきました。 久々のビッグチェーン店ということで、この辺りで今回の「食事処探索」企画は終了しましょう。 あ、また「にんたまラーメン」です! 国道51号沿い、3店舗目です。多い! あ、そして、こちらが国道6号です。 いよいよ水戸市街地へ、そして国道51号も、水戸駅前で終了です。 今回の動画はいかがでしたか? 鹿島台地、絶飯チックな定食屋さん、海鮮を扱う定食屋さんが思った以上にたくさん運営されていたことに驚きました! シーズン中は渋滞がすごいのかなぁ? ともかく、こういった昭和の香りを残す隠れた観光地、好きな人は多いはず! こんな感じで、のんびり、ですがしっかり地理雑学お届けします。 次回も気になる方は、チャンネル登録しておくと、お勧めに表示されやすくなりますよ~ 次回は国道298号、外環道を走ります。 異常な設計!?しかしすべてに合理的な理由があった!というテーマに沿ってお話していきます。 〇えっ、この細さで大丈夫?「橋脚」に秘められた技術 〇意味不明な「橋脚群」と、むき出し箱桁橋の謎! などなど、雑学をたっぷり、分かりやすく詰め込んでいます。 小さな地理雑学も、積み重ねると壮大な何かが見えてくる…! 気がします。 ではでは、動画のご視聴ありがとうございました。 なつきがお送りいたしました~。ばいば~い。
今回の動画を見れば、国道51号の茨城区間、霞ヶ浦から鹿行・鹿島灘沿岸の超美麗弓状海岸の謎に迫れ、さらに新企画!昭和の絶品飯大捜索しています。
〇しぼんでいく霞ヶ浦!
〇地形ミステリー・なぜ「弓なりの海岸」が生まれたのか?
〇昭和の海鮮屋と定食屋、全力で捜索してみた!
をテーマに沿線にある施設などの小粒雑学も織り交ぜて解説!
■■以下雑学、地理案内一覧
【道路地理】鹿行の読み方とスタート地点の道路地理0:40
【中世史】しぼんでいく霞ヶ浦!2:00
【地名】霞ヶ浦って、そもそもいったいどこを指す言葉?5:21
【地名】潮来の読み方と謎!5:50
【地質年代】なぜ“弓なりの海岸”が生まれたのか?鹿島灘に隠された地形のミステリー6:47
【商店街】郊外ロードサイド化で変わる日本9:10
【橋】新神宮橋10:37
【地名】“鹿島”ではなく“鹿嶋”になった理由とは?12:57
【グルメ】昭和の海鮮屋と定食屋、全力で探索してみた!14:13
【農業】砂地の上で農業が成立している??21:07
【産業】高速増殖炉の仕組みがヤバすぎた28:14
■地図を確認したい方はこちら
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1 Comment
読み間違いや言い間違い、変換ミス、表記の揺れなどにはできる限り注意を払っていますが、雑学や画像の情報量が多く、また更新の都合上、デバッグに十分な時間が取れない場合があります。
もし内容を他でご紹介いただく際は、ぜひご自身でもう一度ファクトチェック・ご確認いただけますと安心です。
また、万が一誤りや気づいた点などありましたら、コメント欄で私や皆様と共有していただけるととても助かります。
あと、足あとにコメントも大歓迎ですので、ぜひ残していってくださいね~
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明治初めの北浦・霞ヶ浦
https://www.ktr.mlit.go.jp/ktr_content/content/000710771.pdf