第49回土湯こけし祭り こけし工人トークショー 陳野原幸紀工人
あのなんだかあんまり高で話して少し緊張 なんですけどあの国士 ってなんて言うのかな俺私ま50年 ちょっとやってますけど50年とやると なんだか自分が何きたのかっていうことが あるんですよそうした時にやっぱりって 見つげ直す部分も必要なんだなと思う時は あるんですよそしてま50年も経つとそれ なりの顔は書くんですけどじゃそれが魅力 があるのか魅力がないのかって言った時に この年になってかけるっていうの 顔があると思うんですねこれはどっち かっていうと可愛い顔じゃなくて味のある 顔開けないような味のある顔を私は描き たいなと思ってるんですよだからあの年会 によって違うんじゃないかなと考え方が 変わりますですから最初は やっぱり私は昭和49年に国個人区民に 入れてもらいましたそれまで3年が3年間 収入してなんだ3年間の収のは結構大変な んですよねほんでうちの姉が就相様です から教えたことないですよ1回もただ1回 だけこうやって言っていくともらったよう な記憶しかないんですあとは苦しみとか なんとか絶対ないですそういう風にして昔 の人は教え方もやっぱりま見て おろていうものしかなかったんですねその 中で自分が考えていくっていう国士はどう いう国士なんだろうそうすると系統もある んですね例えば私の場合はえ土の自分か そうかのっていうの はあの斎藤あ斎藤ひ道さんと人が首相です その弟子がうちの風のその弟子が雪のり 小しは全部指定関係を結ばないと国し工業 になりませ んで昔の人 は首相いなくてもできない時はあるんです 見取りっていう話首相がいなくても空で 認めた事態があったんです馬は傾向的に 言うと誰も認めてはいないんですけども そういう風に昔はその就相とじゃなくて も学でなった人例えば今亡くなりました 今泉の刑事さんとかあと斎藤斎藤中一さん とかそういう人らはあと学ていうでもそう いう人は系統があるんですよ山から出てき た系統があるんだということでその 見学あの区命として認めたですね今が やっぱり首相のがいないと国人にはなれな いっていうのが相場ですなんでかっていう とこシ大体続いてきてるわけですよです からそれはやっぱり落したなんないものだ 今回もね今さんもらいましたけどもそれも 私3 年間3年の人職員の人と話をしてそうして いやってそれから調べましたのこと いろんなこともうね全体のこと色々考えて それでやってもう最後に そのなんて言うんですか死の森林の1つが いいんですよ 新人の人だがこの国あの国章を見ようとしているんだけどこの人が結構うるさい そして新の人10人くらい10 人以上いいんですけど私の今の方を見に来たわけですで動物を見に来たこっからのさんはあの消しないです あくまでも伝統的なコ消しを作る技術それから刃物を作る技術 [音楽] そういうそういうものをいろんな国の証して分解散になったわけです [音楽] ですから分解さにはならない [音楽] でもそういうことをしないと次の設に残してくるためにはやっぱりそういうことしておくっているのも人との大事なと思です俺やっぱり人は 1つはつきます これから若い人だと そのためにも年はやっぱり若い人のために何ができるかつった時にそういう若い人のためにもそれやって 3 年間がざ前あの話をしてそして今の返答を受けていうそういう技術を確実やっとそうでその新の人何したと思 [音楽] [音楽] しか来ないんだよ伺いでしたしか来てないじゃないですかそれもったんもなんだけど 1 人がつもうどうなってもいいと思ったにますねそういう文化をして何するっていう気が薄いね [音楽] 悪いけどだから威力をその あれがないんですよ 規約がないから議会でそのもうどう弁文化を潰るものを作ってそんで証入したですからこの文化隊を潰るってことは大変なものとなんですね [音楽] そういう串が遠いものにはいいだ串で電波文化で登ってる間何たの国でも国職品が伸びるとこに [音楽] それが国だからみんな焦げ人てますけどやっぱりね拳がすごいんですね [音楽] だからあのさあるじゃないですかね何も出ない 1番でもどの方も見えん けど遠が痩せろうんなるほどこの3件は もう何十万もあるそれだけ他の人が潰って るって障害にして成り立ってるは 昔長い子なんですけど 人間50 個夜50個50個なる名人さん こいつですからやっぱりすぐいらば3本て 喜でいうものと考えてだからその今余っ てるそのトのクロにクルコシっていうのは そういうそれでもう1つ大事なこと 年代年代は40年 代この年代はそうだったです米国の社教の コし込みだがさ昔佐藤さ名子っていう人が いまして安倍博士さんっていう名光がい ました昭和40年1本1万円ですよそり5 分ったら終われたそうして売ってですから我らはその時です昭和 40 年1 400円発300円40 年そういう時代ですよそういう時代をみんな減りかけてきてるわけですよだから国士っていうのは年代の変化が出てくる やっぱよく出るっていうことはやっぱり 売りたいちょっとどういうしいかっていう こと考えてくるわけですその時にまこれも なくなったから言うとこの 朝専門のとこあったんですよ辻そでそこの 佐藤さん あのあのそこの親さん がいるんです の者なって言われた確かにそうなんそう見れないんですよみたいなでもそう言われてやっぱり発動するかしないかいのはやっぱり大事なんですねですから兄貴はそれからもう潰りまし潰りまし潰れました兄貴で潰しないここにある全部兄貴です [音楽] [音楽] 全部代わりが別としてやっぱりこれだけ努力した結果なんですねですからさしてどれだけのどうやってそんでどこせっかどこせでいかっていうのが大事みんなお父さん集め 40 年代お父さんが集めましたね100 本集めました専門とま少集かだって言わ れるぐらいですよ専門なんですガラが 集めるそんで集める人の8割9割の人です 男の人女の人は1割2割くらい試験だった それが国士の収集 勝てですから昔ね西田岸さんとしていまし たこの人くらいすごかった人いない [音楽] 小の業界でやっぱりさってはわ49 [拍手] 年に国事になしてその時にやっぱり国民は正大に宴会をやったんですよそうするとお土産を作るんだね今人さんが 1番 神は こうやって逆にこうやって持ってるんですよ こうや持ってるだけですそうすると誰かが 必ずついてくるんですついにぐ君たちが そういう時代でですねこれ今知ってる法人 さんはいないと思う私の議題例も最後だと 思うですからそういう風にして収集する人 とはやっぱりでも厳しい厳しい お前これなんだ?だからもう1 つ藤ってあったんですけどそのサの昨さんその人も台収そういう人はなんでかっていうと 戦争に行ったんですね手紙を送ってきた小しに送ってきたんです小しに手紙を送ったきた人なんていうのはこのような誰もいませんさんだけです [音楽] その代わりた人はそうだったです私3本 からず持ってくんですう行けねえ無駄目え 無駄目と言われてねやっぱりそうあったん ですよでも昔の収集する人っていうの は体があったんです なんでかていうとこの目ななんとかなんねえかとこのくじなんとかなんねえのかと [音楽] バランスがどうなんだそういうこと言ってくれた今求める人ってただめそうして言われと変わなく言わないんですよそれが私とはどうなのかなって思ってるんです [音楽] やっぱり本来だったら今その人の個別を 呼してもらいだったらば本来はやっぱり ある程度就集してあの主人だったらばそれ のこと言ったってうん頑張ればもっとなん でねえが私雲の福やってやっぱり5本10 分ではダメなんですよ何百も減らないと やっぱりそれだけもならないですからこの 世界以外厳しいですだから私はその厳しい 中で何をしていかなきゃなんだかってこと がこれからの問題なんですけどこれ兄貴の ですね最初の頃の小し ってこういう 小2組末が立ってます 組末で も全然違うんです 小さいでも兄貴はやっぱり相と黒い額だと 就職の頃それが組末型ですねそしてこれも 組末型なんです けどこれこう斜めグリとなってますよね これ先段てこれも組み祭れですこれはよく できよくできます私そういう時代と違うん ですねそうして兄や私も兄が引き継いで く松やってますけどっていう人は琢磨く松 って人昭和15年から17年くらいまでな 作った 人本体とも同じ国作ったことない 人すごい 人その気用だったものそうだったですから 一本は全部違うそれが組むとこれここに あるの全般組祭です全部それ時代と共に 全部違うんですこれは我がの組みの我がの 組みのね ただ川けねやっぱりこの時代はこの時代に やっぱりこういうものしかなかった これも組松 の通常だけの六老害師っていうやつ六害 これは土中だけの地方です昔は足込みの頃 ですからずっとツってやりながら模様を 作ったんですこれは他にないですそれが 土中だけの6内の技術を使って模様を作っ たこれがすごいです僕の会社に戻ってくる なんてのは普通では今の時代考えです問題 ですからこんな会社作るのちょっとありえ ないです今の技術でみんな綺麗に鼻書いて ないとしますけどあの今の技術ではこう いうねそういう風に兄貴の歩きでやっぱり そうだったんですよそうだ から忠実さって言うと中さではないんだ けど もらしを作ってた私が言わせたねそんで もう1つ面白いはやっぱり首相なんだね俺 が兄貴ででこうやった方は潰すれんじゃ ないの絶対こと聞かなかったんですそう いう兄貴ですからま言ってですどうやっ たら効かない人でも兄貴ってのは気象が 荒いだけどやっぱりそれだけ小心の情熱は すごかった情熱そうだったなんでかって 言う とあの木を買うのにもまず材料なんですよ 材料がやっぱりある程度届いてないと やはりいい仕事ができないんですねそして 皆さん今こうやって買ってますけど昔は場 で気を切ってそんで川向いて半年1年もう 太いもんだ2年かけて告しくんですよ皆 さんこうやって今考えてますけどそれだけ 苦労しないとはできないだからある住で ないですけどある名人の人が言ったそう です国ってますねここで俺2時間かかって この1本作ったんですそして顔で書く時に 21時50何年と2時間で この地言った人ですよ明人さんそれ言って も良かった時代ですね今ほど追用します うん私の命中人メイクを夢みる都合夢みな のが私のです職人にはいいコミ書を作って 愛さにコミ書を作るのが職人なんです原子 なんていらないと私を持ってるだ常に女常 にそしてやっぱりなんて言いますかね愛さ れるっていうのが1番私は大だ私もここに あるこれが私のえ本当に初心の作品です ねこれ食やっぱりね影ないんです窓色になんだけどさっと影なったわかんねんだ うんみんなね今職民さんになってなっていっぱいいますけど最初から上にかけれると誰もいませんでもねやっぱ一生懸命大事だったんですね [音楽] そんでこれがそれからちょっと抱した抱し たこの車てようやく売れるようになる 売れるように1個300円この頃300円 ですよ一尺で作ってそうでですから超 40ね そうし て私も兄貴 からあの受け取で聞いてますてますこれ が組末のま初手の頃っていうかあんまり あのペーパーかけなかったんですねこの 工色ペーパーかけばペーパーかけられるん ですけどこれが昨日家っていうあの本が あったんですけどその時に今は亡くなり ました橋本さんていうあの有名 ななんかあの 弁護士最高裁半島までやってきたその人が 俺のこポっと持ってきておゆり50 ポつくれって言って50くれって言われた んですよはあっつったんだけどそこよね これ潰った初めそれこしこんなガサガサる コしいいんですかつったらこれがいいんだ これがいいって言われて50分記憶 して ちと筆が走ったりなんだかっていう となんでいろんなのやりたくなんだね人間 って胃代わりが水してこんなぶでも書いた ことあるんですそして模様もこう天に登る ような花を描いてこだほどやった時代ある んですよでもやっぱりね私やってきた中で はな何て言いますかね 国が走るとやりたいんですいろんなこと 職人だでも実際にそのが売れっかつったら ばそういう国は売れないんですよ残念な やっぱり売れるってのはやっぱり オーソックスでやっぱり食年のもので味が ある味私はねコケしの味だもって可愛い それはイエルがごめる人でもこしの最終的 には味のあるかけたらばこれは俺最後だ味 のあるそれがかけないんですだって味って 見るって全部違うんだ自分が楽しんで味な のかお客様見ていい味があだねっていうの かでもそれをなんか作っとやってみたく なるんだよね人間ってそしてこの年が作く とあんまり顔書たくないですよ年を作っと でもそれなりにそれなりに書いてくのが俺 は大事だと思ってなんでかっていうと やっぱまた吹けるわけずっと告事て私は 49年から始まりました来てだんだんだ見 てもらってるんですねそうするとだんだん だんだ中年中年かとこれまだねが走って くるんですよ面白いぐらい走ってくるん ですよだから走ればいいのかっていうの 走れば味がなく 綺麗だ可愛いだっていう美人だそういう ことも仕方ならないですそうした時に やっぱりなんて言ってのなうんそれが ぶれるなのか触れるな以前に自分が やっぱりんだけどだっていうこの思うん ですよところがその時は思わないんだ人間 ってやっぱりそれ一緒ええってな俺は始ん だ気が思ってないんだうんやっぱりそれが やっぱりだんだんだんだん都市と共に年と 共にいやそうじゃないけどちゃんとの伝統 国書が引き継いだそれら国書を継ってこと が大事なんだてことを私気がついてですね ですからこれなんかもわざわざやっぱり ペーパーかけないでやってみたんですけど どうですか味わ顔じゃないですか 私が見てね皆さんとなんだこんな顔って いうかもしんないこういう顔があるこれも 1つの方向です死方の人はこういう顔ある んだ けどなんていうのかなうんお客さんで色々 こしってるのお客さんはやっぱり可愛いね じゃねっていうのが今そんで国は昔は やっぱりこういう小さいものてあまり使わ なくてどっちがやっぱり収集する人の発数 とか尺とか6寸で6寸8寸くらいが ものすごい多かったんですねはこう文で これ小さいものでずっとそこでなるとかね こないからなんとかって言ますけど実際に は見て楽しめるのがやっぱりもっと大きな だと思うんですだから6寸とか8寸とか1 着くらいまでがやっぱりそれなりの拳とし ての魅力あるだと小さいだったら小さい 可愛いんだけどじゃ可愛いだけでじゃ何 なのって私ですよ私はそう思う欲しい人 それは何ぼもいい人した何本もそれは買っ ていただいてみんな作っていいんです あんまり当時と大会のあんまり作ったこと ないんですでうんでもこういう あのにはめるとかなんかは限りますよ仕事 ですようんただだそういう風にして小事 って時代と共にやっぱり変わってくるん ですねそんで面白いのは1つあるんです けどこれ同じ兄貴の最初の作品ですよね これも2なんですよ組まずも色々作ったん ですけど2色があるんですよそんでね皆 さん知れないけどこの後ろにこういうもの があるんですよ こういうもの何だと思います 誰か知ってる人いますわざわざ書いてある んですよ これ分かる人 いるねこれは前置ける小さい 子供脇さ昔は瓶ねこう瓶頭あまだからま 大物を思い出してもらえばいいんだけど こういう瓶ずっとね長伸ばしんですよここ だけそして前髪でここで残すんですで後ろ だけここずっと残すんですそれ昔の人いた んですそれをこの工人 は組まずしては 変化だそういう国あるんですねだそういう 昔の方もやっぱり取り入れながらやっぱり こういう作業を作ってるってことが やっぱりその 伝統伝統の中の伝統っていうことたちは 思うんですですからこういう知ってる人 なんかほとんどいます今何人ばっかいです 今アドめてる人だってこんなとこにチある 人なんてなんであのなんて思ってる人誰も いないと思うんですよでも小しにはこう いう面白い魅力があるんだっていうことを 覚えてくださいそんで小しは温泉場の やっぱり土産品子供のおもちゃの土産品 だったってことがまず最初からそうなって ますねでま昔の話とあれなんですけど ちょっとま例の話しましたんですけど本当 に昔の人はね住谷が1番の収入源で昔は 介護様やってくからやっぱりね手段に6番 5月と6月頃寒いんですねそうすると やっぱり火をたけそしてこの辺だけじゃ ないです迷子を通るずっと金庫金でずっと 昔は介護溜まったぐらいそのありがたかっ たそうした時にやっぱりね炭は重要だと あっためるためそして海軍をやったその時 住にいるわけですよ土の住焼きっていうの は毎出すんですあの天井端な毎日白タ吸っ てる白くて硬いカンカンカンっていう隅 ですそれを前朝506行って雪降ってた腹 でもこだっていうですそう気を切ってそん で割ってそんでカに入れてそんで入れる前 にその炭を出して 筋を被せて消すんですねもう1番ったら カスになるんですが燃えうちに火をかける わけですそれが炭になるわけですそれ みんなね燃やしったの何もないんですそう して途中で赤いうちに出して炭をかけて それで今度気を出してその出す時に 昔の小西工人の人はこれ私の事論ですよ 国の木 を木やんなと思ってあの山で切ってきた やつをそのに出す時にブーブわーって火の 出るわけですあまるわけですその上に木を たっけになりたって乗っけそうすると前に 出たって言うから早く感造するそうすると それを今度杖にして持ってくんですよ杖に して持ってくるんですしてあはちょうど これこんなもんですからちゃ昔は丸こ丸い 季節から今まで見えるだって夜中にあ夜鍋 するのにあんな片とこう削ってなんて やっぱり暇ねえんだからちょっと稀息き1 つかほとそれすぐなんとくつけてこうやっ てざザっと削れただから気によっても違う だから方も違うしあれも違うで1番昔使っ たの は 満載英語地者って言うんですけど抜き筋は 頭はベラベラは満サから言われる満作満作 っていう今ね半先早半先じゃないんです から削っては最高に削りき ですが粘りがあるでベラベラっていうの 青肌って言うんですけどそれは真っ白くて 綺麗なんですから頭にいいん ですか人はやっぱり使い良さそうな気を 使ってたんだと私は思うんですねですから 水焼けの片手まで拳をつぶってたほんで 温泉の武にやってたっていうのが私はそう だと思って住み上げしないで馴めだから昔 からねずっと特シの片手だよ片手だよ今 だって悪いけど私だってま蕎麦屋やって 告知やって告知てまたまんま空で持ったら 何十万分何十分も引きなんでたですでも皆 さんね思うんだけど例えば100本作るん じゃないですキに等がかかるんですよ 100本作る気がそれを貫通する前に ずっとそれも用意しとっ てこうしたら今度削るなきゃなる100本 削るのに何かなんとも最高に削ったって 230本でしょそれで3日かかるんですよ うんで顔書かつったら何が2日かな3日か な早い人だったら20日1時間ちゃう もっと早いそうで仕上げると何時が15人 が20日までですよこう人本何本それこそ このレダー安いか高いかって話になると 同じようなんですだから職人の仕事って いうのは やっぱり食らる仕事ってのは食事はない ことし毎週語ってるで告しなんてなおさら です売れるもんじゃないそう毎日食うもん だったらば必ず食いますから売れますよ俺 は右でなぼですから子供のお茶ですから昔 そうしたらだ からあ昭和の初め頃になってこ分もできて 売れるようになってきたそんな仕方ない わけです片手 もやっぱりそういう時代でからこそでも逆 に言い込しが私はできた余けなこと考え ないです昔の人ってよれ じゃ無神で書いてなるねやっちゃねえなと 思いながらしょうがねえなと思いながら俺 はやったんじゃねえかと思うんですうん だって夜はいな住み上げしてからあんなこ なってそもう1つ面白いこと言うんです けど住人は小し作りする人っていたんです ね昔住みやくないでこいつりした人はなん でか だれかもが体の悪い人って言われたんだ そういう風にうんやっぱり食う当ては なかったわそう言われてやっぱりうんだ からまあの人は住み上げやってて3回山 出してそんでお前は住み上げさせられさせ られつってこになった人もいるわけです うんそういう風にやっぱり長々 昔の時代と今の時代の流れを考えていくと そういう時代があったってことなんですね そんでこの通常見てもらいますけど今下が 広い道ですよねこの下がでも昔は上が本 本取りです 上の道が本なんでかっていうとあの上に 体重があるんですよね体児道あから上に 登ってってあの山を登ってってそんで合津 に行ってそのちょうど通り道 が 通り道だから上の方が 下に何もないですよねそれで昔はここから じゃなくてそのそっちの今の曲がりでその 方から登って上の学校そっちの方で行って そっから福島とか とか松川とか行ったんですねこの道路は なかったんですねこの道路はなかったそう いう時代ですからアブけそうあ見てもらっ てありますあと見てくださいそういう風に ひびた温泉もでも面白いことに合津のです よ重要な道路だったんですねだから小しも たんだと売りたですそうして合図は ねないっていうくらいで米がうと取れたん ですねですからあ津から米を運んできて そんでここで行が休んでそっから福島下っ て福島に船場町たんです船場町とはそっ から小さい船でこの背も仙台が大きい船で 江戸あいつらくと待っ てと山口の祠まで行かけないそれが来たら 遠いわけですよ ですからやっぱりそういう風にアイドル からこう作っていくの方に来たものが結構 そんで値段も違った馬の値段やっぱり山の 気づいとこは高いで平とこが安かったて いうそういうそういう差がついたんですよ それから大変なですねですからやっぱり っていうのはいろんな議題を受けて やっぱり来ているんですけど私はねまだ 最後になりますけど国撃はなくないと思う んですなくならないと昔作業くらいしかい なかったっていうのありますでもなく方は やっぱ誰かがやっぱり引き継いだんだね そして今もその状態で商人しかいけなかっ たんです だったけど結局今告知やりたい人が増えて きたわけですだから専用でなく専用でなく てやっぱりこれから伸ばしていくのには やっぱり副業でいいと思うんです昔から 副業でからコミ障はやっぱり行ってもらう ためにはやっぱり頑張ってもらしくその もう1つ大事な今材料はなかなかないん ですよ大量集めるもの大変今ここの辺が 国立こいです切りません昔は住焼きだろ 住焼からその間引きすればいいかいえこけ なと思ってバとかね口の前で取ればいいだ で今この辺切れますそうどこがハーロブが ハーロブだってこの福島 は工場も出られました 気持ちがそうしたこのてどこで買うのって話 それだけ大変だ今はようやく飽きるそしたら今度今こう気を下ろしてある程度こうバ下ろしてくれてあるんですけど競争の気がなくてそうしてものすごい高くなってだ人さんも大変になったのその前らになっんどん羽上が やっぱり地とばらんですからやっぱそう いうことがあるんですよねだからま昔はね 昔のやり方でやってきたんですけど今は今 のやり方でやるしかないんですねですから それはあの時代と共にと私は思ってるん ですですから 昔はここだったからこのは昔だったからっ ていうのはあるんですけどただ1つ私です よ私自身思ってるのは伝承と 伝統を大事にして伝承っていうのは例えば 組末 型ね型これ作ってますこれは崩すことでき ません 絶対これは崩すことできないから何十年 何百年経ったってこの形崩さなくまた大 戻さなきゃなんないそれが 現象ですから私もねこれから電子取って 電子取ったらお組み本の髭私言いますうん こう脱しじゃ絶対します通って勉強しろ 通って勉強しろそれは次の世代に続くわけ それは伝承ただ伝統っていうの は今いろんなやってるじゃないですか 例えばガラスだって色々ね色々ありますで もそれは今の時代だから今食べるためには 何をしなきゃそういう風ですよそうすると いろんなもの作ったりするわけじゃない ですかそ形いろんなもの告知 なろうの伝統物の中でいろんなもの作っと て思うんですけどそれはそれは車めそれ からどっちかっていうとやっぱりその自分 のデザイン性いろんなもの考えて滑るわけ ですよそのデザインはやっぱり自分だて 考えることはね私です よ今あれ潰て大変なんだけどいやって言 ない俺考えったななんて思うくらいで いろんな私は 作んそれ苦労しますよでもこないだ小の さんが言ってた ね真似は絶対ダメて若い人にあのせいたん だけど話してた中でこった真似はダめです よ絶対これはダめですよ自分で考えてその 作りをしなさいよっていうのが故障の直俺 もずつく真似ではだめだ私の作は真似をし たことない自分で全部そういうして いろんな考えてやってでもそれみんな でけっかできないんですよ私しかできない 私しかできないは私のそんでもう1ついい は必ず登ります悪いは必ずされます それが現実ですですから車に持ってくる 言いが割なくて諦ったら終わりですそれて 台が変わるそういうのも大事なんですです からこ消しはならばずっとうちのおいでに 行ってもらいたいなと思です私も1つね今 伝統の中でいろんな色を使ってるんですよ 昔の通常の色が飛びますよね焦りますよね ってほとんど流れるんですよねでも私は 今絵のね両画の飾とかそういうの使って だって気分だ例えば誕生して作れるって いうと普通の黒の色でいいですかそれとも 飛ばない色でやった方がいいですかって いうと必ずそれはいや飛ばないで子供の ない方がいいですよねって話になるんです だからそれは時代と共に伝統ですから 変い出ていいと思いますそれをどう皆さん が感じでいるかは買う人の気持ち色飛んで もいい方へいいんだか色飛ばなくていい ものをずっと長く破壊したいのかそれは 伝統の中で考えてくると私は思ってるん ですね俺が決めるんだけどお客様が決めて るってのが1番いい私は江戸にあげようと 思ってから書 ただは飛ぶ国のですよこれは忠実にやん なければ徹底なんですそういう風に時代と 共に変わってくるのが私は小のポケの今日 20年もいるすごいじゃないですかあれ ほどみんなそういう空してる矢郎だって今 矢の者なんて本物の国者なんて何十本ます それ以外だとみんな感じこういう行てんだ ウルト見込なきゃだめなんです食事そう いう風に今の時代は伝統を守りながら伝統 の中で生きてくるそれが大事それが大事だ みんなそういう空作ってもらえばいいん です売れ売れて飲むんですから売れて飲む んですこういう風にしてえ 今期的人の全部私もま目書いて30年東方 県のやって終わりましたけどまそれだけで みんなは頑張って30年間やってきて今年 の普及には俺はすごい影響あったこと今の 諸人さんもほとんどの上の人が会を取った 人ばかりですだからすごいそういう風に やっぱり最後は人で西田岸さんが最後に 言いますけど国士買う時はそのとこ行って 話しながら国を買いなさいそうするとその 国士は一生忘れないよていうのが西田三 さんの資論なですから西さんは75歳来た 歳来たてもらって必ずその小さん喋るそう とその人の小しの意味が分かるんじゃない ですかの小しはあこれ小しだなて分かる じゃないですかそれが私は本来の集め方私 は思ってるんですねいやこうやって買うの いいんですよただ本当に伝統的な攻撃伝統 を守るが配てるの収集する人もいっぱい いるわけですからうんで今こういう買っ てる人いっぱいいますですからその長 やっぱりそうもいてもいいんじゃないかな と私は 思っきたんですけどこの辺でいいでしょう かはいありがとうございます [拍手] 質問大丈夫ですか?なんでもいいですか?聞いてくださいどうせだからなんかないから聞いていうライブこ消しって何ですか [音楽] はい昔から比べとあのコ消しの値段ってあんまり変わんないと思いますね はいもっと高くなってもと思うんですけど私さっき言ったよう昭は 40年代 でいうとまずはあの手入れたいのは佐藤差島さんと安倍広さんがでこれは買えないですよ買えないね そうですあとはあの仙台もあの佐藤之助さん あみ之さんあとはあのA太郎さん もうそういう買えないがいっぱいあってですね うんそれをなんとか手に入れてやっぱり懸念切れた時はすごい嬉しいですね そうですねすごい宝です そうです今佐藤佐さん一オクション 3000とか5000 くらいしかない人です何も名人でもそういう手離れちゃうのそういうネタにしかないですよ私らはその仕事に行っても買えないんですよ そうです 全部東京の立さんていう全部出しててわざわざ東京に帰りたもいっぱいあるそうですねあの川のトラキさんね全部前って昔は空のためにはそこでもう買ってもらうんですよそうです そんで いや仙代もあのみ之助さんのかもそうです そうですね全部全部そこで全部出したから買ってくれるんです 要するに空が昔ねじる頃だってみんな職人 金ある人は職人ね雇ってそんでほら作れ へんそれ俺ら補助すかなって昔の人はそう やったんです今はそういう人はいないから ねそう人はいないから昔の人はいらない からってる人はよしの室ぐらい俺の金 頑張れますがなくてほと言ってくる人が誰 もいないです 今それ買ってくれる人もいないでもそれは昔はそういう時代ですそれが昔をしたんだからも治ったんですいものが治ったうんそういうことですねはい [音楽] ありがとうございます 大丈夫ですか?あの今日来た人に俺サービスかプレゼントか誰?何か [音楽] みんな欲 3 本3本 はい誰かしますか 何しますじゃんけじゃんけ じゃんけがいいんじゃないですか じゃけ平性を [音楽] えっとじゃあ皆さんご起立いただいて雪さんのじゃんけしてあのまず負けた方は参りください 1 本ずつとも上位3名残ればにします じゃ3名残った時点であの やりたいとでじゃあじゃんけをさんとやってください じゃんけぽい チキですねこれ昔のま さの方残ってくださいグーの方だけ残ってのチキチ もアコもアもア子もいいよね いいじゃの人だけ はいはいじゃんけとパーの人 はいけ もうちょっと じゃんけんチ 123456 じゃんけんチョ さ4人4人4人の方にました もう1回やりますか1回やりますか じゃんけんチった4 人の方最後に登った4 人の方で4 人の方でじゃんけして1人だけ いいですか4人4人だからは おいあ勝った せーのせ あ勝ったあ勝った番だからで [音楽] じゃあちょっとこちらをじゃ ありがとうございますいいですか?じゃあきますはい 大変長い時間ありがとうございました以上でえ人のトークショーを終了いたしますご成聴ありがとうございました でしたね
2025年6月7日(土) 土湯温泉観光交流センター湯愛舞台
Tsuchiyu Kokeshi Festival
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