【戦後80年/昭和百年】海軍兵として沖縄で戦った山下和明さん(97)
させぼ開兵隊に行った後じゃあどこに行くって言われた時に沖縄って言われたんですねあの [音楽] うんうん 台湾に行くような話が出ちゃったんですよ うんああはいはい けどもうま現凶も台湾に行くのに うん 飛行機絶対もう行かれんやったな うんもうアメリカ国家ボンボン清ったから うん そこ桑原ちゅうのがみんなわの年が連れて うん ほで二場旅館ちゅうのが鹿児島にあったからな うんそこにもう旅館で 1ヶ月1ヶ月のがうん3ヶ月も4ヶ月も うん ああ飛行機が出られんあ結局民間の船を [音楽] ああチャーたしあ 行かんならんからな ああじゃあ船で沖縄に行ったわけですか ほれで船で 1週間かけて沖縄に行った ええそうなんですね 最初にあの所属したのが 951 海軍航空隊お 6派遣隊はいあ今の飛行場が 私の 航空隊で国体まあのってあの辺りですよね の飛行場がうん現在の うん えっと海軍航空隊だったけどあの基本陸で戦われたんですよね 航空と飛行機が 3期しかなかったああじゃあ最初その [音楽] 6 派遣隊だったけどその後すぐもう陣地に行けっていう風にあのえっとこういうとこだったかな?えっと国場黒場の方に配属になった ああのねずっと うん戦争がうん3月に激しなってな はいはいはいほでそれが前の年やな うんで 3ヶ月ぐらいしてから うん今度陸空の方に いらないですねえ その だから海の飛行場に行くはずは訓練はわ丸 4艇も魚来店も 潜水艦も飛行機もみんな 訓が受けたんだ じゃあそれでそういう技術はあったけど陸のこう訓練は 陸軍の 招待に一緒に入ることなったけど うん生活が違うからな ああそっかあ [音楽] それもうどっちにしてん大変にあった?それが うん 今の高校 2年生の時だからな 3 月にちょこっとアメリカが上がったんやけど まだそれは何万人ぐらいだったよな うんうんで家庭に上力したんが 18万ぼ上がった そうでしたねうんうんうん じゃあ じゃあ沖縄に日本の兵隊が本当の兵隊 6万なもしか売らやってな うん4月1 日に米軍が上陸してくると思うんですがその後どういう風にして戦ったか教えてもらえますか?もう主理の陣地をやんのがもう目的だったんだな うん だからあの戦争に本当なんじゃったんじゃ [拍手] うんうんほでわしは我々 がい先に持って あの鉄砲かなんか来るのかと思ったら 期間中が1兆 でその 4054名が一緒にいたんでなくて20名 ほどうん回されていったからな後の飛行場 によっ うんアメリカへとやったらしいんやけどな うん それも陸空の兵隊は少持ってくけどわたちは少もねえだよな ああうんな何を持ってたんですか ほれで開機場が倉庫に 1杯あったんじゃふ あのゼロ線じゃねえで 普通の戦機が機うん でそれをみんな戦機を持ってたんだ あそうなんですね うんところが戦基準は役に立たん う 分かるか 分から飛行機の旋開基準を うん 役立たんのでうんうんうんうんうん弾は 600発 断層に入ってる はいはいえああメガネにな うん300ずつ600発入ってんの うんそれならものを片けちゃ回れんわ そうねうんほれで30発ぐらい入れて ああ 戦争したんやけどなあそうなんですね 打たれんのや 打たれんあ自分が打てない うん それがあの兵隊にいたことねえがわからんわな 打ち方とか うんそれはもうみんな期間中から うん わけねえ打ち方はもう知っちゃるけどな うんあの飛行機についちゃっ 600発全部る うんうんうんうん なしかなしかなうん それが期間中は空になってんね ああ飛行機がに うん歌るってことは空になっちゃうんだ うん それは地上で打っちから重心が焼けしもんじゃ そっか冷えんのじゃああ 弾が続けて出られん なるほどうん [音楽] これで 30発打つのが大変だね うん10発ぐらい打ってからうん ヒールまでまたなるあ あそうなんですね うんこれだから戦争にならんわな ああ足をやられた方でな ああ右足 右足を足ああ 右をここ貫通した方で すごいもう足がタが出な ああじゃあこう張って逃げたんですね そう張ってこう逃げた時も何をもた持たんで うん自血用手榴弾をポケットに入れて あそうですか ああ 周りのその仲間たちはこうどんな風にしてこうなくなって もう周り仲間はもうほとんどおらんった うんうん陸も海軍も うんほとんど仲間おらんの うんみんなこう玉が命中してしまったりしたわけですか あの密境たち影も形もねえんだ ああそんで綺麗しますよあ切れて うん手も足も首も みんなバラバラだから じゃあ誰が誰かもわかうそれわからんわからん うん同じぐらいの年ですか みんな同級生から同級生かでま1 違いがあったかもしれんけど うん都心な誰が何歳かのは 分からん分からないですねうん 向こうはこう火炎放射機とかも使ってきた 火炎放射機はもう 100mもなってから 火炎放射機は使わんやな あ使わないですねうんうんうん うんもう少獣ばっかし 少獣じゃあのその時はもう銃でお互い打ち 船から打つのは白業 うん ま迫撃っていうのはもう殺中もう殺す人間を殺す うんうん陣地をやるやつじゃねえからな 周りでこう仲間たちが亡くなってももうなんていうか感覚みたいなのはこう もうとにかく何も考えもうとにかく もういつ終わるかなち あ それはこう考えたらなけど弾がキュンキュン飛んでくる音が聞こえよったから うん
海軍の兵士として沖縄戦を戦った山下和明さん(大分県国東市)の腕と脚には、小銃の弾と手投げ弾の破片を浴びてできた5か所の傷痕が生々しく残る。後遺症に苦しみ、今もまっすぐ座ることはできない=取材・西部本社社会部 美根京子、撮影・西部本社写真部 中島一尊、動画編集・東京本社写真部 加藤学 2025年6月17日公開
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